デザイン思考で行こう!

Life will find a way, we'll find a way Technology lives.

2014年09月

これまで多くの人々が、世の中に新しい価値を提供する日本の企業の代表としてソニーに期待を寄せてきたが、世界的に見てもそのような企業は稀な存在であり、いちど成功した企業であっても、その文化を維持してゆくことは非常に難しいことも事実だ。スティーブ・ジョブズの跡を継いだCEOが「画期的な製品を出す」と市場に約束していたAppleも、腕にはめるちょっとおしゃれなiPhoneのアクセサリーぐらいしか思いつくことができていない。

金融やエンターテイメントの分野とエレクトロニクス(ソニーではエレキと呼ばれる)分野の分離、そしてエレキについてはその事業モデルの大幅な見直しが必要だろう。日立やシャープやパナソニックなどのように、インフラ事業やデバイス事業、あるいはBtoBの事業に大きく舵をきって、コンスーマ向けの最終製品の事業に見切りをつけることが生き残る道なのかもしれない。これはたいへん残念なことだが、ソニーがこのような事態に陥ったのも、ひとえに「アイデアを生む人材」がいなくなったことが原因だったと思う。

20代にしてグーグルに二つの会社を売却した起業家のルイス・フォン・アンの言葉が日本経済新聞に載っていた。
自分のアイデアがどこから生まれてくるのかは分かりません。でも、そこに至るプロセスは説明できます。多くのアイデアを思い付くけれど、そのほとんどは大したものではありません。その中で、たまに好きなアイデアが出てくる。ただ、面白いと思ってもさまざまな要素が絡み合った、すごく複雑なものであることが多いのです。
 
何カ月も掛けて、そのアイデアをシンプルにしていくんです。余分なところを削っていくと、アイデアの中心核に到達します。それを説明すると「何で誰もやっていなかったんだろう」という反応が返ってくる。そこで初めて「これは行ける」と思うわけです。
日本のモノづくり企業にもアイデアマンと呼ばれる人がいる。しかし、そのアイデアマンの多くはアンのような「何ヶ月も掛けて、そのアイデアをシンプルにしていくんです。余分なところを削っていくと、アイデアの中心核に到達する」という自問自答の取り組みには無頓着である。だからそのアイデアのほとんどは大したものではない。
自分で面白いと思ったものでも、はじめはすごく複雑であったり、あやふやな部分が多かったりで、その実現プロセスや現状とのギャップを人に説明することが難しいことが多い。それは、それらのアイデアは積み上げのプロセスによって得られたものではなく、なんらかの思考のジャンプによって閃いたものであるからだ。論理的に積み上げたものならば、人に説明することもさほど難しくない。
何ヶ月も掛けて、そのアイデアの余分なところを削っていく過程で、何も残らなかったり、すでに似たようなアイデアが存在していることに気付くこともある。あるいは、最初は素晴らしいと興奮したアイデアが、それほど価値のないものだということがわかったりもする。その興奮と挫折を繰り返しながら、その顧客価値をシンプルかつ明確に説明できるアイデアにたどり着く。それは非常に幸運で稀なことなのだが。

多くの大企業やスタートアップが「腕時計や眼鏡(あるいは指輪)の代わりに装着するモノ」に取り組んでいる。それらを購入した人々に、それはどんな価値をもたらすのだろうか。それにシンプルな言葉で答えることができるのだろうか。「あれもできるし、これもできる」「こんな面白いことができる」というのではなく、そのモノによって提供される体験の価値をシンプルな言葉で伝えられなければならない。しかし「腕時計や眼鏡(あるいは指輪)の代わりに装着するモノ」というところからの発想では、「腕時計や眼鏡(あるいは指輪)」に機能や装飾を追加してゆくことしかできない。
これまでになかった新しい体験を提供するモノであれば、人々ははじめはそのシンプルな言葉が示す価値を理解できないかもしれない。しかし、しばらくすると体験した人々から、なんでいままでなかったんだろうという声があがりはじめ、やがてそのモノは人々の生活になくてはならない"must have"なものになる。

そのようなモノのアイデアは、どのような人が最初に考えつくのだろうか。それはスティーブ・ジョブズやルイス・フォン・アンのような特別な才能を持った人間だけの特権なのだろうか。きっとそれは才能ではなく、人間性とか性格のようなものではないかと思う。
ソニーやアップルのように、これまでになかった新しい体験を提供するモノを発明しその事業化に成功すると、その成功を盤石なものにし、さらに規模を拡大するためにサプライチェーンの構築と最適化に力を注がなければならない。いくつものアイデアを考えついて、そのなかから人々にとって価値のあるものを選び出し、それを形にして世の中に出すという仕事とはまったく異なったスキルが必要になる。その事業の成長が続けば続くほど「アイデアを生み出す人材」が失われ忘れ去られてゆく。

