デザイン思考で行こう!

Life will find a way, we'll find a way Technology lives.

パナソニックは4月19日のプレス向けの研究開発戦略説明会で、「さらなるイノベーション推進に向けて、今後の成長エンジンとなる新事業モデルの仮説を自ら構築し、リソースを集めて挑戦する仕組みと体制を本社主導で整備する」との発表を行いました。そこで、4月1日に新設されたビジネスイノベーション本部は、次のようなミッションを持つとの説明がありました。
  • 「モノ売り」から脱却し、サービス中心の事業創出を推進
  • 既存に対する破壊的技術になり得る、IoT技術に基づく事業創出を推進
  • 加えて、人工知能(AI)技術などの破壊的技術で事業創出を推進・支援 
また、3月25日の日本経済新聞は「パナソニックは不採算の6事業を対象に一段のリストラに踏み切る」と報じました。デジタルカメラなど、3つの事業部を解体して人員を減らすことなどが計画されています。これまでにもプラズマテレビやプラズマパネルから撤退し、鉛蓄電池などの事業を売却するなどのリストラを断行してきましたが、今回が赤字事業の最終処理だとのことでした。

大規模なリストラによって経営の健全化は進んでいるようですが、まだ新たな収益源の育成に向けた戦略は見えません。5年以内に人工知能(AI)領域の技術者を1,000人規模にまで増強してサービス中心の新しい事業を創出するという「意思」が示され、ビジネスイノベーション本部という「箱」はつくられましたが、それは「戦略」にはなっていません。しかし、新たな本部の副本部長に就任した元SAPジャパンの馬場渉氏が説明会で話した「ユーザーエクスペリエンスとデザインシンキングをパナソニック全社に適用する」という言葉には注目させられました。  
 
AIとデザイン思考でパナソニックは蘇るか?(Wedge Infinity)


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いつもお読みいただき、ありがとうございます。

「モノづくりのデザイン思考」の連載では、経済価値が経験へと進化するなかで、製造業がデザイン思考を応用して自らを(経験を提供する)ステージャーへと変革(イノベーション)するための方法を考えています。

あるテレビ番組で大江健三郎さんが次のように話されました。
最初は偶然のように始ったものが1/3ぐらい出来上がると、自分の中に批評性というものが生まれる。書いているものが良いか悪いか、この点は良い、この後半戦はすっかり捨ててやり直さなければいけない、というような態度決定を自分に呼び起す力が、偶然からのように始まった小説の草稿にはある。それが僕にとっては一番面白い、小説家であることの驚き悦びに関係しています。  
このブログでこれまで書いてきたことを書き直して、ちょうど全体の1/3ぐらい出来上がった感じです。自分でも面白くなってたところで、やり直しと全体の構成の練り直しをしようと思いますので、連載についての次の更新はしばらく先になります。

連載その他についてのご意見やご質問がございましたら、是非  contact に @ と ibornb.red をつけたアドレスまでメールでお寄せください。今後の参考にさせていただきます。

Wedge Infinityへの寄稿のお知らせ(イントロ)と、連載以外のブログはこれまで通り続けますので、今後ともよろしくお願いします。

川手恭輔

black magic


モノづくりのデザイン思考 (連載 13)

プロダクト・マーケット・フィット 

ウェブサービスとハードウェアビジネスでは、プロダクト・マーケット・フィット、狙う市場を満足させることができるものに製品を育てるプロセスが大きく異なります。エリック・リースは『リーンスタートアップ』の中で、プロダクト・マーケット・フィットのために、製品をプロトタイプの段階から実際のユーザーに使ってもらい「構築 - 計測 - 学習」のサイクルを繰り返すことが重要だと説きました。
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十万円程度のパソコンがあれば、ウェブサービスに必要なソフトウェアを開発することができます。そのプロトタイプ、必要な最小限の機能だけを実装した製品(ウェブサービス)を公開して実際のユーザーに使ってもらうためには、開発したソフトウェアをインターネットに接続されたサーバー上で動かす必要がありますが、こちらも最初は年間数万円から数十万円程度でアマゾンのAWSなどのサービスを利用することができます。そして、得られたフィードバックから改良したソフトウェアをアップデートすることは毎日でも可能です。 

また、ウェブサービスのビジネスモデルは、サービスの利用が完全に無料であったりフリーミアムであったりします。プロトタイプ、必要な最小限の機能だけを実装したサービスを、多くのユーザーに使ってもらうことが比較的容易です。

