デザイン思考で行こう!

Life will find a way, we'll find a way technology lives.

2014年05月

apple bites beatsAppleがヘッドホンやスピーカーのメーカーであり音楽ストリーミング配信サービスも行っているBeats(Beats ElectronicsとBeats Music)を買収した。
Beats買収の背景については、米国時間の6/2に開催される「Worldwide Developers Conference(WWDC)」で何らかのアナウンスがあるかもしれない。このブログ記事は今 - 日本時間5/29の21:00に書こうと思い立った。そのアナウンスの前に投稿しなければ面白くない。ロゴで遊んできる場合ではない。

今年1月にAppleが発表した2013/4Qの決算で、iPodの販売台数は前年同期の約半分に落ち込みAppleの売り上げ全体の2%に過ぎなくなっているという数字が示され、それに関連してiPodのビジネスが終わるといった報道もあった。

以前の記事で次のように書いた。
iTunes Storeの楽曲販売の売り上げに、Spotifyというスウェーデンの音楽ストリーミングサービスがせまってきている。2006年に始まったこのサービスは、音楽を購入するのではなく月額9.9ドルの定額(広告付き無料有り)で聴き放題というモデルを提供する。(中略)
そろそろ誰かが次のiPodを発明してもいい頃だ。それを行うことができるのはきっとAppleかSonyだろう。そしてそれはiPhoneやAndroidの1つのアプリではなく、iPodやWalkmanという専用のミュージックプレイヤーをリマスタリングすることによって可能になるのではないかと僕は考えている。きっとモノに関連する情報やコンテンツを洗い出し、その流れを変えることによって、だれも思いつかなかったあたらしい価値を生み出すことができないかと取り組んでいると思う。
これがBeats買収の背景だ。Dr.DreとJimmy Iovineの人身売買という見方もできるが、実はAppleはiPodに変わる新しい経験価値を提供するデバイスを開発しているのだ。

iPodの「新しい経験価値のデザイン」をモノのデジタルリマスタリングの観点から見直してみよう。
Appleは音楽というコンテンツの流れに着目して新しい経験価値をデザインした。音楽を供給する、音楽を管理する、音楽を楽しむという役割をそれぞれアプリ(iTunes)とWebサービス(iTunes Music Store)と新しい製品(iPod)で分担させ、携帯ミュージックプレイヤーというモノをデジタルリマスタリングした。
walkman-ipod
この最終的なゴールに向けて、まずはiTunesというアプリを提供し、CDの音楽をMacに取り込んで大量の音楽を管理しプレイリストを編集できるようにした。そしてそれをCD-Rに焼いてCD Walkmanで楽しむという提案をした。それからiPodを発売しiTunes Music Storeを開始することによって、CDという物理的なメディアを介在させる必要がないことをユーザーに理解させデジタルコンバージェンス(メディアの変化による産業融合)を引き起こした。

音楽などのコンテンツやアプリケーションの販売が伸びているとはいえ、Appleはモノで利益を上げている会社だ。iPhoneの売り上げが好調だとしても、Tim CookはiPodが売れなくなってもiPodのユーザがiPhoneのミュージックアプリに移るのだからいいとは考えないだろう。音楽のダウンロード販売のターゲットもスマートフォン市場におけるiPhoneのシェアの範囲に限られてしまい、ストリーミングサービスなどの競合の台頭によって売り上げが頭打ちになるのは十分に予想されることだ。事業戦略としてiPodのデジタルリマスタリングが必要なのだ。
  1. モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する 
やはり次の「音楽を供給する」形はストリーミングだろう。それによって人々はPCやモバイルデバイスで音楽を管理するという作業から解放され、そのためのアプリケーションは不要になる。

Appleが買収したBeats Electronicsはヘッドホンやイヤホンのメーカーだ。


このクールなヘッドホンやイヤホンに音楽が直接ストリーミングされたらどうだろうか。
すでに世界中の携帯キャリアに大きな影響力を持っているAppleであれば、ストリーミング受信のためにヘッドホンやイヤホンをインターネットに4Gや5Gで常時接続させる新たなビジネスモデルをつくることはさほど難しいことではない。世の中がモノのインターネット(IoT)とは何かなどと騒いでいるうちにさらっとやってしまう。もちろんAmazonのKindle Paperwhite 3Gのようにユーザーに通信料金を意識させないようにするだろう。

