デザイン思考で行こう!

Life will find a way, we'll find a way Technology lives.

2013年12月

どうやってイノベーションを起こしたかということについては数多くの本で事例や分析が紹介されている。そしてイノベーションを起こすための方法論やプロセス論の議論も活発で、数多くのコンサルティングも存在する。アイデアをプロダクトやサービスとして実現し、企業の中で事業化したり起業するためのノウハウもあふれている。
まったく新しいユーザー体験を提供し人々の生活を変えるようなラディカルなイノベーションはそう簡単にできることではない。しかし、その可能性は無限に存在すると信じている。デジタル時代においては、ひとつのイノベーションによって得たアドバンテージを維持できる時間は極端に短くなっている。そのアドバンテージを維持するためには次のイノベーションが必要であり、第三者にとってもそのドメインで次のイノベーションを起こすチャンスは残されている。

デザイン思考という考え方は好きだ。しかしそれによって可能になったイノベーションの事例を見つけることができない。ノーマンはデザイン思考ではラディカルなイノベーションを生み出すことはできないと言っているが、僕はデザイン思考による取り組みの中で生まれるアイデアが勝負だと思っている。そのアイデアが画期的な形状のドアノブなのか、ドアが一部の構成要素に過ぎない環境自体を再定義するものなのかの違いだと思う。
それはきっと寄せ集め(寄り集まり)のプロジェクトやブレインストーミングからは生まれない。偶然のような思いつきと、それを実現しようとする変質的で偏執的な情熱によってしか生まれない。

それではみなさん、よいお年をお迎えください。川手恭輔

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前回、「どこででもその場で選んだ音楽を聴きたい」という「潜在的なニーズ」を見つけた。

A brilliant solution to the wrong problem can be worse than no solution at all: solve the correct problem.

どんなに素晴らしいソリューションでも、それが間違った問題を解決しようとするものだとしたらまったく価値がない。正しい問題を解決しよう。

さて、それはノーマンのいう「正しい問題」なのだろうか。どんなにエスノグラフィ調査やフォーカスグループへのインタビューなどを行ったとしても正しいと断言することはできない。「見つけた」のは「正しい問題」ではなく、

  • 満たす価値がある
  • 満たすことが可能である

と判断した「潜在的なニーズ」であるということを意識しておかなければならない。結果的に、その「潜在的なニーズ」を顕在化できなかった場合は、

  1. 「潜在的なニーズ」であるとした判断が間違っていた
  2. それを顕在化させるためのプロダクトが間違っている

のいずれかを、その理由として考えるかもしれない。しかし、この2つにも大きな違いはない。あるいはどちらの理由なのかをはっきりさせることも難しい。そもそも「潜在的なニーズ」は存(実)在しないのだから、存在しなかったと結論づけるのもおかしい。顕在化させて初めて「潜在的なニーズ」であったことが証明できるということもできるかもしれないが、むしろ「新しいユーザー体験」を生み出したと考えたほうが自然だ。そして「潜在的なニーズ」は、「新しいユーザー体験」を生み出すための最初の取り組みの目標に過ぎない。なにやら禅問答のようだが。

2001年1月にマックワールドエキスポで初めてiTunesを発表したとき、ジョブズは次のように言った。

“Mac can become the digital hub of our emerging digital lifestyle, adding tremendous value to our other digital devices.”

「Macは、浸透しつつあるデジタルライフスタイルにおけるデジタルハブとなって、いろいろなデジタルデバイスに素晴らしい価値を与えるだろう。」

音楽に関していえば、この時点ではCDから音楽をiTunes/Macにコピーし、iTunesで音楽を管理・編集し、編集した音楽をCD-Rに焼き付けてCD Walkmanで楽しむという提案だった。

ipod1

この提案が解決しようとするユーザーの問題は、「たくさんあるCDを管理できない」というものだろう。曲ごとのメタデータから自動的に作成したデータベースによって、ユーザがアーティスト名やジャンルなどから曲を探し、選んだ曲でプレイリストを編集することができる秀逸なユーザーインタフェースを備えたiTunesというアプリケーションでそれを解決する。

ipod2

そして2001年10月にiPodが発売された。1,000曲の音楽と、iTunesのデータベースと編集したプレイリストをそのまま持ち運べるようになった。さらにスクロールホイールという画期的なユーザーインタフェースによって、「どこででも(1,000曲の中から)その場で選んだ音楽を聴くことができる」という新しいユーザー体験を生み出した。

