デザイン思考で行こう!

Life will find a way, we'll find a way Technology lives.

2014年10月

コンテキストという言葉には、ソフトウェア・エンジニアだった頃に初めて出会った。プログラムの実行時に想定されるさまざまな状況を表す...これはちょっと説明しにくい。
 
その後インターネット・マーケティングの世界に宗旨替えをした頃、コンテンツという言葉の対比として「コンテキスト」に再会した。例えば、スターバックスで提供しているコンテンツはコーヒーであるが、顧客はそのコーヒーにではなく、「スターバックスでコーヒーを買う」「スターバックスでコーヒーを飲む」といった行為にお金を払っているという。自分の行為に金を払うというのはおかしな話だが、「スターバックスでコーヒーを買う」「スターバックスでコーヒーを飲む」ことがクールだというコンテキストに顧客は金を払っていると言える。店舗の内外装やデザインされたカップなどもコンテンツであり、スターバックスはそれらを有機的に組み合わせて独特なコンテキストを創り出している。

日本マクドナルドが業績悪化に苦しんでいる。2008年をピークに売上が下降線をたどり、原田元社長と米国本社とのゴタゴタが報道された2012年以降は営業利益も急速に落ち込み、先日、2014年12月期の連結営業損益が赤字に陥るという見通しを発表した。中国の食品会社による期限切れ鶏肉の使用問題が響いたことはあるが、長期的な客離れ傾向と業績の悪化の原因とは別の問題だ。
顧客にとって価値のあるコンテキストを提供できていないということが、長期的な低迷の原因のひとつだと言えるのではないだろうか。チーズバーガーが150円、飲み物やポテトがついたセットで490円というコンテンツはすでに競争力を持っていない。いろいろな新商品を開発してはいるが、例えばコンビニエンスストアの商品開発力に比べると見劣りがする。その場で最終調理をして商品を提供するマクドナルドが、コンテンツだけで差別化し長期的に顧客を維持してゆくことは非常に難しいのではないだろうか。

先日、仕事がらみの友人から「コンテキストって何ですか?」と聞かれた。それに答えるには、その質問のコンテキストを知る必要がある。彼がどうしてその質問をするに至ったかを理解しないと、彼が望む答えを提供することができない。上に書いてあるようなことは、すでに理解しているはずなのだ。

人に勧められて読み始めたばかりですがといって、友人はカバンからこの本を取り出して居酒屋のテーブル越しに差し出した。しおりの位置はほんとうに読み始めたばかりであることを示しており、もう少し読み進めば、その本で使われているコンテキストという言葉の意味するところが理解できるはずだと言おうと思ったが、コンテキストと(苦手な)ウェアラブルという組み合わせに興味を惹かれてパラパラと目を通してしまった。

.皀丱ぅ襦↓▲宗璽轡礇襯瓮妊ア、ビッグデータ、ぅ札鵐機次↓グ銘崗霾鵑箸いΑ5つのフォース」によるコンテキスト・テクノロジーが、これからの10年のビジネスに大きな変革をもたらすというようなことが書いてあった。「コンテキスト・テクノロジーによって顧客のコンテキストを理解できるようになる」という文脈におけるコンテキストとは、顧客の現在の状況を指している。体調や感情や、仕事中なのか、直前に何をしていたのかなど。ペルソナに代表される静的なユーザモデルに基づいたこれまでのマーケティングに対し、今後は顧客のコンテキストという動的な情報を活用したビジネスが開発されていくという。たとえ年齢や性別といった定量的なデータ、そして趣味嗜好や価値観などの定性的なデータが似たような人物、あるいは同じ人物でであっても、その顧客のその時のコンテキストによって求めているものが異なる。コンテキスト・テクノロジーによって、その求めているものを理解し提供することが可能になる。

8月にガートナーが発表した「先進テクノロジのハイプ・サイクル」に、デジタル・ビジネスに向けた動きが今後の中心的なテーマになるとあった。
pr20140903-01_img02 新しいアイデアやテクノロジーが生まれた時、メディアの過剰な煽りなどによって市場の期待が急激に高まることがある。それをハイプという。しかし、その新しいアイデアやテクノロジーの未成熟さから、なかなか実際の製品やサービスとして実現されないと、その期待が一気に幻滅に変わる。そして、そのなかから成熟したものが生き残り、実際の製品やサービスとして市場に提供されていくという流れを、ガートナーはハイプ・サイクルと呼んでいる。

