デザイン思考で行こう!

Life will find a way, we'll find a way technology lives.

前回、デジタルビジネスデザインのステップをより具体的にしてデジタルリマスタリングと呼ぶことにした。
  1. インターネットによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品とWebサービスをデザインする
基本的な考え方はデジタルビジネスデザインと同じだ。しかし、このブログのタイトルにした「デザイン思考」と何が違うのか、あるいはUXデザインと何が違うのか。さらに"Service Design Thinking"という言葉もあるようだ。
This is Service Design Thinking: Basics-Tools-Cases
Mark Stickdorn
BIS Publishers
2012-12-20




昨年、この本を購入したときはすでに翻訳版もでていたのだが、Kindle版がなかったので(半額の)こちらを購入したら、この本は「紙の本」を前提に書かれていると記されていて苦笑してしまった。
a book is still one of the most reliable forms of media; a book is portable, tangible, durable and never faces problems of low battery or bad reception.

 (紙の)本はいまでも最も信頼性があるメディアのひとつだ。 携帯性に優れ、有形物であり、耐久性があり、電池切れや受信不良などの問題が起きることもない。
サービスデザインとはなんだろう。サービスというと、製造業が提供する製品(モノ)との対比でサービス業が提供するサービスをデザインするような印象を受ける。プロダクトデザインに対するサービスデザインというように。しかし、そうでもないらしい。
The outcome of a service design process can have various forms: rather abstract organizational structures, operation processes, service experiences and even concrete physical objects.
 
サービスデザインの成果物にはいろいろな形がある。組織の構造や業務プロセス、サービスのエクスペリエンスといった無形のものだけでなく、具体的な形を持つものもある。
 
Since service design is a still young and emerging approach, service design education is even younger and just developing.

サービスデザインはまだ歴史が浅く新しい取り組み手法なので、サービスデザインの教育も未成熟で、まさにこれから開発されようとしている。
サービスデザインはデザイン思考という概念のより具体的な実践方法であるように感じた。しかし、デザイン思考やサービスデザインに関する説明や議論の中で語られている成果物のほとんど(僕の知る限りではすべて)がサービスであるのは何故だろうと考えてみた。

設計工学において(主に機械工学で)用いられているプロセス論に次のようなものがある。
Axiomatic
出所:公理的設計 , Nam Pyo Suh

顧客領域で明確に定義した顧客ニーズを機能領域において要求仕様に落とし、それを実体領域で設計してプロセス領域で生産する。機能領域の要求仕様は顧客領域の顧客ニーズの写像であるべきだが、エンジニアは機能領域から関わることが多く、すでに他者によって要求仕様が指定されていることがある。あるいは利用可能な技術の視点から、エンジニアによって顧客領域であるはずの顧客ニーズが設定されてしまったりもする。N.P.スーの著書公理的設計 - 複雑なシステムの単純化設計の中でも顧客領域についてはほとんど触れられていない。

この顧客領域から顧客中心で考えようというのがデザイン思考だ。そしてその考え方はデザイナーの世界から提案され、大学やデザイン学校の先進的なカリキュラムとなっている。しかし設計工学(デザイン・エンジニアリング)の世界にはまだ浸透していないようだ。そのため、デザイン思考はデザイナーによって語られ用いられ、 デザイナーが顧客領域に参加できるサービス業やウェブ・サービスなどでの成果物になっている。

デザイン思考によって製品(モノ)をデザインするということはどういうことだろう。それはモノの価値を再定義するということだ。そしてモノが提供する機能的な価値だけでなく、そのモノを購入したユーザーが、そのモノに関連して経験することによって得られる価値にまで視点を拡張してデザインし直す。それをあえてモノの(デジタル)リマスタリングとして、デザイン思考やサービスデザインとの関係において次のように位置づけたい。
remastering
2008年6月のHarvard Business ReviewでTim Brownが次のように書いている。 
Put simply, design thinking is a discipline that uses the designer's sensibility and methods to match people's needs with what is technologically feasible and what a viable business strategy can convert into customer value and market opportunity.

