デザイン思考で行こう!

Life will find a way, we'll find a way technology lives.

2014年06月

カナダのマーケティング・コンサルティング会社Twist Imageのミッチ・ジョエルが、その著書Ctrl Alt Deleteのなかで功利主義マーケティング(Utilitarianism Marketing)という考え方を提唱している(邦訳本はこちら)。
 
功利主義(Utilitarianism)とは自分の利益になることは社会全体にとっても利益になり、逆もまた然りであるという考え方だ。
功利主義マーケティングは次にビジネスを大きく変えてしまうものになるだろう。功利主義マーケティングとは広告に関することではなく、メッセージングに関することでも、顧客との直接的な対話に関することでもない。それは真の価値と実利の提供に関することだ。それは消費者がいつも使いたくなるだけでなく、それを使うことによって多くの価値を得ることができる何かであり、それは彼らの生活において大きな注目の的となるだろう。我々が暮らしているこのメディアや広告が溢れた世界において、あなたのブランドはそのような興味をかきたて注目を集めることができるだろうか。(原文より筆者訳)
企業はその製品によって機能的価値を提供するが、その製品に関連する別の機能的価値をマーケティングとして提供することによって消費者の信頼と評判を獲得しようというものだ。わかり易い例が挙げられている。
charminSitOrSquat(座るかしゃがむか)というモバイルアプリは、いま自分が居る周辺の利用できる清潔なトイレを教えてくれる。このサービスが評判となって多くのユーザーを獲得すると、P&Gが自社のトイレットペーパーのブランド、チャーミンのマーケティングに利用すべく2009年にグローバルなスポンサーとなった。

P&Gはもともとマンハッタンに清潔で安全な公衆トイレが少ないという観光客の不満に目を付け、チャーミン・レストルームというキャンペーンを2006年から展開していた。観光客が集まるタイムズスクエアの一角にあるビルにチャーミンセンターというスペースを設置し、清潔なトイレや観光客のためのいろいろなサービスを無償で提供していた。そのP&Gの狙いにSitOrSquatは完璧にはまった。チャーミン・レストルームというキャンペーンをアドボカシー(Advocacy: 顧客支援)マーケティングとして紹介する記事もあったが、概念的には功利主義マーケティングと同じものだと思う。

4月15日に総務省が発表した 2013年の「情報メディアの利用時間と情報行動に関する調査<速報>」によると、平日のテレビ視聴時間が全体平均で前年より16.4分(約9%)減少し、40代・50代の視聴時間が前年に対して40分と初めての大幅減となったこととがその原因だとされてる。

スクリーンショット

これまでもスマートフォンやソーシャルネットサービスの利用時間の増加によって若者のテレビ離れが進んでいるという報道はあった。しかし今回の40代・50代の視聴時間の減少の理由はそうではなさそうだ。間もなく正式版が出るようだが、テレビ番組の質が低下したためではないだろうか。

一方で2月に電通が発表した「2013年の日本の広告費」によると、2013年のテレビ広告費は1兆7,913億円で前年比100.9%で、下半期だけを見ると前年比102.0%と増加傾向になっている。その内容は「金融・保険」「不動産・住宅設備」「飲料・嗜好品」などのスポット広告で、いわゆる番組スポンサーとして半年契約となるタイム広告は減少しているようだ。じっくりと良質な番組を制作するよりも、短期的に視聴率を稼げる番組を制作してスポット広告を獲得しようというテレビ局の姿勢が反映されているように思える。これではさらにテレビ離れが進んでしまう。超高画質とされる4Kテレビを購入しても、その価値を感じることができる番組は提供されるのだろうか。

このようなテレビに多額の広告宣伝費をつぎ込む代わりに、功利主義マーケティングを考えてみたらどうだろうか。飲料水メーカーなどがモバイルのゲームアプリを使って行う一過性のキャンペーンとは異なり、功利主義マーケティングは人々が抱えている問題を解決するサービスやアプリを提供し、それによって長期的にブランドの認知や信頼を獲得しようとするものだ。そのサービスやアプリは自ずとそのブランドの市場に関係したサービスになるだろう。

iPhoneやAndroidスマートフォンのアプリケーションは星の数ほどもあり、その収益化は非常に難しい状況だ。 SitOrSquatのように多くのユーザーを獲得するまでに息切れしてしまう開発者も多い。大手の広告代理店がスポンサー企業のためのアプリのコンペをするなどして、アプリ開発者と企業との仲介役をすれば面白いビジネスモデルができるのではないだろうか。きっとアプリ開発者と企業とユーザーとのWIN-WIN-WINの関係を作れると思う。

