デザイン思考で行こう!

Life will find a way, we'll find a way Technology lives.

2014年03月

前回の約束を違えることになるが、ここでモノのデジタルリマスタリングという考え方を整理しておきたい。「モノのデジタルリマスタリング」という考え方は確立された方法論ではない。他者によって有効性が確認されたものでもない。なにやらなんとか細胞のようだが、整理のためにこれまでの記事からのコピペや書き直しも多くなるがご容赦を。

技術のコモディティ化や経済のグローバル化が急速に進み、 単一の製品や技術のみで差別化を図り、そのアドバンテージを長期間にわたって維持してゆくことが難しい時代になった。そこで、単に製品やサービスの機能ではなく、それを使用することによって得られる「経験価値」に着目すべきだと(ずいぶん前から)いわれている。
「経験価値」に着目したデザインプロセスあるいはイノベーションプロセスとして「デザイン思考」というアプローチがある。これは有名なデザイン・ファームであるIDEO社やスタンフォード大学のデザインスクール「d.school(Institute of Design at Stanford)」において提唱され、広く学ばれ実践されている。簡単にいえば、製品やサービスの提供者からの視点ではなく、顧客の立場から何が問題点なのかを感じて考えるというもので、HCD(人間中心のデザイン)とも共通する考え方だ。そしていずれも「技術者の思い込み」や「技術からの発想」ではなく、そういった教育や仕事の経験を持つデザイナーを中心とした取り組みが前提となっている。もちろん、そのデザイナーが技術者でもあっても構わないが、思考回路は(技術志向ではなく)デザイナーでなければならない。

「技術のコモディティ化や経済のグローバル化が急速に進み、 単一の製品や技術のみで差別化を図ることが難しい」という状況が、とくに日本の製造業において困難な事態を引き起こしていることは明白だ。イノベーションのジレンマなど、その状況分析や解説は多く行われているにもかかわらず、それを克服するための有効な方法論や実例がない。よくスターバックスがデザイン思考やHCDの取り組みの例としてあげられるが、それ以外の例もショッピングセンターや航空会社やテーマパークなどの流通業やサービス業ばかりだ。「技術のコモディティ化や経済のグローバル化が急速に進み、 単一の製品や技術のみで差別化を図ることが難しい」という製造業が直面している課題に取り組んだ例ではない。

HCDの提唱者のひとりであり、「誰のためのデザイン?」で有名なD.A.ノーマンはAppleの企業文化を変革したとされているが、ジョブズ復帰と前後してAppleを退社している。その後のジョブズが起こしたiPodから始まるAppleのイノベーションが、ノーマンが残したものとどう関係しているかが非常に興味深い。個人的にはジョブズがそのまま受け入れて利用したとは思えないが。
そのノーマンは「誰のためのデザイン?」の改訂版"The Design of Everyday Things: Revised and Expanded Edition"で次のように書いている。
Incremental innovation starts with existing products and makes them better. Radical innovation starts fresh, often driven by new technologies that make possible new capabilities. 

インクリメンタルイノベーションは既存の製品をもとにそれらをよりよくするという取り組みである。それに対しラディカルイノベーションは何もないところからスタートし、何かを可能にする新しい技術によってドライブされることが多い。
The techniques of human-centered design are appropriate to incremental innovation: they cannot lead to radical innovation.

HCDの手法はインクリメンタルなイノベーションに適している。ラディカルなイノベーションを導くことはできない。
ラディカルな(製品の)イノベーションは、それまでに存在しなかったものが新しい技術の発明によって生み出されるという意味で使われている。それまでなかった画期的な新しい製品を生み出すのは技術に依るところだという。 

インターネットが出現するまで、コンスーマ製品をつくる一般的な製造業は造った製品を流通業に販売するだけで、その製品の顧客(ユーザー)との接点はほとんど持っていなかった。接点といえばTVなどのマスメディアを利用した広告などの一方的なものばかりで、双方向性のあるものは困ったときだけ顧客から電話をかけてくるコールセンターぐらいだった。これでは流通業やサービス業のように顧客の経験に関与することができず、自社の提供する製品に関連して顧客が経験する価値を高めることは不可能であり、経験経済の時代に製造業が生き残ることはできないことになる。
しかし、インターネットによって製造業が顧客との接点を持つことが容易になった。インターネットを利用して製品(モノ)に関連するコンテンツやソリューションを提供して顧客との接点を作り、顧客がモノを使う経験に積極的に関与してその価値を最大化することができる。