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2003年4月にiTunes Music Storeを開始したが、その10月にようやくWindowsへのiTunesの提供を開始しMacの呪縛から解放されたiPodのブレイクが始まる。

ipod4


iTunes Music Storeを始めるにあたっては、技術的問題ではなく既存のバリューチェインにおける既得権を守ろうという抵抗勢力との戦いに時間がかかったが、その間にWindowsにiTunesを提供することもできたはずだ。「どこででもその場で選んだ音楽を聴きたい」という潜在的なニーズを満たし、新しいユーザー体験を提供するiPodという画期的なデバイスは、単なるMacの魅力を向上させるための一つの周辺機器という位置づけをはるかに超える価値を持っていた。iPodを発表したときジョブズはそれに気付いておらず、頭の中の計算は依然としてMac > iPodだったのだろうか。

では、ジョブズのようにMacというしがらみを持たない我々の場合はどう考えることができるだろう。
「どこででもその場で選んだ音楽を聴きたい」という「潜在的なニーズ」から再スタートしよう。Walkmanという実現モデルを「どこででも自分の選んだ音楽を聴きたい」という抽象モデルにし、そこから新しい技術やインフラで満たすことができる「潜在的なニーズ」を見出そうとしていた。そして、Sound Jam MPを見たときセレンディピティが発揮されて「これで音楽を全部持って行けるようにすることができそうだ」という発見をし、「新しいユーザー体験」を生み出すための最初の取り組みの目標として、「どこででもその場で選んだ音楽を聴きたい」という「潜在的なニーズ」を設定した。すべてのCDの音楽をWindows PCやMacに入れてSound Jam MPをベースにしたアプリケーションソフトで管理し、それをミュージックプレイヤーにコピーすればいいのだ。では、曲ごとのメタデータによって自動的に作成したデータベースによって、ユーザがアーティスト名やジャンルなどから曲を探し、選んだ曲でプレイリストを編集することができる秀逸なユーザーインタフェースを備えたアプリケーションを作ろう。

持ち運ぶ音楽の数がCD数枚分とか数百曲とかの段階であれば、「どこででもその場で選んだ音楽を聴くことができる」という最初に設定した「潜在的なニーズ」を満たしたということにとどまるかもしれない。しかし、持っているCDの全ての音楽をミュージックプレイヤーに入れることができたら話はちょっと違ってくる。「自分で選べる」ということが「数千曲から選ばなければならい」という新たな問題に変わる。確かにiTunesのデータベースとクリックホイールによって、いろんな条件で曲を探すことは非常に簡単だ。しかし、人の記憶や感覚で聴きたい曲を思い浮かべられる範囲には限界がある。その外側にある曲はなかなか「あの曲を聴こう」と探す対象とはならずに埋もれてしまう。「全部の音楽を持っていく必要なんかない」と誰もが考えたと思う。自分で聴きたい音楽を選ぶのであれば、事前に好きなアーティストや最近購入したCDから絞り込んでおいた方が便利だと。

「どこででもその場で選んだ音楽を聴くことができる」という最初に設定した「潜在的なニーズ」から実現モデル、すなわちユーザー体験をデザインする過程でこんな壁にぶつかったとき、CD数枚分とか数百曲ではなく数千曲や数万曲の音楽を持ち運ぶことができるとしたら、まったく新しいユーザー体験を提供できるのではないかと考えた人がいた。そして「ユーザーが音楽を選ぶ」のではなく、ミュージックプレイヤーが勝手に選んだ曲をプレイするという発想の転換をした。まったくランダムなシャッフルモードから、ユーザーが気に入った一曲に関連性のある曲を
ミュージックプレイヤーが選ぶジーニアスというプレイリストまで。シャッフルモードで聞いていて、普段なら選ぶことがなかったはずの曲が、その時の環境や気持ちなどで印象が全く違うものになっていたことはないだろうか。CDを買って一度しか聞かなかったようなアルバムの記憶にない一曲がかかって、そこからそのアーティストの曲の探索を始めたことがなかっただろうか。これは、まさにこれまでになかった新しい体験だ。