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。
このエントリーをはてなブックマークに追加

既存の企業(特に製造業)のイノベーションに関して、多くの人々は悲観的だ。その理由については「イノベーションのジレンマ」をはじめとしてすでに多くの分析がなされている。例えば、成功した企業がさらなる成長のために最適化した組織が、病原菌が侵入した時の白血球のように、イノベーションを拒絶し死滅させるといった分析だ。
iPodに携帯ミュージックプレイヤーの事業のトップの座を奪われたソニーの元社長は当時を振り返って「自分は工場を持っていたからiPodを(作りたかったけど)作れなかった」とまさにジレンマを語っていたが、はたしてiPodというイノベーションの答えを見いだすことはできていたのだろうか。iPodのほんとうの価値を思いついていたのだろうか。僕も含めて、答えを見てからならばなんとでも言える。

企業の成長戦略についてはアンゾフの成長マトリックスで俯瞰することができる。

anzof
このマトリックスではイノベーションという観点での分類はされていないように見えるが、アンゾフは多角化についてさらに水平型、垂直型、集中型、集成型という4つの分類をしている。このうちの水平型と集中型はイノベーションの戦略として、成長戦略に組み込むことができるのではないかと思う。製造業のイノベーション戦略を考えるには、製品と市場という軸を、それぞれの上位概念である技術とドメインという軸で表すとわかりやすい。すなわちイノベーションのマトリックスだ。

innovation_matrix

,魯▲鵐哨佞水平型の多角化と呼んでいるものに近い。すでに獲得している経営資源やバリューネットワークの多くを活用してプロダクトのイノベーションを行う。写真というドメインにおいてカメラメーカーが新しいデジタル技術を導入し、フィルムカメラからデジタルカメラへのプロダクトイノベーションに成功した事例がある。
△麓社の既存の製品や保有技術に関連した新しい製品によって、別のドメインに参入するというアンゾフの集中型多角化だ。Appleが自社のコンピューター、OS、アプリケーションソフトウェアという製品・技術に関連したiPodという製品によって音楽という新しいドメインに参入したケースがあてはまる。
しかし、もしソニーがiPodを創っていたとしたら,離僖拭璽鵑離ぅ離戞璽轡腑鵑棒功したことになる。そのプロセスを「iPodの創り方」という記事で考えてみた。

自社にない新しい技術を獲得して新しいドメインへ参入する、いわゆるコングロマリット化戦略は経営のより上位レベルでM&Aなどのオプションを含めて検討されるものであり、上記の2つのイノベーション戦略と同じ次元で考えられるものではない。

