デザイン思考で行こう!

Life will find a way, we'll find a way Technology lives.

2016年03月


デザイン思考ではイノベーションを生み出すことはできない?

4月号のDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューで「デザイン思考の進化」という特集が組まれている。その中の「『デザイン思考』を超えるデザイン思考」という記事で、ビジネスデザイナーの濱口秀司氏が次のように書いている。
ビジネスにおけるイノベーションには「シフト」(shift:変化)が必要であり、そこには満たすべき要件が3つある。

 (1)見たこと・聞いたことがない。
 (2)実行可能である。
 (3)議論を生む(賛成/反対)。

(中略)

では「デザイン思考」が提唱する、つまりユーザー中心プロトコルが目指す「ニーズの本質を満たすこと」が、たとえばイノベーションの(1)の要件を満たす保証はあるのだろうか。うまくいくこともあるかもしれない。しかし、ニーズの本質を満たすことは、見たこと・聞いたことがない製品やサービスをつくることを最初から目指しているわけではない。それは車が存在しなかった時代の「もっと速い馬がほしい」というニーズに対して、車ではなく「より速い馬」で応えるようなものである。特にビジネス環境において、答えを導くまでの時間が制限されている場合、このプロトコルでやみくもにアイデアを出し、それがたまたま(1)(2)(3)を同時に満たすようなイノベーションにつながる可能性は低いと言わざるをえない。
しばらく引用が多くなる。次は""The Design of Everyday Things: Revised and Expanded Edition"(日本語版「誰のためのデザイン?」の改訂版)でのD.A.ノーマンの意見だ。
製品のイノベーションには2つの形がある。その1つは自然な、ゆっくりとした進化のプロセスによって起こるものであり、もう1つはラディカルな新しい発明によって可能になるものだ。一般に、人々はイノベーションをラディカルで大きな変化と考えがちであるが、もっとも一般的でパワフルなイノベーションは実際には小さくインクリメンタルなものだ。
 
インクリメンタルなイノベーションは既存の製品をもとにそれらをよりよくするという取り組みである。それに対しラディカルなイノベーションは何もないところからスタートし、何かを可能にする新しい技術によってドライブされることが多い。

人間中心のデザイン手法はインクリメンタルなイノベーションに適している。ラディカルなイノベーションを導くことはできない。
一般にイノベーションは、それを引き起こした技術革新が連続的であるか否かによってインクリメンタル(連続)とラディカル(不連続)に分類される。濱口氏も改善・改良をもたらす「デザイン思考」は、すでに存在する製品・サービスの改善・改良の手段として、インクリメンタルなイノベーションには十分に力を発揮すると言っている。


改めてデザイン思考とは?


設計工学において(主に機械工学で)用いられているプロセス論に次のようなものがある。
Axiomatic
出所:公理的設計 , Nam Pyo Suh

顧客領域で明確に定義した顧客ニーズを機能領域において要求仕様に落とし、それを実体領域で設計してプロセス領域で生産する。機能領域の要求仕様は顧客領域の顧客ニーズの写像であるべきだが、エンジニアは機能領域から関わることが多く、すでに他者によって要求仕様が指定されていたり、あるいは利用可能な技術の視点から、エンジニアによって顧客領域であるはずの顧客ニーズが設定されてしまったりもする。N.P.スーの著書「公理的設計 - 複雑なシステムの単純化設計」の中でも顧客領域についてはほとんど触れられていない。

この顧客領域から顧客中心で考えようというのがデザイン思考だ。そしてその考え方はデザイナーの世界から提案され、大学やデザイン学校の先進的なカリキュラムとなっている。しかし設計工学(デザイン・エンジニアリング)の世界にはまだ浸透していないようだ。そのため、デザイン思考はデザイナーによって語られ用いられ、 デザイナーが顧客領域に参加できるサービス業やウェブ・サービスなどでの成果物になっている。 

