デザイン思考で行こう!

Life will find a way, we'll find a way Technology lives.

2015年03月

 Webサービスやモバイルアプリなどの新しいサービスが、ユーザーを獲得し定着させて成長して行くには成長エンジンが必要だ。それはサービスをつくるときに載せておかなければならない。エンジンルームが空っぽの車をつくっても動かない。

成長エンジンについて考えるには、そのサービスのコンセプト図を描いてみると良い。まず、人々にそのサービスをどのように使ってもらいたいのかを描く。例えばStorehouseというモバイルアプリを勝手に分析してみると、そのコンセプト図の骨格は次のようになるだろう。

人々に期待する行動

Storehouseは「映像でストーリーを語る」というコンセプトとiOSのタッチUIを駆使したユーザーインタフェースで、iPadでの素晴らしいユーザー体験を提供している。そのユーザーは「映像で語るストーリー」のコンテンツの制作者と、そのストーリーの閲覧者に大別される。
Storehouseをダウンロードしたユーザーは、まず公開されているストーリを閲覧する。Storehouseは、ユーザーに気に入った制作者をフォローするようにすすめる。そして気に入ったストーリーにLikeをする。その閲覧者の何人かは制作者となって、自分自身の映像を使ってストーリーを作り公開する。
制作者が繰り返しストーリーを作って公開し、閲覧者は頻繁にモバイルアプリでストーリーを見る、というのがStorehouseが人々にとって欲しいと考えている行動だ。

制作者や閲覧者が繰り返しそのような行動をするには動機が必要だ。その動機に着目して、それぞれがなぜそのような行動をとるのかをコンセプト図に描き入れてみる。

コンセプト図

閲覧者は、ストーリーを見るという体験に価値を感じることができたならば、また見てみようと思うだろう。制作者にとっては、自分が公開したストーリーにLikeが付いたりフォロワーが増えたりすることが、もっと作って公開しようという動機付けになる。閲覧者がストーリーを見るとき、Storehouseはこれまでになかった素晴らしいユーザーインターフェースを提供している。そのユーザーインターフェースと「映像で語るストーリー」が良い体験を生み出す。しかし、閲覧者がストーリーをただ見るだけでは、制作者にとっての動機付けがなされない。閲覧者の良い体験の中に、気に入ったストーリーにLikeをしたり、その制作者のフォローをしたりすることが含まれるようにユーザーインターフェースをデザインする。

閲覧者がStorehouseを開くとき、新しいストーリーが公開されていることを期待する。その期待を裏切らないストーリーが絶え間なく追加されなくてはならない。これまでになかった素晴らしいユーザーインターフェースは、最初に人々を惹きつけるためには非常に効果的だが、それも時間が経つと当たり前になってしまう。制作者に興味深いストーリーを作り続けてもらうことが、閲覧者の期待を創出し定着させるエンジンであり、そのエンジンをいかにして回していくかがStorehouseの成長の鍵となる。制作者にしても閲覧者にしても、Storehouseで良い体験を得られると、周囲に「Storehouse知ってる?」と口コミで宣伝してくれる。

ユーザーに提供しようとしている体験によって、サービスごとにユーザーを定着させる成長エンジンの性格は異なる。サービスをデザインするときに成長エンジンを明確に定義し、それをどうやって回すかを考えておかなければならない。
どんなサービスにも共通する重要な成長エンジンは広告・宣伝によって新規ユーザーを獲得することだが、そのエンジンはユーザーを定着させるエンジンが回るようになってからガソリン(広告・宣伝の資金)を投入しないと、せっかく獲得したユーザーがどんどん離反してガス欠になってしまう。