ヘッドホンやイヤホンが別に必要になる携帯ミュージックプレイヤーではなく、ランニングやいろいろなシーンに合わせた新しい音楽視聴デバイスをいくつも考えることができる。それによって汎用のデバイスであるiPhoneでは叶わない新しいユーザー体験を描くことができる。
聴きたい音楽のジャンルの指定やプレイリスト作成のためのコンテキストの入力などを行う手段としてモバイルのアプリが必要かもしれないが、その程度であればPCやモバイルからアクセスできるWebページやWebアプリでも十分だろう。あるいは音声のインタフェースで音楽をシャッフルしたり、ロケーション情報などによって自動選曲することなども簡単なことだ。提供価値が明確なアイデアが無限に広がる。ヘッドホンやイヤホンは元々ウェアラブルだからあらためてウェアラブルナントカなどとダサいカテゴリーをつくる必要もない。Appleはクールな名前をつけ、それが新しいデバイスのカテゴリーを指すものとなるだろう。
ipod-new
Beatsのヘッドホンやイヤホンのデザインはすごくクールだ。ヘッドホンやイヤホンの形状にこだわらない、Appleロゴのついた今までなかったデザインの音楽視聴デバイスはすぐにポピュラーになり、iPhoneを持っていない人もAppleの音楽ストリーミングサービスを利用するようになるだろう。音楽のダウンロード販売のiTunes Storeとはそれほど競合しないかもしれないが、いずれ発展的な統合がなされるだろう。音楽というコンテンツは、まだまだいろいろな新しい経験価値を創造できる可能性を持っている。そういったコンテンツは他にもある。
 
こんな勝手なことを書きながら、もしこのプロジェクトに参加できたらほんとうに面白いだろうなと思った。万が一(?)Tim CookがWWDCで違うことを言ったら、僕か彼のどちらかが間違っていたということだ(笑)。あるいはまだ「新しい製品」ができていないのでごまかすかもしれない。Tim Cookがやらないなら平井さんやりませんか、お手伝いしますよ(再笑)。

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もしくはAPIの時代だ。

ちょっと前になるが、Andrew Chenは2012/4/27のブログ記事"Growth Hacker is the new VP Marketing" でこう言っている。
Today, the traditional communication channels are fragmented and passe. The fastest way to spread your product is by distributing it on a platform using APIs, not MBAs. Business development is now API-centric, not people-centric.

今日では、伝統的なコミュニケーションチャネルは断片化し時代遅れのものになっている。あなたのプロダクトを拡散させるもっとも速い方法は、MBAの(資格を持つ)人を使うのではなくAPIをつかって1つのプラットホーム上で提供することである。ビジネス開発はいまや人中心ではなくAPI中心に考えるべきだ。
ここでは、すでに存在するfacebookなどの巨大なユーザーベースが公開しているAPIを利用したプロダクトをつくることによって、TVなどの伝統的なコミュニケーションチャネルで広告費を使って宣伝するよりも効率よく自分のプロダクトの拡散・成長をはかることができるということを言っている。しかし、すでにそれらのユーザーベース上でも多くの競合が発生しており、なによりもそのユーザーベースを提供しているプラットホーム側の思惑との調整もしくは駆け引きがなかなか難しい。3rdパーティーとして、そのAPIを利用したサービス(プロダクト)をつくり巨大なユーザーベースのプラットホーム上で利用できるようにしても、意図したような露出を得て拡散をはかることができるのは限られた少数のサービスになってしまう。実際に、Andrew Chenの記事が書かれて以降にその戦略が大成功した例を知らない。

多くの場合、巨大なユーザーベースを保有するプラットホームのビジネスモデルは、ユーザーが投稿するコンテンツで得るページビューをBtoB商品とする広告プラットホームだ。当然のことながら自らのビジネスが最優先であり、その戦略によってAPIが変更されることも覚悟しなければならないし、APIの変更がなくても3rdパーティのプロダクトが露出されるロジックが頻繁に変更されてしまう。もっともその露出のロジックは公開されていないので最適化することもできない。

それでは冒頭の「APIの時代だ」という言葉はどういう意味なのかということになる。
lean innovation
前々回の記事で紹介したリーン・イノベーションのプロセスでは、「モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる新しいユーザー体験」を新しい製品(モノ)とWebサービスとアプリによって実現するというゴールを目指す1st Stepとして、現行の製品とアプリの組み合わせによる価値提案に取り組む。そこでも述べたように、すでにモバイルファーストの時代である。
スマートフォンやタブレットをターゲットにしたアプリケーションの実現方法には、iOSやAndroidのいわゆるネイティブアプリとするか、あるいはHTML5を駆使しモバイルのWebブラウザ上で動くWebアプリとするかの2つの選択肢がある。両方を組み合わせたハイブリッドという手もあるが、リーン・イノベーションのプロセスではネイティブアプリをお勧めする。

