デザイン思考で行こう!

Life will find a way, we'll find a way technology lives.

UI/UXという表記(表現)は誤っているという人がいる。確かにUIとUXは違う(UIデザインはUXデザインに含まれる)ものだろう。しかしUI/UXデザインという表現もそれなりに意味があるように思う。

新しい製品やサービスをデザインするとき、それがどんなものであっても次の2つは明確になっていなければならない。
  • What: それによって何ができるのか 何が得られるのか
  • How: それはどのようにできるのか どのようにして得られるのか
D.A.ノーマンは「誰のためのデザイン?」の改訂版で次のように言っている。
Technology changes the way we do things, but fundamental needs remain unchanged.

技術は人々が何かをする手段を変えるが、その基本的なニーズは不変だ。 
この基本的なニーズがWhatであり、何かをする手段がHowに相当する。
携帯ラジオで番組から流れてくる音楽を聴いたり、Walkmanで音楽を聴いたり、iPodで音楽を聴いたり、その手段は変わっても「いつでも音楽を聴きたい」という基本的なニーズは変わっていない。
このHowを定義し、それを綿密にデザインし、時間をかけて徹底的に品質を高めた製品を市場に投入する。これまでの日本の製造業が得意としてきた事前設計主義によるモノづくりだ。

UXとは、このHowが提供されたときの顧客の経験である。
  • UX: それによって顧客はどのような感情や価値を感じるか
これはB.J.パインとJ.H.ギルモアの"The Experience Economy: Work Is Theater & Every Business a Stage"にある経験価値(Experimental Value)という言葉に相当する。
All prior economic offerings remain at arm's length, outside the buyer, but experiences are inherently.

これまでのすべての経済が提供するものは購入者の外側にあるものだったが、経験は顧客の内側に残るものだ。
顧客の中に生まれるものをデザインすることはできない。デザインするのはあくまでもHowについてだ。これから顧客に提供しようとしている製品やサービスを利用することによって顧客が感じる価値を想像しながらHowをデザインする。しかし、同じHowを経験しても、感じる価値や涌き上がる感情は顧客によって異なる。同じ顧客であってもその状況によっても異なるだろう。それをどこまで想像できるかという想像力の問題になる。

UIデザインはそのHowのデザインの一部である。Howのデザインに関わるすべての人はUXを意識する必要がある。いわゆる(狭義の)UIデザイナーがWebページやモバイルアプリケーションのUIをデザインするとき、Webページの訪問者やモバイルアプリケーションのユーザーがどのような感情や価値を感じるかを想像しながらデザインするということは当たり前のことだ。わざわざUI/UXデザインと言うのは、これまでUXなんて考えていませんでしたと認めているようにも思える。

近年、UXあるいはUXデザインという言葉が普及し、その定義や方法論が活発に議論されるようになった。そしてIDEOによるデザイン思考という方法論が提案され、スタンフォード大学のd.schoolなどでのカリキュラムや、コンサルタントによるワークショップなどによって日本でも注目も高まっている。正確にはUXデザインとデザイン思考は違うものであるが、その考え方や方法論においてはかなり重なる部分がある(僕も時々混同している)。

そのプロセスを経験しノウハウを習得したUIデザイナーがUI/UXデザイナーと名乗るのは良いのではないかと思う。単にUXデザイナーというより、「WebサイトやモバイルアプリケーションなどのUIデザイン」という専門分野を特定しているほうが良心的だ。「私はどんな分野においてもUXデザインできます。」というのはにわかに信じがたい。ある分野のUXへの取り組みのプロジェクトに、その分野に不案内なコンサルタントやファシリテーターがUXデザインやデザイン思考のプロセスをガイドするということはあるだろう。

UXは想像力だと書いた。しかしコンサルタントや社内のプロジェクトが、クライアントやマネージメントに提案を行い実施への資金を獲得しようとするとき、その提案のよりどころが「私が想像しました」では通らない。承認する側も「はいそうですか」では無能に見られてしまうのではないかという不安にかられる。UXデザインやデザイン思考のプロセスを実施した素晴らしいレポートを見せられると、いくつか気の利いた質問をした後にちょっとした条件をつけて承認しやすくなる。もっともレポートの素晴らしさと、プロジェクトの成果とはあまり関係ない。