ノーマンは、"Technology First, Needs Last "というエッセーの中でも次のように言っている。
ラディカルなイノベーションには創造性や想像力が必要不可欠だが、デザイン調査や市場調査、そして我々が得意とする人々のニーズを注意深く探る作業は、それが顕在化したものであっても潜在的なものであってもほとんど無意味だ。
 
発明は発明者が行うことだから発明者が発明するのだ。まず技術が最初に来て、次に製品、そして新しいアプリケーションが快適になるに連れてニーズがゆっくりと顕在化し、最後にそれが必要不可欠なものになる。
 
製品の方向性が定まった後は、ユーザー調査によって拡張や改善を行うことはできるが、それまでは技術者に任せておきなさい。
潜在的ニーズは、それを解決する(満たす)サービスや製品が現れて初めて顕在化する。それまで潜在的ニーズというものは存在しない。イノベーションによって、あたかも潜在していたニーズが顕在化したように見えるだけだ。

しかし、濱口氏は「イノベーションは技術者に任せておけ」と言っているわけではない。新規性も不確実性も高い革新的なアイデアを着想するためには、ノーマンが言うように「デザイン調査や市場調査、そして我々が得意とする人々のニーズを注意深く探る作業は、それが顕在化したものであっても潜在的なものであってもほとんど無意味」であり、「クリエイター、すなわち業界のプロの企画者」たちが陥るバイアス(先入観)を探すためのフレームワーク作成が肝心となるという。

そして「ニーズの本質をつかむ→アイデアをたくさん出す→アイデアを絞り込む」という「デザイン思考」の順番を、「バイアスを発見する→バイアスを破壊するアイデアを生む→ニーズを付加する」と逆にすることによって、ラディカルなイノベーションを創造することが可能になると説明している。 
まずアイデアのつくり手に着目し、彼らがいかにアイデアを生み出すかを考える。換言すれば、既成概念の構造化(フレームワーク化)である。次に、そのフレームワークからバイアスを見つけ、それを破壊するアイデアを生む。さらに、そのアイデアにニーズを付加する。最後に、そうして生まれた新規性も不確実性も高いアイデアに対して、実行の意思決定を行う。 
しかし、ニーズも技術シーズも何もないところから革新的なアイデアを生み出すことはできない。

記事中ではその実施例として、フラッシュメモリーという技術からUSBメモリーという製品を生み出した過程が紹介されている。自社に新しい技術シーズがあり、そこから画期的な製品のアイデアを出さなければならないとき、それも「特にビジネス環境において、答えを導くまでの時間が制限されている場合」には有効なプロトコル(手順)かもしれない。
 
ノーマンは、エンジニアとビジネスパーソンに対するデザイナーという軸で、デザイン思考を次のように説明している。
まずデザイナーは、 取り組むべき基本的で本質的な問題が何であるかを特定することに時間を費やす。そのほんとうの問題を特定するまで、その解決策を探すようなことはしない。さらに問題を特定した後でも、すぐにその問題を解決しようとするのではなく、立ち止まって広い視野で可能な解決策を広い視野で考える。そしてようやく自らの提案に集中する。このプロセスを「デザイン思考」と呼ぶ。
この意識はデザイナーだけでなく、エンジニアとビジネスパーソンも持つべきものだ。
ビジネスに携わる人がデザイナーをよく理解する必要などない。彼ら自身がデザイナーになる必要があるのだから。 
ロジャー・マーティン


革新的なアイデア

万が一アイデアに主要なニーズがつかなくても、別のアイデアを考えるのは難しくない。バイアスを破壊する過程を経さえすれば、イノベーティブなアイデアは論理的にいくらでも生み出せるからである。
この濱口氏の説明はいささか楽観的にも思えるが、ほんとうにデザイン思考のプロトコルでは、ラディカルなイノベーションのための革新的なアイデアを生み出すことはできないのだろうか。

IDEOの共同創業者トム・ケリーは"The Art of Innovation: Success Through Innovation the IDEO Way"で、IDEOにおいて実施されているデザイン思考のプロセスの5つのステップを次のように紹介している。
  1. その市場、クライアント、テクノロジーを理解し、そして与えられた問題に関して認識されている制約事項を理解 する。後でそれらの制約事項に挑戦することもあるが、まずは現状の認識を理解しておくことが重要だ。 