しかしハードウェア製品の場合は「製品をプロトタイプの段階から実際のユーザーに使ってもらう」ことは難しく、限定的なモニターに試してもらうという程度になってしまうでしょう。実際のユーザーに使ってもらいフィードバックを得るには、製品を購入してもらわなければなりません。たとえイノベーターやアーリーアダプター(初期購入者)を想定したものであったとしても、要求される製品の完成度はウェブサービスの場合とは比べものになりません。

リーンスタートアップを誤解し、解決しようとする問題とソリューション(製品)が合致しているかの検証が不十分なまま製品化し、プロダクト・マーケット・フィットの前に販売に多くの投資をして、たくさんの「なくても良い」機能を追加するという失敗も散見されます。

プロブレム・ソリューション・フィット


前回の『iPodの創り方』では、「コンピュータ(iTunes)で音楽を管理する」というソリューションと、「たくさんあるCDを管理できない」という携帯型音楽プレーヤーのユーザーが抱えているであろう問題の組み合わせのアイデアを持って、機能領域から顧客領域に遡上して「観察」を行いました。そして「聴く曲をその場で選びたい(けどできない)」という、より大きな新しい問題を発見し、機能領域に戻って、その問題を解決するための「携帯型音楽プレーヤーにすべても曲を入れて持ち歩く」というソリューションを導きました。このプロブレム・ソリューション・フィットのプロセスは、図のように表すことができます。
iteration
これは、問題とソリューションを合致させる、デザイン思考でいうところの「ニーズとシーズを調和させる」プロセスでは、顧客領域と機能領域をなんども往復しなければならないということを意味しています。それによってソリューションが洗練され、より大きな問題を解決するものになります。
まず技術が最初にあって次に製品、そして新しいアプリケーションが快適になるに連れてニーズがゆっくりと顕在化し、最後にそれが必要不可欠なものになる。- D.A. ノーマン
iPodやiPhoneの例を見ても、ビッグアイデアのプロダクト・マーケット・フィットには少なくとも3年はかかると考えたほうがいいでしょう。その時間で、人々の思いを積み上げ、製品や連携するサービスに改良を加えていかなければなりません。そして徐々に、その価値が人々に理解されていきます。しかし、それにはプロブレム・ソリューション・フィットのプロセスで、その製品が解決しようとする問題を評価しておく必要があります。

それはどんな問題を解決するのか?

その問題を解決することによって、製品のユーザーはどのような新しい体験の価値を得られるのでしょうか。その問題は、すでに存在する他の手段で解決できてしまわないでしょうか。その問題は、解決する価値があるのでしょうか。これらの質問にシンプルに答えられるでしょうか。 

2015年の4月に発売されたApple Watchの狙いについて、ティム・クックは「アップルは人々の生活を変えたいのだ」と次のように話しました。
人々があまりに長いあいだ座っているのはアップルの社内で日常的にみられることだが、それを知らせてくれる機能がある。会議で終わりの時間が近づくと、みなApple Watchのアラームに促されて立ち上がる。多くの医者が、座っていることは癌の原因になると考えている。動くことは間違いなく、誰にとっても良いことだ。 
健康でいたいということが、人々の変わることのない基本的なニーズであることは間違いないでしょう。しかしApple Watchのキラーアプリケーションが「人々を健康にすること」であるならば、解決すべき大きな問題は「会議で長いあいだ座っていること」の他にあるように思います。

Apple Watchは発売から2年が経過しましたが、まだプロダクト・マーケット・フィットを果たしていません。アップルのことですから、もしかするとプロブレム・ソリューション・フィットのプロセスで、人々の健康のために解決すべき大きな問題を発見し、そのためのソリューションを考案してあるのかもしれません。iPodの発売後に音楽のダウンロード販売を開始したり、iTunesをWindowsに対応したりしたように、重要な機能やサービスを追加する準備に手間取っているだけなのでしょうか。
 
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お断り これは連載のために過去の記事を書き直したものです。


前回(シーズ起点のデザイン思考の始め方)、シーズ起点で考えた革新的な技術によって実現が可能になる画期的なアイデアから「釘を探すハンマー(ニーズを顕在化できない製品)」をつくってしまわないために、機能領域から顧客領域に遡上して、そのアイデアが解決しようとしている問題やニーズを明確に定義する必要があると書きました。今回はiPodを例にして、そのプロセスをたどってみます。

