デザイン思考で行こう!

Life will find a way, we'll find a way technology lives.

2016年04月

モノづくりのデザイン思考 (連載 4)

コンテンツや情報がデジタル化され、それを記録したり保存したり伝達したりするメディア(媒体)が変化するとき、その対応に遅れをとった企業が衰退したり、新たなプレイヤーがその市場に参入したりする状況をデジタル・コンバージェンス(産業融合)あるいはメディア・コンバージェンスと言います。そのとき、その市場に破壊的なイノベーションが起こることがあり、それはデジタル・ディスラプション(創造のための破壊)と呼ばれています。

いったんデジタル・ディスラプションが起きた市場は流動的になり、さらなる変化を起こしやすくなります。 私たちはカメラや携帯音楽プレーヤーの例でそれを目の当たりにしてきました。ウォークマンに取って代わったiPodも、あっというまにアプリケーションの一つとしてiPhoneに吸収されてしまいました。デジタル・ディスラプションが起きた市場では、技術やインフラの革新が継続的に起きるようなるため参入障壁も低くなり、以前のように安定したバリューネットワークを構築し維持することが難しくなります。

クリステンセンのイノベーションのジレンマは、安定した強固なバリューネットワークを持つ企業に生じるものでしたが、デジタル時代においては、経営者はそもそも安定した強固なバリューネットワークというものを構築すべきか否かという判断を迫られています。フィルムのエコシステムは100年以上にわたって多くの企業に利益をもたらしましたが、フィルムメーカーに代わって写真産業の頂点に立ったカメラーメーカーの業績は10年そこそこで陰りが見え始めています。
鉄道が衰退したのは、旅客と貨物輸送の需要が減ったためではない。それらの需要は依然として増え続けている。鉄道が危機に見舞われているのは、鉄道以外の手段(自動車、トラック、航空機、さらには電話)に顧客を奪われたからでもない。鉄道会社自体がそうした需要を満たすことを放棄したからなのだ。鉄道会社は自社の事業を、輸送事業ではなく、鉄道事業と考えたために、顧客を他へ追いやってしまったのである。事業の定義を誤った理由は輸送を目的と考えず、鉄道を目的と考えたことにある。顧客中心ではなく、製品中心に考えてしまったのだ。- T.レビット マーケティング論 
いったん鉄道事業のためのバリューネットワークを忘れて、輸送という市場の顧客の基本的なニーズに立ち戻り、そこから利用可能な新しい技術やインフラを前提に、その輸送という市場ドメインにおける新たな提供価値を定義する。そして、そのためのバリューネットワークを再構築します。鉄道と輸送事業という二つの言葉を言い換えるだけで、いろいろな事業の衰退を形容することができます。

カメラメーカーが提供してきた価値は、写真を撮るという機能価値でした。その写真という市場で新しい価値を提供しようとするものが現れました。スマートフォン(のカメラ)です。 その原点は2000年にソフトバンクモバイル(当時はジェイフォン)から発売されたカメラ付携帯電話です。 やはり10年という長い時間がかかりましたが、カメラ付携帯がスマートフォンという形に変わり、技術のインクリメンタルな進歩によって画質も向上し、カメラメーカーが提供する写真を撮るという価値を脅かすに至りました。

スマートフォンのカメラは、インターネットにつながっています。それによって、フェイスブックやインスタグラムなどのソーシャルネットワークサービスという共有のための新しい媒体を、スマートフォンのカメラのバリューネットワークに組み込むことができました。そして写真を撮ることから始まる、まったく新しい経験を提供し多くの人々に受け入れられました。

フィルム時代には、人々は購入したフィルムをカメラに入れて撮影した後、DPEサービスを利用して写真を完成させていました。カメラメーカーはデジタル化された写真においても、写真を撮った後の顧客の経験に関与することなく写真を撮るという機能価値の提供だけに集中し、そのバリューネットワークを最適化させて事業を存続し拡大してきました。 

写真を撮るという需要は増え続けています。しかしカメラメーカー(事業)が生き残り発展するには、写真を撮る顧客の基本的なニーズに立ち戻って、自社の事業をカメラ事業ではなく写真事業として、提供する価値を顧客中心で再定義する必要があります。もちろん、これはカメラメーカーに限った話ではありません。