デジタル・ビジネスに向けたガートナーのロードマップでは、次の6つのビジネス時代モデルが定義されている。
  • ステージ 1: アナログ
  • ステージ 2: Web
  • ステージ 3: E-Business
  • ステージ 4: デジタル・マーケティング
  • ステージ 5: デジタル・ビジネスステージ 
  • ステージ 6: オートノマス (自律型)
ハイプ・サイクル上の先進テクノロジの多くは、ステージ4以降のモデルにおいて活用される。そして、デジタル・マーケティングのステージでは、「力の結節」(モバイル、ソーシャル、クラウド、インフォメーションの強固な結び付き) が重要になるという。
このガートナーのプレスリリースを読んだ時には、「力の結節」というものがデジタル・マーケティングにどのような影響を与えるのかがピンとこなかったが、「コンテキストの時代」に書かれている「5つのフォース」によるコンテキスト・テクノロジーと同義と考えてよいように思った。

では「コンテキスト・テクノロジーによって顧客のコンテキストを理解できるようになる」と、どのようなビジネスが生まれるのだろう。「コンテキストの時代」では、次のような例が挙げられている。
  • ホテルにチェックインすると、飛行機の中でツィートした情報から、夕食のレストランや野球の試合の予約をしてくれていた。
  • 空港のターミナルに足を踏み入れると同時にグーグルグラスが、ユーザーがこれから搭乗しようとしているフライト情報を表示する。
ハイプ・サイクルの黎明期から「過度な期待」のピーク時にあるテクノロジーによって可能になるとされる製品やサービスの例のほとんどはまさにハイプである。そして想像力に欠けている。それは誰にでもわかりやすい例を示そうとするからではないと思う。
「過度な期待」のピークの後に必ず訪れる幻滅期の、その先に立って考える人が豊かな想像力でイノベーションを起こす。

日本のコミュニケーション文化は、欧米のそれと比較してハイコンテキストと分類される。言葉で明確に伝えなくても、その場の雰囲気や経験で意思が通じてしまう日本独特の文化を欧米の人々は不思議に思うようだ。日本に進出した欧米のサービス業が、そのハイコンテキストな文化にうまく対応できずに撤退を余儀なくされたと言われている例もいくつかある。
このハイコンテキスト文化においてパーソナライズされた究極のサービスが「おもてなし」である。上の2つの例は、望むものを言葉によって明確に伝えなくても、サービスの提供者側が先回りをして顧客の必要とするものを提案し提供しているが、これはまさにハイコンテキストな「おもてなし」である。

コンテキスト・テクノロジーによって顧客のコンテキストを理解できるようになったとき、どのような製品やサービスの提供が可能になるかを豊かな想像力によって創造することができるのは、ハイコンテキストな文化を生きてきた日本人なのではないだろうか。
戦後のアメリカ文化の急激な流入によって、ファストフードやコンビニエンスストアなどのパターン化され均一化されたサービスでコンテンツを提供するローコンテキストなサービスが日本に普及した。次はコンテキスト・テクノロジーをハイコンテキスト文化によって応用した、想像力あふれる製品やサービスを日本が世界に提供する番なのだ。 

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「日本のものづくり」というと、何を思い浮かべるだろうか。

元々の「日本のものづくり」といえば、「自働化」や「ジャストインタイム」などいろいろな言葉を生み出し、高い品質と低コスト を達成したものづくりによって、1970年代後半から1980年代にかけて米国の自動車産業に危機的な状況をもたらした、日本の自動車産業を代表するトヨタ自動車の生産方式を象徴する言葉だったと思う。

焦った米国の自動車産業だけでなく多くの企業が、そのものづくりの方法や精神を学び経験を積み重ねてきた結果、それはすでにグローバルスタンダードになっている。
さらに電子機器に限っていえば、EMS(受託製造サービス)や半導体生産に特化したファウンダリーなどの台頭によって、国際分業としての製造のインフラ化が進み、誰にでも利用できるものとなり、製造や組み立てなどの「ものづくり」の付加価値が低下してしまった。

では、もの、すなわちハードウェアの価値が低下してしまったのだろうか。

一世を風靡したデジタルカメラやiPodなどの携帯ミュージックプレイヤー 、そして今日ではiPhoneを代表とするスマートフォンまでが、それほどワクワクする「もの」ではなくなってしまったと感じるのは僕だけだろうか。あいかわらず、新しいゲーム機やiPhoneが発売されるときのお祭り騒ぎが報道されてはいるが。

仕事がら新しいiPhone6をすぐに手にしたのだが、待ち望んでいたものを手に入れたという感動はなかった。手にしたその日の晩に一通りの設定を終えると、そのまま充電ケーブルにつないでおき、翌朝の電車の中で音楽を聴きながらニュースやメッセージをチェックするという、iPhone5sを使っていた昨日までとまったく同じことをしただけだった。画面が大きくなり、いくつかの機能が追加されたが、それらによって、これまでになかった新しい体験が得られるようになったわけではない。もちろんアプリケーションが増え、多くの改善が施され、以前にも増して快適に使えるようになった。

スマートフォンは多くの人々にとって、普段の生活になくてはならない "must have"なものになっている。しかし、すでに必要にして十分なもの"good enough"にもなっているのだ。デジタルカメラやミュージックプレイヤーやゲーム機、そしてコンピュータまでが、(ちょっと大きくなってしまったが)手のひらの上の一つのデバイスに収まってしまっている。人々はもうこれ以上何が欲しいというのだろうか。