デジタルという技術革新があった         

アップルは2001年1月にサンフランシスコで開催されたマックワールドエキスポでiTunesを発表しました。このときジョブズは同時にデジタルハブという構想も披露し、「Macは浸透しつつあるデジタルライフスタイルにおけるデジタルハブとなって、いろいろなデジタルデバイスに素晴らしい価値を与えるだろう」と言いました。音楽に関していえば、この時点ではまだiPodは存在しておらず、CDから音楽をMacにコピーしてiTunesで管理し、曲を編集したプレイリストをCD-Rに焼き付けてCDウォークマンで楽しむという提案でした。
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その頃、人々は外で音楽を聴くためには、購入したCDの中から自分が選んだ数枚を持っていかなければなりませんでした(アメリカではMDは普及しませんでした)。音楽がデジタル化されても、そのメディアがレコードやテープからCDやMDに変わっただけで、ウォークマンがCDウォークマンやMDウォークマンになっても、その顧客の体験に大きな変化をもたらすことはありませんでした。デジタルが「イノベーションを起こすためには、ラディカル(不連続)な技術革新が必要だ」というノーマンの言葉にあるラディカルな技術革新であったにも関わらず、音楽ビジネスの分野にはまだイノベーションは起きていませんでした。

すでに1999年にはラスベガスのコンピュータ関連の展示会で、ソニーがメモリースティックウォークマンを発表しており、それ以前にもシリコンメモリーを使った携帯型音楽プレーヤーが発売されていました。しかし使用するメモリーの容量では1〜2枚のCDの音楽を格納することしかできず、CDに加えて新しいメディアの管理という余計な作業も増える結果になっていました。特にメモリースティックウォークマンで使用するMagicGateメモリースティックは価格も高く、ほんの数枚のメモリースティックを使い回さなければならないという状況でした。

技術シーズからの発想

「ポケットに1,000曲」というキャッチコピーで初代iPodが発表されるのは2001年の10月になります。もちろん、iTunesとデジタルハブ構想を発表したとき、すでにiPodという新しいデジタル機器のイメージはできていたはずです。
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Design Crazy: Good Looks, Hot Tempers, and True Genius at Apple [Kindle版]に、発売後のiPodの販売が伸び悩んでいるときに、周囲がiTunesをWindowsにも展開すべきだとジョブズに進言したときの興味深いエピソードが紹介されています。
我々は、WindowsにiTunesを提供することについてスティーブと多くの議論をしたが、最終的にフィルと私は「(あなたが反対しても)我々はやりますよ」と言った。スティーブは「くそったれ!好きなようにするがいいさ、責任はとれよ!」といって部屋から飛び出していってしまった。
iTunesは、ジョブズが2000年にCEOに復帰した直後にアップルがその権利を買収したSound Jam MPというソフトを元に、アップルに移籍したその開発者たちが開発したそうです。きっとジョブズはSound Jam MPを見たとき、「これはMacの価値を向上させるために使えそうだ」と思ったのでしょう。赤字を垂れ流していたアップルのCEOに復帰したばかりのジョブズにとって、Macの価値を最大化して販売を伸ばすことが最大の課題だったはずです。それは製造業のイノベーション戦略マトリックスに示した、,凌靴靴さ蚕僉淵妊献織襦砲砲茲辰得宿覆鬟ぅ離戞璽轡腑鵑垢襦Macを単なるコンピュータではなくデジタルライフスタイルにおけるデジタルハブにするという戦略です。
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(製造業のイノベーション戦略マトリックス)

顧客領域に遡上する

では顧客領域に遡上して「観察」を行い、「CDから音楽をMacにコピーしてiTunesで管理し、プレイリストに編集した曲をCD-Rに焼き付けてCDウォークマンで楽しむ」というシーズ(Sound Jam MP)起点のアイデアが解決しようとしている問題やニーズを考えてみましょう。実際にジョブズまたはアップルの誰かが、いつiPodという製品のアイデアを思いついたのかはわかりませんが「顧客領域への遡上」する意義を説明するために、iTunesというアイデアを発想した時点ではまだそこに至っていないと仮定します。
  • 現実の生活における人々を「観察」し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す
ウォークマンなどの携帯型音楽プレーヤーのユーザーの、変わることのない基本的なニーズは「どこででも音楽を聴きたい」というものでしょう。ウォークマンの出現の以前の「製品やサービス」は、放送される音楽を携帯ラジオで聞くというレベルのものでした。そしてウォークマンは、どこででも「自分の選んだ」音楽を聴きたいという潜在ニーズを顕在化しました。しかしその後、音楽がデジタル化されてウォークマンがCDウォークマンやMDウォークマンになり、メディアの可搬性、ダビングの速度や質が向上するなどの改善はありましたが、ユーザーの体験に大きな変化をもたらすことはありませんでした。
 