T.レビット マーケティング論(有賀裕子訳)
の「マーケティング近視眼」の先頭に次のような記述がある。「マーケティング近視眼」は2001年11号のダイアモンド社のハーバードビジネスレビューに掲載されたが、1960年にマッキンゼー賞を受賞しているという古い論文だ。人々はずいぶん長い間、イノベーションというテーマと格闘している。
鉄道が衰退したのは、旅客と貨物輸送の需要が減ったためではない。それらの需要は依然として増え続けている。鉄道が危機に見舞われているのは、鉄道以外の手段(自動車、トラック、航空機、さらには電話)に顧客を奪われたからでもない。鉄道会社自体がそうした需要を満たすことを放棄したからなのだ。鉄道会社は自社の事業を、輸送事業ではなく、鉄道事業と考えたために、顧客を他へ追いやってしまったのである。事業の定義を誤った理由は輸送を目的と考えず、鉄道を目的と考えたことにある。顧客中心ではなく、製品中心に考えてしまったのだ。
いったん鉄道事業のためのバリューネットワークを忘れて、「輸送」という顧客の基本ニーズに立ち戻り、そこからその時点で利用可能な技術やインフラを前提に、その「輸送」というドメインにおける新たなバリューを定義する。そしてそのためのバリューネットワークを再構築する。これはイノベーションのマトリックスの,鮃圓Δ燭瓩旅佑方であり、「iPodの創り方」で紹介した「モノのデジタルリマスタリング」という方法論の元にもなっている。
「鉄道」と「輸送事業」という二つの言葉を言い換えるだけで、いろいろな事業の衰退を形容することができる。「鉄道」を「携帯ミュージックプレイヤー」や「デジタルカメラ」や「ビデオカメラ」などに置き換えた場合、それぞれの「輸送事業」に対応する言葉は何だろう。
なぜイノベーションは稀にしか実現しないのだろうか。最もよく耳にする応え、そして私の見たところ最も罪深い答えは、人々が組織に隷属させられ、創造性を身につけられずにいるというものだ。その主張によれば、産業界が創造性をみなぎらせ、進取の精神に満ちた人材を多数採用してアイディアを披露するチャンスを与えれば、アメリカ企業の問題は全て解決するという。
・・・(中略)・・・
アイディアを次々と生み出す人々は、たいてい組織をどのように動かせばアイディアをかたちにできるかを知らない。とりわけ前例のない画期的なアイディアを実行する方法を知らず、多くの場合、「アイディアは放っておいてもイノベーションに繋がる」とう理解しがたい考え方に染まっているようだ。このような偏見では、着想とイノベーションは同義語になる。この種の考え方にとりわけ強く毒されているのが、ブレーンストーミングの信奉者で、自分たちの流儀こそが企業を救うと信じて疑わない。
これもマーケティング論の中の「アイデアマンの大罪」という章に書かれている文章だが、日本の企業(製造業)の場合はさらに深刻だ。多くの場合、そういった「アイデアを次々と生み出す人」は、組織から浮いた存在になっていて事業の中心から外れている。もちろん、そのアイデア自体が採るに足らないものであることが多い(ほとんどである)のかもしれないが、どちらにしても「画期的なアイデア」は周囲には理解できず、協調性や和を重んじる日本企業の中では相手にしたくない危険な匂いがする。画期的なアイデアとは、それが現実のものとなり人々にその価値が理解できてから画期的であったことが判明するのだから厄介だ。

日本の大企業(製造業)の「イノベーション」や「新規事業」という言葉のついた組織の人とお会いすることがときどきある。企業の期待を背負って創設された組織だと思うのだが、それらの方々の前職をお聞きすると、既存の事業の企画や販売や開発に携わっていたという方が多い。そして経営陣はそういった言葉のついた組織をつくるだけで変革が起きると期待しているように見える。任されたほうも組織の名前以外に明確な方向性を伝えられていないので、まずは何をしましょうかというところから始めるしかない。コンサルタントと高い契約をして、現状分析やアイデア出しのブレーンストーミングによって提案書を作成したりコンセプトのビデオを作ったりする取り組みを2〜3回繰り返したところで、経営陣が飽きてしまって組織が消滅する。

2012/7にHBR(ハーバード・ビジネス・レビュー)に掲載された"Reversing the Decline in Big Ideas"(ビッグアイデアの減少に歯止めをかける)に次のような記述があった。
 
"The only way out of this innovation gridlock is an expansion in founding team diversity. I believe the missing piece from the DNA in the founding teams of Transformational Companies is now the Domain Expert, who has deep insight into the industry they are trying to disrupt. Without a domain expert attempts at disruption are unimaginative and incremental at best.
There are so many industries ripe for technology startups to disrupt: Education, Health Care, Business, Art and Government just to name a few. But where are the domain experts ready to be paired with a team of rockstar engineers and superstar designers? "

イノベーションの停滞状況から抜け出す唯一の道は、創業者チームの多様性を拡大することだ。私は「変革型企業」の創業者チームのDNAに欠けているものは、彼らが変革を起こそうとしている産業分野に詳しいドメイン・エキスパートであると信じている。ドメイン・エキスパートなしでは変革の企ても想像力に乏しくなり大した成果も期待できない。
教育、ヘルスケア、ビジネス、アート、政府、その他にもテクノロジースタートアップの変革を待っている産業は数多く存在する。しかしロックスター・エンジニアやスーパースター・デザイナーとチームが組めるドメイン・エキスパートはどこにいるのだろうか?