もちろんWebアプリにはいろいろなメリットがあり、以前のプロジェクトではHTML5に徹底的に挑戦をした。iOSとAndroidの両方への対応が比較的容易であり、Andrew Chenの言うようにfacebookが公開しているAPIを利用してfacebook上で効率よくプロダクトの拡散・成長をはかることが可能であるという点で選択した。
Webアプリの欠点はWebサーバーのランニングコストがかかるということだ。もちろんいまどき最初から自前でWebサーバーを構築しようと考える人は少ないだろう。Amazon Web ServiceやGoogle App Engineなどのクラウド(PaaS)サービスを利用してWebアプリケーションを動かすことになると思うが、そのサーバー(CPU)とディスク、データ転送の料金がランニングコストとして発生する。自前のサーバーをたてることに比べればはるかに安く、また小規模に始めて非常にフレキシブルにスケールしていくことができるので、ここで論じている「モノづくりのデジタルリマスタリング」に取り組もうという企業にとってはさほどの負担ではないかもしれない。

PCとスマートフォンやタブレットとの大きな違いはストレージだ。PCに比べスマートフォンやタブレットに内蔵されたストレージ(メモリ)の容量は非常に小さい。アプリケーションはクラウドのストレージサービスを、そのAPIを駆使して積極的に利用すべきだろう。
コンスーマ向けクラウドサービスにはいくつかの種類があるが、以下の2つが代表的なものだ。
  • GMAILなどのアプリケーションを提供するクラウドサービス
  • Google Driveなどのストレージサービス
ここでは後者のストレージサービスを利用することを仮定している。Googleが仕掛けた低価格競争に競合サービスも追従し、PC/ハードディスクなどのローカルのストレージの代替えとして検討できるものになっている。

製品がiPodのようなコンテンツを消費するデバイスの場合、クラウドに用意されたコンテンツをモバイルアプリにダウンロードしてから製品に転送する下の図の赤い矢印のような流れになる。
図1
iPodの時代にはまだスマートフォンが今日のような形と広がりをもっていなかったので、アプリはMac/PC上のiTunesであった。その場合、Lean 1st Stepではコンテンツ(音楽)はCD-Rに焼かれて現行製品であるCD Walkmanで楽しむという流れだった。
図2
製品がコンテンツや情報を生産するデバイスの場合は、コンテンツや情報の流れは上の図のように逆になる。Nike+はこちらのパターンだ。
いずれもLean 1st Stepでの暫定であり、2nd Step、3rd Stepではこの流れを変えていくことになる。

リーン・イノベーションとは関係ないが、Mailboxは前者のクラウドサービスのAPIを利用したモバイルアプリケーションのいい例だ。このGMAILのAPIを利用したiPhone向けのメールクライアントは、メールの基本的な管理機能としてはGMAILと同じなのであるが、GMAILが提供しているメールの削除やアーカイブの機能をすべてスワイプだけで行うという恐ろしく(insanity)シンプルなUIによって、大量にたまってしまうメールを簡単に処理できるというそれまでになかった新しいユーザー体験を提供し、またたくうちに多くのユーザーを獲得し、そしてまたたくうちにDropboxに1億ドルで買収されてしまった。

スマートフォンやタブレットはコモディティ化しつつある。メーカーにとっては低価格化や買い替えサイクルの長期化など好ましくない状況だが、それらを人々があたり前に利用して、インターネットにつながっているということを前提に事業戦略を考えることができるようになった。
さらに、PCの時代に比べて今日のクラウドとモバイルのインターネットの時代は、アプリケーションを作って世の中に提供することが格段に容易になっている。例えばAppleが提供するiOS(iPhone/iPad)向けの開発環境は至れり尽くせりのものであり、また無償有償にかかわらず開発したアプリケーションをApp Storeで配布することは個人でも可能だ。それだけに、星の数ほどもあるモバイルアプリケーションで人々の気持ちをとらえることは容易なことではないことも事実だ。
  • これはどんな価値を提供するのか?
  • 他と何が違うのか?
この2点を明確にしておく必要がある。

StorehouseというiPadの写真共有アプリケーションをぜひ見てみてほしい。iOSが提供する標準のUIツールではなく、おそらくネイティブの描画テクノロジー(フレームワーク)を駆使した、二本の指によるiPadでの操作に特化した写真と動画の閲覧のユーザーインタフェースは素晴らしい。
MailboxやStorehouseは、モバイルアプリケーションとAPIと、そしてちょっとしたアイデアですごいことができてしまうということを示している。そのちょっとしたアイデアを思いつくかが問題なのだが、とにかくアプリケーションの時代だ。 