iTunesが解決しようとする、現在提供されている製品(CDウォークマン)のユーザーが抱えている問題は「たくさんあるCDを管理できない」というものでしょう。音楽をコンピュータで管理することによって、それを解決しようというアイデアです。iTunesでは曲ごとのメタデータから自動的に作成したデータベースによって、ユーザーはアーティスト名やジャンルなどから曲を探して選んだ曲でプレイリストを編集することができます。しかし、それはユーザーの体験に大きな変化をもたらすものになるのでしょうか。 

ユーザーの基本的なニーズが「どこででも音楽を聴きたい」というものであるならば、音楽を聴くときの体験が重要です。iTunesによって、その前に必要な作業を改善することはできるでしょうが、「持ってきたCD」で音楽を聴くという体験には大きな変化はなさそうです。依然として「持ってこなかったCD」の音楽を聴くことはできません。保有しているすべての音楽をコンピュータで管理することによって、持って出かける曲を選ぶという作業が変化します。その作業を行うユーザーになりきって「観察」すると、そこに新たな問題が見えてきます。
  • iTunesのユーザーを「観察」し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、iTunesでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す
音楽が一覧で見えるようになり、検索したり整理したりすることが容易になると、持って出かける音楽の選択肢が格段に増えることになります。そのプレイリストを作成してCD-Rに焼き付ける作業が増えるだけでなく、「持ってこなかった曲」を意識(後悔)することも多くなるでしょう。これまでは、そんな音楽を所有していることすら忘れていたのですから。iTunesで音楽の一覧を見て曲を選ぶ行為と、その曲を携帯型音楽プレーヤーで聴くという行為との時間差が問題なのです。すべての音楽を持ち歩いて「聴く曲をその場で選びたい」という潜在ニーズが見えてきます。 

機能領域で考えるべきこと

現在提供されている製品のユーザーが抱えている問題は、「たくさんあるCDを管理できない」ことだという仮説を持って顧客領域に遡上しましたが、そこで「聴く曲をその場で選びたい」という潜在ニーズを発見しました。それはiTunesという「コンピュータで音楽を管理する」というアイデアが存在したからこそ発見できました。

さらに、音楽を聴くときの体験が価値だとすれば、その前に行うことはすべて「なくてもいい作業」だと考えることができます。CDを買いに行くこと、それをMacにコピーすること、プレイリストを作成すること、CD-Rに焼き付けること、そしてCD-Rを持ち歩くことなど、それらのすべてが作業です。購入する音楽を選ぶことすら、なくてもいい作業なのかもしれません。「どこででも音楽を聴きたい」という基本的なニーズには、それらの作業をなくして欲しいという潜在ニーズが隠れているのです。もちろん、それは顕在化するまで存在しないニーズです。

それらの顧客領域からのインプットから、機能領域では「コンピュータで音楽を管理する」という最初のアイデアに次の2つを追加することになります。
  • 携帯型音楽プレーヤーにすべての曲を入れて持ち歩く
  • インターネットで音楽を販売する
ここで、持っているCDのすべての音楽を携帯型音楽プレーヤーに入れることができると、「膨大な数の曲の中から探して選ばなければならない」という新たな問題が発生することに気づくでしょう。それは次の実体領域(設計フェーズ)への要求仕様になります。実体領域では、その時点での技術やコストの制約から持ち運べる音楽は1,000曲になりましたが、スクロールホイールという技術を応用して指一本で曲を選ぶという操作を提供しました。
iPod1
"Say hello to iPod. 1,000 songs in your pocket."
 