全体の論旨は、新しい企業が既存の市場に変革を起こすためには“Founder Market Fit”(創業者と市場が適合していること)が必要であり、その創業者チームに必要な人材は時代とともに変わってきている。最初はHPやApple、Microsoftなどのように一人か二人のエンジニアと一人のセールスマンがいればよかったが、現在はデザイン思考などで語られているようにデザイナーの時代になった。しかし、それもすでに市場に適合しなくなっているということだ。これは起業して間もない「新しい企業」について書かれているのだが、既存の企業におけるイノベーションの取り組みにおいてもあてはまる。変革を起こそうとしている産業分野に詳しいドメインエキスパートとはどのような人のことをいうのだろうか。

GoProを創ったニック・ウッドマンはデジタルカメラやデジタルビデオカメラの産業におけるエキスパートではない。彼はサーフィンが大好きな起業家だった。GoProの前身となった会社を起こす前に、400万ドルの資金を得てオンラインゲームの会社を起業して失敗している。その後、レンズ付き(使い捨て)カメラを防水ケースに入れて腕に固定しサーフィン中に写真を撮影できるようにするためのバンドを作って売り始め、次に専用のフィルムカメラを作り、それからサーフィンのためのデジタルカメラを創った。バンドからデジタルカメラまでに5年かかっている。彼はサーフィンを撮影するということに、異常なまでの熱意と執念をもっていた。変革を起こそうとしているドメインのユーザー側のエキスパートだった。
もしサーフィン好きで起業家精神に溢れたニック・ウッドマンがソニーにいたらGoProを創れただろうか。

coverジョブズを発掘したAtariの共同ファウンダーであるノーラン・ブッシュネルが書いた"Finding the Next Steve Jobs"(次のスティーブジョブズを探せ)には、企業がそういった人物を探すための心構えが書いてある。変革のためのアイデアと熱意を持った人物を招き入れて力を発揮させるには経営者の考え方や企業側の体質を変える必要があると。(注:この本の邦訳が2014年5月に出版されたが邦題は「ぼくがジョブズに教えたこと」となっている)

冒頭に書いたように大企業(特に製造業)においてイノベーションを起こすのは非常に難しい。環境を整えてニック・ウッドマンを招き入れたとしても、周囲が彼についていけるとは限らない。しかし大企業が保有する経営資源を選択し活用することができる自由が与えられればいろいろなことにチャレンジできる。その多くは失敗に終わるだろう。ジョブズもウッドマンも失敗を経験している。それが浪費なのかイノベーションへの糧になっているのかを見極めるのは経営者の眼力だ。
イノベーションのマトリックスの始点に飽和・限界と書いたが、それが起こってから茹でガエルのようにイノベーションに取り組んだのでは遅い。アンゾフのマトリックスの市場浸透、製品開発、市場開拓の3つの成長戦略には必ず飽和・限界があることを認識する必要がある。

ノーラン・ブッシュネルはTechCrunchの記事のインタビューの中で次のように言っている。
"I actually think iPhone was actually an exchange of iPod ecology."
Appleは未だにiPodで止まっていると。
Appleでさえイノベーションへの挑戦を続けないと茹でガエルになってしまう。

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。
このエントリーをはてなブックマークに追加

Tom Kellyの"The Art of Innovation: Success Through Innovation the IDEO Way"(邦訳 発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法)の中で、IDEOにおいて実施されているデザイン思考のプロセスの5つのステップが紹介されている。
  1. その市場、クライアント、テクノロジーを理解し、そして与えられた問題に関して認識されている制約事項を理解 する。

  2. 現実の生活における人々を観察し、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す。

  3. それまでになかった新しいコンセプトとそれを使うであろう顧客を視覚化する。

  4. プロトタイプを評価し洗練することを何回も素早く繰り返す。

  5. 新しいコンセプトを市場に出すために製品化する。
IDEOのディープダイブと呼ばれる新しい発想や製品を生むための手法だ。

実は、こんな回りくどいことをしなくても新しい製品を生む方法がもう一つある。それはIDEOの最初の3つのステップをすっとばして「自分がほんとうに欲しいものを作る"Scratch your own itch!"」という方法だ。
これはGoPro HEROを作ったNick Woodmanが成功したやり方だ。すでにネット上で語り尽くされているGoProのサクセスストーリーだが、このビデオ"GoPro's video revolution"を見たことのない方は一度ゆっくり見てほしい。2013年11月に放送されたCBS NEWSのビデオだが、映像だけを見ているだけでもGoProの成功の過程が理解できると思う。