iPodの発明から12年が経過した。その間に、デバイスやクラウドが集積可能なコンテンツや情報の量とその集積コストのバランスが劇的に変化した。そしてコンテンツや情報の膨大な集積をベースにしたさまざまなアプリケーションが、それまでに想像もできなかった新しい価値を生み出した。人間のイマジネーションを超える量のコンテンツや情報を手のひらの上で管理できるようになったのだ。ブッシュネルがこう言っていた。

"I actually think iPhone was actually an exchange of iPod ecology."

そろそろ誰かが次のiPodを発明してもいい頃だ。
 
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川手恭輔(Internet Born & Bred)
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このところD.A.ノーマンの「誰のためのデザイン?」の改訂版など、最近読んだ本を読み返しながらいろいろ書いているが、ノーマンにはいろいろ引っかかるところがあってつい引用してしまう。

Engineers and business people are trained to solve problem. Designers are trained to discover the real problems. A brilliant solution to the wrong problem can be worse than no solution at all: solve the correct problem.

エンジニアやビジネスパーソンは問題を解決することに長けているが、デザイナーは真の問題を発見することに長けている。どんなに素晴らしいソリューションでも、それが間違った問題を解決しようとするものだとしたらまったく価値がない。正しい問題を解決しよう。

ノーマンは全体を通して、こんな調子でエンジニアとビジネスパーソンに対するデザイナーという軸で語っている。以前にも引用したが、ハーバードビジネスレビューのWeb記事に掲載された「集合知とデザイン思考」という記事に次のような文がある。

そもそも「デザイン思考」とは何なのか?簡単に言えば、“人々の生活や価値観を深く洞察し、ユーザーが何を潜在的に求めているのかを感知しながら、プロトタイピングを通じて、新しいユーザー体験を提供するイノベーション・プロセス”である。

この意識はデザイナーだけでなく、エンジニアとビジネスパーソンも持つべきものだと思う。そして、それら三者が参加し、それぞれが自分の領域以外の2つの領域への理解を深めることによってイノベーションを起こすことが可能になる。

今回(とその後のいくつかの記事で)、これまで書いてきたことを振り返るために、CD/MDのWalkmanからiPodを発想するプロセスを考えてみたい。
そのプロセスは次の2つのステップにわける。
  1. まだだれも気付いていない「潜在的なニーズ」を見つける
  2. 新しいユーザー体験をデザインする

まず「まだだれも気付いていない『潜在的なニーズ』をどう見つける?」で書いたように、現在(その当時)は「どこででも自分の選んだ音楽を聴きたい」というニーズがWalkmanによって満たされている。そのユーザーの行動を観察してみよう。ユーザーはCDを購入し、たくさんのCDの中から自分が選んだ数枚を持って出かける。日本の場合はCDをレンタルしMDにダビングするという人も多いだろう(海外の場合はCDのレンタルというサービスが多くなかった)。その観察によって、いろいろな問題やユーザーの不満を発見することができるだろう。例えば、聴いているうちにWalkmanのバッテリーが切れてしまった、CDがかさばる、CDを壊してしまった、Walkmanを置き忘れてしまった、でかけるときにCDを選ぶ時間がなかった、気持ちが変わって持ってきたCDと違う音楽を聴きたくなった、CDをまだ購入していない音楽が聴きたくなった、CDでかばんの中がいっぱいになる、持っているCDが管理できない、CDを別のケースに入れてしまって間違えた...どんな些細なものでもくだらないと思えるものでも、解決できそうにもないものでも、なんでもかんでも列挙する。それもいろいろな人の立場や状況に立って考える。もちろん、周囲の人やフォーカスグループを集めたインタビューも参考にしたい。現在では、プロダクトについてのソーシャルネット上での人々の意見やつぶやきをあつめることも容易にできるし、もしプロダクトを提供する企業であれば、そのプロダクトにユーザーの行動や声を収集する仕組みを組み込んでおくことを考えるべきだろう。

Designers first spend time determining what basic, fundamental (root) issue needs to be addressed. They don't try to search for a solution until they have determined the real problem, and even then, instead of solving that problem, they stop to consider a wide range of potential solutions. Only then will they finally converge upon their proposal. This process is called design thinking.