  2. 現実の生活における人々を観察し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す。 

  3. それまでになかった新しいコンセプトとそれを使うであろう顧客を視覚化する。 一部の人々は、このステップを未来を予測することだと考えている。そしてこのプロセスの中で最もブレインストーミングを必要とするフェーズである。

  4. プロトタイプを評価し洗練することを何回も素早く繰り返す。何が機能して何が機能していないのか、何が人々を戸惑わせているのか、人々はどのように感じているかなどを注意深く観察し、繰り返しの中で徐々に製品を改良してゆく。

  5. 新しいコンセプトを市場に出すために製品化する。このフェーズはしばしば長期間にわたり、開発プロセスの中でも技術的にもっともチャレンジングだ。
デザイン思考のプロセスでは、アイデアの創出はブレーンストーミングに頼っている。スタンフォード大学のd.schoolが提供しているデザイン思考のガイドブック"bootcamp bootleg"にも次のように書かれている。
ブレーンストーミングは多くのアイデアを思いつくための素晴らしい方法だ。ペンと紙で机に向かうだけでアイデアを思いつくことはできない。 
私はブレーンストーミングで、革新的なアイデアを生み出すことは難しいと思っている。 濱口氏は、「視覚化」のステップの「やみくもにアイデアを出す」作業を問題にしている。それがたまたま、見たこと・聞いたことがなく、実行可能であり、議論を生むようなイノベーションにつながる可能性は低いと。


顧客が諦めていること

B.J.パインとJ.H.ギルモアの"The Experience Economy "には、"Customer Sacrifice(顧客の諦め)"という言葉がでてくる。
顧客の諦めを理解すると、顧客が受け入れていることと本当に必要としていることとの違いに気づく。顧客は自分が本当に必要としていることが何であるかを知らない、あるいはそれをはっきり説明することはできない。
これは次のような式で表現されている。
  • 顧客が諦めていること = 顧客が本当に必要としていること - 顧客が受け入れていること
 「顧客が本当に必要としていること」こそが潜在的ニーズだが、それは イノベーションによって初めて生まれる。顧客は自分が本当に必要としていること、すなわち潜在的ニーズが何であるかを知らない。それは新しい技術による新しい製品やサービスが提供されてから初めて知ることになる。

ノーマンは「技術は人々が何かをする手段を変えるが、その基本的なニーズは不変だ」と言っている。 人々の基本的なニーズは不変で、技術によってその手段が変化してゆく。音楽を聴いたり、ランニングをしたり、写真を撮ったりする目的は人によってそれぞれ異なるだろうが、ひとりの人に注目すると、イノベーションによってその方法が変わっても、その 基本的なニーズは不変だということだ。 技術の進化が無限であれば、人々が何かをする手段も無限に変化する可能性がある。  

音楽プレイヤーを提供する企業の顧客の基本的なニーズは音楽を聴くことであり、ランニングシューズを提供する企業の顧客の基本的なニーズはランニングをすることであり、カメラを提供する企業の顧客の基本的なニーズは写真を撮ることだ。

自分の好きな音楽を聴いて気分転換をしたいと思っている人がいた。しかし、音楽はレコードを買ってきて部屋の中で聴くか、携帯ラジオの番組から好きな音楽が流れてくるのを待つしかないと諦めていた。ソニーはその顧客の諦めに気づいて、いつでも、どこででも好きな音楽を聴くことができるウォークマンを発明した。

時が流れて、アップルがiPodを発明した。それまでウォークマンの顧客は、外出先に持っていかなかったCDの音楽を聴きたいと思って持ってくればよかったと後悔することがあったが、それは自分の気分が変わったからだと諦めていた。数十枚数百枚のCDを持っている顧客は、購入したときに一度しか聴いたことがなかったり、もしかすると一度も聴いたことがないまま埋もれてしまったCDがあっても無意識のうちに諦めて放っておいた。iPodは、大量の音楽をすべてポケットに入れて持ち歩くことによって得られる価値を顧客に気づかせ感動させた。