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facebookの公開グループ「UX Tokyo」で紹介された長谷川さんの「UXの本質について」という題のブログを読んで、「経験価値をデザインする」ということについて考えてみた。

以前も書いたが、「経験経済」という邦訳もあるB.J.パインの"The Experience Economy: Work Is Theater & Every Business a Stage"で、経験価値(Experimental Value)という言葉に初めて出会ったのは1999年のことだ。そして自分の「経験価値」という言葉の理解はこの本が元になっている。
経済価値はコモディディからプロダクト(製品)、サービス、そしてエクスペリエンス(経験)に進化するという。コモディティとは、品質などの属性が均一化して差異がなくなり、相場によって大量に取引されるようになった農産物や天然資源などの商品を指す。工業製品やサービスがコモディティ商品になることはないが、市場において競合との差別化が困難になり事業利益が下落する状況はコモディティ化と呼ばれている。デジタルやインターネットなどの技術の急速な発達によって製品やサービスのコモディティ化が加速するなかで、製品やサービスを提供する企業は、その製品やサービス自体の価値だけでなく、その製品やサービスを利用する過程で顧客が感じる価値にも着目した事業戦略や商品戦略を考える必要があるという。

この本では経験を提供する企業のことをステージャーと呼んでいる。「コモディディから製品、サービス、経験に進化」という順序にも表れているように、経験を提供する企業(ステージャー)はサービスを提供するプロバイダーの発展形として論じられているように思う。これはこの本に限ったことではなく、いろいろなところで挙げられている経験を提供する企業の多くの例がディズニーランドやスターバックスなどのサービス業者であることからも、これまでは製造業が積極的に経験を提供することは困難であったことは事実だ。
(過去の記事から)
まず、そのサービス業について考えてみよう。

誕生日やデートやあるいはなにかのきっかけがあって、ちょっと気張った食事をしに行くことになったとしよう。多くの場合は評判のよさそうなレストランをインターネットで検索するだろう。評価の高い(あるいは予算の範囲で)レストランを見つけてそのレストランのホームページを見るなりして予約の電話をするところから経験が始まる。そのホームページはわかりやすいだろうか、電話の応対はどうだっただろうか。いずれもサービスの提供者が提供する価値の一部だ。

そしてレストランを訪れてから本格的な経験がスタートする。きっと楽しい時間が過ぎ、シェフが腕を振るった料理そして美味しいワインについての勘定書きを渡され、あなたは満足して支払いを済ませ店を後にする。ここであなたの素晴らしい経験が終わる。
restaurant
勘定書きには料理とワインの価格、そして税金とサービス料などが記載されている。さて、もちろん、料理の価格には材料費にシェフによる付加価値や給仕や後片付けなどの手間賃と店の利益がついている。ワインはきっと酒屋で買う場合の2倍から3倍の価格だっただろう。しかし、それだけでその金額を評価するだろうか。

スマートなソムリエがあなたとちょっとした会話をして、あなたが素晴らしい選択をする手助けをしてくれたかもしれない。気難しそうなウェイターが料理の説明で思いがけないジョークを言って笑わせてくれたかもしれない。もしかするとデザートのときに著名なシェフが料理の感想を聞きにきたかもしれない。料理とワインという対価の直接の対象だけでなく、それらのおもてなしやホームページや電話の対応、そして店内の装飾や調度品などによって構成される環境を含めたものがサービス業が提供する価値だ。サービスの提供者は、その「提供価値」に価格付けをする。あるいは「提供価値」を高めることによって、顧客が支払う金額をより受け入れられやすいものにする。

しかし、顧客視点で考えた場合、レストランを訪れたすべての人がその「提供価値」に対して同様の評価をするわけではない。料理やワインに対する評価だけでなく、上にあげたようなサービスに対する評価も人によって異なる。その人の好みだけでなく、その人のそのときの状況などによっても違いがでてくるだろう。「提供価値」が同じものであっても、その価値を提供された客の中に生じる「経験価値」は人によって異なる。「経験価値」は絶対的なものではない。

そのレストランでの食事を含めた全体の経験が、支払った対価に対して十分満足できるものであったという価値を感じたならば、その顧客は何かの折にまた利用しようと思うであろうし、口コミやネットで推薦をするかもしれない。マーケティング的に言うならば、ベストエフォートとしての経験の提供はリテンションとバイラルのためと考えることができる。