このGoPro社(以前はWoodman Labs社)は2014年5月19日に米ナスダック市場への上場を申請した。そこで公開された資料によるとGoPro HEROシリーズの出荷台数は2011年114万台、2012年231万台、2013年384万台となっている。前後して発表されたソニーの業績資料によるとソニーのビデオカメラは、対称的に2012年370万台、2013年230万台となっているから、昨年にGoPro社が台数ベースでソニーを抜いてビデオカメラ市場のトップに躍り出たことになる。GoProは製品単価が安いので売り上げ金額ではソニーのほうが大きいかもしれないが、ソニーは利益がほとんどでていないだろう。ソニーの資料には減収の原因を「市場の縮小の影響を受けた」とするコメントがある。ソニーに限らず、その市場のNo.1企業が市場の縮小を不可抗力のように言うのはなさけない。それを手をこまねいてただ見ていたのか、と株主なら言いたいところだろうう。ソニーはWalkmanで学習することなくHANDYCAMというブランドも新たに市場に参入してきた企業によって価値を奪われてしまうのだろうか。かつてのソニーファンとしてはなんとも残念だ。そう書いて考えてみると、大枚をはたいて買ったXBA-BT75というBluetoothイヤホンが一年ちょっとで左側から音が出なくなり、修理代が購入価格の半分ぐらいかかると言われて捨ててしまったので、僕の家からソニー製品が完全に無くなってしまっている。

ソニーをはじめとして国内のビデオカメラメーカーが、GoProと同様のコンセプトのビデオカメラを市場に投入している。GoProのハードやソフトに特別に新しい技術が使われているということはないので機能的にはGoProと同様もしくはそれ以上のものを作ることはさほど難しいことではない。それはもちろんGoPro社にとっても大きな脅威であることは間違いない。しかし、CBS NEWSのビデオを見ていると日本の既存のビデオカメラメーカーには真似できないところが2つあることがわかる。

その1つはマーケティングのやり方だ。
Nick Woodmanは2002年にWoodman Labs社を創業したとなっているが、デジタルカメラを発売するのは2007年になる。創業当初は、CBS NEWSのビデオにあるように防水ケースに入ったレンズ付きフィルムカメラを腕に固定するバンドを作って売っていた。Nick Woodmanはサーフィンが大好きで、仲間たちが苦労して腕に括り付けたカメラで自分たちのライディング(波に乗ること)を撮影しているのをみて専用のバンドを作ることを思いついたそうだ。
カメラを腕に固定するためのバンドを作ることからデジタルカメラを作ることまでには大きな飛躍があるが、Nick Woodmanは元来の起業家だったのだろう。そしてサーフィンのすごい写真を撮れるようなカメラが欲しいという特別な情熱を持ち続けた。2010年にハイビジョン撮影が可能なGoPro HEROを発売したとき、Woodman Labs社は7人ほどの社員でハードウェアとソフトウェアの開発を行い台湾のメーカーに生産を委託していたという。(生産委託先の記述に誤りがありましたので訂正しました。8月4日)
img02
画像はGoProマスターディストリビューター(日本総代理店)株式会社タジマモーターコーポレーションのサイトから引用させていただいた。

最初のデジタルカメラであるGoPro Digital HERO3もサーフィンのために腕に巻き付けるバンド付きのウェアラブルなモデルだった。そこにはウェアラブルでなければならないという必然性があった。まずは口コミやサーフショップに置いてもらうことによってサーファーの間で評判になって広がっていったのだろう。

CBS NEWSのビデオで語られているエピソードだが、Nick Woodmanが生徒として通っていたレースドライビングのスクールで、彼がレーシングカーにバンドを外したGoProを取り付けて自分のドライビングを撮影する様子に他の生徒たちが興味を持ち、撮影された映像を見て皆おどろきの声を上げたという。そしてNick Woodman自身も、GoProを腕から外してどこにでも取り付けられるカメラとしての可能性に気づいた。
それからありとあらゆるものにGoProを取り付け、それまでに見たことがないGoProでしか撮れない映像を拡散させることに注力した。いろいろな分野のプロのアスリートと契約して自分のアクティビティの様子を撮影してもらったり、一般の人たちが撮影してYouTubeで公開した驚きの映像をさらに拡散させる取り組みを行った。GoProはすでにウェアラブルという狭い領域をはるかに超えてしまっている。人々はGoProを犬と遊ぶための棒に括り付けたり、フラフープにつけたり、風船につけて飛ばしたりして楽しんでいる。ときには鳥のウェアラブルだったりもする。