さらに、CD数枚分とかではなく1,000曲の音楽を持ち運ぶことができるとしたら、まったく新しいユーザー体験を提供できるのではないかと考えた人がいたようです。そして「ユーザーが曲を探して選ぶ」のではなく、iPod
が選んだ曲を流せばいいという発想の転換がありました。まったくランダムなシャッフルモードから、ユーザーが気に入った一曲に関連性のある曲をiPod 選ぶジーニアスというプレイリストまで。シャッフルモードで聞いていて、普段なら選ぶことがなかったはずの曲が、その時の環境や気持ちなどで印象が全く違うものになっていたことはないでしょうか。CDを買って一度しか聞かなかったようなアルバムの記憶にない一曲がかかって、そこからそのアーティストの曲の探索を始めたことがなかったでしょうか。 これは、まさにこれまでになかった新しい体験でした。

イノベーションは黒魔術か?

最初にお断りしたように今回は、シーズ起点で考えた画期的なアイデアが解決しようとしている問題やニーズを明確に定義するプロセスをiPodを例として説明しました。それは、おそらくiPodを発想したジョブズやアップルの誰かの実際の思考プロセスとは異なるでしょう。しかし彼らは、シーズとニーズとを調和させるために多くの時間と努力を注いだはずです。
イノベーションは決して黒魔術などではありません。

インターネットでの音楽の販売は、技術的問題ではなく既存のバリューチェインにおける既得権を守ろうという抵抗勢力との戦いに時間がかかりましたが、アップルは2003年4月にiTunes Music Storeをオープンしました。そして、その10月にようやくWindowsへのiTunesの提供を開始しMacの呪縛から解放されたiPodのブレイクが始まりました。
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結果的にiPodの販売は2008年の5483万台にまで成長し、その後のiPhoneにつながるアップルの驚異的なイノベーションの先駆けになりました。アップルコンピュータだった社名からコンピュータという言葉を消した(2007年1月)ことに象徴されるように、製造業のイノベーション戦略マトリックスの△了業のイノベーションに成功しました。

ジョブズのメッセージは数多く紹介されていますが、iPodを発表したときのフレーズは特に印象的でした。
"a part of everyone's life" 
アップルがなぜiPodで音楽の市場に挑戦するのか、それは音楽が「人々の人生の一部だから」だという文脈でした。人々は(ジョブズも)皆、音楽が大好きだという言葉どおりの意味もあるでしょうが、それ以上にアップルという企業が挑戦する価値があるほど「大きな市場」だということを言ったのだと思います。


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お断り これは連載のために過去の記事を書き直したものです
図やイラストはPowerPointで作成しました 

モノづくりのデザイン思考 (連載 11)

一般消費者向けの製品をつくる製造業では、技術シーズから新しい製品の企画・開発がスタートすることが多いと思います。むしろ、画期的な製品は革新的な技術によって生み出されています。D.A.ノーマンは、自身のエッセー"Technology First, Needs Last"の中で次のように言っています。
まず技術が最初にあって次に製品、そして新しいアプリケーションが快適になるに連れてニーズがゆっくりと顕在化し、最後にそれが必要不可欠なものになる。
アプリケーションとは、その製品によって提供される体験と考えて良いでしょう。問題あるいはニーズは、それを解決する(満たす)製品が現れて初めて顕在化する。それまで潜在的なニーズというものは存在しない。新しい製品が現れてから、あたかも潜在していたニーズが顕在化したように見えるだけだということです。 

イノベーションはシーズ起点

デザイン思考や人間中心デザインの提唱者でもあるノーマンは、それらのアプローチ、すなわち本当の問題を特定してからその解決策を考えるというアプローチでは製品の機能や仕様の改善にしか結びつかない。ラディカル(不連続)な技術革新がなければ、イノベーションを起こすことはできないとも言っています。

近年、AIが機械学習、特にディープラーニングという技術によって飛躍的に進化し、デジタル(コンピュータ)そしてインターネットの次の、あらゆる経済活動で広く用いられる重要な汎用技術(GPT)になる可能性を帯びてきました。AIは(恐らく)次のイノベーションを可能にするラディカルな技術革新でしょう。

しかしシーズ起点で、(例えばAIなどの)革新的な技術によって実現が可能になる画期的なアイデアを考えても、それをそのまま製品化してしまうと「釘を探すハンマー」をつくってしまうことになりかねなません。打つべき釘(ニーズ)がなければハンマー(製品)に価値はありません。そのような製品はソリューションウェアと呼ばれています。技術シーズからソリューションウェアをつくってしまわないためには、その製品のアプリケーションが顕在化しようとしているニーズを明確にすることが必要です。 