デザイン思考とは簡単に言えば、採り得る事業戦略によって顧客価値と市場機会に転換することができ、かつ技術的に実現可能である何かを、デザイナーの感性と手法を用いて人々のニーズに調和させる専門分野である。 
モノのリマスタリングは、技術者が(もちろんデザイナーと共にでも)「デザイナーの感性と手法」を用いて行うアプローチになると思う。This is Service Design Thinking では、サービス思考の多くのツールとそれらを活用した事例が紹介されている。この後、それらを参考にしながらモノのリマスタリングの方法について考えてみたい。

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川手恭輔(Internet Born & Bred)

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僕がもしコンサルタントとしての営業用の名刺を作るとしたらこのようなものになると思う。ちょっと値は張るが、原宿のパピエラボに頼んで上質な紙に活版印刷でお願いしたいところだ。
namecard2
営業活動における名刺の役割は何だろうか。インターネットの出現によって、営業活動自体は大きく変化しているにもかかわらず、名刺というモノは数百年前からほとんど変わっていない。せいぜいEメールやホームページのアドレスの記載が追加されるようになったぐらいではないだろうか。
僕の名刺がなぜこのようになるのか。モノのインターネットの時代なのだから、名刺のなかにチップを仕込んでスマートフォンやインターネットのサービスと連携すべきではないのか。しかし、デジタルビジネスデザインによって名刺というモノを僕なりに再定義するとこうなる。
今後(この記事以降)の話をより具体的にするために、ここで、デジタルビジネスデザインのステップを少し修正しておく。
  1. デジタルコンバージェンスを可能にする技術やインフラを定義する
  2. インターネットによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  3. バリュープロポジションを定義する
  4. それを実現する製品とWebサービスをデザインする
「技術やインフラ」はインターネットあるいはモノのインターネットに絞って考えることにする。これほどまでの大きな変化をもたらす「技術やインフラ」はしばらく生まれないだろうし、情報の記録・記憶メディアのアナログからデジタルそしてインターネットへの変化がデジタルコンバージェンスの大きなトリガーとなることは間違いない。
しかし僕のオリジナルでない「デジタルビジネスデザイン」という考え方を勝手に修正する訳にはいかないので、とりあえずデジタルリマスタリングと呼ぶことにしよう。

僕の名刺を受取った人(見込み客)がオフィスの自分の机に戻って、あらためて僕の名刺を見る。面談で少しでも好印象を持ってもらえたら、あるいは少なくとも見限られていないとすれば、僕の名刺をゴミ箱には捨てずに名刺ホルダーに収めるか、パソコンやスマートフォンのアドレス帳に登録しようとしてくれるかもしれない。その時、もちろんすでに気付いていると思うが僕の名刺にはコンタクト情報がない。それは面談の際の話題になっていたかもしれない。しかし、パソコンを立ち上げると次のようなメールが届いている。
XYZ株式会社 AB様、

本日はお忙しいところをお時間をいただき....
......
早急にご提案をまとめ一週間ほどでご連絡を差し上げますので、しばらくのご猶予を頂けますようよろしくお願いいたします。
ご不明な点などがございましたら、お手数をおかけいたしますが下記連絡先までなんなりとお申し付けください。

川手恭輔
携帯:090-XXXX-XXXX
E-MAIL:kyosuke.kawate@gmail.com
URL:http://xxxxxx.co.jp
最初の面談が大成功であったとしても、見込み客のほうから次のコンタクトをしてくれることは稀だろう。だとすれば、僕の名刺に僕にコンタクトするための情報は必要ない。名刺に記載されたURLを手打ちして僕のホームページにアクセスしてくれることも期待しないほうがいいだろう。このようなメールを受け取れば、名前やアドレスをコピー&ペーストしてアドレス帳に登録することもできるし、このメールに返信するだけでコンタクトすることもできる。