しかし、これまでに誰も経験したことのないまったく新しいHowが提供しようというとき、そのUXはそのような取り組みで明確にすることができるだろうか。最初は人々は最初は戸惑いネガティブな感情を持つかもしれない。さらに、その新しいHowを実現する技術がまだ不十分であることも考えられる。それを克服しHowが人々に受け入れられたときに人々が感じる価値や感情を追い求めてゆく熱意と、そしてやはり豊かな想像力が必要になる。事前設計主義はすでに破綻している。

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川手恭輔(Internet Born & Bred)
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7/15にAppleがIBMと企業向けアプリケーションで提携するという発表があった。

AppleとIBM、企業のモバイルを一変させるグローバルなパートナーシップを締結

スティーブ・ジョブズのiPod/iPhone/iPadによるコンシューマー・エレクトロニクス市場の破壊的イノベーションの時代が終わり、アップルは「普通のすばらしい会社」へ進み始めた。
そして7/22にはアップルの第3四半期の業績が発表された。それによると前年同期に対してiPhoneの販売台数は3120万台から3520万台に増加し、iPadは1460万台から1330万台に減少したが、全体的にはまずまずの業績のように思える。
 Q3
iPadの販売数は頭打ちになったようだが、IBMとの提携によるビジネス市場への進出によって、もうひと伸びが期待できるだろう。

ティム・クックはコンシューマー・エレクトロニクス市場において「これまでになかったまったく新しい価値」を生み出すことをあきらめたようだ。そんなことは、はじめから考えていなかったのかもしれない。今秋には新しいiPhoneや腕につける健康管理の時計のようなものを発表するだろう。あるいは買収したBeats MusicをiTunes Radioと統合した新しい音楽ストリーミングサービスを始めるかもしれない。アップルなりのデザインやまとめ方で、ちょっとクールな味付けがあるかもしれないが、それらはすでに手垢のついたモノやサービスだ。それらは彼が出すと約束している世界一の製品なのだろうか。

ティム・クックは非常に有能な経営者であり、ジョナサン・アイブも稀にみる優秀なデザイナーだ。二人ともどんな企業においてもすばらしい力を発揮できるだろう。しかし、アップルに次の破壊的なイノベーションをもたらすことはできないように思う。いや、すでに攻める側から攻められる立場に立ったアップルの経営陣や投資家にとって、不確実で大きなリスクのある破壊的なイノベーションの取り組みは必要でないのかもしれない。ジョブズのまき散らした種のうち、芽を出して大きく育った木に水や肥料を与えて、毎年できるだけ多くのリンゴを収穫するほうが安全で確実だ。ジョブズもそのために最適なティム・クックを後継者に指名したのだろう。自分のようなことは自分にしかできないという自尊心がそうさせたのかもしれない。ティム・クックを指名した時点で、アップルにおいて持続的なイノベーションのための最適化が始まった。

しかしどんなに手入れをしても木には寿命がくる。無理な収穫をすれば木は弱るし、台風などで一夜にして倒れてしまうかもしれない。今日のデジタル時代では、そのスピードやリスクは以前とは比べ物にならない。ジョブズが生きている間に芽が出なかったテレビや時計に、いくら水をやっても無駄だと思うし、小さな芽が出たとしてもそれを大きな木に育てるには、経営のノウハウやデーターではなく、偏執的な執念と子供のような感性が必要になる。

ビジネス市場へ参入し、そこからこれまでのような事業成長を獲得するには、中途半端な取り組みで済ますわけにはいかない。コンシューマー市場における継続的なイノベーションのシナリオを着実に実践する一方で、まったく文化の異なるIBMとのタフな取り組みに多くのリソースを投入することになるだろう。これはジョブズには絶対できない(我慢できない)ことだったと思う。アップルがティム・クックという優秀な管理能力を持った経営者の会社になったということの表れだろう。
IBMとの提携は、アップルのファンが抱いていたもやもやとした幻想をきれいに取り払ってしまったのではないだろうか。IBMとの提携がiPhone/iPadの浸透を前提としたものであるならば、Appleは現行事業を否定する破壊的なイノベーションを起こすことは難しくなる。