1年以上のクローズドベーター(途中でオープンになったかもしれない)が終了し、Storehouseは2014年1月にiPad版とiPhone版を正式リリースした。共同創業者のMark Kawanoは、2014年2月のTHE BRIDGEのインタビューで次のように話している。
フォトグラファーやジャーナリストが重要な世界情勢をシェアしていたり、食好きな人がレシピやお気に入りの料理を共有するために使っていたり。お母さんが家族の大事な瞬間を公開日記のように使ったり、ファッションデザイナーがランウェイの舞台裏(Stacey Bendetの2014 Spring Collection)を共有していたり。動画だけで作られたもの、また旅行や世界中の素晴らしい場所に関するストーリーも沢山投稿されている。
Storehouseは、イグニッション(点火装置の)キーを捻って「閲覧者の期待を創出し定着させるエンジン」を起動することに成功したようだ。サービスの内部の成長エンジンが動き始めれば、そのサービスが市場に受け入れられた(Product/Market Fit)と考えて良いだろう。
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サービスの成長カーブ

そして新規ユーザー獲得の成長エンジンにガソリンを投入するために、Storehouseは2014年5月に700万ドルの資金調達を行った。

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意味不明のタイトルで恐縮だが、オンボーディングとは、船や飛行機の乗客をチェックインさせて"on board(乗っている状態)"にするという言葉から、企業の顧客や社員を獲得して定着させることを意味している。 
ドッグフーディングとはドッグフードを買ってきて、飼い犬に与える前に飼い主が自分で食べて味などを確かめることをいう。犬と人間では味覚が違うので無意味だという野暮なことは言わない。 (語源は、ドッグフード会社の社員が自分の犬に食べさせてみたとか、社長が自分で食べたなど諸説ある。)

この説明でも「オンボーディングをドッグフーディングする」という言葉は意味不明だろう。これでは、このブログに初めて来ていただいた方をオンボーディングすることはできないかもしれない。
これまでハードウェアの価値の向上に集中してきた製造業にとって、 Webサービスやスマートフォンのアプリケーションなどは非常に不得手な分野に違いない。ソフトウェアというと、膨大な投資で開発運用する社内の総務関係や生産管理のITシステム、あるいは機器に組み込まれメカや電気の隙間を埋めるだけのファーム・ウェアと呼ばれるものしか思い浮かばない経営層も多いだろう。自社の事業にとっての、スマートフォンのアプリの重要性など想像もつかない。これは、IoT時代を生き抜こうとする製造業にとって致命的な問題だ。
製造業のイノベーションに必要なのはアプリの力」でこのように書いたが、さらに言うならば、一般消費者向けの製造業にとって、製品を造って売るというこれまでの企業活動と、モバイルアプリ(スマートフォン向けのアプリ)を無料で提供するということの違いを理解することは難しいのではないかと思う。

モバイルアプリには、AppStoreやGooglePlayなどからスマートフォンにダウンロードするネイティブアプリと、Safariなどのスマートフォンのブラウザ上で動くWebアプリがあるが、ここではいずれもクラウド上の Webサービスと連携することを想定している。
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Iモノのインターネットのイメージ

モバイルアプリを無料で提供する目的はこれまでに説明してきた。その目的を達成するためには、モバイルアプリを多くの人々に使ってもらわなければならない。モバイルアプリを無料で提供することは難しくないが、それを使ってもらうことは非常に難しい。無料のモバイルアプリは星の数ほどあり、その提供者たちは「使ってもらう」ことに(企業)生命をかけている。製造業の「製品を作って売る」ためのマーケティングの経験やスキルは、「無料のモバイルアプリを使ってもらう」ためのマーケティングにはまったく役に立たないばかりか障害にもなりかねない。
そもそも一般的な製造業のバリューチェインに、その役割を担うレイヤーは存在しない。
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一般的な製造業のバリューチェイン  

下の図は、モバイルアプリのマーケティング・ファンネルを示したものだ。新規ユーザー獲得の施策や仕掛けによって存在を知って興味を持った人々に、モバイルアプリを継続して使ってもらうためには、この一つ一つのファンネル(漏斗)について、人々を次のファンネルに送るためのしかけを考えなければならない。せっかく「知る」ところまで集めた人々を途中でこぼしてしまっては意味がない。
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モバイルアプリのマーケティング・ファンネル