そうなると、名刺の役割は何だろうか。コンサルタントの場合は、なによりも自分自身を買ってもらわなければならない。自分自身が商品だとしたら名刺は差し詰めポータルページかランディングページになる。その大きさからするとモバイルのページだろう。その小さい画面(紙面)で伝えるべき情報は何だろう。最初の面談で伝えたつもりのことを、その見込み客は理解してくれただろうか。オフィスの机にもどって僕の名刺を見たときどんな印象を覚えるだろうか。見込み客のエクスペリエンスを考えてみよう。
何よりも重要なものはUnique Value Proposition(UVP: 他にはない価値提案)を明確にすることだと思う。この価値提案が明確になっていなければ、他の項目のつじつまを合わせたところでなんの意味もない。考えるべきことは"Single, clear, compelling message that states why you are different and worth buying"(あなたのプロダクトがユニークであり購入に値することを一言で表す明快で人を引き付けるメッセージ)と説明されている。
内容はあまり関係ない過去の記事からの引用だが、自分自身が商品であれば自分のUVPすなわち見込み客にとってどんな価値を提供できるかを簡潔に伝えることがなによりも重要だ。「コンサルタント 川手恭輔」でそれが伝わるだろうか。上の名刺のメッセージが僕のUVPとして伝えたいものだ。専門のコピーライターに添削してもらう必要があるかもしれないが、見込み客が名刺を見たとき「あなたの顧客」「あなたの製品」という言葉に自分の製品や顧客を思いうかべてもらえて、「製品を再定義します」という提案に心を留めてもらえたならば成功だ。
「川手恭輔」という自分を特定する情報も必須だ。パーティーやイベントなどの立ち話程度で名刺を交換したようなとき、そのときの印象やこのメッセージに興味を持ってくれたらきっと「川手恭輔」を検索する。幸いにしてこの名前はいまのところネット上でユニークであるが、そうでない場合は何らかの付帯情報が必要になるだろう。

インターネットがなかった頃は、名刺以外に自分のコンタクト情報を正確に伝えて保存してもらう手段がなかった。情報の記録・記憶メディアとしてインターネットを考えたとき、これまでモノ(名刺)が担ってきた情報の伝達という役割を見直し、モノとインターネットの連携によってそれ以上の情報をより効果的に伝えるしくみと、それによって情報を受け取る側のより良い体験をデザインすることができる。デジタルビジネスデザインのデザインとはプロダクトデザインやグラフィックデザインなどいわゆるデザイナーの狭い領域の仕事を指すのではなく、技術的な実現の見通しを踏まえた「設計」という意味も含んだより広い概念だ。

そうやって名刺というモノの機能を再定義したものが上の名刺だが、モノとしての名刺にはもうひとつの役割がある。この名刺がいかにも家庭用のプリンタで市販の名刺用紙にプリントしたようなものであったり、ビジネスキオスクのオンデマンドサービスで印刷されたような簡易的なものであったとしたら、その上に書いてあるせっかくのメッセージも安っぽいものになってしまう。活版印刷である必要はないと思うが、見込み客に余計な不信感を与えない上質なモノにすべきだろう。

これだけ理屈を並べても、新しいモノは実際にユーザーに使ってもらい受け入れてもらわなければまったく意味がない。プロトタイプやモックは「受け入れられない」リスクをできる限り排除することができるだけだ。実際に市場にモノを提供して、マーケットフィットの絶え間ない努力を続けていかなければならない。iPodNike+iPodも市場に受け入れられるまでに3年かかっている。僕も大枚をはたいて名刺をつくって試してみなければならない。