まずデザイナーは、 取り組むべき基本的で本質的な問題が何であるかを特定することに時間を費やす。そのほんとうの問題を特定するまで、その解決策を探すようなことはしない。さらに問題を特定した後でも、すぐにその問題を解決しようとするのではなく、立ち止まって広い視野で可能な解決策を広い視野で考える。そしてようやく自らの提案に集中する。このプロセスを「デザイン思考」と呼ぶ。(ノーマン)

これは冒頭の引用にあるような、デザイナーがビジネスパーソンから問題の解決を託されたというシーンからの続きだ。例えば、ビジネスパーソンが「Walkmanが大きすぎるから小さくしてくれ」とか「CDがかさばるから携行しやすくしてくれ」などと言う。それを受けたデザイナーは、それにまともに対応するのではなく、ユーザーが「Walkmanが大きすぎる」とか「CDがかさばる」といった不満をいうのはなぜだろうと、その裏にある「ほんとうの問題」は何かを考えることから始めるということだ。

ここではちょっと違ったアプローチをとりデザイナーに頼まずに、まだ誰も気付いていない「潜在的なニーズ」を見つけてみよう。もちろん、すでにiPodという答えが見えてはいる。
まず、列挙したそれぞれの問題について片端から単純な解決策を考えてみる。バッテリーを大きくする、予備のバッテリーを携帯する、CDを小さくする、CDを丈夫にする、音楽を全部持って行けるようにする、その場で音楽を入手できるようにする等々。それはブレインストーミングでもいいし、ポストイットを使ったアイデア出しでもいい。あるいは一人で大きめのモレスキン(もちろんロディアでも折り込み広告の裏でも構わないが)に書きだす作業でもいい。そのいくつかのアイデアはプロダクトの改善として実施されるかもしれない。もちろん、列挙した問題の本質を理解することが目的で、そして多くの場合は画期的な解決策が見つかることはない。しかしそれでいいのだ。画期的なアイデアなどめったに見つかることはないのだから。
しかし、この作業が非常に重要だ。雑多な問題とその単純な解決策の組み合わせの中から「潜在的なニーズ」を見つける。「潜在的なニーズ」のポイントは次の2点だ。
  • 満たす価値がある
  • 満たすことが可能である
「満たす価値がある」とは、それによってこれまでになかったまったく新しい価値を提供できること、そして満たすためのハードルが高いことだ。誰かが思いついて解決しそうな問題は放っておく。

たとえば、自分の持っている音楽を全部持ち運ぶことができれば列挙した問題のいくつかは解決される。もちろん全部のCDを持っていくわけにはいかないから、別のメディアにコピーすることになるだろう。
すでに1999年には、ラスベガスのCOMDEXというコンピュータ関連の展示会でSonyがメモリースティックウォークマンを発表し、それ以前にもRioというシリコンメモリーを使った携帯型音楽プレイヤーが発売されていた。使用するメディアはCDに比べればはるかに小さく、いくつも持ち歩くことは可能になっていた。しかし1つのメディアの容量は1〜2枚のCDの音楽を格納することしかできず、CDに加えて新しいメディアの管理という余計な作業も増える結果になっていた。特にメモリースティックウォークマンで使用するMagicGateメモリースティックは価格も高く、持っているすべてのCDをメモリースティックにコピーするということは考えられなかったので、依然として「どこででも(事前に選んでおいた数十曲のなかから)自分の選んだ音楽を聴きたい」というニーズを満たしているに過ぎなかった。「ほんとうの問題」は「CDがかさばる」ということではない。

「音楽を全部持って行けるようにする」というフレーズに出くわしたとき、それは何回目かもしれないが「あれっ」と思う瞬間がある。単に目の前の問題の解決手段としてでなく、それによってまったく新しいユーザー体験を提供できるのではないか、と。自分が何曲持っているかを考えたことがあるだろうか。数百曲だろうか、数千曲だろうか。あるいは世の中に存在するすべての曲が手元の小さなデバイスにあったとしたら。それはそれまでの携帯型のミュージックプレイヤーとはまったく異なる次元のユーザー体験を提供できる。その実現性はともかくとして、それはどんなユーザー体験なのだろうか。きっとそれはすごいことで満たす価値がある。