このマーケティング・ファンネルの、興味を持った人をオンボードまで誘導する赤く示した部分の取り組みをオンボーディングという。「オンボード」とは、ユーザーが、そのモバイルアプリが提供しようとする他にない価値を理解して共感し、また使いたくなっている状態を表す。せっかく興味を持ってくれた人を逃さずに、すぐにオンボーディングしなければならない。この課題は、このブログのテーマであるリーン・イノベーションに限ったことではなく、無料のモバイルアプリを使ってもらおうとする企業に共通するものだ。

モバイルアプリの「他にない価値」は、企画段階ですでに定義されているはずだ。もしそれが明確になっていないのであれば、そのモバイルアプリのオンボーディングの検討に取り組む準備ができていない。リーン・イノベーションであれば、コンセプト・デザインフェーズに立ち戻らなければならない。

ユーザーがモバイルアプリを「試す」とき、どのようなことを達成すると、その「他にない価値」を感じることができるだろうか。
フェイスブックの人に、「友達を9人作ること」がフェイスブックを使い続けてもらえるかどうかの分かれ道になっていると聞いたことがある(9という数字は不確かな記憶だが)。友達を9人作ったユーザーは、フェイスブックにオンボードしたと見なすことができる。試しにフェイスブックを使い始めたユーザーに、友達を9人作らせることがオンボーディングだ。
しかしこれはフェイスブックの経験から得られたことで、これから人々に使ってもらおうというモバイルアプリにとって、「友達を9人つくることでオンボードしたことになる」ということは仮説に過ぎない。(友達を9人つくるという)オンボーディングの目標に到達すると、モバイルアプリが提供する価値を理解してその価値に共感するという仮説だ。この仮説のオンボーディングの目標設定が正しいかどうかをどのように検証すれば良いだろうか。

B.J.パインとJ.H.ギルモアは、"The Experience Economy: Work Is Theater & Every Business a Stage "で次のようなことを言っている。
All prior economic offerings remain at arm's length, outside the buyer, but experiences are inherently.

これまでのすべての経済が提供するものは購入者の外側にあるものだったが、経験は顧客の内側に残るものだ。
モバイルアプリが提供しようとする「他にない価値」はユーザーの内側に残る「経験価値」だ。実際にモバイルアプリを使わなければ、その価値が残るかどうかを判断することはできない。

その仮説を検証するために最小限必要な機能を実装したプロトタイプをつくり、それを実際に使用して設定した「オンボーディングの目標」を達成したユーザーが、そのモバイルアプリの提供価値を理解し、その価値に共感するかをテストする。

エリック・リースの著書「リーン・スタートアップ」で提唱されているMVP(Minimum Viable Product)は、ちゃんとした製品やサービスの形をとらなくてもその一部であったり、その機能を表す何か、たとえばペーパーモックやビデオであったりする。 しかし、それらではユーザー(見た人)の内側に「経験価値」を残すことは不可能だ。「いいね」「面白そうだ」「使ってみたいね」といった感想では、オンボーディングの目標設定が正しいかどうかの検証をすることはできない。

プロトタイプの機能は最小限に抑えるべきだが、オンボーディングの目標を達成するための機能とその過程の体験には徹底的にこだわる必要がある。くどいようだが、実際に使ったユーザーに、そのモバイルアプリの提供価値を理解し、その価値に共感してもらえるものでなければならない。そのプロトタイプをドッグフーディングする。モバイルアプリを人々に提供する前に自分で食べてみる。設定した目標を達成する過程の体験は意図した通りにできているだろうか。その体験もオンボーディングの目標を達成した時に得られる重要な価値だ。