特に電子機器のコモディティ化のスピードは速く、インクリメンタルな技術革新によって過去の製品を陳腐化させ、顧客に短期間での買い替えを促すことができる期間も短くなってしまいました。その期間が過ぎると、どんなにすばらしい技術やデザインで過去製品や他社製品との差別化をしようとしても、人々はその差を価値として感じることができなくなります。 それはその製品のコンセプトの賞味期限が過ぎてしまったからです。

デジタルカメラがフィルムカメラに取って代わったとき、 iPodがそれまでの携帯音楽プレーヤーを過去のものにしたとき、あるいはiPhoneが携帯電話を再発明したときを思い出してみてください。いずれもそれまでの製品によって人々のニーズは満たされているようでした。フィルムカメラも携帯音楽プレーヤーも携帯電話も人々の生活の中にとけ込んで、数年経って不具合が出たときに買い替えるようなものになっていました。しかしそのときも、人々は無意識のうちに新しい経験を提供してくれるモノの登場を待っていたのです。そして、その希望は叶えられました。 

デジタルカメラや携帯音楽プレーヤーや、それらを飲み込んだスマートフォンまでもが必要にして十分なものとなったいま、人々はさらに新しい経験を提供してくれるモノの登場を待ち望んでいるはずです。しかしそれに気付いて、その潜在ニーズを満たすのは、デジタルカメラや携帯音楽プレーヤーやスマートフォンのビジネスのチャンピオンではないかもしれません。その前の時代もそうであったように、チャンピオンはさらなる高機能化や多機能化とコストダウンによって、賞味期限が過ぎてしまったビジネスの停滞状況を打開できると信じて、破壊的なイノベーションを仕掛けてくるチャレンジャーの影におびえながら防御を固めてようとしています。

ご相談やお問い合わせは、contact に @ と ibornb.red をつけたアドレスまでメールでお寄せください。

お断り これは連載のために過去の記事を書き直したものです。

私は名刺やソーシャルネットでのプロフィールの肩書きを"Concept Design Scientist"としています。さらに"Internet Born & Bred"という会社名だかなんだかわからない但し書きもあって胡散臭さがプンプンするようで、名刺をお渡しした初対面の方の多くは、それをご覧になって微妙な表情をされます。数は少ないですが、勇気ある方の「コンセプトデザインサイエンティストってどんなお仕事ですか?」というご質問に、「新しい製品やサービスを開発する過程で、その顧客価値を明確にして、それを実現していくお手伝いをしています」などとお答えすると、質問したことを後悔するように「なるほど」と呟かれます。 ちなみに"Internet Born & Bred"というのは、例の「生まれも育ちも...」というやつです。

Technology First

一般消費者向けの製品をつくる製造業では、技術シーズから新しい製品の企画・開発がスタートすることが多いと思います。むしろ、画期的な製品は革新的な技術によって生み出されています。ノーマンは、自身のエッセー『Technology First, Needs Last』の中で、「まず技術が最初にあって次に製品、そして新しいアプリケーションが快適になるに連れてニーズがゆっくりと顕在化し、最後にそれが必要不可欠なものになる」と言っています。

アプリケーションとは、その製品によって提供される経験と考えて良いでしょう。問題やニーズは、それを解決するあるいは満たす製品が現れて初めて顕在化する。それまで潜在ニーズというものは存在しない。新しい技術によって開発された製品が現れてから、あたかも潜在していたニーズが顕在化したように見えるだけだということです。 

しかし、シーズ起点の画期的なアイデアをそのまま製品にしてしまうと、「釘を探すハンマー」をつくってしまうことになりかねなません。打つべき釘(ニーズ)がなければハンマー(製品)に価値はありません。そのような製品はソリューションウェアと呼ばれています。技術シーズからソリューションウェアをつくってしまわないためには、シーズと人々のニーズとを調和させなければなりません。

デザイン思考はニーズ起点

デザイン思考とその具体的なプロセスは広く学ばれ実践されていますが、IDEOで実施されているプロセスは次のようなものです。
  1. その市場、クライアント、テクノロジー、そして与えられた問題に関して認識されている制約事項を「理解」する
  2. 現実の生活における人々を「観察」し、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す
  3. それまでになかった新しいコンセプトとそれを使うであろう顧客を「視覚化」する 
  4. 「プロトタイプ」を評価し洗練することを何回も素早く繰り返す
  5.  新しいコンセプトを市場に出すために「製品化」する
「理解」は、IDEOのようなコンサルティング会社として、クライアントすなわち製品やサービスを提供する会社の状況を理解するということです。コンサルタントとしてクライアントの経営課題に取り組む場合でも、自社の製品やサービスのイノベーションに取り組む場合でも、その会社(自社)の事業の市場や関連するテクノロジーを理解し、そして直面する経営課題に関して認識されている制約事項を理解することなくしては始まりません。もちろん、制約事項に捉われていたのではイノベーションのジレンマに陥ってしまいます。