デザイン思考はニーズ起点

デザイン思考とは「何らかのシーズと人々のニーズとを調和させてプロダクトをつくるための方法論」で、そのシーズは「技術的に実現可能なもの」「顧客価値と市場機会に転換できるもの」とされています(IDEO ティム・ブラウン)。前者はプロダクトのアイデア、後者は技術やデータやコンテンツなどの企業の保有資産と考えるとわかりやすいでしょう。

デザイン思考のプロセスはニーズを起点にしています。IDEOで実施されているプロセスは「観察」というステップから始まります。
  • 現実の生活における人々を「観察」し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す
そして発見した問題やニーズを解決したり満たしたりすための、技術的に実現可能な製品のアイデアを考えます。この段階でアイデアの実現に必要なシーズが選択されるので、それは自ずとニーズと調和します。

シーズ起点で顧客領域に遡上する

設計工学において用いられているプロセス論では、顧客領域で明確に定義した顧客ニーズを機能領域において要求仕様に落とし、それを実体領域で設計してプロセス領域で生産するとされています。機能領域の要求仕様は顧客領域のアウトプットの顧客ニーズの写像であるべきですが、技術シーズを起点にすると顧客領域のステップがスキップされて機能領域からプロセスが始まり、利用可能な技術の視点からエンジニアによって顧客ニーズが設定されて要求仕様が決められてしまいがちです。 
Axiomatic
出所:公理的設計 , Nam Pyo Suh
 
シーズ起点で「シーズと人々のニーズとを調和させる」には、機能領域から顧客領域に遡上して「観察」を行う必要があります。しかし、すでに機能仕様が想定されていると、答(機能仕様)のための問題(ニーズ)を無理に見つけようとしたり創り出したりしてしまう危険があります。

基本的なニーズを再定義する 

人々の基本的なニーズは不変ですが、技術によってそれを満たす手段が変化してきました。音楽を聴いたり、写真を撮ったり、ランニングをしたりする目的は人によってそれぞれ異なるでしょうが、「ひとりの人」に注目すると、新しい技術によって提供された製品やサービスによってその方法が変わっても、その基本的なニーズは変わらないということです。

まず、あなたが提供する製品を使う人々の基本的なニーズを再定義します。「いつでもどこででも好きな音楽を聴いていたい」「子供が生まれたので、その成長を記録して家族の幸せを残しておきたい」というように、あなたの顧客の「ひとりの人」になりきって(Empathize)できるだけ具体的に考えることが必要です。それは顧客も意識していないことかもしれませんし、あなた(製品の提供者)も明確に定義したことがないことかもしれません。携帯音楽プレーヤーは「音楽を聴くもの」で、カメラは「写真を撮るもの」だと、あたりまえに考えているかもしれません。

もちろん「ひとりの人」は何人もいます。カメラで子供の成長ではなく、旅行の思い出を記録しようと考える人もいます。それらは同じものではなく別々の基本的なニーズです。その別々の基本的なニーズを再定義します。基本的なニーズが不変という意味は、「ひとりの人」にずっと不変に存在するということではありません。子育てが終わった人の「子供の成長の記録」という基本的なニーズは消滅するかもしれませんが、それは別の「ひとりの人」の基本的なニーズとして新たに生まれます。

製品のコンセプトを定義する

あなたがシーズ起点で考えた「革新的な技術によって実現可能になる画期的なアイデア」は、現在の製品を使っている顧客が抱えている、どのような問題を解決しようとしているのでしょうか。再定義した「人々の基本的なニーズ」を満たす「手段」をどのように変えるものなのでしょうか。

ここでの「観察」は問題を探すことではなく、そのアイデアすなわち画期的な手段が解決しようとしている、これまでの手段の問題やニーズを明確に定義することが目的です。それが製品のコンセプトになります。その問題を解決することによって、顧客はどのような新しい体験の価値を得られるのでしょうか。その問題は、すでに存在する他の手段で解決できてしまわないでしょうか。その問題は、あなたが解決する価値があるのでしょうか。その問題は、まだ誰も気づいていないでしょうか。これらの質問にシンプルに答えておかなければなりません。

「ひとりの人」「基本的なニーズ」そして、それを満たすための新たな手段が「解決しようとする問題」の明確な定義が、顧客領域の写像として機能領域へのインプットになります。
 
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