「モノのデジタルリマスタリング」はデジタルビジネスデザインという考え方からの発展形だ。
  1. デジタルコンバージェンスを可能にする技術やインフラを定義する
  2. それによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  3. バリュープロポジションを定義する
  4. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する 
これは十年以上前に本かWebで見つけて以来、自分の仕事の基本にしてきたものなのだが、その出典元を忘れてしまった。この考え方をベースに「デジタルコンバージェンスを可能にする技術やインフラ」をインターネットとその周辺の技術やインフラに絞ったものを、ここで「モノのデジタルリマスタリング」と呼んでいる。
  1. インターネットによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品とWebサービスをデザインする 
最初の取り組みは、デジタルリマスタリングの対象となるモノに関連する情報やコンテンツを洗い出すことだ。そのモノを使ってユーザーが何らかの目的を達成する過程を、その情報やコンテンツの流れに着目して観察してみる。その情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる「新しいユーザー体験」を描くことから始める。
インターネットで扱えるものはデジタル化されたデータだけだから、「インターネットによって可能になる」ということは、そのデータの新しい扱い方によって可能になることと考えればよい。そこで最初のステップをより具体的にしておきたい。
  1. モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する 
最後のステップも元に戻した。インターネットとその周辺の技術やインフラとして、スマートフォンやタブレットなどのモバイル端末とそのアプリケーションソフトを考えるべきだと思い直した。

デザイン思考やHCDの取り組みの例として挙げられるスターバックスやショッピングセンターや航空会社やテーマパークなどに共通することは、いずれもがユーザーが訪問し体験する「場所」を提供していることだ。ユーザーはホームページやチェックインカウンターや飛行機の中という「場所」でサービスを体験する。それらのユーザーの体験には始まりと終わりがある。もちろん、ユーザーとの関係性は長く続く(続けたい)ものであるが、ユーザー調査や分析などではカスタマージャーニーマップなどのツール類を使って始点と終点の有る限られた期間の、ユーザーがその場所(サービス)を利用するという行動にフォーカスする。
コーヒーショップやファストフード店でコーヒーを飲んでいる人が、店に入って出てゆくまで、あるいはその前後に少し拡張した期間のユーザーの体験を調査分析し、そこに潜在的なニーズを発見し、それを満たす新たなユーザー体験をデザインする。その2つのユーザー体験の価値の比較は容易にできる。

「モノのデジタルリマスタリング」という考え方に取り組み始めたきっかけは、ノーマンのエッセー"Technology First, Needs Last"の次の一言だ。
" The technology will come first, the products second, and then the needs will slowly appear, as new applications become luxuries, then "needs," and finally, essential."

まず技術が最初に来て、次に製品、そして新しいアプリケーションが快適になるに連れてニーズがゆっくりと顕在化し、最後にそれが必要不可欠なものになる。
問題あるいはニーズは、それを解決する(満たす)モノが現れて初めて顕在化する。それまで潜在的なニーズというものは存在しない。モノが現れてから、あたかも潜在していたニーズが顕在化したように見えるだけだ。
デザイン思考のアプローチ、すなわちまず本当の問題を特定してからその解決策を考えるというアプローチではモノの機能や仕様の改善にしか結びつかない。ラディカルな(モノの)イノベーションを起こすことはできない。「技術のコモディティ化や経済のグローバル化が急速に進み、 単一の製品や技術のみで差別化を図ることが難しい」という困難な事態を克服するには、それらとは異なったアプローチが必要になる。

しかし、上述の「モノのデジタルリマスタリング」の3つのステップだけでは、デザイン思考が排除しようとする「技術者の思い込み」や「技術からの発想」の落とし穴を回避することはできない。最初のステップで描いた新しいユーザー体験が満たそうとする「潜在的なニーズ」はあくまでも「技術者の思い込み」や「技術からの発想」による仮説にすぎない。間違った仮説に基づいてサービスやモノを創ったら悲惨なことになる。 次のステップに移るまえにデザイン思考やHCDのテクニックを参考にして、この人間不在のアプローチの仮説を人間中心に転換する工夫をしなければならない。