さてスターバックスだ。

レストランの例と同様に、顧客はスターバックスの提供するラテと経験に対価を払っている。店に入って制服を着たフレンドリーな店員にトールラテを注文し、カップにKyoskeとマジックペンで書かれたカップを受け取ってちょっと小さめの椅子に腰をかけ、Macを開いてちょっと仕事をして過ごす経験に数百円のお金を払う。特にラテの味がスターバックでなければならないということはない。

あるいは毎朝、スーツを着て沢山の書類を抱えてスマートフォンで電話をしながらグランデを注文し、そのままあわただしく店を出てゆく。ラテを飲み干して緑のマークのついたカップを捨てるまでの経験もスターバックスが提供する価値だ。ラテの味が同じであるなら別のコーヒーショップで買ってもいいはずだが、スーツ姿のビジネス(ウー)マンは自分のライフスタイルにはスターバックスが提供する経験がMust Haveだと考えている。
startbucks
レストランの例とスターバックスは、いずれも経験を提供しているが、スターバックスの提供する経験はあきらかに科学的にデザインされている。

サービス業をもう少し見てみよう。家電量販店にデジタルカメラを買いに行くというケースで二人の人について考えてみる。きっかけは二人とも海外旅行に持ってゆくデジタルカメラを買おうと思ったことだとしてみよう。

ひとりは、事前にインターネットで価格や評判を検索して機種に狙いを定め、最安値の価格も頭に入れてから販売店に出かける。最初の店で、いきなり価格の交渉に入る。狙いを定めた機種についてのネット上の最安値を店員に提示し、同等の値引きをするように迫る。店員は苦笑いをしながら電卓をたたいて可能な価格と加算できるポイントを提示する。両方を合わせるとネット上の最安値に近い金額になるが、客はその店を出て徒歩で5分ほどの別の量販店に向かう。そこでも同様に、さらに先の店での提示額も引き合いに出して価格交渉をする。先の店よりほんの少しだけいい条件を引き出すと、とって返して先の店の先ほどの店員を捕まえる。店員から「今決めてもらえるなら」とさらなる好条件が提示され交渉が妥結する。ポイントを含めるとネットの最安値よりほんの少し安い金額を支払って、狙っていたブランドのデジタルカメラを手にすることができた。

もうひとりの客は、事前の調査もなしにもっとも近い量販店のカメラ売り場に行く。どのデジタルカメラを見るということもなく歩いていると、近寄ってきた店員に海外旅行について説明する。およそデジタルカメラと関係ない話まで、実は先の例と同じ店員が親身になって聞く。客が一通り(実は同じ話が何度か繰り返されたが)話し終わると、店員はいくつかのカメラを客の前に並べて、なぜそれらのカメラが旅行に向いているかを非常にわかりやすく簡潔に説明する。軽いこと、高倍率のズームや手ぶれ補正が備わっていること、暗いところでもきれいにとれること、それらすべてが旅行のために考えられたかのように具体的な状況を交えながら。並べられたカメラすべてがそれぞれの特徴を備えており、どれを選んでも後悔をすることがないようだ。しかし客は選ぶことができない。すると店員は客の旅行についての話の中からヒントを得たポイントでひとつの機種を推薦する。旅行先では突然の雨が降ることが多いから、防水になっているこの機種がぜったいおすすめですと。客は表示された金額を支払い、ポイントを長期保証にあててもらい、すすめられたデジタルカメラと予備のバッテリーとカメラケースの入った紙袋を下げて満足して店を後にする。
shop
この二人の客は、いずれも経験に対価を払っている意識はない。デジタルカメラというモノと引き換えに代金を払っただけだ。前者の場合の店の提供価値は「値引き」であり、後者は「丁寧な接客」である。その提供価値によって、客はデジタルカメラを購入するに至った。店側から見ると、それらの価値を客に提供することによって購入させる(コンバージョン)という目的を達成したと言える。

レストランとスターバックスの例と同様に、量販店のふたりの客にも「よい買い物ができた」という経験が生まれただろう。パインのいうサービス業と経験のステージャーの境界線はどこにあるのだろうか。
The company - we'll call it an experience stager - no longer offers good or services alone but the resulting experience, rich with sensation, created with in each customer. All prior economic offerings remain at arm's length, outside the buyer, but experiences are inherently.