少し前になるが、2013/5/5のNHK日曜美術館で、大江健三郎さんがフランシス・ベーコンの絵の前で話した言葉が印象的だったのでメモに残してある。
 「最初は偶然のように始った絵が1/3ぐらい出来上がると、自分の中に批評性というものが生まれる。描いている(書いている)ものが良いか悪いか、この点は良い、この後半戦はすっかり捨ててやり直さなければいけない、というような態度決定を自分に呼び起す力が、偶然から始まった絵、あるいは偶然からのように始まった小説の草稿にはある。それが僕にとっては一番面白い、小説家であることの驚き悦びに関係しています。 
ドッグフーディングは、マーケティング・ファンネルの図の「試す」と「オンボード」の間の赤い矢印で示した部分にフォーカスする。もちろん、自分やチームのメンバーだけでなく、家族や社内の協力者にも試してもらう。必要に応じてガイドなどをしてオンボーディングの目標を達成してもらい、それによってモバイルアプリの提供価値を理解できるか、それに共感してもらえるかを身近で観察することができる。
目標設定が誤っていないことが確認できたら、次はその目標をどうやって達成してもらうかを考えなければならない。 

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ハードウェア・ビジネスでフリーミアムが可能なのかと首をかしげた方も多いだろう。

髭剃りのホルダー(柄の部分)を廉価で販売して替え刃で儲けるというジレットの古典的なビジネスモデルや複写機の消耗品ビジネス、そして一時期マクドナルドが行っていたコーヒー無料キャンペーンなどを類似例とした解説によって、インターネットの「ビット経済」で誕生した新しいビジネスモデルとしてのフリーミアムの本質が誤解されているように思う。髭剃りや複写機のビジネスは垂涎のビジネスモデルだが、それらはフリーミアムではない。替え刃のないホルダーや、トナーや紙がない複写機はまったく価値がないからだ。無料のコーヒーは、スーパーの「赤字覚悟の本日の特売品」と同じ客寄せに過ぎない。これらをフリーミアムという新しいビジネスモデルの例として引き合いに出すのは間違いだ。アプリの使用期間や重要な機能を限定したお試し版を提供するのもフリーミアムではない。

マクドナルドがいつもコーヒーを無料で提供し、店は無料のコーヒーを飲むだけの客で賑わい、何人かはハンバーガーを注文し、皆がそこでの体験に価値を感じている。それで店の収支が合うようにコスト管理されていれば、そのビジネスモデルはフリーミアムだといえる。90%(例えば)の無料の利用客のコストを、10%の有料の利用客からの収益でカバーする。それは、無料のサービスを提供するコストが利用者の数に比例して増加しないWebサービスだからこそ可能なモデルで、人件費やコーヒーなどのコストを考えると、リアルなサービスや物販では当然ながら難しい(しかし瀕死のマクドナルドは経験価値という視点を取り入れて、新しいビジネスモデルの創出に取り組んでもいいのではないだろうか)。

リーン・イノベーションでは、「コンセプト・デザインフェーズの5つのステップ」で策定したリーン・ステップに基づいて開発(フェーズ)を進める。
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この例のゴールでは、新しい製品とアプリとWebサービスで新しい経験価値を提供する。そのアプリとWebサービスの利用は無料(フリー)で、新しい製品が有料(プレミアム)となりフリーミアムを構成する。
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ハードウェアのフリーミアムの顧客ピラミッド

例えばインターネットに繋がった冷蔵庫は、Webサービスや、そのサービスにアクセスするモバイル・アプリと連携して価値を発揮する。しかし、インターネットに繋がった新しい冷蔵庫を購入してからでないと、その価値を実感し理解することができないとすると普及は難しい。フリーミアム・モデルでは、誰でも利用できるアプリとWebサービスだけで新しい体験を提供しなければならない。
「それでは新しい製品を買ってもらえない」と考える前に、インターネットに繋がった冷蔵庫が人々にとってほんとうに価値を提供できるのか、その価値を理解してもらうことができるのかということを考えるべきだ。

これまでになかった新しい体験の価値を人々に理解してもらうためには、そのハードルを下げて、まずは多くの人に体験してもらう必要がある。その価値の理解が進むと顧客ピラミッドが縦軸方向に成長し、やがてハードウェアを購入する利用者が現れる。市場がアプリとWebサービスで得られる価値について理解する前に、ハードウェアが売れないからといって機能を強化したところで効果はない。
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価値理解の成長プロセス