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川手恭輔(Internet Born & Bred)
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デジタルリマスタリングの最初のステップで少し停滞している。じつは進行中のプロジェクトでの取り組みを、iPodやNike+に置き換えてここで書いているものだから、その進捗のスピードが影響している。そのプロジェクトが停滞している訳ではなく、「新しいユーザー体験」と「潜在的なニーズ」ということについて繰り返し考えることに時間を費やしている。
モノに関連する情報やコンテンツをインターネットというインフラとその周辺の技術やサービスで扱うことによって可能になる新しいユーザー体験をいくつも描いてみると、きっと顧客(とあなた)が諦めていたことが見えてくる。その中から、顧客が本当に必要としているユーザー体験を抽出することができるはずだ。(過去記事より)
ここで、もう一度「顧客の諦めの式」を見てみよう。
公式
WalkmanからiPodへの変化をあてはめると次のようになる。もちろん、(いまさらであるが)これは説明のためのものであり実際にはもっと複雑だ。
公式例
式を入れ替えると次のようになる。
公式例変換
新しいユーザー体験とは、「どこででもその場で選んだ音楽を聴くことができる」と「どこでも(あらかじめ選んで持ってきたCDから)自分の選んだ音楽を聴くことができる」との差分であることがわかる。この差分を描けばいいわけだ。
この2つの「こと」の差を価値として感じるかどうかは人や状況によって大きく異なるだろう。誰も価値を感じてくれないとしたら、その潜在的なニーズを具現化できない(あるいはそれを潜在的なニーズとした仮説が間違っている)ことになる。間違った仮説に基づいてサービスやモノを創ったら悲惨なことになる。
「新しいユーザー体験を描く」という作業には実は非常に大きな意味がある。

新しいユーザー体験はペルソナ/シナリオで描く。これはHCD(人間中心デザイン)のアプローチでも用いられているものに似ている。しかし、その目的とアプローチ上の位置づけ(順番)が異なる。
HCDのアプローチでは、
  1. 問題の設定
  2. ユーザー調査とニーズ分析
  3. ペルソナ/シナリオ作成によるコンセプトの抽出
という順番になる。
問題あるいはニーズは、それを解決する(満たす)モノが現れて初めて顕在化する。それまで潜在的なニーズというものは存在しない。モノが現れてから、あたかも潜在していたニーズが顕在化したように見えるだけだ。存在しないものを見つけることは不可能だ。モノのデジタルリマスタリングではデザイン思考のアプローチ、すなわちまず本当の問題を特定してからその解決策を考えるというアプローチは機能しないのだ。サービスデザインと同じ取り組みでは、モノの機能や仕様の改善にしか結びつかない。(過去記事より)
ノーマンの"Technology First, Needs Last"にそそのかされて非常に断定的に書いてしまったが、もちろん僕自身がHCDやサービスデザイン思考のアプローチを否定しているわけではない。
HCDでは、問題設定からインタビューなどのユーザー調査とニーズ分析を行い潜在的なニーズを特定する。それに対し、ここ(モノのデジタルリマスタリング)では、「モノに関連する情報やコンテンツをインターネットというインフラとその周辺の技術やサービスで扱うことによって可能になること」という取り組みから始めている。

以前にも紹介したが、ノーマンの『誰のためのデザイン?』の全面改訂版"The Design of Everyday Things: Revised and Expanded Edition"には次のような記述がある。
Incremental innovation starts with existing products and makes them better. Radical innovation starts fresh, often driven by new technologies that make possible new capabilities. 

インクリメンタルイノベーションは既存の製品をもとにそれらをよりよくするという取り組みである。それに対しラディカルイノベーションは何もないところからスタートし、何かを可能にする新しい技術によってドライブされることが多い。
The techniques of human-centered design are appropriate to incremental innovation: they cannot lead to radical innovation.