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僕がインターネットを利用したサービスを初めて始めてみたのは1997年のことだ。まだカラープリンターが一般企業や家庭に普及していなかった頃だが、パソコンで作成したドキュメントをインターネット上の「プリントショップ」に送るとカラープリントされて送られてくるというものだ。PDFなどの印刷可能な汎用的なフォーマットがなかったので、ドキュメントを作成し独自のスクリプトを吐き出すDTPアプリケーションまでつくってしまった。アナログ電話回線でモデムのスピードが33.6Kbpsとか、やっと56Kbpsとかが出始めたばかりだったから数ページのドキュメントを送るだけで相当な時間がかかった。それを含めて「始めてみた」という表現どおり、戦略も事業計画も、そして必要なインフラの普及などの見通しも考えられていないという、成功しない要因ばかりの無謀な技術屋の試みだったが、それから懲も飽きもせずにインターネットサービスの立ち上げに没頭してしまったのは、1999年にサンフランシスコを訪れたときに立ち寄ったスタンフォードの大学の書店で、新刊のため目立つようにディスプレイされていたので購入した一冊の本のせいかもしれない。(新)訳本はこちら



経済価値はコモディディからプロダクト(製品)、サービス、そしてエクスペリエンス(経験)に進化するという。この経験価値(Experimental Value)という言葉に取り憑かれてしまった。コモディティとは、品質などの属性が均一化して差異がなくなり、相場によって大量に取引されるようになった農産物や天然資源などの商品を指す。工業製品やサービスがコモディティ商品になることはないが、市場において競合との差別化が困難になり事業利益が下落する状況はコモディティ化と呼ばれている。デジタルやインターネットなどの技術の急速な発達によって製品やサービスのコモディティ化が加速するなかで、製品やサービスを提供する企業は、その製品やサービス自体の価値だけでなく、その製品やサービスを利用する過程で顧客が感じる価値にも着目した事業戦略や商品戦略を考える必要があるという。

この本では経験を提供する企業のことをステージャーと呼んでいる。
The company - we'll call it an experience stager - no longer offers good or services alone but the resulting experience, rich with sensation, created with in each customer. All prior economic offerings remain at arm's length, outside the buyer, but experiences are inherently.

我々が経験のステージャーと呼ぶ企業は、もはやモノやサービスをだけを提供するのではなく、それを利用することによってそれぞれの顧客が感じることができる豊かな経験を提供する。これまでのすべての経済が提供するものは購入者から離れた外に存在するものであったが、経験は顧客の中に存在する。
「コモディディから製品、サービス、経験に進化」という順序にも表れているように、経験を提供する企業(ステージャー)はサービスを提供するプロバイダーの発展形として論じられているように思う。これはこの本に限ったことではなく、いろいろなところで挙げられている経験を提供する企業の多くの例がディズニーランドやスターバックスなどのサービス業者であることからも、製造業が積極的に経験を提供することは困難であったことは事実だ。
経験価値に着目したマーチャンダイジングによって製品価値の向上に成功した数少ない製造業の1つがNikeだ。Nikeは広告宣伝やディーラー向けの施策などの販売促進活動において、シューズという単なるモノではなく、そのモノを使用することによって得られるアスリートの経験を商品として徹底的に訴求した。しかし、製造業がマーチャンダイジングだけでコモディティ化に対抗するには限界がある。NikeにしてもNike Airなどの差別化技術があって初めて経験価値に着目したマーチャンダイジングが成功したと考えるべきだろう。

コンスーマ製品をつくる一般的な製造業は、造った製品を流通業に販売するだけで顧客との接点はほとんど持っていなかった。接点といえばTVなどのマスメディアを利用した広告などの一方的なものばかりで、双方向性のあるものは困ったときだけ顧客から電話をかけてくるコールセンターぐらいだった。これではサービス業のように顧客の経験に関与することができず、自社の提供する製品に関連して顧客が経験する価値を高めることは不可能であり、経験経済の時代に製造業が生き残ることはできないことになる。
しかし、インターネットによって製造業が顧客との接点を持つことが容易になった。2001年からの僕の次の取り組みは、インターネットを利用して顧客との接点を作り、顧客がモノを使う経験に積極的に関与してその価値を最大化することだった。Webサービスによってモノに関連するコンテンツやソリューションを提供した。

