D.A.ノーマンのエッセー"Technology First, Needs Last"に遭遇した時に、その全体の論旨には共感できるものの、なんとなくひっかかる感じがした。"Activity-Centered Design"という彼の提案の発展形あるいはそれを補完する概念として「共感できる」どころか、大賛成なのだが...
僕のオフィスの机の上の使わなくなったディスプレイにはこんな言葉をプリントした紙が貼ってある。

デジタルビジネスデザインの進め方
  1. デジタルコンバージェンスを可能にする技術やインフラを定義する
  2. それによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  3. バリュープロポジションを定義する
  4. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する
これは10年くらい前に(そのころはこれ以外に本や雑誌を読む習慣がなかったので)きっとHBRという雑誌の記事に書いてあったか、もしかすると自分なりの勝手な解釈をして書きとめたのだろうと思う。"Technology First"とは、「デジタルコンバージェンスを可能にする技術やインフラを定義する」と同じことを指しているのだろうと思う。

なんとなくひっかかったのは、"The inventors will invent, for that is what inventors do" (発明者は発明をするから発明者なのだ)というところ。確かに新しい製品を「発明する」という言い方は間違っていないと思うし、ジョブズの有名な "Apple is going to reinvent the phone"という言葉もある。ただ、技術者でなければ発明はできず画期的な新しい製品も生み出すことはできないと言っているのだ。まあ短いエッセーのなかでの彼独特の表現だとは思うが。この秋に有名な著書『誰のためのデザイン?』の全面改訂版"The Design of Everyday Things: Revised and Expanded Edition"が出版されるようなので、その中でいろいろ物議をかもした"Activity-Centered Design"などと共に詳しく解説されるかもしれない。

僕は新しいビジネスは発明するというよりもデザインするものと表現したほうがよいのではないかと考えている。発明するよりもデザインするほうが方法論として議論することも可能になるとも思う。

ビジネスに携わる人がデザイナーをよく理解する必要などない。彼ら自身がデザイナーになる必要があるのだから。 ロジャー・マーティン

そのデザイナーがまずすべきことは、まだ誰も気づいていない「潜在的なニーズ」、ノーマンのエッセー中では"unspoken hidden needs"を見つけだすことだと思う。それはきっとその時に一般的で採用可能な技術では解決できない問題あるいは満たすことができないニーズであって、すべての人々があたりまえのこととして、あるいは無意識のうちにあきらめていることだ。

あるプロジェクトのキックオフミーティングを行った日の夜、サンフランシスコのレストランで食事をしたときに、メンバーの一人の米国人との会話の中で"serendipity"(セレンディピティ)という言葉が話題になった。英語でも造語であるようで日本語で対応する言葉を見つけられないのだが、ウィキペディアによると「何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉」とのことだ。僕が「新しいビジネスを思いつくにはセレンディピティが必要だ」と言ったときに、彼が「実は私も今日、別の場所で同じことを言ったんだ!」と盛り上がった。
  • 新しい技術やインフラを見たとき、それまで抱いていた「どうしたらこの潜在的なニーズを解決できるだろうか?」という課題の意外な答えを発見する能力
ビジネスのデザイナーにはこのセレンディピティが不可欠だと思う。さらにその前に、「潜在的なニーズ」というものを常に探索し漠然としてであってもそれを自分が解決すべき課題として意識している必要がある。そうでなくては、新しい技術やインフラを見たときに「これだ!」と思いつくことなく他人事としてしかとらえることができないからだ。すなわちビジネスのデザイナーにとって、セレンディビティは必要な能力で、潜在的なニーズを見つけることは最初の仕事である。その2つによって、ジョブズのように誰も思いつかなかった製品をあたかも「発明」したかのように世に送り出すことができるのだ。だから技術者でなくとも発明はできる、ただし技術を理解する力は必要だが。実はディスプレイに貼った「デジタルビジネスデザインの進め方」には、0番として手書きで「だれも気づいていない潜在的なニーズを探索し解決すべき課題を定義する」と付け加えてある。

" The technology will come first, the products second, and then the needs will slowly appear, as new applications become luxuries, then "needs," and finally, essential."

まず技術が最初に来て、次に製品、そして新しいアプリケーションが快適になるに連れてニーズがゆっくりと顕在化し、最後にそれが必要不可欠なものになる。

この「新しいアプリケーションが快適になるに連れてニーズがゆっくりと顕在化する」という部分が非常に興味深い。新しい製品がもたらす新しいアプリケーションすなわちユーザー体験は、なかなか市場に受け入れられない。今までになかったもの、さらに誰も気づかなかった潜在ニーズを満たすもの、先進的であるがゆえに、理解されるまでに時間がかかるのは当然と言えば当然のこと。これはiPodが出現したときのことを考えるとわかりやすい。2001年にiPodが「1,000曲の音楽をポケットに...」と発売されてから爆発的なヒットとなるまでに2年以上かかっている。その間に容量が増えたとかWindowsにも対応したとか、いくつかの改善はあったものの基本的なアプリケーションは変わっていない。「アプリケーションが快適になる」とは、人々が新しいユーザー体験に慣れるには時間がかかるということと、アプリケーションが改善されてユーザー体験が快適になるということの2つの意味があるのだと思う。

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