HCDの手法はインクリメンタルなイノベーションに適している。ラディカルなイノベーションを導くことはできない。
ラディカルな(製品の)イノベーションは、それまでに存在しなかったものが新しい技術の発明によって生み出されるという意味で使われている。それまでなかった画期的な新しい製品を生み出すのは技術に依るところだという。

HCDのアプローチでは、まず解決すべき問題を設定し、ユーザー調査とニーズ分析によってユーザーの行動と感情を理解するところから始まる。そしてターゲットとするユーザー像をペルソナによって明確にし、そのペルソナが製品やサービスを使う様子をシナリオで表現する。この2つのステップを通して、設定した問題の原因やユーザーのニーズを発見してデザインのコンセプトをまとめる。すなわちペルソナ/シナリオは製品やサービスの改善すべきことを浮き彫りにするために用いられることが多い。ノーマンの言うインクリメンタルなイノベーションである。

「どこででもその場で選んだ音楽を聴くことができる」という潜在的なニーズの仮説だけみると、HCDのアプローチでも導くことができそうであるが、これは上でも書いたように説明のために簡略化したものであり、さらに「新しい技術やインフラによって可能になることは」という探索によって、iTunesというデジタルハブやiTunes Music Storeというコンテンツ配信サービスなどの新しい技術寄りのアイデアから導かれたものだ。ここまでは人間不在だ。
ノーマンが言うように「問題あるいはニーズは、それを解決する(満たす)モノが現れて初めて顕在化する」のであるならば、解決するモノが現れるまで、ユーザー調査やニーズ分析を行っても問題やニーズの発見はできないことになる。もちろん、すべての問題やニーズではなく、ラディカルなイノベーションによって解決される問題やニーズを指している。
この人間不在デザインと天才的なひらめきを頼りに、新しい技術やインフラによって実現が可能になる製品やサービスを発明し、人々の潜在的なニーズを顕在化させて大きな成功を得ることが技術者の夢だ。
しかし、数少ない大きな成功の裏側には多くの失敗が累々としている。たとえ天才的なひらめきによるものであっても、その不確実性は確実に存在する。

デザイン思考によって製品(モノ)をデザインすることを、ここではあえてモノの(デジタル)リマスタリングと呼んでいる。それはモノの価値を再定義し、モノが提供する機能的な価値だけでなく、そのモノを購入したユーザーが、そのモノに関連して経験することによって得られる価値にまで視点を拡張してデザインし直すことだ。
新しい技術やインフラによって可能になる新しいモノのアイデアを思いつき、それが人々に大きな価値を提供できると確信しても、まずデジタルリマスタリングのアプローチを試してみる価値はあると思う。
  1. インターネットによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品とWebサービスをデザインする 
iPodの場合はオリジナルのデジタルビジネスデザインのステップの方がフィットするが、新しいユーザー体験を描く」というステップは同じだ。
  1. デジタルコンバージェンスを可能にする技術やインフラを定義する
  2. それによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  3. バリュープロポジションを定義する
  4. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する 
iPodというハードウェアとiTunesというソフトウェア、iTunes Music Storeというサービスの役割分担を決めるのは最後になる。
「どこででもその場で選んだ音楽を聴くことができる」という潜在的なニーズが満たされるということは、どのような価値が生まれるということなのかをペルソナ/シナリオで描いてみる。 どんな人(ペルソナ)が、どんなときに、どんな場所で、どんな音楽を聴きたくなるか。そしてそのとき、どんなことができたらどんな気持ちになるか。これはHCDのアプローチの場合と異なり、ペルソナが価値を感じるシナリオでなければならない。この時点では、プロジェクトチームの思い入れで構わないので、いろいろなペルソナとシナリオを考えてみる。
異なったペルソナでいろいろなシナリオが書けるだろうか。そのシナリオはペルソナにとって、他では得られない価値のある経験だろうか。きっと書きながらいろいろな疑問や課題が見えて、アイデアを少し客観的に評価することができる。そしてそれだけでなく、新たなアイデアが生まれるかもしれない。きっとターゲットとなるユーザー層やアーリーアダプタも見えてくるに違いない。

次は、ここまでの人間不在デザインを人間中心デザインに転換するための、ペルソナ/シナリオを用いた「共感アンケート」について書こうと思っている。これはリーンスタートアップのMVPという考え方から発想したものだ。

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アイデアはどうしたら思いつくことができるのか。スタンフォード大学の有名なd.school (Institute of Design at Stanford)が提供しているデザイン思考のガイドブック"bootcamp bootleg"に次のように書かれている。
Brainstorming is a great way to come up with a lot of ideas that you would not be able to generate by just sitting down with a pen and paper.