衝撃的だったのは、2006年にNike(とApple)が「Nike+iPod」を発売したことだった。ゴムと皮と布でできているランニングシューズが(iPod nanoとパソコンのiTunesを介してではあるが)インターネットにつながったのだ。まさにモノのインターネット(Internet of Things)だった。ランニングの時間や走行距離、消費カロリー、ペースなどがランニングシューズ(に仕込まれたセンサー)からiPod nanoに送られ、ランニング後にiPod nanoをパソコンに接続すると、iTunes経由でnikeplus.comという専用サイトにランニングのデータが自動的にアップロードされる。nikeplus.comでは、そのデータを活用してランニングの履歴や設定した目標の達成度合いなどがビジュアルに表示されるだけでなく、ランニング仲間や世界中の見知らぬランナーたちと成果を競うなどしてモチベーションを高めることができる。ランニングシューズというモノがインターネットにつながることによって、モノを提供するNikeという製造業が、iPod nanoというデバイスのアプリケーションやnikeplus.comというWebサービスで、モノを使用する時の顧客の経験に積極的に関与することが可能なった。かつては地味で孤独なスポーツであったランニング自体の経験価値までも向上させ、ランニングの人気を飛躍的に高めてシューズだけでなくランニング関連グッズの市場を拡大した。Nikeの「第一級のスポーツ価値の追求」「最高のスポーツ芸術価値」「芸術としてのスポーツの蘇生」という経営理念は、まさにスポーツの経験のステージャーたろうとするものだ。

Nikeはこれらの取り組みを発展させる過程で、人々がランニングをする目的すなわち基本的なニーズの多様性に気づいたようだ。それはマラソン大会に参加してアスリートの達成感や感動を得たいということだけでなく、ダイエットであったり、健康であったり、シェイプアップであったりする。ランニングだけでなく、日常生活における体の動きの全てを運動量として測定し記録するFUELBANDという商品は、この基本的なニーズに着目して経験のステージャーの視点から考え出されたプロダクト(製品)だと想像する。

2001年からの僕の取り組みは、ソリューションを追加しながらグローバル展開も行なったが、一番の課題はモノとWebサービスとの関係性が希薄だということだった。モノを使う顧客にとって、そのWebサービスはなくてはならない(must have)ものではなかった。あったらいい(nice to have)という程度では、顧客がモノを使う時の経験価値を最大化することはできない。しかしモノとWebサービスの強引な関連付けは、経験価値の最大化どころかモノの価値自体を低下させてしまうことにもなりかねない。
(特に日本の)製造業にとって、経験価値に着目したモノのインターネットへの取り組みは重要なテーマであり、経験経済の時代に生き残るためのイノベーションの大きなチャンスでもある。

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実は、僕自身は「インターネット冷蔵庫」という例を持ち出している記事に出くわすと、その内容には期待できないという先入観を持ってしまう。「インターネット冷蔵庫」というコンセプトは、デザイン思考の対極にあるものだと思う。それは近代的な高層ビルの、窓にブラインドを下した会議室で捻りだされるイノベーションのアイデアを揶揄する時の例に使うものだ。

冷蔵庫はデザインを変えたり新しい機能を追加したりして、買換え需要の市場とキッチンで不動の地位(Place)を保持しているが、基本的な機能は電気ではなく氷を入れて食材を冷やして保管する保冷庫の時代から変わっていない。食べ物や飲み物を冷やすことと食材を保存することの二つだ。その冷蔵庫がインターネットに繋がったらどうなるのだろう...と考えられたと思わしきものが十数年前からいくつか登場しては消えていった。

では、デザイン思考で冷蔵庫を見直してみるとどうなるだろうか。「まだだれも気付いていない『潜在的なニーズ』をどう見つける?」で書いた「潜在的なニーズ」は何だろう。そこで例にしたWalkmanやiPodは「音楽を聴く」という最も基本的な機能の上に、新しいユーザー体験を提供して「潜在的なニーズ」を顕在化してきた。例えば冷蔵庫の「食材を保存する」という最も基本的な機能に着目してみよう。この場合は音楽ではなく「食材」がコンテンツだ。なぜ「食材を保存する」必要があるのだろうか。