カメラで撮った映像がそのカメラ自体のマーケティングのためのコンテンツとなる。ユーザーが撮った映像コンテンツ(UGC)を公開し拡散させるだけでカメラを宣伝につながる。携帯ミュージックプレイヤーや多くのガジェットはコンテンツを消費するデバイスであるが、カメラはコンテンツを生成する数少ないデバイスだ。
これはたき火に風を送るようなマーケティングだ。薪(新しいユーザー)は、たき火の火を見て集まってくる。その新しいユーザーに火が付き、GoProを使って自分の趣味や独自のアイデアによる映像を公開し市場(用途)が拡大する。GoPro社はその火がどんどん燃えるように強さや方向を考えながら風を送ればいい。そして時々、よく燃える薪(契約したプロの映像)を焼べてやる。

だからといって、GoProのマーケティングのやり方に「ナントカ・マーケティング」とかの名前をつけて他の製品のマーケティング応用しようとするのはナンセンスだ。いやすでにマーケティングは、製品やサービスの特性ごとに、そしてそのステージによって独自の方法を考えだしてゆくものになっている。昔のようにTVや雑誌などの媒体の限られたスペースや時間を独占するマーケティング会社にお任せではいくらお金をつぎ込んでも昔のような効果は期待できない。
GoPro社は、契約するプロのアスリートや一般のユーザーたちと非常に密なコミュニケーションをとっている。一般のユーザーがYouTubeなどに投稿する映像もこまめにチェックし、面白い映像があればそれを拡散させ、ときにはGoProの宣伝に使ったりもしている。そう、たき火に風を送っている。
これは単に製品の宣伝ということだけでなく、これらの取り組みによってユーザーのニーズを肌で感じることができる。ユーザーと一体になって商品開発を行っているようなものだ。

もう1つ日本の既存のビデオカメラメーカーには真似できないのは「自分がほんとうに欲しいものを作る」というところだ。もちろんこれはビデオカメラメーカーに限ったことではない。Nick Woodmanは自分もサーファーだから、自分が欲しいものを作ればサーファーがきっと買ってくれるという確信があった。しかし、普通の企業では「ターゲットはサーファーです。僕はサーファーだから自分が欲しいものをつくれば必ずサーファーに売れるはずです。」ではきっと企画が通らない。当たり障りのないあやふやなターゲット像が設定され、それでもなお「誰でも使えるように」という矛盾した要件も追加される。そして自社が持つ技術をすべてつぎ込んだ製品が市場に投入されるが、ユーザーは限られた機能しか使わないので、結局、他社の製品との差別化にはならない。
あるいは逆に変わっていることだけが特徴の、誰がどのように使うのかがまったくイメージできない製品を発表して、自社のチャレンジ精神をアピールしたりする。例えばレンズだけのカメラのような。ほんとうに自分が欲しかったものだという情熱を持って、その開発や企画に関わっている人はいたのだろうか。
もちろん、それまでになかったモノが市場に提供されたとき、はじめは人々はその価値を理解できず市場に受け入れられるまでに時間がかかることは多い。しかし、その提供者が明確なターゲット像をイメージし、そのターゲットにとってなくてはならないモノになると信じていないとしたら、他の誰かがその隠された価値を見つけてくれるという都合のいい奇跡はきっと起きない。

「自分がほんとうに欲しいもの」あるいは「こんな人にとってなくてはならない(Must Haveな)モノになるはずだ」という情熱を持って、そのターゲットの思いを積み上げていくプロセスが、それまでになかった新しい価値を生み出し人々の共感を得て、提供者が想定していなかった価値をもその人々が創り始める。
そんな仕事をしてみたいものだ。

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。
このエントリーをはてなブックマークに追加

すでにこのタイトルがデザイン思考的じゃない。なぜならウェアラブルは手段であって目的ではないから。ウェアラブルが流行だからウェアラブル有りきで製品を考えたいという企業や個人の目的(思いつき)からスタートするときっとうまくいかない。ユーザーが抱えている問題の解決や新しい経験価値を創出するために、そのプロダクトがウァラブルでなければならないという必然性はあるのだろうか。