「その場で音楽を入手できるようにする」というフレーズも面白そうだ。それは(2013年が終わろうとしている)いま、iPod/iPhoneでiTunes Storeから音楽をダウンロードできるという実現モデルが満たしている以上の潜在的なニーズを見つけることにつながると思う。イノベーターはそんな課題を常にいくつも抱えて考えている。

そして(ジョブズのように)Sound Jam MPを見たとき「これは使えそうだ」と思うことになる。これは決して偶然ではない。

  • 新しい技術やインフラを見たとき、それまで抱いていた「どうしたらこの潜在的なニーズを解決できるだろうか?」という課題の答えを発見する能力
ビジネスのデザイナーにはこのセレンディピティが不可欠だと思う。さらにその前に、「潜在的なニーズ」というものを常に探索し漠然としてであってもそれを自分が解決すべき課題として意識している必要がある。そうでなくては、新しい技術やインフラを見たときに「これだ!」と思いつくことなく他人事としてしかとらえることができないからだ。(過去記事から)

抱えているいくつかから「満たすことが可能である」課題が浮かぶ。これで「音楽を全部持って行けるようにする」ことができそうだ、そしてすべての音楽をPCに入れて管理し、それをミュージックプレイヤーにコピーすればいいのだと。しかし、この解は「世の中に存在するすべての曲が手元の小さなデバイスにあったとしたら」というところまでは達成していない。

Technology changes the way we do things, but fundamental needs remain unchanged.

技術は人々が何かをする手段を変えるが、その基本的なニーズは不変だ。 (ノーマン)

人々の基本的なニーズは不変で、技術によってその手段が変化してゆく。技術の進化が無限であれば、人々が何かをする手段も無限に変化する可能性がある。そのすべてが潜在的なニーズだが、その時点で利用可能な技術によって顕在化させることができる、すなわち満たすことが可能な潜在的なニーズには限界はある。しかし「それまでの携帯型のミュージックプレイヤーとはまったく異なる次元のユーザー体験を提供できる」というビジョンを妥協してはいけない。そこで自分をごまかせばユーザーは決してついてこない。
「自分が持っているCDの音楽を全部持って行くことができる」ことによって、「どこででもその場で選んだ音楽を聴きたい」という潜在ニーズを顕在化できるはずだ。さらにその潜在的ニーズの設定が正しければ、そのプロダクトなりサービスを提供しようとする側も、それをデザインする過程で最初は気付かなかった新しいユーザー体験とその価値を開発することになる。

もちろん、これはジョブズの考えたプロセスとは明らかに違う。きっとジョブズはSound Jam MPを見たとき、「これはMacの価値を向上させるのに使えそうだ」と思った。それは、Design Crazy: Good Looks, Hot Tempers, and True Genius at Apple [Kindle版]に記録されている、iPodの販売の伸び悩みに周囲がiTunesをWindowsにも展開すべきだとジョブズに進言したときのエピソードからも伺える。

JON RUBINSTEIN
We argued with Steve a bunch [about putting iTunes on Windows], and he said no. Finally, Phil Schiller and I said "We’re going to do it." And Steve said, "Fuck you guys, do whatever you want. You’re responsible." And he stormed out of the room. 
 
我々は、WindowsにiTunesを提供することについてスティーブと多くの議論をした。そしてついにフィルと私は「我々はやります。」と言った。スティーブは「くそったれ!好きなようにするがいいさ、責任はとれよ!」といって部屋から飛び出していってしまった。