そして「観察」のステップで発見した問題やニーズを解決したり満たしたりすための、技術的に実現可能な製品のアイデアを考えます。 この段階でアイデアの実現に必要なシーズが選択されるので、それは自ずとニーズと調和します。

シーズ起点で顧客領域に遡上する

設計工学において用いられているプロセス論では、顧客領域で明確に定義した顧客ニーズを機能領域において要求仕様に落とし、それを実体領域で設計してプロセス領域で生産するとされています。
Axiomatic
出所:公理的設計 , Nam Pyo Suh
機能領域の要求仕様は、顧客領域のアウトプットの顧客ニーズの写像であるべきですが、技術シーズを起点にすると顧客領域のステップがスキップされて機能領域からプロセスが始まり、利用可能な技術の視点からエンジニアによって顧客ニーズが設定されて要求仕様が決められてしまいがちです。

シーズ起点で「シーズと人々のニーズとを調和させる」には、機能領域から顧客領域に遡上して「観察」を行います。しかし、すでに要求仕様が想定されていると、答(要求仕様)のための問題(ニーズ)を無理に見つけようとしたり創り出したりしてしまう危険があるので注意しなければなりません。

コンセプトを明確にする

あなたの「シーズ起点の画期的なアイデア」は、現在の製品を使っている顧客が抱えている、どのような問題を解決しようとしているのでしょうか。再認識した「人々の基本的なニーズ」を満たす「手段」をどのように変えるものなのでしょうか。

ここでの「観察」は問題を探すことではなく、そのアイデアすなわち画期的な手段が解決しようとしている、これまでの手段の問題やニーズを明確にすることが目的です。それが新しい製品のコンセプトになります。その問題を解決することによって、顧客はどのような新しい経験を得られるのでしょうか。その問題は、すでに存在する他の手段で解決できてしまわないでしょうか。その問題は、あなたが解決する価値があるのでしょうか。その問題は、まだ誰も気づいていないでしょうか。これらの質問にシンプルに答えておかなければなりません。

コンセプトデザインとは、アイデアの顧客価値(UVP)を明確にし、それを実現する戦略を作ることです。例えば、前者は戦略マップ、後者はコンセプトダイアグラムを作成します。
あるテレビ番組で大江健三郎さんが話された言葉が、「視覚化」と、それに続く「プロトタイプ」のステップの意義を巧く表していたのでご紹介しておきます。
最初は偶然のように始ったものが1/3ぐらい出来上がると、自分の中に批評性というものが生まれる。書いているものが良いか悪いか、この点は良い、この後半戦はすっかり捨ててやり直さなければいけない、というような態度決定を自分に呼び起す力が、偶然からのように始まった小説の草稿にはある。それが僕にとっては一番面白い、小説家であることの驚き悦びに関係しています。  
コンセプトデザインに関するご相談やお問い合わせは、contact に @ と ibornb.red をつけたアドレスまでメールでお寄せください。

川手恭輔
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モノづくりのデザイン思考 (連載 3)

イノベーションを引き起こした技術革新が連続的であるか否かによってインクリメンタル(連続)とラディカル(不連続)に分類するそれまでのイノベーション分類に対し、クリステンセンは既存の有力企業の事業が存続可能か否かという視点から、そのイノベーションに対応して存続可能なものを持続的イノベーション 、対応が困難で存続が不可能なものを破壊的イノベーションとする独自の軸を加えて、イノベーションを図のようなマトリックスの4つの象限に分類しています。持続的イノベーションに最適化された組織では破壊的イノベーションを起こすことができず、そのジレンマに陥った組織の事業は、やがて他者によって起こされた破壊的イノベーションによって衰退してしまう。

innovation matrix
(クリステンセンのイノベーション分類)