我々が経験のステージャーと呼ぶ企業は、もはやモノやサービスをだけを提供するのではなく、それを利用することによってそれぞれの顧客が感じることができる豊かな経験を提供する。これまでのすべての経済が提供するものは購入者から離れた外に存在するものであったが、経験は顧客の中に存在する。

"The Experience Economy"より引用
量販店の場合もレストランの場合も、それぞれ「モノを販売する」「食事を提供する」というサービス業におけるコンバージョンやリテンションなどのマーケティング施策として顧客によりよい経験を提供しようとしている。それに対してスターバックスの場合は、経験そのものが商品であると言ってもいいだろう。

レストランで提供する料理はシェフの卓越した技術と弛まぬ努力によってコモディティ化していない。しかし、スターバックスのラテもブランディング戦略によって差別化がはかられてはいるものの、どう見てもミルクとコーヒーだけのコモディティ商品だ。顧客はより意識的に、そのデザインされた経験に対価を払っている。それまでなかったユニークな経験を提供するスターバックスのビジネスは、サービス業ではなく経験のステージャーの域だろう。

製造業においても「(モノではなく)経験を提供すべきだ」ということは以前からよく言われている。しかし多くの場合、それはマーケティング戦略であることが多い。

例えば自動車産業においては、車を単なる移動手段としてではなく豊かな暮らしやステータスのシンボルとして訴求してきた。モノやサービスをだけを提供するのではなく、それを利用することによってそれぞれの顧客が感じることができる豊かな経験を提供するという点では、自動車産業全体を経験のステージャーと呼んでもいいのかもしれない。

しかしビジネスモデルとしては他の製造業と変わりはなくモノを製造して販売するというものであり、またそのデザインや走行性能、安全性、経済性などの技術の継続的な進歩によって過去の商品を陳腐化させることが可能であるため、未だにモノのコモディティ化という問題も発生していない市場でもある。提供しようとしている経験が、「家族の楽しい休日」「自由な解放された時間」「エグゼクティブの安全な日常」(これらのようなものは実際にないかもしれないが)といったものであっても、それは個々の車のコンセプトであり、実際に製造業がその経験を提供したり自動車の購入後に手助けをしてくれたりすることはない(一部の高級車ではコンシェルジュといったサービスが提供されているが)。

パインの考えを15年後の今日に解釈するならば、 そしてスターバックスやディズニーランド、そしてこのブログで何度も言及したNike(Nike+)やApple(iPod)のような実例を観察すれば、経験のステージャーとは、それまでになかった新しい経験(価値)を科学的にデザインし、その経験を具体的な形で提供する企業と定義することができるだろう。

それはおそらくUXやサービスデザインという、レストランや量販店の提供価値までをカバーする、より広い概念に含まれるのだろう。しかし、それまでになかった新しい経験価値を科学的にデザインする「経験価値のデザイン」についての方法論はまだ論じられていないように思う。

ご相談やお問い合わせは、contact に @ と ibornb.red をつけたアドレスまでメールでお寄せください。

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2016.5.18
この記事は「経験のデザイン」というタイトルで書き直しましたので、そちらもお読みいただければと思います。 
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D.A.ノーマンの「誰のためのデザイン?」の改訂版 The Design of Everyday Things: Revised and Expanded Edition [Kindle版](邦訳もそろそろ?)では第6章 と第7章が新しく追加されたが、その第6章 Design Thinkingに次のような記述がある。
The prototypes might be scaled objects, constructed  by model makers or 3-D printing method. Even well rendered drawings and videos of cartoons or simple animation sketches can be useful. Virtual reality computer aids allow people to envision themselves using the final product, and in the case of a building, to envision living or working within it. All of these methods can provide rapid feedback before much time or money has been expended.

プロトタイプは、模型製作者や3Dプリンティングなどによる縮小された模型かもしれない。上手に描かれたデッサンやマンガあるいはアニメーションによるスケッチでもいい。コンピュータによるバーチャルリアリティ表現であれば、人々は最終的に製品化された製品を使っている自分自身を創造することができ、その製品が建物ならばそこでの暮らしや仕事を思い浮かべることができる。これらの方法によって、多くの時間とお金を浪費する前に迅速なフィードバックを得ることができる。
エリック・リースの「リーンスタートアップ」をご存じの方であれば、これはMVPの考え方と同じであることに気付いただろう。前々回の記事でLTFについて次のように書いた。
LTF(ルック・トゥ・ザ・フューチャー)はリーンスタートアップで提唱されているMVP(Minimum Viable Product:仮説の検証に必要な最低限の機能を持った製品)と同じようにも思えるがLTFはプロダクトではない。MVPもちゃんとした製品やサービスの形をとらなくてもその一部であったり、その機能を表す何か、たとえばペーパーモックやビデオであったりする。LTFは製品やサービスの説明をするものではない。それが提供されたときの人々の生活を表したものだ。そのストーリーを読んでもらい、そこからプロジェクトで狙いをつけた潜在的なニーズを顕在化させる製品やサービスについての気づきやヒントを得ようというのだ。 
D.A.ノーマンがいろいろなプロトタイプの形を示しているが、製品の種類やその企画・開発の段階によってフィードバックを得るための「プロトタイプ」は異なるだろう。あまりMVPとかLTFなどという定義にこだわらず、仮説を検証するためのフィードバックをえるために必要な「何か」を考えていけばよいのだろう。要は、最初のアイデアを盲信してそのまま時間とお金をかけて作り上げてしまうと痛い目をみるよということだ。もちろん、それで成功すればいいのではあるが。
approach