この段階ではハードウェアの販売についてはいったん忘れて、アプリとWebサービスのユーザーを獲得することに集中する。まちがっても、アプリやWebサービスの一部の機能やストレージなどの追加の容量を、ハードウェアを購入した顧客にだけ提供しようなどと姑息なことを考えることはやめたほうがいい。それでハードウェアが売れるはずは決して無いし、アプリやWebサービスの魅力が半減して無料のユーザーも獲得できないという虻蜂取らずになってしまう。
ハードウェアはその機能で勝負しなければならない。アプリとWebサービスで得られる価値を理解したユーザーが、その経験価値をさらに高めるためにハードウェアが欲しくなるように、アプリとWebサービスとハードウェアの役割(機能)分担をデザインする。

ハードウェア自体がこれまでになかった発明であれば、アプリとWebサービスによる価値理解の段階の取り組みの中で、人々の潜在的なニーズを顕在化させて新たな市場を創造し、ハードウェアの生産を開始する前に市場からのフィードバックを得ることができる。これはリーン・イノベーションの狙いのひとつだ。

冷蔵庫のような耐久消費財は、新しい製品が出たからといってすぐに買い換えるということはない。ある程度の期間を経てから、故障など別の理由での買い替えとなる。ハードウェア・ビジネスのフリーミアムのコンバーション(無料サービスの利用から製品購入)も、このタイミングを狙うものだ。それまでに価値の理解が進んでいれば、他社の製品と比較することなく指名買いしてもらえるだろう。 もちろん、フリーミアムがそのタイミング(決断)を早めるということも期待したい。

上の「価値創造の成長プロセス」の図のように、顧客ピラミッドが縦軸方向に成長していけば、ハードウェアの購入につながる。では、この縦軸はなんだろう。例えばアプリとWebサービスの利用頻度かもしれない。利用頻度があるレベルを超えると、ハードウェアを使ったほうがより便利になるような場合だ。あるいは、頻度ではなく時間かもしれない。アプリとWebサービスの一部の機能の利用が増えると、ハードウェアの必要性を感じるようになる場合もあるだろう。アプリとWebサービスによる価値理解のプロセスにおいて、その成長を測定する指針を明確にし、顧客ピラミッドが縦軸に成長するための成長エンジンが必要になる(成長エンジンについては次回以降に書こうと思っている)。
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価値の成長パターン

顧客ピラミッドが相似形や、より尖った形で成長していけばいいが、利用者が増えても縦軸方向への成長が見られない場合は立ち止まって何が問題なのかを考える必要がある。

価値の成長が進むと「価値創造の成長プロセス」の図の右端のように価値の飽和が起こる。成長エンジンがまわって無料のユーザーが増えても顧客ピラミッドは横に伸びるだけで、コンバージョンの効率が低下するようになる。
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事業がハードウェアの買い替えサイクルに入ることは必ずしも悪いことではないが、提供価値の相対的な低下によって顧客ピラミッドの高さが低くなってしまうと事業存続の危機が訪れる。しかし、機能を追加するなどしてハードウェアの価値だけを高めても、その事業の顧客ピラミッドの形、すなわち無料と有料の顧客のバランスを変えることはできない(下図の左)。右のように、アプリとWebサービスとハードウェアの全体の提供価値を再構築する必要が有る。
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事業が好調な間に次のイノベーションのために、もういちど「モノのデジタル・リマスタリング」をやり直すことができるだろうか。
  1. イノベーションを可能にする技術やインフラを定義する
  2. それによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  3. バリュープロポジションを定義する
  4. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する 
次のイノベーションのときには、それを可能にする技術やインフラとは、もはやインターネットではないかもしれない。事業を成長させるためのリーン・イノベーションは、果てしなく繰り替えさなければならない。