特に電子機器のコモディティ化のスピードは速い。高機能化と高性能化によって過去の製品を陳腐化させ、顧客に短期間での買い替えを促すことができる期間も短くなってしまった。その期間が過ぎると、どんなにすばらしい技術や(狭義の)デザインで過去製品や他社製品との差別化をしようとしても、人々はその差を価値として感じることができなくなる。

すでに人々のニーズは満たされてしまったのか。

デジタルカメラがフィルムカメラに取って代わったとき、 iPodがCD Wolkmanなどのそれまでの携帯音楽プレーヤーを過去のものにしたとき、あるいはiPhoneが携帯電話を再定義したときを思い出してみよう。いずれもそれまでの製品によって人々のニーズは満たされているように思えた。フィルムカメラも携帯音楽プレーヤーも携帯電話も人々の生活の中にとけ込んで、数年経って不具合が出たときに買い替えるようなものになっていた。しかし、そのときも人々は無意識のうちに新しい体験を提供してくれるハードウェアの登場を待ち望んでいた。そして、その希望は叶えられた。

デジタルカメラやミュージックプレイヤーや、それらを飲み込んだスマートフォンまでもが"must have"で"good enough"なものとなった現在でも、人々はさらに新しいハードウェアの登場を待ち望んでいる。しかしそれに気付いて、それを満たそうとしているのは、デジタルカメラやミュージックプレイヤーやスマートフォンのビジネスのチャンピオンではない。その前の時代もそうであったように、チャンピオンはさらなる高機能化や多機能化とコストダウンによってビジネスの停滞状況を打開できると信じて、破壊的なイノベーションを仕掛けてくるチャレンジャーの影におびえながら防御を固めてようとしている。ハイレゾのミュージックプレイヤーや、ミラーレスを含むデジタル一眼レフカメラは一定の市場を確保してゆくことはできるだろう。

人々はきっと新しいハードウェアを待ち望んでいる。

かつて、もうひとつの「日本のものづくり」が存在した。それまでなかった新しい体験を提供するものをつくる、ホンダやソニーはそんな「日本のものづくり」のチャレンジャーであった。そんな「ものづくり」の動きが、いま米国で西海岸を中心に始まっている。

デジタル一眼レフとスマートフォンのカメラで十分だと思っていた人々が、 GoProというこれまでになかった新しい体験を提供してくれるカメラに興味を持ち始めている。一部のアスリート向けのアクションカメラが、放送局の取材やバラエティー番組などのロケで使用されるようになり、 2013年には台数ベースでソニーを抜いてビデオカメラ市場のトップに躍り出ていた。それでも、まだまだユーザーと用途は限られているように思えたが、先月末に新製品とともにこれまでと同等の機種が日本でも10月に 19,800円で発売されるという発表があった。この価格になると、面白そうだからちょっと使ってみようかというユーザーが新しい使い道やその映像を発信するようになる。さらに映像をライブ配信するアプリまで登場した。人々は競ってライブのストリーミング配信を始めるかもしれない。

インテルが実施している「MAKE IT WEARABLE チャレンジ」のファイナリストとして残っているNixieは、究極の「自撮り」カメラだ。



普段は腕時計のように手首に装着しておくことができ、必要なときに飛ばせば自分を撮影してブーメランのように戻ってくる。まだ試作機の段階だが、そのコンセプトは素晴らしい。実は僕も考えていたものだったので、この映像に出会ったときには「やられた」と思った。もっとも僕は、次のカメラのコンセプトの一つとして考えていたに過ぎなかった。ウェアラブルである必要はないように思うが、「自撮り」のニーズは非常に大きいはずだ。映像にあるようなスポーツなどの特別なシーンだけでなく、一人で旅行に出かけたときや、バーベキューなどで、自分(達)の周りを飛び回って写真やビデオを撮ってくれたら、それはきっといままでになかった新しい価値を提供してくれるはずだ。

撮影後にピントを合わせることができるカメラとして話題になったLytroが、この8月に一眼レフのようなデザインの新製品を発売した。まだ撮影後のソリューションが不十分であったり、スマートフォンに内蔵されるソフトやハードなどの競合も出始めてきているなどの課題も多いが、これも新たな体験を生み出すことができる可能性をもっていると思う。

これらは日本のお家芸ともいえるカメラビジネスに対するチャレンジャーの例だが、西海岸のものづくりの動きの氷山の一角なのかもしれない。かつての日本にあった、ソニーやホンダに代表される「ものづくり」の熱いムーブメントが西海岸で始まっている。そこは新しい価値を生み出すための想像力と応用力に溢れているように感じる。近いうちに、直接その空気に触れて、その秘密を探ってきたいと思っている。

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