ブレーンストーミングは多くのアイデアを思いつくための素晴らしい方法だ。ペンと紙で机に向かうだけでアイデアを思いつくことはできない。
このガイドブックはブレーンストーミングだけでなく、デザイン思考のための多くのツール(方法論)が紹介されていて非常に面白い。しかし、ひねくれ者はどうしてもブレーンストーミングが苦手だ。それよりもこっちのほうがいい。


残念ながら、Friskを噛むことはアイデアを思いつくための必要条件であっても十分条件ではない。やはり、その前にペンと紙で机に向かう必要がある。これはブレーンストーミングに臨むにあたっても(最低限のマナーとして)必要なことだ。
(素晴らしい)アイデアをどうしたら思いつくことができるのかという問いに答えはない。しかし、そのギリギリのところまで行く方法はある。そして(非常に稀にではあるが)ブレーンストーミングをしたりFriskを噛むことがきっかけになって、素晴らしいアイデアをポロっと思いつく。あるいはセレンディピティという能力によって。だからペンと紙で机に向かって、そのギリギリのところまでは煮詰まっておこう
 
前回と前々回の記事でモノのリマスタリングを行うために、そのモノに関連する情報やコンテンツを洗い出すことについて書いた。そしていろいろな「新しいユーザー体験」を描いてみることに取り掛かる。
モノに関連する情報やコンテンツをインターネットというインフラとその周辺の技術やサービスで扱うことによって可能になる新しいユーザー体験をいくつも描いてみると、きっと顧客(とあなた)が諦めていたことが見えてくる。(前回記事から)
iPodの創り方(1)(2)で、Walkmanという実現モデルのユーザーの行動観察から「どこででもその場で選んだ音楽を聴きたい」という潜在ニーズを導き、その実現モデルとしてのiTunes/iPodについて考察した。そしてブッシュネルの言葉を紹介し、そろそろ誰かが次のiPodを発明してもいい頃だと書いた。
"I actually think iPhone was actually an exchange of iPod ecology."
それも念頭に置いて、モノに関連する情報やコンテンツをインターネットというインフラとその周辺の技術やサービスで扱うことによって可能になる新しいユーザ体験という観点で、もういちどWalkmanからiPodへの変革を見直してみよう。

CD Walmanの場合、コンテンツ(音楽)はミュージックショップで売られており、それを購入しCD Walkmanで音楽を聴くという流れであった。
walkman_org
iPodはこのコンテンツの流れに着目し、iTunesというパソコンのアプリケーションソフトウェアを介在させることによって、コンテンツを提供するサービスからコンテンツを消費するデバイスまでのエンドツーエンドのビジネスモデルを構築し、音楽産業にデジタルコンバージェンスを起こした。音楽というコンテンツの流れを変えることによって新しいユーザー体験を創出した。
iPodで再生中の曲をいいなと思った時、Geniusプレイリストというメニューを選択すると、iPodの中のその曲と同じ傾向の曲が集められたプレイリストが自動的に作成される。全世界のiPodのユーザーが作成したプレイリストの情報が集められたデータベースから生成されたアルゴリズムによって、そのユーザーのiPodの中を分析した結果によって作成されたものだ。iPodのユーザーのプレイリストを作成するという行動の情報を活用して、モノの経験価値を向上させた例だ。なにしろ1,000曲(今ではその数倍)を持ち歩くことができるという価値を最大化するには、単にユーザーが思いついた曲を探して聴けるというだけでは不十分だ。クリックホイールやシャッフルなどの新しいユーザーインタフェースが必要になる。
iPod_org
しかし、Apple(ジョブズ)はソーシャルが苦手だ。あるいは、プロダクト志向の会社(人間)だ。もちろん、常に1,000曲の音楽をポケットに入れて携行することができて、素晴らしいユーザーインターフェイスによって「どこででもその場で選んだ音楽を聴くことができる」iPodという画期的なプロダクトにケチをつけるつもりはまったくない。
CD Walkmanの時代の人々の行動を簡単にいえば、ミュージックショップで音楽CDを購入し、外出するときに持っていくCDを選び、そのCDの音楽を聴くというものだ。そしてその行動に関連する情報として考えられるものは、たとえば購入時にはどんなCDを買ったか、それをどこで買ったかなどであり、音楽を聴いた時には何を聴いたか、それをどう感じたかなどである。
walkman
音楽CDの購入のきっかけや、何を買うかについて参考にする情報は、TVやラジオの音楽番組や、雑誌や友達との会話(口コミ)、そしてぶらっと立ち寄ったミュージックショップ店頭から得ることが多かっただろう。ソーシャルサービス全盛の今となってはあたりまえだが、音楽の趣味嗜好をよく知っている親しい友人の音楽に関連する上述のような情報は、CDを購入したり聴く音楽を選ぶ行動に大きな影響を与える。そしてミュージックプレイヤーはその多くの情報を取得できるほどユーザーの身近にある。これは単にコンテンツ(音楽)ビジネスの売り上げに貢献するというだけでなく、ユーザーにとっても音楽を楽しむための有益な情報になるに違いない。iTMSとiPodのエンドツーエンドのビジネスモデルに、この情報の流れを組み込むことができれば、そのモデルをより強化することができるだろう。この情報の伝え方、共有の仕方をいろいろ考えてみる。どんなタイミングでどんな情報を伝えられたら、どんな価値が生まれるか。ここまではペンと紙で机に向かっていくらでも考えることができる。
すでにCDという物理メディアの購入からデジタルデータの購入への変化によって、音楽を所有するという概念が希薄になっている。ストリーミングによって音楽を聴くいう考え方も市場に受け入れられつつある。ユーザーにとってどちらが便利かという観点での戦いになる。コンテンの流れ方もさらに変化させることも並行して考えなければならない。誰もが誰の仲介も必要としないで自分の音楽を販売することができるようになるだろう。その場を提供するサービスもいろいろな可能性がある。