もう一度、顧客ピラミッドを見て欲しい。
インターネットが出現するまで、コンスーマ製品をつくる一般的な製造業は製品を流通業に販売するだけで、その製品の顧客との接点はほとんど持っていなかった。しかし、インターネットによって製造業が顧客との接点を持つことが容易になった。最初のフリーミアムの取り組みで、製品の購入者の数倍の人々との接点を持つことができたら、この顧客ベースから次のイノベーションを始めることができる。

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昨年10月にニールセンが公開した資料に、国内でのインターネットへの入り口がPCからスマートフォンに移行しつつある様子を示す図があった。
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PCとスマートフォンからのインターネット利用者数推移(出典ニールセン)

これは利用者数の推移だが、画面を見ている時間で考えるとすでに逆転しているのではないだろうか。世界的にもスマートフォンユーザーは20億人に迫る勢いだという。人々がPCを使用することを前提にしたこれまでのさまざまな企業活動は、早急にモバイルにシフトする必要があるだろう。PCだけでなくテレビや新聞、雑誌などのメディア上にあったコンテンツやサービスが、スマートフォンの小さな画面になだれ込んでくる。
モバイルシフトとは、単に企業のWebサイトをスマートフォンの画面に合わせたレイアウトに変えたり、PC用に提供してきたアプリケーションをスマートフォン上に移植するということではない。モバイルの環境で提供するユーザー体験という視点が、非常に重要になってくる。

iPodはPC(もちろんMacでもいい)がなければならなかった。PCのiTunesというアプリで、音楽をCDやiTunes Music Storeから音楽を取り込んで、それをiPodに転送する必要があった。
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iPhoneは、iPodをMusicというアプリとして吸収してしまった。PCのiTunesを介さずとも、iTunes Storeから音楽を直接ダウンロードできるようになった。iTunesの編集などの機能は、そのままiPhoneのアプリMusicに移植された。もちろん、Musicはよくできたアプリで、Appleが作っているのだからiPhoneのアプリのユーザーインタフェースのガイドライン(iOS Human Interface Guidelines)にも完全に準拠しているはずで、ユーザーインタフェース(UI)は悪くない。

しかしMusic/iPhoneで、例えば自分の好みの音楽を集めたプレイリストを作成しようとすると、かなり面倒な作業をしなければならない。これはiTunes/PCでも面倒な作業であったが、スーマートフォンの小さい画面で、数千の曲から一つ一つ選ぶという作業はさらに根気を必要とする。
「iTunesの機能をそのまま取り込む」という命題に対しては良くできたUIであるが、 Music/iPhoneが提供する体験としては問題があると思う。多くの人は「プレイリストを自分で作る」ということをしなくなってしまったのではないだろうか。iTunes/PCでプレイリストを作っていた人が、Music/iPhoneでは作ることを諦めていたとしたらユーザー体験は後退したことになる。

これはアプリの例だが、企業のWebサイトでも同じことが起こっている。
PC(のブラウザ)からのアクセスを前提にしたWebサイトについては、UXや IA(情報アーキテクチャー)の観点でデザインが行われるようになり、その教科書やその道の専門家も増えた。アプリの場合のMusic/iPhoneの例のように、PCからのアクセスを前提にしたWebサイトのコンテンツを、非常にうまくスマートフォン向けに配置し直したWebサイトもある。まずスマートフォンからのアクセスを前提にしてWebサイトのコンテンツの配置やデザインをしてから、PCからアクセスされるWebサイトをデザインする(多くの場合はそのままコピーする)という、いわゆるモバイルファーストの取り組みも行われている。しかし、それでも「企業側が伝えたい情報を伝える」という姿勢で情報を詰め込んだようなWebサイトはまだまだ多い。PCとスマートフォンの最大公約数を考えているだけのようにみえる。モバイルシフトをするには、その姿勢を完全に変える必要がある。