以前の記事「温故知新:経験経済とモノのインターネット」で次のように書いた。
モノを提供するNikeという製造業が、iPod nanoというデバイスのアプリケーションやnikeplus.comというWebサービスで、モノを使用する時の顧客の経験に積極的に関与することが可能なった。(中略)
Nikeはこれらの取り組みを発展させる過程で、人々がランニングをする目的すなわち基本的なニーズの多様性に気づいたようだ。それはマラソン大会に参加してアスリートの達成感や感動を得たいということだけでなく、ダイエットであったり、健康であったり、シェイプアップであったりする。ランニングだけでなく、日常生活における体の動きの全てを運動量として測定し記録するFUELBANDという商品は、この基本的なニーズに着目して経験のステージャーの視点から考え出されたプロダクト(製品)だと想像する。
そして4月にCNNが「FuelBand開発終了の可能性」を報じた。実にもったいないと思う。
Appleとの関係強化などの可能性を含めて、経済アナリストはNikeのハードウェアからの撤退を概ね好意的に見ているようだ。多くのスマートフォンアプリやnikeplus.comなどのマーケティング・ソフトウェアは引き続き強化されていくと報道されている。しかしハードウェアからの撤退は実にもったいない。

確かにFUELBANDは未完成の製品でクールじゃない。この初期のお試しバージョンはちょっとしゃれたデザインの万歩計にすぎない。この「クール」という言葉は、特に「クールじゃない」という表現で使うときに便利だ。かっこわるいとかダサいとかの直接的な表現より、同じ意味でもなんとなくトゲがないように思えるのは僕の勘違いだろうか。それはともかく、万歩計が歩数とか消費カロリーとかの一般的かつ絶対的な指標によって自分の努力や無意識の運動を評価してくれるのに対し、FUELBANDはNike Fuelという相対的かつ曖昧な指標で、本来ストイックなものである超個人的なカロリー消費活動をゲーム化してしているだけだ。どんなにデザインがクールでも、万歩計を腕につけるのは金の太いブレスレットをつけているのと同じような印象を受ける。FUELBANDが未完成であるという意味は、新しいライフスタイルを提案できていないということだ。FUELBANDをつけているということはどんな意味があるのか。運動不足やメタボ対策のために、「積極的に運動する」のではなく「運動量を気にしている」という中途半端な姿勢は共感を得にくい。

マラソンや駅伝などのテレビ中継で、ランナーがゴールやリレーで倒れこむような状況でも腕時計をのぞきこんだり操作したりしているのを見たことがあるだろう。ランナーはランニングウォッチと呼ばれるランニングに特化した腕時計をつけている。ビギナー用から選手用まで、トレーニングやレースのためのさまざまな機能の付いたものがある。
そして、Nike+ RunningとかRunkeeperといったスマートフォンのアプリも人気がある。スマートフォンのGPS機能を利用して走った軌跡を地図上に表示させ、SNSで「がんばったぞ」とアピールして褒めてもらうことができる。
これらの腕時計やスマートフォンアプリを利用しているランナーたちの抱えている問題はなんだろうか。あるいは、新しいプロダクトによって顕在化できる潜在的なニーズはないだろうかと考えてみる。実はランニングウォッチは、僕がファシリテーターとなって「モノのデジタルリマスタリング」の演習をしているグループのテーマだ。

FUELBANDは新しいセンサー技術やクラウド、スマートフォンという新しいインフラによって生まれたウエアラブルプロダクトである。かたや、ランニングウォッチはかなり古いコンセプトのウエアラブルプロダクトである。GPSや心拍数などを記録できるセンサーなどを備えたものや、クラウドやスマートフォンとの連携などもできるものもあるがコンセプトは変わっていないように思える。
例えば、そのもっとも機能的に充実しているものがアディダスから発売されている miCoarch smart run だろう。このランニングウォッチの機能はすごい。いや、すごすぎる。果たして、これを使いこなせるランナーはいるのだろうか。このランニングウォッチの機能と、それが自分のランニングの記録や能力を向上させるためにどう役に立つのかの両方を理解したらランニングのトレーナーになれるのではないかと思う。競技ランナーは自分でそこまで理解しなくてもコーチやトレーナーが考えてくれる。