AppleのCEOに復帰したばかりのジョブズにとって、当然それは最大の課題だったはずだ。ジョブズがどの時点でiPodを思いついたかは知らない。

Appleは2001年1月9日にサンフランシスコで開催されたマックワールドエキスポで初めてiTunesを発表した。iTunesは2000年にジョブズがCEOに復帰した直後にAppleがその権利を買収したSound Jam MPというソフトを元に、Appleに移籍したその開発者たちが開発したそうだ。このときジョブズは、同時にデジタルハブ構想も発表している。パソコンがさまざまなデジタル機器を相互連携させるためのハブとしての役割を担うことによって、デジタル機器が人々のライフスタイルをもっと楽しく便利にするものになるというものだ。
"Say hello to iPod. 1,000 songs in your pocket."というキャッチコピーで初代iPodが発表されるのはその年の10月23日になる。もちろん、iTunesとデジタルハブ構想を同時に発表したのだから、そのときすでにiPodという新しいデジタル機器のイメージはできていたはずだ。AppleはiTunesの発表の直後に携帯音楽プレーヤーの市場調査を始め、それからiPodの開発に着手したようだ。(過去記事から)

「すでにiPodという新しいデジタル機器のイメージはできていたはずだ」と書いたが、そのときのプレゼンのスライドを見てみるとMacにはCD Walkmanがつながっていた。(続く)
 
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川手恭輔(Internet Born & Bred)
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自社の既存の製品や保有技術に関連した新しい製品によって別のドメインに参入するというイノベーション戦略は、自社のコアコンピタンスを生かした多角化や新規事業の創出を検討する取り組みのシナリオとなることが多い。企業のコアコンピタンスとしては、技術や物流ネットワーク、生産方式など、さまざまなものが考えられる。そのような取り組みは、必ずといっていいほどSWOT分析から始まる。そして技術の棚卸しやヒアリングなどに多大な時間とリソースを費やして、非常に正確なSWOT分析図が完成する。その図を前にして、イノベーションのために集められたメンバーがため息をつき、そしてそのため息で地球が温暖化する。

完成したSWOTはひとまず横に置いておいて、前回の宿題のイノベーションのマトリックス図の△砲弔い
その事例として挙げた「Appleが自社のコンピューター、OS、アプリケーションソフトウェアという製品・技術に関連したiPodという製品によって音楽という新しいドメインに参入したケース」で考えてみたい。

innovation_matrix

Appleはなぜ「音楽」を選んだのだろう。コンピューターと音楽というドメインは、音楽がまだアナログであった頃にはまったく関連がなかった。

ウォークマンが顕在化させた「どこででも自分の選んだ音楽を聴きたい」というニーズはウォークマンとその周辺のエコシステムによって十分に満たされ、メディアのデジタル化という大きな変化においても「レコードをテープにダビングする」ことが「CDをMDにダビングする」に変化しただけで、デジタルコンバージェンス(産業融合)は起きなかった。(過去記事から)

そしてMP3などのコンピューターで扱うことができるデジタル音声ファイルフォーマットが出現し、その2つのドメインに関連性が生まれた。
単純に考えれば、もし、すでに「音楽」というドメインにいた企業がiPodを創ったとしたら,離僖拭璽鵑砲覆辰燭呂困澄N昭圓琉磴い呂垢任忙っているものと補完すべきものが逆になっているだけだ。Appleは「自社のコンピューター、OS、アプリケーションソフトウェアという製品・技術に関連した」iPodという製品によって「音楽」という新しいドメインに参入したが、すでに「音楽」というドメインにいた企業の場合は「コンピューター、OS、アプリケーションソフトウェアに関連する技術を導入して」iPodを創ったということになる。
なぜそれがAppleにできて「音楽」というドメインにいた企業にできなかったのか。もちろんイノベーションのジレンマという問題もあっただろうが、そもそもiPodのようなアイデアを思いついてジレンマを感じるまでに至っていたのだろうか。iPodにミュージックプレイヤー事業の盟主の座を奪われた企業の経営者は「自分は工場を持っていたからiPodを(作りたかったけど)作れなかった。」と言っていたが、彼のいうiPodとは果たしてどのようなものだったのだろうか。

iPod以前にもMP3のミュージックプレイヤーはいくつも存在していた。しかし、それらは「どこででも自分の選んだ音楽を聴きたい」というCD/MDのウォークマンですでに満たされているニーズを単にデジタル技術で置き換えたに過ぎなかった。「どこででもその場で選んだ音楽を聴きたい」という潜在ニーズ(仮説)を顕在化させようというものではなかった。もちろん、Appleがそのような戦略設定でiPodを創りだしたかはわからない。あくまでも後付けで僕が考えた理屈だが、そんなに外れてはいないように思う。

Hill climbing. This method is the secret to incremental innovation. This is at the heart of the human-centered design process. Does hill climbing always work? Although it guarantees that the design will reach the top of the hill, what if the design is not on the best possible hill? Hill climbing cannot find higher hills: it can only find the peak of the hill it started from. Want to try a different hill? Try radical innovation, although that is likely to find a worse hill as a better one.