スマートフォンというポータル(入り口)からアプリや Webサイトを利用するという人々の行動は、まだ新しいものであり、その技術の進化も激しい。PCの時代の古いアプリやコンテンツにこだわらずに、その行動によって「人々は何を求めているのか」というところから、モバイルならではのユーザー体験を考え直すべきだ。 
これまでのすべての経済が提供するものは購入者の外側にあるものだったが、経験は顧客の内側に残るものだ。(経験経済 B.J.パイン J.H.ギルモア)
顧客の中に生まれるものをデザインすることはできない。これから顧客に提供しようとしている製品やサービスを、それを利用することによって顧客が感じる価値を想像しながらデザインする。しかし、同じ体験をしても、感じる価値や涌き上がる感情は顧客によって異なる。同じ顧客であってもその状況によっても異なるだろう。それをどこまで想像できるかという想像力の問題になる。

StorehouseというiPad/iPhoneアプリがある。「映像でストーリーを語る」というコンセプトとiOSのタッチUIを駆使したユーザーインタフェースで、iPadでの素晴らしいユーザー体験を提供している。クローズドベーターのときに招待されてから、ずっとその洗練の過程を見てきたが、iPadという新しい環境で新しい体験を創り出したよい見本だと思う。このアプリは2014年のApple Design Awardを受賞した。
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Storehouse

クローズドベーターが終了し、2014年1月にiPad版とiPhone版が正式リリースされた。iPhone版もiPad版に劣らない素晴らしいアプリに仕上がっている。しかし、どうもiPhoneでStorehouseを使う気がしないのだ。同じ機能がiPhoneにカスタマイズされたユーザーインタフェースも素晴らしいのだが、iPadのようにゆっくり見ることがない。iPadとiPhoneでもユーザー体験は大きく違ってしまう。

Instagramはスマートフォンでのユーザー体験に徹底的にこだわっている。アプリはiPhone/Androidスマートフォン向けだけで、PC版はおろかタブレット版も提供していない(PCのブラウザからアクセスできるが非常に限定的な機能しか利用できない)。二年ほど前、CEOのケビン・シストロムに、ある企業とのプロダクトの連携の提案をしたことがあったが、受けられない理由の説明で彼のユーザー体験への強いこだわりを聞くことができた。

冒頭に「人々がPCを使用することを前提にしたこれまでのさまざまな企業活動」と書いたが、モバイルシフトはサービスやマーケティングだけでなく、製品そのものについても考えるべきだろう。
先日、ニコンから次のような発表があった。
株式会社ニコン(社長:牛田 一雄、東京都港区)は、ニコンデジタルカメラで撮影した静止画および動画の活用を目的とした画像活用ソフトウェア「ViewNX-i」の無償ダウンロードを3月17日から開始します。

このPC用のアプリを中心に、ニコンからいろいろなアプリが提供されている。逆の見方をすると、デジタル一眼レフカメラはPCがないとその価値を発揮できないものになっている。もちろん、カメラにこだわる人や仕事でデジタル一眼レフカメラを使用する人は、PCで作業をすることを厭わないだろう。しかしPCを使わなくなった人々は、デジタル一眼レフカメラも使わなくなってしまうのではないだろうか。
コンパクト・デジタルカメラの市場は、スマートフォンのカメラに破壊されてしまった。デジタル一眼レフカメラには、スマートホンのカメラに対する優位点があるとはいえ、モバイルの時代を自滅せずに生き抜いていけるのだろうか。

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技術のコモディティ化や経済のグローバル化が急速に進み、 単一の製品や技術のみで差別化を図り、そのアドバンテージを長期間にわたって維持してゆくことが難しい時代になった。そこで、単に製品やサービスの機能ではなく、それを使用することによって得られる「経験価値」に着目すべきだと(ずいぶん前から)いわれている。

これまで提供してきた製品(モノ)を、顧客が使用する基本的なニーズやその目的をあらためて考え直し、それらが満たされているか、顧客が無意識のうちに諦めていることがないか、さらにその製品を使うときだけではなく、その前後に時間を延長して考えてみる。そこにあなたが解決すべき、顧客の諦めていることや潜在的なニーズがある。