iPodは音楽プレイヤーと音楽コンテンツの流通市場を破壊し、iPhoneは携帯電話メーカーとキャリアのビジネスモデルを破壊し、さらにゲームやアプリケーションソフトウェアなどのコンテンツ市場にも大きな変革をもたらした。iPadはそれらをさらに加速し、ノートパソコンの市場にも大きなダメージを与えた。ジョブズが生きていたとしたら、次に破壊するものはあったのだろうか。
アップルはすでにコンシューマ・エレクトロニクス市場のトップに立っている。市場に破壊的なイノベーションを起こそうとすれば、少なからず自らの事業を破壊することを覚悟しなければならない。iPhoneによってiPodの事業は衰退した。iPhoneはiPodを飲み込み、パソコン、カメラ、ビデオカメラ、ゲーム機、テレビ、書籍や新聞のリーダーなどありとあらゆるモノを手の中の小さなデバイスに魔法のランプのように飲み込んでしまった。もう飲み込むものは無いようにも思える。しかし、そこから破壊的なイノベーションは始まる。
人々の基本的なニーズは不変で、技術によってその手段が変化してゆく。音楽を聴いたり、ランニングをしたり、写真を撮ったりする目的は人によってそれぞれ異なるだろうが、ひとりの人に注目すると、新しい技術によって提供された製品やサービスによってその方法が変わっても、その基本的なニーズは不変だということだ。技術の進化が無限であれば、人々が何かをする手段も無限に変化する可能性がある。(以前の記事から)
iPodの基本的な部分や機能、そのコンセプトやビジネスモデルは10年以上変わっていない。 iTunesがiPhoneの中の1つのアプリケーションになっても、さらにiOSの中に「音楽」として組み込まれiTunesというアプリケーションが見えなくなっても、クラウドから音楽を購入してダウンロードしてiPhoneで選んで聴くという流れは変わっていない。上述したような音楽ストリーミングサービスを始めるかもしれないが、それもすでに手垢のついてしまったものであり、「これまでになかったまったく新しい価値」を生み出すことにはならないだろう。
音楽を購入してダウンロードして聴くという体験と、定額の料金を支払いストリーミングで自由に好きな音楽を聴くという体験には大きな違いがある。しかしiPhoneのアプリで曲を選択してヘッドホンで聴くという古いスタイルでは、その違いを「これまでになかったまったく新しい(体験)価値」に転換することはできない。

例えば、手の中の魔法のランプから新しい画期的なデバイスを取り出して「iPodを再発明する」ことだ。その価値が市場に理解されるのに2〜3年かかるかもしれない。偏執的な執念と子供のような感性で顧客の思いを積み上げてゆくそのプロセスが、アップルのコンシューマーブランドをさらに強固なものにしていくはずだ。しかし、ティム・クックはSiriやMapの最初のつまずきで少し保守的になっているかもしれない。

少し前に、読もうと思っていた本の日本語翻訳(沈みゆく帝国)が発売された。しかしKindle版の価格(2000円)が単行本の価格と変わらなかったので、結局オリジナルのKindle版を購入して読んだ。

Haunted Empire: Apple After Steve Jobs
Yukari Iwatani Kane
HarperBusiness
2014-03-18


緻密で膨大な取材に基づいて書かれており、サムスンとの特許係争や中国での生産の問題、そしてアップルの人間関係など読み応えがあって非常に面白かった。その内容を否定する意見もあるようだが、取材元なども明確に示されていて僕はけっこう鵜呑みにしている。ティム・クックがわざわざ「ナンセンスだ」とコメントして話題になったが、逆に痛いところを突かれたという印象を与えてしまったようだ。
この本に書かれていることは、他の多くの大企業においてはさほど驚くことではないかもしれない。アップルもそれらの多くの大企業とおなじ「普通のすばらしい会社」になりつつあるのだろう。しかし、今の経営体制では「これまでになかったまったく新しい価値」を生み出すことは難しいだろう。
ジョブズとティム・クックは完璧な補完関係にあった。ティム・クックは自分がジョブズになれないことは一番よく知っているだろうし、なりたいとも思っていないかもしれない。もし万が一、ジョブズの代わりになり得る人材が居たとしても、ティム・クックがそれを認めて受け入れるとは思えない。ティム・クックはジョブズを補完できたが、ジョブズはティム・クックを補完することはできない。