CCDなどの発明によって、画像の記録媒体と記憶媒体がフィルムと印画紙から、センサーとシリコンメモリーに変化するというラディカルな技術革新が写真産業に起こりました。フィルム時代の写真産業の有力なプレイヤーのうち、カメラメーカーの多くは製品をデジタル化することに成功しましたが、フィルムの製造販売や現像とプリントサービスを生業にするプレイヤー(フィルムメーカー)にとっては破壊的イノベーションになってしまいました。

フィルム時代に最適化された組織すなわちバリューネットワークを構築していたカメラメーカーは、なぜこのラディカルな技術革新に対応し存続することができたのでしょうか。カメラメーカーはクリステンセンの第2象限の実例を示したようにも見えますが、カメラメーカーとフィルムメーカーの明暗は、クリステンセンの指摘する「最適化された組織の問題」を単純に当てはめただけでは説明がつきません。
 
CCDを利用したデジタルカメラは1995年ごろに、当時カメラメーカーではなかったカシオからQV10という製品が発売されていました(実はその前の年に、アップルがQuickTakeという、マッキントッシュ・コンピュータ専用のデジタルカメラを発売したことを知っている人は少ないかもしれません)。最初はコンピュータへの画像入力デバイスというニッチな存在でしかなく、それがカメラとして、フィルムをベースにした写真産業のエコシステムを破壊し始めるのは2000年になってからです。

ラディカルな技術革新が起きてから、製品やビジネスモデルのイノベーションが始まるまで5年以上かかっています。センサーなどのデバイスのコストダウンや技術の向上にそれだけの時間が必要だったのです。その間にカメラメーカーはラディカルな技術革新に対応することができました。逆に電機メーカーなどの異業種からの新規参入組も、レンズやオートフォーカスなどのカメラに必要な技術を取り込むための時間が必要でした。そしてカメラメーカーは21世紀の初めに、新規参入組と同じスタートラインに立つことができました。

フィルム時代の写真産業は、フィルムを核とした巨大なエコシステムを形成していました。フィルムメーカーはその中心にいて、川下のDPEサービスを含めて市場の70%以上の利益を独占していました。そのフィルムそのものがなくなってしまったのですから、フィルムメーカーはフィルムメーカーとして生き残ることはできません。フィルム関連事業が破壊されても企業として存続するには、保有する技術やその他の経営資源をつかって新規事業領域に活路を見出すほかに道はありませんでした。

カメラメーカーは自らイノベーションを起こしたのではなく、他者によって仕掛けられたイノベーションに、そのバリューネットワークを変化させることによって対応することができたといえるでしょう。バリューネットワークとは、企業やその事業が提供する価値と、それを可能にするために最適化されたプロセスとリソースのネットワークを指します。

カメラメーカーが人々に提供する価値は写真を撮ること、すなわちレンズによって画像を結像させてフィルムに記録することで、フィルムメーカーの提供する価値は、そのフィルムを提供し画像が記録されたフィルムを現像し印画紙にプリントして、写真として完成させるというものでした。カメラメーカーにとっては「フィルムに記録する」という部分を「センサーに記録しメモリーに記憶させる」に変える対応ができれば、事業が提供している写真を撮るという基本的な価値を保つことができます。もちろん取り組むべき技術の壁は非常に高かったでしょうが、前述のように5年という猶予もあって、バリューネットワークの一部を変更することで事業の存続が可能でした。さらにバリューネットワークを強化することによって、フィルムメーカーに代わって写真産業の中心となって事業規模を数倍に拡大することに成功しました。

一方でフィルムメーカーは、そのバリューネットワークの核となっていたフィルムそのものが消失するという事態に、フィルム事業のバリューネットワーク自体が破壊されてしまいました。もしフィルムメーカーがフィルム関連事業しか持たず、そのバリューネットワークに固執してしまい、別の新しいバリューネットワークを構築するという取り組みを怠っていたならば、その企業自体の存続も不可能だったでしょう。富士フィルムは存続に成功しましたがコダックは破壊されてしまいました。

イノベーションには、自社の事業をイノベーションして革新的な製品を生み出すという意味と、市場にイノベーションを起こすという意味の2つがあります。自社の革新的な製品が市場にイノベーションを起こし、それが他社にとって破壊的なものになったとしても、それは結果であり目的ではないでしょう。

お断り これは連載のために過去の記事を書き直したものです。

話し相手をするロボット「チャットボット」
すべてのサービスやアプリがボットになる(Wedge Infinity)
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サービスやアプリどころか、モノもチャットボットになっていくでしょう。
それがIoTの答えだと思います。よろしければ、こちらもお読みください。
ヒトとモノがつながるもう一つのIoT 