Nikeは次に、FUELBANDのデザインや技術とソフトウェアの力で、ビギナーから競技者まで使えるランニングウォッチを作ることができたはずだ。その新しいコンセプトのランニングウォッチは、自分の目標やレベルに合わせて設定を変えるだけで競技者と同じモノを使うことができる。この場合Nikeは、そのために一般のランナーにフォーカスして潜在的なニーズを考える必要がない。なぜなら、Nikeはランニングというドメインのエキスパートの協力を得ることができるという強みを持っているからだ。すなわちスポンサー契約している競技ランナーやトレーナーが本当に必要としている、あるいはまだ気づいていない潜在的なニーズを見つけるために、彼らと密接なコミュニケーションをとり、その成績向上のためのデーター分析やトレーニングメニュー作成などの取り組みを観察することが可能だ。いや、すでにそのようなデーターはきっと揃っているはずだ。アディダスのmiCoarch smart runもそのようなプロセスからいろいろな機能が盛り込まれたのだろう。

FUELBANDは新しいライフスタイルを(提案しようとして)提案できていないと書いたが、miCoarchはライフスタイルを提案しようとはしていない。あくまでも究極のランニングウォッチを目指している。NikeがFUELBANDを捨てようとしていることをもったいないと思うのは、それが新しいライフスタイルを提案しようとしていたのではないかと思うからだ。
NikeをNikeと書いてアディダスをなぜadidasとしないのかに別段の意味はない。どちらのブランドにもさほどの思い入れは持っていない。そういえばNikeは「ナイキィ」と発音するのが正しいとどこかに書いてあった。日本ではほぼ正しく呼ばれているが、「ニケ」や「ナイク」などと呼ばれている国もあるようだ。脱線。
競技者が使い、それを見たアーリーアダプタ(モノ好き)の一般ランナーが使う。そして一般ランナーに普及する。それが新しいライフスタイルを象徴するウァラブルなモノとなり、ヨーロッパの高価な機械式時計にとって代わって普段の生活でも左手首を占領する。このシナリオを実現させていくビジネスプロセスは面白そうだ。それには、やはりNikeのブランドとスポンサーとしての競技者とのつながりが強みだ。そしてそのウェアラブルなモノが新しいライフスタイルの象徴になるためには、プロダクトデザインが非常に重要だ。その点でFUELBANDはいい感じだったのだが。

miCoarch smart runには画期的な技術が搭載されている。それは装着した手首からかなり精度の高い心拍数を計測できるということだ。それまでのスポーツ時の心拍計といえば、胸にバンドで装着して心臓の鼓動から計測する大掛かりなものだった。ランニング中の心拍数が簡単に計測できるとランニングの負荷を数値で把握することができ、あらかじめ考えたトレーニング計画にあわせた運動強度を保つことができるなどいろいろな活用方法が考えられる。
ランニングウォッチに搭載可能なセンサーや情報処理能力そしてスマートフォンやクラウドとの通信技術も十分に用意されている。あとはデザイン思考でランニングウォッチをデジタルリマスタリングすればいいだけなのだが。

FULELBANDやNike+のいろいろなサービスの原点は2006年に発売されたNike+iPodだ。その後、iPhoneの登場によって靴底に装着するセンサーが不要になり、ランニング以外のいろいろなスポーツに対応したiPhoneのアプリケーションとが追加された。現在ではNike+のiPhoneアプリはバスケットやトレーニングなど7種類があり、それに対応したWebページも提供されているが、そのサービスが追加される過程で、はやくからNike+iPodを使ってランニングを記録してきた人が困惑するような変更が加えられた。自分のフェイスブックのタイムラインを遡ってみたら、こんなぼやきが見つかった。
nike+
アディダスのmicoarchというWebページをみると、スポーツのためのいろいろなウェアラブルやスマートフォンアプリが用意されていることがわかる。そして「あなたの種目に適したMYCOARCHを選ぼう」と呼びかけているが、いろいろ読んでみても何が適しているかがよくわからない。

新しい技術の開発や新機能の追加によって過去の製品を陳腐化させ、顧客に新しい製品を買い続けてもらわなければならないことはメーカーの宿命だ。しかし、それだけでその市場を拡大し活性化させ、自らがその市場におけるリーダーとしてあり続けることは難しい。それはスポーツ(グッズ)の市場においても例外ではないだろう。デザイン思考を事業戦略の金科玉条だと唱えているつもりはないが、まず現状のプロダクトやWebページをユーザー体験の観点から見直すだけでも大きな成果が期待できると思う。

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。
このエントリーをはてなブックマークに追加

このページのトップヘ