顧客が諦めていることはないだろうか。きっとあるはずだ。 それを理解するためには、顧客の基本的なニーズに立ち戻り、それぞれの人のその目的をもういちど徹底的に分析し、その行動を先入観を持たずに観察してみる必要がある。
人の頭の中には、「これはこう考える」という一定の先入観を意味するバイアスがある。停滞した業界にシフトを起こすような画期的なアイデアをつくるには、このバイアスを破壊しなければならない。
既成概念の構造化(フレームワーク化)を行い、そのフレームワークからバイアスを見つけ、それを破壊するアイデアを生むという濱口氏が提案するプロトコルは、IDEOのデザイン思考の「観察」のステップで、顧客が無意識のうちに諦めてしまっていることを発見するために応用することができるかもしれない。


セレンディピティ

デザイン思考でラディカルなイノベーションにつながる革新的なアイデアを生み出すには、まず「観察」のステップで、まだ誰も気づいていない「顧客が諦めていること」を発見しなければならない。
「デザイン思考」が提唱する、つまりユーザー中心プロトコルが目指す「ニーズの本質を満たすこと」は、車が存在しなかった時代の「もっと速い馬がほしい」というニーズに対して、車ではなく「より速い馬」で応えるようなものだ。
「もっと速い馬が欲しい」と考えている 顧客が本当に必要としていることは「速く移動したい」というものだ。しかし「速く移動する手段は馬しかない」と諦めて「馬で移動する」ことを受け入れている。
  • 速く 移動する手段は馬しかない = 速く移動したい - 馬で移動する
しかし、どんなに速い馬を探したところで、馬のスピードには限界がある。より速く移動するには「速く移動する手段は馬しかない」という顧客の諦めを理解し、馬以外の移動手段によって解決すべきだと気づく必要がある。

顧客が諦めていることの理解から、顧客が本当に必要としていること、すなわちラディカルなイノベーションにつながる革新的なアイデアを生み出すためには新しい技術やインフラが必要だが、それらは必ずしも自前のものである必要はない。逆に自前の技術にこだわると、それが足かせになってしまうことがある。デジタル、インターネットの現代においては、複数の技術を組み合わせて応用することが求められる。iPhoneには日本の多くの革新的な技術が使われている。

セレンディピティ(serendipity)という言葉は英語でも造語であるようで、日本語で対応する言葉を見つけられないが、ウィキペディアによると「何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉」とのことだ。ビジネスのデザイナーは顧客が諦めていることを理解し、漠然としてであってもそれを自分が解決すべき課題として常に意識している必要がある。そうでなくては、新しい技術やインフラに遭遇したとき「こんな解決法があった!」と思いつくことなく見過ごしてしまう。

ビジネスのデザイナーにとって、セレンディビティは必要な能力で、顧客が諦めていることを理解することが最初の仕事だ。この2つによって、スティーブ・ジョブズのように誰も思いつかなかった製品を世に送り出すことができる。だから技術者でなくとも発明はできる、ただし技術を理解する力は必要だ。
 
2008年6月号のHarvard Business Reviewでティム・ブラウンは「採り得る事業戦略によって顧客価値と市場機会に転換することができ、かつ技術的に実現可能である何かを、デザイナーの感性と手法を用いて人々のニーズに調和させる専門分野である」とデザイン思考を定義している。デザイン思考のポイントはプロトコルではなく、アイデアをいかにしてニーズに調和させるかということだ。ニーズ(人間中心)からスタートするデザイン思考のプロトコルでも、濱口氏の提唱する技術シーズ(アイデアの作り手)からのプロトコルでも、ラディカルなイノベーションにつながる革新的なアイデアを生み出すことは可能だ。
 

長文を最後までお読みいただきありがとうございました。ご感想やご意見がありましたら、contact に @ibornb.red をつけたアドレスまでメールでお寄せください。尚「『デザイン思考』を超えるデザイン思考」からの引用以外は英文を翻訳したものです。
 
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