この本を読んで、昨年10月にAmazon.comで195円で購入した本を思い出した。



これを途中まで読んで「Appleは未だにiPodで止まっている」を書いた。一時期Amazon.comから消えていたが、表紙が新しくなり508円になって再登場していた。きっと購入したものはβ版だったのだろう。 1980年からジョブズやアップルに関わっていた多くの人々の短いコメントが時系列に並んでいる。"Haunted Empire"を読んで、もう一度この本を(最後まで)読み返してみようと思った。

Haunted Empire(沈みゆく帝国)では、まるでシスの帝国のように語られてしまったアップルだが、帝国に破壊的なイノベーションをしかけるジェダイのスタートアップは現れるだろうか。

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7/11,12に開催されたEvernote Days 2014 Tokyoでの脳科学者の茂木健一郎さんの特別講演が「イノベーションの起こし方」というタイトルでレポートされているが、そこで茂木さんはイノベーションを起こすために重要な概念が「セレンディピティ」だと言っている。
「セレンディピティとは”偶然の幸運”に出会うことです。ポストイットなどがまさにセレンディピティから生まれたもの。あれは接着剤を作っていたら、たまたま弱い接着剤ができて、ポストイットが生まれた。A を求めていたのに B に出会う。これがイノベーションです」

しかし、セレンディピティに出会うだけではダメだと茂木さんは言います。大事なのは出会ったことに気づき、それを活かすことなのです。
ちょうど一年前の最初の2つの記事で書いたように、僕もイノベーションにはセレンディピティが不可欠だと思っている。ただ、セレンディピティは、後半の「出会ったことに気づき、それを活かす」というところまでを含めた「偶然の出会いと察知力」という概念だと理解している。

このブログ「デザイン思考で行こう!」の最上位のテーマはイノベーションで、その対象は(日本の)モノづくり、そしてそれにデザイン思考という考え方で取り組もうという試みだ。

初めて「デザイン思考」という言葉の定義に出会ったのは、2008年6月のHarverd Business ReviewでTim Brownの次のような文章だった。
Put simply, design thinking is a discipline that uses the designer's sensibility and methods to match people's needs with what is technologically feasible and what a viable business strategy can convert into customer value and market opportunity.

デザイン思考とは簡単に言えば、採り得る事業戦略によって顧客価値と市場機会に転換することができ、かつ技術的に実現可能である何かを、デザイナーの感性と手法を用いて人々のニーズに調和させる専門分野である。 
2013年8月9日のHarverd Business ReviewのWeb記事に掲載された「集合知とデザイン思考」という記事には次のような説明があった。

そもそも「デザイン思考」とは何なのか?簡単に言えば、“人々の生活や価値観を深く洞察し、ユーザーが何を潜在的に求めているのかを感知しながら、プロトタイピングを通じて、新しいユーザー体験を提供するイノベーション・プロセス”である。
D.A.ノーマンの「誰のためのデザイン?」の改訂版The Design of Everyday Things: Revised and Expanded Editionで新たに追加された第6章 Design Thinkingでは次のように説明されている。
Designers first spend time determining what basic, fundamental (root) issue needs to be addressed. They don't try to search for a solution until they have determined the real problem, and even then, instead of solving that problem, they stop to consider a wide range of potential solutions. Only then will they finally converge upon their proposal. This process is called design thinking.

まずデザイナーは、 取り組むべき基本的で本質的な問題が何であるかを特定することに時間を費やす。そのほんとうの問題を特定するまで、その解決策を探すようなことはしない。さらに問題を特定した後でも、すぐにその問題を解決しようとするのではなく、立ち止まって広い視野で可能な解決策を広い視野で考える。そしてようやく自らの提案に集中する。このプロセスを「デザイン思考」と呼ぶ。
いずれも過去にこのブログで紹介したものだ。

前回の記事で書いた「あなたの顧客のあきらめていること」を見つけ出し、顧客に自分が無意識にあきめていたことを気付かせることができるモノやサービス(HOW)をデザインするプロセスもデザイン思考だ。上の二番目の説明ではHOWを「新しいユーザー体験」としている。
この「新しいユーザー体験」という表現は、D.A.ノーマンが言い始めたと言われている「ユーザー体験/ユーザーエクスペリエンス(UX)」とは少しニュアンスが異なるように思う。むしろ、B.J.パインと
J.H.ギルモアの"The Experience Economy: Work Is Theater & Every Business a Stage"にある経験価値(Experimental Value)という言葉に近い。
All prior economic offerings remain at arm's length, outside the buyer, but experiences are inherently.