経済ジャーナリストの片山修さんのブログに、ウォークマンの開発に携わったソニーの元副社長の大曽根幸三さんから片山さんが聞いた「大曽根部隊開発18箇条」というものが載っている。そこから気になった5つの言葉を転載させていただく。1997年にスティーブ・ジョブズが復帰した頃のアップルの業績は、売上高が70億ドル強、純利益がマイナスの10億ドル弱という状況であった。今のソニーのエレキの状況と比べるのは無理があるかもしれないが、ソニーというブランドだけを残して、この言葉の元に人材を再結集し、モノづくりの原点からやり直してみる絶好の機会のように思える。「ウォークマンの再発明」あたりから始めてみてはどうだろうか。
  • 客の欲しがっているものではなく、客のためになるものをつくれ。
  • 客の目線ではなく、自分の目線でモノをつくれ。
  • 新しい技術は、必ず次の技術によって置き換わる宿命を持っている。それをまた、自分の手でやってこそ技術屋冥利に尽きる。自分がやらなければ、他社がやるだけのこと。
  • 市場は調査するものではなく、創造するものだ。世界初の商品を出すのに、調査のしようがないし、調査してもあてにならない。
  • 不幸にして、意気地のない上司についたときは、新しいアイデアは 上司に黙って、まず、ものをつくれ。
この最後の言葉のようなことは、少し前まで日本のモノづくりの現場であたりまえに行われていた。エンジニアにとって実に心震える言葉だ。

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少し前になるが、月刊誌Wedgeの8月号に「ゴープロの衝撃 日本のモノづくりを考え直す時」という記事を寄稿させていただいた。
デジタルやインターネットなどの技術の急速な発達によって製品のコモディティ化が加速するなかで、製品を提供する企業は、その製品自体の価値だけでなく、その製品を利用する過程で顧客が感じる価値(経験価値)にも着目した事業戦略や商品戦略を考える必要がある。これは日本のモノづくり全体に求められていることだ。
(中略)
これまでの日本のモノづくりで行われていた事前設計主義、すなわちすべての要件を仕様化してから時間をかけて作り込むというやり方から脱却する必要がある。あなたの顧客が諦めていることを見つけ出し、それを満たすために既存の製品からの引き算ではなく、0からの足し算で持てる技術から必要最小限の尖ったモノをつくり市場に提供する。(記事より引用)
経験価値に着目したモノづくりのイノベーションは、僕の仕事の十年来の一貫したテーマだが、これはサービス・ドミナント・ロジックという考え方と似ているようにも思える。
(株)富士通総研によれば、モノ自体に価値を埋め込み、その交換価値を重視する考え方を「グッズ・ドミナント・ロジック」と言い、モノとサービスを一体化させ、顧客が買ってくれた後の使用価値や経験価値を高めることを重視する考え方を「サービス・ドミナント・ロジック」と言う。

SDL
出典:(株)富士通総研「企業の競争力を高めるICTの新たな活用法とマネジメント
第2回 〜サービス・ドミナント・ロジック視点でのビジネスを支えるICT〜」

そのサービスとは、買った後の使い勝手の向上、保守を含む関連サービスの提供に始まり、ソリューションの提案、ネットワークビジネスの展開などである。

元々のサービス・ドミナント・ロジックとは、世の中の経済活動すべてをサービスとして考えるというもので、そのサービスにモノが含まれないことも想定している。図中のサービス・ドミナント・ロジックの提供価値に「モノに支えられたサービス全体の使用価値・経験価値」とあるが、この解釈では製造業の視点から抜け出すことができていない。もちろん、製造業として生き残り発展してゆくためには「モノ」をつくり販売していかなければないが、「モノ」からの発想にはすでに限界がきているように思う。
「モノとサービスを一体化させ、顧客が買ってくれた後の使用価値や経験価値を高めることを重視する」という考え方自体に疑問を呈している訳ではない。「モノ」ありきで、その後付けで「サービス」を一体化させようとするのでは、日本のモノづくりが直面している困難を乗り越えることはできない。

いったん「モノ」を忘れて、あなたの事業ドメインを見直してみよう。それは音楽だろうか、写真だろうか、映画や動画コンテンツの視聴に関係するものかもしれない。そういったコンテンツではなく、スポーツや健康や家事などの生活に関係する事業かもしれない。
そのドメインにおいて、人々が諦めていることを探し出すことから始める。スマートフォンや携帯ミュージックプレイヤーで音楽を聴いている人、デジタルカメラやスマートフォンのカメラでたくさんの写真を撮っている人、掃除や洗濯などの家事に追われながら子育てをしている人、それらの人々は必ず解決が不可能だと何かを諦めている。
B・J・パイン、J・H・ギルモアの『経験経済』に「顧客の諦め」という言葉がでてくる。顧客が諦めていることを理解すると、いま顧客が受け入れていることと本当に必要としていることとのギャップが見えてくるという。あなたの顧客が諦めていることは実はあなたもまだ気付いていないか、あるいは実現が不可能だとこれまで諦めていたことであるかもしれない。(冒頭の記事より引用)
どのようにしたら「顧客が諦めていること」を発見できるのか。
GoProを作ったニック・ウッドマンのように、それを自分の願望の中から発見するかもしれない。1000曲の音楽をポケットに入れて持ち歩けるiPodを発明したスティーブ・ジョブズもそうだったかもしれない。"Scratch your own itch!"(自分の欲しいものをつくれ)だ。あなたが事業者側であれ、顧客側であれ、実は「顧客が諦めていること」や「自分が本当に必要としていることと現実とのギャップ」は見えている。正確には目では見えているが、それが脳に伝わっていない。脳に伝わる前に、それは無理なこと、当たり前のこととして処理してしまう。それは昨日は実現不可能だったかもしれないが、今日になったら可能性が生まれているかもしれない。明日には簡単に実現できてしまうかもしれない。しかし昨日、いったん無理だと諦めてしまったことは観念の中で固定化してしまう。「顧客が諦めていること」を発見するには、その固定化した観念を取り払うだけでいい。しかし、「モノ」ありきでの考え方がそれを妨害している。