もちろん必要な時に食材を取り出して調理をして食べるためだ。ということは「食べる」ことが最終目的であり、冷蔵庫はそれを達成するためのフローの中の一機能を担っているだけだと考えられる。生魚という食材を買ってきて冷蔵庫で保管し、必要な下ごしらえをしてからグリルで焼き、皿に盛って食卓に出す。そして焼き魚を食べる。しかし、このジャーニーはこれで終わりではない。グリルやお皿を洗って、食べ残した骨などを始末しなければならない。

「焼き魚を食べる」ということだけが目的であれば料理店に行ってもいいし、調理済みのものを買ってきて電子レンジであたためるというより手軽な方法もある。 出かけるという手間やコストの問題で、自宅で調理をして食べるという方法を選択したのかもしれない。あるいは家庭という組織を維持するという、さらに上位の目的があるのかもしれない。

冷蔵庫という「食材を保存する」という機能を提供するハードウェアは、人々のこのような意識や行動の流れの中に位置している。もし「食材を保存する」ことなく人々が「自宅で美味しい焼き魚を安価に食べる」という目的を達成できようになれば、「食材を保存する」機能を提供する冷蔵庫は不要になるという破壊的なイノベーションが起きるかもしれない。

日本ほど(都市部だけかもしれないが)家庭で食事をするためのインフラが整っている国はないのではないかと思う。インフラが整っているというのは変な表現だが、野菜や肉や魚などの基本的な(生鮮)食材以外に、冷凍食品やレトルト食品、そして輪切りの大根を面取りして下茹でしてあるような半調理品にいたるまで、スーパーマーケットに行けばそれぞれのニーズに合った食材が手軽に手に入る。昨年末に、インドやタイの何種類ものカレーのレトルトとナン(とタイガービール)を買ってきて自宅でカレーパーティーを楽しんだ。

カレーは日本食ではないが、これは、れっきとした日本の食文化だ。他の国と違うのは、提供者側の異常な(insanely)までの食に対する熱意と努力による進歩が非常に大きいことだ。なかでも日本のコンビニエンスストアのビジネスモデルは世界にも例がない。おでんの材料の練りものや野菜までも自社工場や農場で生産し、高品質な料理を全国的に提供するだけでなく、季節や地域に合わせたきめ細かいカスタマイズも行っている。焼き魚や煮物などをすべてコンビニエンスストアで買ってきてきれいな器に盛って食卓に並べるだけで「和食」のおもてなしをすることも可能だ。

食品のマーケティングと開発・生産と流通の新しいビジネスモデルの検討において、商品を店舗やネットで販売するという従来の方法ではなく、食品という継続的に消費される商品の特徴に着目して家庭に店舗を常駐させるというアイデアはどうだろうか。冷蔵庫が店舗になる。買い物のときに冷蔵庫の在庫状況が知りたくなるという有りそうで実際にはたまにしか起きない状況を想定した、わざわざスマートフォンで冷蔵庫と会話するなどというアプリケーションよりは「世界を変える」可能性があると思う。

もちろん冷蔵庫はインターネットにつながっていて(冷蔵庫内の)食品の在庫や消費期限などが食品のパッケージに付けられているRFIDタグとの通信で管理されている。冷蔵庫のドアのタッチスクリーンにはその情報がわかりやすく表示され、今晩の食卓に並べる食品の組み合わせがいくつか提案されている。さらに冷蔵庫の中の食品の消費履歴によって、その家庭の好みや偏りなどの分析データからプロの栄養士が考えた献立計画がレコメンドされる。プライバシーの議論はちょっと後回しにしよう。もちろん減塩や肥満防止、アレルギーの考慮などのカスタマイズもあるだろう。各自の健康状態や体調など、必要な情報は体に装着したウェアラブルデバイスからアップロードされる。

これは食材ではなく、ある程度完成された食品になっていないと実現できないビジネスモデルだ。家庭の味とか手作りの良さとかが失われるという懸念や、食品を買ってきてそのまま食べるだけということに対する心理的な抵抗はあるかもしれない。しかし、人々の基本的なニーズが「自宅で美味しい焼き魚を安価に食べる」ということだとしたら、そのための面倒な作業のための力を食事を楽しむための工夫にあてることができたほうがいい。