上の図は、いま取り組んでいるプロジェクトにおけるコンセプトデザインのプロセスを示したものだ。そのテーマがなんであるかをここで紹介することはできないが、例えば(前回と同様に)"What"が「1000曲を持ち歩くことができる携帯ミュージックプレイヤー」だとして考えてみる。それまでのCD-Walkmanでは得られなかった新しい未来の体験のストーリーをLTFに描き、それを用いてアンケートを実施することによって、そのコンセプトに対するフィードバックを得たり、顕在化させようとしている潜在的なニーズの可能性を探る。すなわち"What"という仮説について検証を試みる訳だ。その結果の分析から戦略マップを評価し、必要であれば比較の項目やポイントを修正する。もちろん、"What"自体を見直さなければならない事態もあるということも覚悟しておこう。そして、たとえば社内やクライアントや投資家にコンセプトを説明するためであったり、プロジェクトチームでコンセプトを共有しリファレンスとするためなどに必要であればLTFの視覚化を行う。以前のプロジェクトではこんなLTF視覚化(YouTubeでコンセプトビデオの再生が始まり音楽が鳴ります)を行ったが、プロジェクトのメンバーでコンセプトを共有するだけであればここまで作り込む必要はないだろう(自分はどうしてもこんなところに凝ってしまう)。

戦略マップと視覚化したLTFによってモノのデジタルリマスタリングの2まで進んだことになる。
  1. モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する 
バリュープロポジションとは「提供する価値」ということだが、LTFによって新しい経験価値を描き、戦略マップによってそのユニークさを定義する。この段階では必須ではないが、例えば"1,000 songs in your pocket."(1,000曲をポケットに)のように価値を伝えるためのフレーズ(言語化)を考えるのも楽しい。製品やサービスの名称と一緒に訴求するタグラインやキャッチコピーに使うことになるかもしれないが、まずはプロジェクトのメンバーでコンセプトを共有するのに有効だと思う。

そして、当初から想定していた機能要件に、アンケートからその必要性が導かれた新たな機能を加えて要件マップを作成する。まずは要件の羅列からはじめ、それを機能や実現に必要な技術やインフラ、その難易度や負荷などによってマッピングする。要件マップ自体は定義ではなく検討のためのたたき台になるものであるので、複雑にならないようにいくつかの軸ごとに複数のマップをつくるといいと思う。そこから次に"How"を考える訳だ。注意しなければならないことは、この要件マップは単一の製品やサービスで実現するものではないということだ。モノのデジタルリマスタリングの大前提は「ハード」と「ソフト」と「サービス」の組み合わせによって「新しい経験価値」を創出することだ。そのイメージを抱きながら要件マップを作成する。
lean innovation
上の図は、いま取り組んでいる「新たな(経験)価値創造」のプロセスを示したものだ。リーン・スタートアップの考え方あるいは精神を継承したもので、モノづくりのイノベーションすなわち新たな価値創造のためのリーン・イノベーションのプロセスと呼んでもいいのではないかと思っている。
戦略マップと視覚化したLTFによって新しい経験価値"What"をデザインする。そしてそれを実現するための「ハード」と「ソフト」と「サービス」がどのように役割分担するかによってそれぞれを再定義する。しかし、そのアイデアを盲信してそのまま時間とお金をかけて作り上げてしまうと痛い目をみるとD.A.ノーマンもエリック・リースも言っているのだ。実は、僕はなんども痛い目を見ている。しかし、どうだろう。自信満々のアイデアマンは「自分は違う」と思うのではないだろうか。できれば何度か痛い目をみたほうがいいのではないかとも思うのだが。もっとも、先達の考えたいろいろな方法論を駆使してイノベーションに取り組んだとしても、そうそう簡単に成功するものではない。イノベーションへの取り組みは何度か痛い目を見ることになるだろう。