「顧客が諦めていること」や「自分が本当に必要としていることと現実とのギャップ」が見えたら、それを解決する方法を考える前に、それが解決されたときの人々の生活をイメージしてみよう。人々は今より幸せになっているだろうか。もしそうなら、それを解決する価値がある。

ここで提案するバリュー・ドミナント・ロジックという考え方は、「顧客が諦めていること」や「自分が本当に必要としていることと現実とのギャップ」を解決し、これまでになかったまったく新しい経験価値を提供するプロダクトを、ハード(モノ)とソフトとサービスで再構築しようというものだ。それはiPodという自社の稼ぎ頭である「モノ」を否定することになるかもしれない。せっかく積み上げてきた技術を結集した高性能で多機能なビデオカメラに代わって、GoProのような技術的には誰にでもつくれそうなカメラとソーシャルネットを利用することによって提供できる価値かもしれない。
しかし、もしあなたが見つけた「顧客が諦めていること」や「自分が本当に必要としていることと現実とのギャップ」が解決する価値のあることであったとしたら、あなたが解決しなくても他の誰かが見つけて解決してしまうかもしれない。

サービス・ドミナント・ロジックの例としてあげられることがあるiPodも、すでに「モノ」ではなく、iPhoneという汎用のモバイル・デバイスのアプリケーションのひとつになってしまっている。
iPhoneが発売される前に、すでにiPodは音楽以外に写真や動画などのコンテンツも取り込んで再生できるようになっていた。iPodで扱うことができるコンテンツをさらに増やし、コンテンツの消費デバイスとしてその楽しみ方を多様化させようとすれば、それは自然とハンドヘルドのモバイル・コンピュータというかたちになり、好きなときにコンテンツにアクセスできるように常時インターネットにアクセスできる携帯電話網に接続している必要がある。
しかし、すでに人々は携帯電話を持っており、通信キャリアへ月々の支払いをしている。Appleの新しいモバイル・コンピュータのために、さらなる支出をさせることには困難が予想される。そのモバイル・コンピュータがこれまでになかった新しい体験を提供しようとしていても、その価値はユーザーが使って初めて理解できるものであり、価値を理解する前に追加の支出を要求しても受け入れてもらえないだろう。

2007年1月9日にAppleは、Mac OS X(後にiPhone OS、iOS)を搭載したモバイル・コンピュータを発表した。
"Today, Apple is going to reinvent Phone." 
スティーブ・ジョブズは「今日、アップルは電話を再発明する」と言った。iPhoneは機能的には、それまでの電話やBrackBerryなどのスマートフォンなどよりも、タッチパネルによる画期的なユーザーインタフェースを備えたモバイル・コンピュータと言ったほうが近いと思う。通話機能も一つの機能にしかすぎない。しかしジョブズは「革新的な電話機だ」として、人々が持っている携帯電話と置き換えるように提案し成功した。iPhoneが電話なのかモバイル・コンピュータなのかという議論はナンセンスだが、ジョブズのこのアプローチは非常に興味深い。

もしAppleがiPhoneを出さずに、Androidなどのスマートフォンが市場を席巻していたら、iPodビジネスの比重が大きくなっていたAppleは衰退してしまっていたかもしれない。ユーザーはiPodが必要なのではなく、どこででも好きな音楽を聴きたいだけなのだ。

QUARTZ
QUARTZが昨年の4月に発表したAppleの売り上げ構成の推移

もちろん、iPodというモノをソフト化してiPhoneのキラーアプリケーションとしたことが、iPhoneの成功の要因のひとつになった。

iPodやiPhoneに数千曲の音楽を入れていても、日常の生活の中で実際に聴ける曲の数は限られている。iPodに入ってはいないけれど、どこかに今の自分にぴったりの音楽があるかもしれない。デジタルカメラやスマートフォンでたくさんの写真を撮っても、それを後で見る人はどれくらい居るのだろうか。撮った写真をすべてSNSで共有している訳ではない。人々はなぜそんなに写真を撮るのだろうか。人々はきっと何かを諦めているはずだ。
会議室のスクリーンに投影されたSWOT(自社の強み、弱み、機会、脅威の分析)を見て腕を組んでいても何も解決しない。

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