これまでのすべての経済が提供するものは購入者から離れた外に存在するものであったが、経験は顧客の中に存在する。
では、この「新しいユーザー体験」をどのようにデザインすればよいのだろうか。たとえ「潜在的なニーズ」や「顧客の諦めていること」を発見したとしても、それを満たすためのモノやサービスを考えだす方法はどこにも書かれていない。残念ながら僕はブレーンストーミングという方法には懐疑的だ(
アイデアの思いつき方)。ブレーンストーミングはアイデアをブラッシュアップするには有効だが、新しいアイデアを生みだすことは難しいと思う。新しいユーザ体験をを思いつくにはセレンディピティが必要なのだ。
  • 新しい技術やインフラを見たとき、それまで抱いていた「どうしたらこの潜在的なニーズを解決できるだろうか?」という課題の意外な答えを発見する能力
このセレンディピティを発揮するためには、いつも「どうしたら...できるだろうか?」という課題をいくつも抱えている必要がある。茂木さんは次のような面白いことを言っている。
「人はもっとも高いパフォーマンスを出している状態が実は一番楽なんですよ。(中略)仕事に学びがあってパフォーマンスに結びついていると人は疲れないんです。自分のペースで仕事ができる人はフロー状態にあるんです。」
セレンディピティはこのフロー状態で発揮される。新しいモノやサービスを考えだす人達はきっといつもこのフロー状態なのだろう。

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潜在的なニーズ」という検索ワードでこのブログを訪れる方が非常に多いので、それについてもう少し書いてみようと思う。

B.J.パインとJ.H.ギルモアの
"The Experience Economy"(経験経済)には、"Customer Sacrifice(顧客の諦め)"という言葉がでてくる。
When we understand customer sacrifice, we discern the difference between what a customer accepts and what he really needs, even if the customer doesn't know what that is or can't articulate it.

顧客の諦めを理解すると、顧客が受け入れていることと本当に必要としていることとの違いに気づく。たとえ顧客が自分が本当に必要としていることが何であるかを知らなくても、あるいはそれをはっきり説明できないとしても。
これは次のような式で表現されている。
  • 顧客が諦めていること = 顧客が本当に必要としていること - 顧客が受け入れていること
引用が続くが、D.A.ノーマンは「誰のためのデザイン?」の改訂版The Design of Everyday Things: Revised and Expanded Edition 次のように言っている。
Technology changes the way we do things, but fundamental needs remain unchanged.

技術は人々が何かをする手段を変えるが、その基本的なニーズは不変だ。
人々の基本的なニーズは不変で、技術によってその手段が変化してゆく。音楽を聴いたり、ランニングをしたり、写真を撮ったりする目的は人によってそれぞれ異なるだろうが、ひとりの人に注目すると、新しい技術によって提供された製品やサービスによってその方法が変わっても、その基本的なニーズは不変だということだ。技術の進化が無限であれば、人々が何かをする手段も無限に変化する可能性がある。
「顧客が本当に必要としていること」が潜在的なニーズだが、その時点で利用可能な技術によって顕在化させることができるニーズ、すなわち満たすことが可能な潜在的なニーズには限界がある。

さらにノーマンは"Technology First, Needs Last"の中で次のようにも言っている。
The technology will come first, the products second, and then the needs will slowly appear, as new applications become luxuries, then "needs," and finally, essential.

まず技術が最初に来て、次に製品、そして新しいアプリケーションが快適になるに連れて「ニーズ」がゆっくりと顕在化し、最後にそれが必要不可欠なものになる。
このエッセーの見出しは "Technology first, invention second, needs last."だ。発明と製品は同義になっている。問題あるいはニーズは、それを解決する(満たす)製品が現れて初めて顕在化する。あなたの顧客は自分が本当に必要としていること、すなわち潜在的なニーズが何であるかを知らない。それはあなたが、新しい技術による新しい製品やサービスを提供してから初めて知ることになる。
しかし、あなたの顧客が諦めていることは実はあなたもまだ気づいていない。