味付けやバリエーションなどに「和食」ブランドの特徴を最大限に生かして、「提供者側の異常なまで(insanely)の食に対する熱意と努力」によってきめ細かいローカライズをしながらプロダクト/マーケット・フィットを行っていく。その過程で食品の安全性や食材の透明性の確保、もちろんプライバシーの懸念の払しょくも最大の課題となるだろう。どうやって店舗(冷蔵庫)に届けるかということを考えることも楽しい作業だ。

ちょっとした思いつきの途方もない話ではあるが、この「潜在的なニーズ」を顕在化することができたら、そのビジネス規模も途方もないものになる。

これまでの製造業と流通業という区分けは不明瞭になりつつある。製造業側から流通に進出する例は少ないが、消費者の近くにいる流通業が製品を開発し自社生産や委託生産によって市場のニーズに合った商品を提供する例は数多い。上述のような食品や生活消耗品が多いが、OEM/ODMに独自の仕様を付加した家電なども増えてきている。このままでは商品開発は流通業の仕事になってしまいそうだ。

冷蔵庫を再発明するのは誰だろう。消費者の近くにいるということが何よりも重要だが、それは店舗を持っているということではない。音楽やビデオやゲームなどのコンテンツ市場は、その流通の仕組みとコンテンツを消費するデバイスの組み合わせで産業融合が起きてきた。食品というコンテンツの流通の仕組みとそれを消費するデバイスという考え方で新しいビジネスモデルが考えられると思う。もちろん、コンテンツを電子的に冷蔵庫に配信することはできない。インターネットは重要なインフラであり技術であるが、それをどの部分で活用するかはビジネスモデルから考える必要がある。

この記事を書いている途中でラスベガスで始まったCES2014でLGが(性懲りもなく)インターネット家電を発表したという記事「冷蔵庫がビールが何本残っているか教えてくれる」がTechCrunchに掲載された。記事に掲載されている写真では、ポケットに片手を突っ込んだスーツ姿のエグゼクティブ風のプレゼンターがLGスマートフォンで冷蔵庫とチャットしている。
  • 冷蔵庫:何かご用でしょうか?
  • 主人:食材のリストを教えてくれ。
  • 冷蔵庫:卵5個、トマト3個、牛乳1本、鶏肉2つ。
きっとこれを考えた人はビールを取り出すときしか冷蔵庫を開けたことがない。

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どうやってイノベーションを起こしたかということについては数多くの本で事例や分析が紹介されている。そしてイノベーションを起こすための方法論やプロセス論の議論も活発で、数多くのコンサルティングも存在する。アイデアをプロダクトやサービスとして実現し、企業の中で事業化したり起業するためのノウハウもあふれている。
まったく新しいユーザー体験を提供し人々の生活を変えるようなラディカルなイノベーションはそう簡単にできることではない。しかし、その可能性は無限に存在すると信じている。デジタル時代においては、ひとつのイノベーションによって得たアドバンテージを維持できる時間は極端に短くなっている。そのアドバンテージを維持するためには次のイノベーションが必要であり、第三者にとってもそのドメインで次のイノベーションを起こすチャンスは残されている。

デザイン思考という考え方は好きだ。しかしそれによって可能になったイノベーションの事例を見つけることができない。ノーマンはデザイン思考ではラディカルなイノベーションを生み出すことはできないと言っているが、僕はデザイン思考による取り組みの中で生まれるアイデアが勝負だと思っている。そのアイデアが画期的な形状のドアノブなのか、ドアが一部の構成要素に過ぎない環境自体を再定義するものなのかの違いだと思う。
それはきっと寄せ集め(寄り集まり)のプロジェクトやブレインストーミングからは生まれない。偶然のような思いつきと、それを実現しようとする変質的で偏執的な情熱によってしか生まれない。

それではみなさん、よいお年をお迎えください。川手恭輔

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