ヒルクライミング。これはインクリメンタルなイノベーションの秘訣であり、HCDのデザインプロセスの中心に位置付けられている。ヒルクライミングはどんな場合でも有効だろうか。そのデザインによって、その丘(ヒル)の頂上に到達することが保証されているとしても、最良の丘を上っているとは限らない。ヒルクライミングではより高い丘を発見することはできない。登り始めた丘の頂上を発見することができるだけだ。他の丘に登ってみたいならラディカルなイノベーションを試してみるといい。もっともそれは、より良いものとしてより悪い丘を見つけることになりかねないが。

D.A.ノーマンが「誰のためのデザイン?」の改訂版で言っているラディカルなイノベーションと、イノベーションのマトリックスの△同じという訳ではないが、その方法を明確にすることが難しいという点では非常に似通っていると思う。

Appleは2001年1月9日にサンフランシスコで開催されたマックワールドエキスポで初めてiTunesを発表した。iTunesは2000年にジョブズがCEOに復帰した直後にAppleがその権利を買収したSound Jam MPというソフトを元に、Appleに移籍したその開発者たちが開発したそうだ。このときジョブズは、同時にデジタルハブ構想も発表している。パソコンがさまざまなデジタル機器を相互連携させるためのハブとしての役割を担うことによって、デジタル機器が人々のライフスタイルをもっと楽しく便利にするものになるというものだ。
"Say hello to iPod. 1,000 songs in your pocket."というキャッチコピーで初代iPodが発表されるのはその年の10月23日になる。もちろん、iTunesとデジタルハブ構想を同時に発表したのだから、そのときすでにiPodという新しいデジタル機器のイメージはできていたはずだ。AppleはiTunesの発表の直後に携帯音楽プレーヤーの市場調査を始め、それからiPodの開発に着手したようだ。(過去記事から)

  • 新しい技術やインフラを見たとき、それまで抱いていた「どうしたらこの潜在的なニーズを解決できるだろうか?」という課題の答えを発見する能力
ビジネスのデザイナーにはこのセレンディピティが不可欠だと思う。さらにその前に、「潜在的なニーズ」というものを常に探索し漠然としてであってもそれを自分が解決すべき課題として意識している必要がある。そうでなくては、新しい技術やインフラを見たときに「これだ!」と思いつくことなく他人事としてしかとらえることができないからだ。すなわちビジネスのデザイナーにとって、セレンディビティは必要な能力で、潜在的なニーズを見つけることは最初の仕事である。その2つによって、ジョブズのように誰も思いつかなかった製品をあたかも「発明」したかのように世に送り出すことができるのだ。だから技術者でなくとも発明はできる、ただし技術を理解する力は必要だが。(過去記事から) 

「セレンデピティ」という言葉をイノベーションに関連して非常に限定した意味で使ったが、ジョブズがSound Jam MPを見たとき「これは使えそうだ」と思ったのはセレンデピティを備えていたからだ。なぜ、Appleの本業でない「音楽」というドメインで「使えそうだ」と思うことができたのだろう。それはジョブズだからだと身も蓋もないことを言ってしまうと、またため息が出るだけだ。
Appleはなぜ「音楽」を選んだのだろうという疑問に明確に答えることはできない。もしかすると
Sound Jam MPに出会ったからかもしれない。しかし、ガートナーが言うように