では、どうしたら顧客が諦めていることに気づくことができるのだろう。

5w1h

この図のWHATがノーマンの言う基本的なニーズだ。音楽プレイヤーを提供する企業の顧客の基本的なニーズは音楽を聴くことであり、ランニングシューズを提供する企業の顧客のニーズはランニングをすることであり、カメラを提供する企業の顧客の基本的なニーズは写真を撮ることだ。その目的(WHY)は人(WHO)によってさまざまだ。

自分の好きな音楽を聴いて気分転換をしたいと思っている人がいた。しかし、音楽はレコードを買ってきて部屋の中で聴くか、携帯ラジオの番組から好きな音楽が流れてくるのを待つしかないと諦めていた。ソニーはその顧客の諦めに気づいて、いつでも(WHEN)どこででも(WHERE)好きな音楽を聴くことができるウォークマン(HOW)を発明した。
時が流れて、アップルがiPodを発明した。それまでウォークマンの顧客は、外出先に持っていかなかったCDの音楽を聴きたいと思って持ってくればよかったと後悔することがあったが、それは自分の気分が変わったからだと諦めていた。数十枚数百枚のCDを持っている顧客は、購入したときに一度しか聴いたことがなかったり、もしかすると一度も聴いたことがないまま埋もれてしまったCDがあっても無意識のうちに諦めて放っておいた。iPodはその大量の音楽をすべてポケットに入れて持ち歩けることによって得られる価値を顧客に気づかせ感動させた。単にすべてを持ち運べるということだけではなくその価値をさらに高めるために、自分で簡単にプレイリストをつくることができる機能(HOW)、そしてシャッフルやジーニアスといった勝手に曲を選んで鳴らしてくれる機能(HOW)を提供した。

自分のパフォーマンスのすごい映像を記録して友人に見せたい(WHY)と思いながら諦めていたサーファーやアスリート(WHO)がいた。そんな過酷な状況(WHEN & WHERE)では、デジタルカメラやデジタルビデオカメラは使えなかった。その中の一人のサーファーがGoPro(HOW)を作った。

あなたの顧客が諦めていることはないだろうか。きっとあるはずだ。それを理解するためには、あなたが提供する製品やサービスを利用する顧客の基本的なニーズに立ち戻り、それぞれの人(WHO)のその目的(WHY)をもういちど徹底的に分析しその人の行動を先入観を持たずに観察してみよう。その目的は達成されているだろうか、顧客が「しょうがない」と諦めていることはないだろうか。製品やサービスを提供するあなた自身が諦めているWHOやWHEREやWHENがあると信じて取り組んでみてほしい。あるいは少し前は実現が不可能だったことが、新しい技術やインフラによって可能になったかもしれない。
ノーマンが言うように、技術が人々が何かをする方法を変えるのだから、技術が進歩する限り人々の新しいニーズを無限に生むことができるはずだ。もちろん、新しい技術やインフラは必須ではない。GoProのように想像力と既存技術で新しい価値を創造することもできる。
かつては「必要は発明の母」であり、人々が必要と求めるものが先にあり、科学者や企業はそれを察知して発明にいそしむのが常であった。生活や生産からの要求を技術者が追いかけていたのだ。ところが、今や「発明は必要の母」となった。人々は新たに発明されたものを見て、実は必要性があったのだと錯覚して生活に取り入れるようになったからだ。企業が提供する科学・技術に先導され、余分なものでも必要と感じて買いこむというふうに順序が逆転したのである。科学と人間の不協和音 池内 了
あなたの創る製品やサービスが人々や社会にとって「余分なもの」になるかどうか。新しい技術によって目先の機能や仕様を変えただけのモノを作って、これまでのマーケティング手法で売りまくろうというのではなく、あなたの顧客が諦めていることがないかちょっと考えてみてほしい。