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モノづくりのデザイン思考 (連載 2)

私たちは、日々の生活の中でそれぞれの生活をデザインしています。周囲のだれかと同じようにデザインしたいのでしょうか、コンセプトや目標をもってデザインするのでしょうか、または何らかの制約の中でデザインしているのでしょうか。私たちはどのような価値観で自分の生活をデザインしているのでしょう。

モノをつくって世の中に提供するということは、人々のそういった取り組みの手助けとなるツールを提供するということです。個々のデザインのコンセプトや目標を理解し、それに合ったモノを提供し、絶えず変化する人々の価値観をひたすら追い続けることがモノづくりです。あるいは新しいモノが人々の為すデザインにそれまで気がつかなかったひらめきを与え、さらに人々の価値観や行動を大きく変化させたりもします。それはイノベーションと呼ばれています。

製品のコモディティ化や経済のグローバル化が急速に進み、 単一の製品や技術のみで差別化をはかり、そのアドバンテージを長期間にわたって維持してゆくことが難しくなったという状況が、とくに日本の製造業において困難な事態を引き起こしています。そして単に製品やサービスの機能ではなく、それらを使ったり利用したりすることによって得られる経験価値を提供すべきだということがずいぶん前から言われ続けてきました。

コモディティとは、品質などの属性が均一化して差異がなくなり、相場によって大量に取引されるようになった農産物や天然資源などの商品を指します。工業製品やサービスがコモディティ商品になることはありませんが、市場において競合との差別化が困難になり事業利益が下落する状況をコモディティ化と言います。

B.J.パインは1999年に発刊された「経験経済」の中で、経済価値はコモディディからプロダクト(製品)、サービス、そしてエクスペリエンス(経験)に進化すると言っています。これまでのすべての経済が提供するものは購入者から離れた外に存在するモノでしたが、経験は顧客の中に生まれます。モノやサービスだけを提供するのではなく、それを利用することによってそれぞれの顧客が感じることができる豊かな経験を提供する企業を、パインはステージャーと名付けました。経済価値がコモディディから、製品、サービス、経験へと進化するならば、製造業は自らをステージャーに変革して行かなければなりません。

経験価値に着目したマーチャンダイジングによって製品価値の向上に成功した数少ない製造業の1つがナイキです。ナイキは広告宣伝やディーラー向けの施策などの販売促進活動において、運動靴という単なるモノではなく、そのモノを使用することによって得られるアスリートの経験を商品として徹底的に訴求しました。しかし、製造業がマーチャンダイジングだけでコモディティ化に対抗することには限界があります。ナイキにしてもNike Airなどの差別化技術があって初めて、経験価値に着目したマーチャンダイジングが成功したと考えるべきでしょう。

2006年にナイキはNike+iPodを発売しました。ゴムと皮と布でできているランニングシューズが(iPod nanoとパソコンのiTunesを介してですが)インターネットにつながったのです。まさにモノのインターネット(IoT)でした。ランニングの時間や走行距離、消費カロリー、ペースなどがランニングシューズ(に仕込まれたセンサー)からiPod nanoに送られ、ランニング後にiPod nanoをパソコンに接続すると、iTunes経由でnikeplus.comというウェブ・サイトにランニングのデータが自動的にアップロードされます。nikeplus.comでは、そのデータを活用してランニングの履歴や設定した目標の達成度合いなどがビジュアルに表示されるだけでなく、ランニング仲間や世界中の見知らぬランナーたちと成果を競うなどしてモチベーションを高めることができます。

ランニングシューズというモノがインターネットにつながることによって、モノを提供するナイキという製造業が、iPod nanoというデバイスのアプリケーションやウェブ・サービスで、モノを使用する時の顧客の経験に積極的に関与することが可能なりました。かつては地味で孤独なスポーツであったランニング自体の経験価値までも向上させ、ランニングの人気を飛躍的に高めてシューズだけでなくランニング関連グッズの市場を拡大しました。ナイキの「第一級のスポーツ価値の追求」「最高のスポーツ芸術価値」「芸術としてのスポーツの蘇生」という経営理念は、まさにスポーツの経験のステージャーたろうとするものでしょう。