あらゆる産業がデジタルリマスターされる。その意味は、あらゆる企業における事業の中核にある製品自体が、大きく変化してしまうということだ。

デジタル化(技術)とインターネット(インフラ)によって産業のドメイン間のボーダレス化が進み、相互の参入障壁が格段に低くなっている。参入しやすく参入されやすくもなっているのだ。自社の事業の周辺の別のドメインにおいても、,汎瑛佑砲修隆靄椒法璽困猟蟲舛叛在的なニーズの探索を日常の業務にすべきだと思う。そのターゲットが設定できてから、横に置いておいたSWOT分析図を見直してみれば何をすべきかがわかるはずだ。ため息をついている暇はないことも。
 

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大企業(特に製造業)のイノベーションについて、多くの人々は悲観的だ。その理由については、「イノベーションのジレンマ」をはじめとしてすでに多くの分析がなされている。例えば、成功した企業がさらなる成長のために最適化した組織が、病原菌が侵入した時の白血球のようにイノベーションを拒絶し死滅させるという分析だ。
企業の成長戦略についてはアンゾフの成長マトリックで俯瞰することができる。

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このマトリックスではイノベーションという観点での分類はされていないように見えるが、アンゾフは多角化についてさらに水平型、垂直型、集中型、集成型という4つの分類をしている。このうちの水平型と集中型はイノベーションの戦略として、成長戦略に組み込むことができるのではないかと思う。製造業のイノベーション戦略を考えるには、製品と市場という軸を、それぞれの上位概念である技術とドメインという軸で表すとわかりやすい。すなわちイノベーションのマトリックスだ。

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,魯▲鵐哨佞水平型の多角化と呼んでいるものに近い。すでに獲得している経営資源やバリューネットワークの多くを活用してプロダクトのイノベーションを行う。写真というドメインにおいてカメラメーカーが新しいデジタル技術を導入し、フィルムカメラからデジタルカメラへのプロダクトイノベーションに成功した事例がある。
△麓社の既存の製品や保有技術に関連した新しい製品によって、別のドメインに参入するというアンゾフの集中型多角化だ。Appleが自社のコンピューター、OS、アプリケーションソフトウェアという製品・技術に関連したiPodという製品によって音楽という新しいドメインに参入したケースがあてはまる。
自社にない新しい技術を獲得して新しいドメインへ参入する、いわゆるコングロマリット戦略は経営のより上位レベルでM&Aなどのオプションを含めて検討されるものであり、上記の2つのイノベーション戦略と同じ次元で考えられるものではない。

いったん鉄道事業のためのバリューネットワークを忘れて、「輸送」という顧客の基本ニーズに立ち戻り、そこからその時点で利用可能な技術やインフラを前提に、その「輸送」というドメインにおける新たなバリューを定義する。そしてそのためのバリューネットワークを再構築する。

前回の記事からの引用だが、これは,鮃圓Δ燭瓩旅佑方だ。そしてデザイン思考のアプローチが得意とするところでもある。再三の登場になるが「デジタルビジネスデザインの進め方」も、デザイン思考のアプローチの過程に組み込むべきステップだ。
  1. デジタルコンバージェンスを可能にする技術やインフラを定義する
  2. それによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  3. バリュープロポジションを定義する
  4. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する 
製造業といえども、デジタル化の流れの中でソフトウェアやWebサービスをプロダクトに組み込むことなくして、新しい価値を創出することは困難だ。

では△呂匹Δ世蹐Αその答えを導くための手法といったものがあるのだろうか。
その方法ついては別の記事でまとめてみようと思うが、どこかに答えやヒントが紹介されているのだろうか。あるいは,亮茲蠢箸澆鮃圓辰討い訝罎猫△療えを見出すことがあるやもしれない。

イノベーションには自社の事業をイノベーションするという意味と、市場にイノベーションを起こすという意味の2つがある。もちろん、企業(事業)にとってのイノベーションの狙いは前者だ。それによって企業が生き残り、その事業が拡大し成長することが目的だ。そのイノベーションが結果的に市場にイノベーションを起こし、それが他社にとって破壊的なものになったとしても、それは結果であり目的ではない。
イノベーションのマトリックスの始点に飽和・限界と書いたが、それが起こってからイノベーションに取り組んだのでは遅い。アンゾフのマトリックスの市場浸透、製品開発、市場開拓の3つの成長戦略には必ず飽和・限界があることを認識する必要がある。

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