iTunes Storeのようなデジタル音楽配信サービスが成長する一方で、CDという物理メディアによる音楽の販売は急激に落ち込んだ。日本の場合はアイドルの同じCDを(音楽を聴く以外の目的で)ひとりで複数枚購入するというビックリマンチョコと同じ特殊なビジネスモデルが生まれたために、統計的にはCDの売り上げ規模が維持されているように見えるが実態は違うだろう。デジタル音楽配信サービスによって、単に購入する音楽のメディアが変化しただけでなく、それまでアルバムというまとまった形での音楽の販売が楽曲ごとのばら売りという形に変わってしまった。前にも書いたように、いったんある市場にデジタルコンバージェンスが起こると、その市場は不安定になり次のコンバージェンスが起こりやすくなる。

iTunes Storeの楽曲販売の売り上げに、Spotifyというスウェーデンの音楽ストリーミングサービスがせまってきている。2006年に始まったこのサービスは、音楽を購入するのではなく月額9.9ドルの定額(広告付き無料有り)で聴き放題というモデルを提供する。
SpotifyのiPodに対するアドバンテージは2つある。 
ひとつはiPodは、iPodというハードウェアとiPhoneのアプリ(ミュージック)という限られた環境だけのしくみであるのに対して、SpotifyはiOS、Android、Windows Phone、Blackberry、Symbian向けのアプリが用意され、PCのブラウザにも対応しているほか、オーディオ機器やゲーム機などにもビルトインされていることだ。
もうひとつはSpoifyはFacebookとOpenGraph連携しており、毎月20億ものユーザーの音楽行動がFacebookに投稿されていること。これがどの程度、Facebookの友人の音楽行動に影響を与えているかが非常に興味深い。Apple(ジョブズ)は2010年に鳴り物入りで音楽関連のソーシャルネットPingを始めたが、Facebook連携が不調に終わったこともあって利用者が増えずにすでに閉鎖されてしまっている。

そろそろ誰かが次のiPodを発明してもいい頃だと書いたが、それを行うことができるのはきっとAppleかSonyだろう。そしてそれはiPhoneやAndroidの1つのアプリではなく、iPodやWalkmanという専用のミュージックプレイヤーをリマスタリングすることによって可能になるのではないかと僕は考えている。きっとモノに関連する情報やコンテンツを洗い出し、その流れを変えることによって、だれも思いつかなかったあたらしい価値を生み出すことができないかと取り組んでいると思う。そしてそのアイデアは何かをきっかけにポロっと生まれる。

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