IoT(モノのインターネット)の時代は、一般消費者向けの製品を製造する製造業が新しい(経験)価値の創造に取り組むためのまたとない機会だ。ここでは、そのための「モノのデジタルリマスタリング」という考え方を提案している。
  1. モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する
Innovation Nipppnというサイトに、野村総合研究所とグーグル株式会社の共同研究による「インターネットの日本経済への貢献に関する調査研究(2014)」というレポートが掲載されている。その15ページからの「拡大するApp Economy」という章に「情報通信業以外の産業の事業者の提供しているアプリの例」を示す図(10)がある。
 
サービス業や卸・小売業、金融・保険業などの他の産業のアプリの例は、サービスの提供や商品の受注など、その産業の生業のメインストリームの役割を担っているが、製造業が提供するアプリは「おまけ」のようなものにとどまっている。
App Economyとは、スマートフォン向けアプリを利用したビジネス、特にスマートフォンの登場によって新たに現れたビジネスと定義され、 2013年度は約8200億円の国内規模(2012年度は約2200億円)となり、インターネット産業の中でも急速な拡大している分野だとされている。

アプリケーション(Application)という英語は「応用、適用」という意味だが、コンピューター産業においては、Windows、iOS、Androidなどのオペレーティングシステム(OS)という基本ソフト上で動く、特定の作業のために作られたソフトウェアをアプリケーション・ソフトウェアと呼んでいる。

「モノのデジタルリマスタリング」を考える上で、このアプリケーションという言葉が非常に重要になってくる。それをGoProを例に考えてみよう。このブログや雑誌Wedge 2014年8月号の「SONYはなぜGoProを作れなかったのか?」でも考察したが、GoProは、初めはサーフィン中に写真(ビデオ)を撮るというアプリケーションのために創られたカメラだ。
それまでサーフィン中に写真を撮るために、人々は既存のデジタルカメラやデジタルビデオカメラを「応用」し、苦労して自分の目的に「適用」してきた。顧客がプロダクトを「応用、適用」しなければならなかった。GoProはプロダクト側から顧客の目的やニーズにアプローチし、そのためのアプリケーションを提供した。

カメラは小さく頑丈にするためにサーフィン中に必要な最小限の機能だけにとどめ、ファインダーも液晶モニターも無くしたため、カメラでは撮ろうとする画面や撮ったビデオを確認することができない。その役割はスマートフォンのアプリ(GoProアプリ)に任せる。そして、サーフィンのビデオを共有したい人々のためにYouTube上に専門のチャンネルを開設して、GoProアプリから投稿したり視聴したりできるようにした。
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この場合、GoProアプリやYouTube上のGoProのチャンネルは「おまけ」ではなく、「サーフィンのビデオを撮って共有する」というアプリケーションのためのプロダクトの一部になる。 Webサービスのインフラは、必ずしも自前で用意する必要はない。YouTube以外にもFacebookなどのSNSやGoogle DiveなどのストレージサービスのAPIを利用することを考えるべきだろう。

野村総研のレポートの例を見るまでもなく、これまでハードウェアの価値の向上に集中してきた製造業にとって、 Webサービスやスマートフォンのアプリケーションなどは非常に不得手な分野に違いない。ソフトウェアというと、膨大な投資で開発運用する社内の総務関係や生産管理のITシステム、あるいは機器に組み込まれメカや電気の隙間を埋めるだけのファーム・ウェアと呼ばれるものしか思い浮かばない経営層も多いだろう。自社の事業にとっての、スマートフォンのアプリの重要性など想像もつかない。これは、IoT時代を生き抜こうとする製造業にとって致命的な問題だ。

アプリケーションとは、スマートフォンのアプリだけを指しているのではない。汎用的な多機能のハードウェアを提供して「後は好きなように使ってくれ」というのではなく、人々の多様な目的やニーズに合ったそれぞれのプロダクトを提供するということを意味している。そのために、ハードウェアだけでなく、Webサービスやスマートフォンのアプリケーションが重要な役割を担うことになる。
IoTの時代は、一般消費者向けの製品を製造する製造業のイノベーションのチャンスだが、それには「アプリの力」が必要になる。

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