まず1st Stepとして現行の製品とアプリの組み合わせによる価値提案を行ってみる。もちろんそれだけで、いままでになかった新しい価値を実現することはできない。いわば仮説を検証するためのMVPという位置づけだ。モノのデジタルリマスタリングによって創造しようとする新しい経験価値は、「モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる新しいユーザー体験」であり、それを実現する仕組みとして「ハード」と「ソフト」と「サービス」の役割分担を決めてとりあえずのゴールを描いたものがリーン・イノベーションのプロセスの3rd Stepになる。ここではもっと明確に「新しい製品(モノ)」とWebサービスとアプリとしている。すでにアプリはモバイルファーストで考えるべき時代になっているだろう。「現行の製品とアプリの組み合わせ」は1つの実施例にすぎない。End to Endで新しい経験価値を提供するというGoalに向かって、どのようなステップを踏んでいくかという戦略立案もコンセプトデザインの一環に含めるべきだ。 

iPodの創り方」で使った3つの図で考えてみよう。もちろんAppleが考えていたこととは違う。2001年1月にiTunesが"Lip, Mix, Burn"というキャッチフレーズで発表された。パソコン上の「デジタルミュージックボックス」というコンセプトで、音楽CDを取り込んで(Lip)自分の好きなように音楽を編集し(Mix)、それをCD-Rに焼いて(Burn)持ち運びWalkmanで聞くことができるというものだった。これはリーン・イノベーションのプロセスの1st Stepに相当する。
ipod1
Lean 1st Step

そしてリーン・イノベーションのプロセスに従って続きを書くと次のようになる。

iPod_a2
Lean 2nd Step
 
iPod_a3
Lean 3rd Step (Goal)

しかし、2nd Stepと3rd Stepの順序は実際は逆で、2001年10月にiPodが発売され、2003年4月にiTunes Music Storeが開始された。

ipod2
実際の2nd Step
 
ipod3
実際の3rd Step (Goal)


Appleにとって、 もちろんWalkmanは自社の(現行)製品ではなく、他社の現行製品に破壊的なイノベーションを仕掛ける立場にある。Appleが2nd StepでiPodを発売した意味は2つあると思う。

まず、iTunesというMacのアプリケーションによって、コンピュータ上で音楽を管理するという新しい考え方を市場に提案しその理解を得て、次にそのiTunesと一体化したiPodによって携帯ミュージックプレイヤー市場に参入するというシナリオは自然だ。
そして、それまで音楽のインターネットでの販売と配信に抵抗していたコンテンツホルダーも、iPodによってユーザーを味方に付けたAppleについていくしかなくなるという流れをつくり、End to Endのもう一方にあるiTunes Music Storeの構築に成功した。

すでに携帯ミュージックプレイヤー市場におけるNo.1のブランドとシェアを獲得し、また自社にソニーミュージックという音楽コンテンツプロバイダー事業を抱えるソニーが同じGoalを目指していたしたら、リーン・イノベーションのプロセスに示した順番がよかったかもしれない。もっとも元CEOは当時を振り返って「iPodをつくりたかったけど、自分は工場を持っていたのでつくれなかった」と、まったく違うところを見ていたようだ。ここでは「つくる」という言葉は「創る」のはずであり、「作る」とか「造る」ではないのだが。リーン・イノベーションは、段階的にプロダクトを市場に提供し、そのフィードバックを得て市場とコミュニケーションをしながら、市場と自社事業の両方にイノベーションを起こしてゆくための、Build-Measure-Learnのダイナミックなイテレーションプロセスだ。

そしてその過程でユーザーのコミットメントを獲得してゆくということも重要なポイントだ。AppleにとってのiTunesはMacの価値を高める(デジタルハブ構想)というもうひとつの狙いがあった。もしソニーがiTunesを無償で(もちろんWindowsとMacの両方に)提供していたとするとリーン・イノベーションのStep1として「功利主義マーケティング 」という考え方も可能だっただろう。

まったく新しい経験価値を実現するために再定義した「ハード」と「ソフト」と「サービス」を作り上げていく過程で、どうやってユーザーからのフィードバックを得てゆくのか。ノーマンが列挙したようなプロトタイプ、例えば上手に描かれたデッサンやマンガあるいはアニメーションによるスケッチ、あるいはコンピュータによるバーチャルリアリティ表現などでは、すでに実施したLTFアンケートによって得られた"What"に対するフィードバック以上のものは期待できない。潜在ニーズはありそうだ、コンセプトは受け入れられそうだというだけにすぎない。そして"How"については、ユーザーの思いを積み上げていくプロセスが必要だと思う。別の視点から言えば、それはモノづくり企業がイノベーションに挑戦する過程で、「不確実性」を克服してゆくために必要なプロセスでもある。 そのリーン・イノベーションという考え方についてこんな図を描いてみた。

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