「コモディディから製品、サービス、経験に進化」という順序にも表れているように、経験を提供する企業(ステージャー)はサービスを提供する企業の発展形として論じられることが多いようです。経験を提供する企業の例の多くがディズニーランドやスターバックスなどのサービス業者であることからも、製造業が積極的に経験を提供することは難しかったことがわかります。

インターネットが出現するまで、一般消費者向けの製品をつくる製造業は造った製品を流通業に販売するだけで、その製品を購入した顧客との接点はほとんど持っていませんでした。接点といえばテレビなどのマスメディアを利用した広告という一方的なものばかりで、双方向性のあるものは顧客が困った時に電話をかけてくるコールセンターぐらいでした。これでは流通業やサービス業のように顧客の経験に関与することができず、経験経済の時代に製造業が生き残ることは困難です。

しかし、インターネットによって製造業が顧客との接点を持つことが容易になりました。人々は、インターネットにつながったスマートフォンを常に携帯し、ニュースや音楽や動画やゲームなどのコンテンツを消費し、そしてソーシャルネットを利用して、友人や家族や見知らぬ人と頻繁にコミュニケーションを行っています。

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お断り これは連載のために過去の記事を書き直したものです。

モノづくりのデザイン思考 (連載 1)

大企業(特に製造業)のイノベーションに関して、多くの人々は悲観的です。その理由については、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」をはじめとしてすでに多くの分析がなされています。例えば、成功し大きく成長した企業がさらなる成長のために最適化した組織は、病原菌が侵入したときの白血球のように、イノベーションを拒絶し死滅させてしまうといったものです。

日本の大手製造業の「イノベーション」や「新規事業」というタイトルがついた組織の人とお会いすることがあります。会社の期待を背負って創設された組織だと思うのですが、それらの方々は、既存の事業の企画や開発や販売に携わっていたという方が多いようです。経営陣は、そういった言葉のついた組織をつくるだけで変革が起きると期待しているように思えます。任されたほうも組織の名前以外に明確な方向性を示されていませんから、まずは何をしましょうかというところから始めるしかありません。コンサルティング会社と高い契約をして、現状分析やアイデア出しのブレーンストーミングなどの活動によって、提案書を作成したり、コンセプトのビデオを作ったりする取り組みを数回繰り返したところで、経営陣が飽きてしまって組織が自然に消滅していきます。あるいはフェーズ2などといった延命によって時間が浪費されてしまうこともあります。

特に自社の既存事業を破壊しようとするイノベーションの場合は、既存事業から強い拒絶反応が起こるのは当然でしょう。その拒絶反応を抑えて病原菌を育てることができるのは経営者だけです。経営者は「イノベーション」とかのタイトルがついた組織を作る前に、まず育てるべき病原菌を探す必要があります。

アップルはiPodによって、それまでソニーが独占してきた携帯型音楽プレーヤーの市場に参入しました。それはウォークマンというハードウェアだけでなく、音楽をCDという物理的なメディアで販売するというビジネスモデルをも破壊しました。音楽はインターネットで購入してパソコンやiPodにダウンロードするものになりました。

しかし、ひとつの時代を築いたiPodは「音楽」というアプリとしてその機能をiPhoneに吸収されてしまいました。売り上げが激減したiPodという製品はアップルの事業としては「その他」に分類され、単独での販売数の発表はされなくなりました。アップルはiPodという製品事業を自ら破壊し、iPhoneというさらに大きな事業を立ち上げることに成功しました。もしiPodの事業を守るために、iPhoneに「音楽」という標準アプリを入れなかったとしたらiPhoneの成功はなかったかもしれません。

イノベーションはスティーブ・ジョブズのような特別な才能を持った人間だけが操ることができる黒魔術なのでしょうか。

アイディアを次々と生み出す人々の多くは、組織をどのように動かせばアイディアをかたちにできるかを知らない。とりわけ前例のない画期的なアイディアを実行する方法を知らず、多くの場合、アイディアは放っておいてもイノベーションに繋がるという理解しがたい考え方に染まっているようだ。このような偏見では、着想とイノベーションは同義語になる。この種の考え方にとりわけ強く毒されているのが、ブレーンストーミングの信奉者で、自分たちの流儀こそが企業を救うと信じて疑わない。

セオドア・レビットの「T.レビット マーケティング論 」の「アイデアマンの大罪」という章にこう書かれています。イノベーションに挑戦する企業が、画期的なアイデアを見つけ出して、それを実現するためのプロセスや方法論はないのでしょうか。

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