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6月27日に総務省から次のような発表があった。
総務省は、平成26年度「独創的な人向け特別枠」について事業名を「異能vation」(いのうべーしょん)とすることに決定しました。またその業務実施機関を選定するとともに、「独創的な人(ICT技術課題に挑戦する個人)」の公募を平成26年7月14日(月)から行うこととしましたのでお知らせいたします。
すでに5月22日に、平成26年度「独創的な人向け特別枠(仮称)」に関わる業務実施機関の公募を行っていて、その公募に応募した企業や法人の企画競争の結果、委託先を(株)角川アスキー総合研究所に決定したとある。5月の発表にちょっと(応募してみようかと)興味を持って添付資料を読んだのだが、そのときは独創的な人の公募ではなく、タイトルにもあるように独創的な人を管理する業務実施機関の公募だった。業務実施機関とは、広報、ICT技術課題に挑戦する個人の研究管理、事業運営等、本事業の広報・運営・管理に係る業務を実施する機関だということだ。なんとも複雑なしくみだ。この特別枠の目的は次のようなものだと書いてある。
「独創的な人向け特別枠(仮称)」は、情報通信審議会中間答申「イノベーション創出実現に向けた情報通信技術政策の在り方」(平成25年7月5日)を踏まえ、平成26年度より新規に開始する事業として、予測のつかないICT分野において破壊的な地球規模の価値創造を生み出すために、大いなる可能性がある奇想天外でアンビシャスな技術課題に挑戦する人を支援するものである。常識にとらわれない、いわゆる「変な人」への支援を行うことで、イノベーションの創出を目指す人材の異色多様性を拓き、「Disruptive Change」をもたらす契機を拡大することを目的とする。
なにやら壮大なことが書いてあるようなのだが、最初はまったく理解できなかった。
  1. この事業(異能vation)は、変な人が大いなる可能性がある奇想天外でアンビシャスな技術課題に挑戦することを支援する。
  2. 変な人を支援するとイノベーションの創出を目指す人材の異色多様性が拓かれ、「Disruptive Change」をもたらす契機が拡大される。
  3. それによって、予測のつかないICT分野において破壊的な地球規模の価値創造を生み出される。
ということのようだ。「イノベーション創出」とか「破壊的な地球規模の価値創造」とか「Disruptive Change」とかは同じ意味だろう。「イノベーションの創出を目指す人材の異色多様性を拓く」ことがポイントだと理解した。

問題は、イノベーターはきっと変な人だろうが、変な人はほとんどイノベーターではないということだ。
なんども引用するが、ジョブズを発掘したAtariの共同ファウンダーであるノーラン・ブッシュネルが書いたFinding the Next Steve Jobs(次のスティーブ・ジョブズを探せ)には、企業がそういった人物を探すための心構えが書いてある。そういった人物を招き入れて力を発揮させるには経営者の考え方や企業側の体質を変える必要があると。



そんなことは総務省にはとてもできないから外部に委託するのだと考えると、話の筋は通っているようにも思える(笑)。
しかし、業務実施機関の公募要領には細かい選定基準が書いてあるが、応募書類審査基準および採点表には、応募してきた変な人がイノベーターかどうか見極める能力について審査する項目がないようだ。「変な人」についての記述は次のようなものしかない。
  1. 挑戦する個人の独創的な個性を十分に生かし、かつ、モーティベーションを保ちながら研究目的に導くような工夫がなされているか。(スーパーバイザーとのコミュニケーションのためのバーチャル研究室環境など)
  2. スーパーバイザーを支える体制が十分か。またそのための費用は適切か。
  3. 挑戦する個人を対象に課題公募に関わる効果的な広報がされているか。春の学校イベント運営などで独創的な挑戦する個人のモーティベーションを上げること効果的に行うための工夫がなされているか。
この「変な人」とは、どうやらスティーブ・ジョブズをイメージしているようだ。彼の言葉を引用して「価値ある失敗」を推奨している。失敗を恐れなくていいということはありがたいが、資料は研究が成功することを想定していないようにも受け取れる。もちろん、米西海岸ではスタートアップに失敗した企業家にも次のチャンスが与えられるといわれてはいるが、実際に失敗すると一時的にせよ大きな痛手を被る。その緊張感のなかで成功を信じてイノベーションを目論むのがイノベーターじゃないかと思う。
hennahito

「変な人」の公募は平成26年7月14日(月)から同年8月20日(水)まで行われ、書類審査と面談によって10名程度が採用され、総務省からの任命書を受け取って誓約書などを提出すると晴れて国に認められた「変な人」となって、スーパーバイザーの監視下ではあるが300万円の研究費をもらって一年間の研究ができる。春の学校イベント運営とやら、研究以外のこともいろいろやらなければならないようだが。
これに応募する人はきっと変な人だ。でも、イノベーターかどうかはわからない。

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川手恭輔(Internet Born & Bred)
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