デザイン思考で行こう!

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2016年06月

モノづくりのデザイン思考 (連載 7)

製造業の成長戦略については、経済学者のH・イゴール・アンゾフが1957年にハーバード・ビジネス・レビュー誌に寄稿した論文の中で示した成長マトリックスで俯瞰することができます。
アンゾフ
(アンゾフの成長マトリックス)

このうち「市場浸透」「市場開拓」「製品開発」の3つは拡大化戦略と呼ばれています。「市場浸透」は現在の市場で販売促進活動を行い、そして「市場開拓」は海外展開などによって新たな顧客を開拓し、いずれも主に販売部門の取り組みによって既存の製品の販売を伸ばすための戦略です。「製品開発」は製品のモデルチェンジやバリエーションの拡大などによって、既存の製品の買い替えや新規購入を促進しようとする戦略で、こちらは主に開発部門の取り組みになります。これらの3つが企業の部門レベルの戦略であるのに対し、アンゾフは、残る「多角化」を企業が全社的な戦略として取り組むべきものと位置付けています。

1984年に日経ビジネスから発刊された「会社の寿命」では、企業の寿命、1つの企業が繁栄を謳歌できる期間はわずか30年とされています。もちろん30年以上続いている会社はたくさんあるので、それは1つの事業の寿命を意味していると考えるべきでしょう。「盛者必衰の理」という副題の通り、運良く大きく成長した事業も、やがて成熟期を経て衰退していくことは避けられません。会社を存続させるには、多角化によって次の事業を継続的に育てていかなければなりません。
成長カーブ
(事業の成長カーブ)

製造業の多角化戦略は、技術とドメインという軸で表すことができます。アンゾフの成長マトリックスにおける「市場」は主に地理的な市場を指していますが、こちらでは製品や事業の領域を意味する「ドメイン」という言葉を使います。
多角化
(多角化戦略)

アンゾフは「多角化」を、さらに「水平型」「垂直型」「集中型」「集成型」の4つに分類しています。,魯▲鵐哨佞水平型の多角化と呼んでいるものに近いもので、すでに獲得している経営資源やバリューネットワークの多くを活用して、革新的な技術の開発や導入によって製品のイノベーションに取り組みます。写真というドメインにおいてカメラメーカーが新しいデジタル技術を導入し、フィルムカメラからデジタルカメラへの製品のイノベーションに成功した事例があてはまります。

△麓社の既存の製品や保有技術を応用した新しい製品によって、別のドメインに参入するという集中型の多角化です。富士フィルムは写真市場で培った化学などの技術を駆使して液晶フィルムや医薬のドメインにシフトし、アップルは自社のコンピュータ、OS、アプリケーションソフトウェアという製品・技術に関連したiPodという製品によって音楽という新しいドメインに参入しました。

M&Aや企業合併などによって、自社にない新しい技術を獲得して新しい事業ドメインへ参入する、いわゆるコングロマリット(複合企業)化戦略には賛否両論があるようです。現業との関連性が薄くシナジーが期待できない事業ドメインへの多角化は、経営資源の分散による経営コストの上昇や企業イメージの希薄化を招くというデメリットがあるとされています。しかしすべての戦略にいえることですが、コングロマリット化戦略自体が良いか悪いかではなく、その戦略の進め方やその企業の体質、そして置かれた状況との相性などで成否が分かれます。

ジャック・ウェルチの行ったGEのコングロマリット化戦略は、それが長期に渡って成長する事業を発掘し利益体質を持続したという点で稀に見る成功事例だと言われています。そのM&Aは企業規模の拡大を目指すというものではなく、同時に絶え間ない「選択と集中」を行うことにその狙いがありました。

ジャック・ウェルチが会長に就任した1981年には、GEは250億ドルの売り上げと15億ドルの利益を出し40万人もの社員を抱えていました。会長に就任するなり、その市場においてNo.1かNo.2になれない事業は売却・閉鎖によって切り離すという方針を打ち出し実行しました。エアコン事業、炭坑事業、小型家電事業などを次々と売却し、85年までに社員数も30万人までに削減しました。その年のRCAの買収をきっかけに、ダイナミックに大型の企業買収と売却を繰り返すことによって成し得たGEの伝説的な成長は、ジャック・ウェルチの自叙伝『我が経営』に詳しく書かれています。

普通の経営者なら、少しでも利益を出している事業から利益を絞り出そうとするでしょう。しかしジャック・ウェルチは、競合他社に主導権を握られたり賞味期限の過ぎた事業は未練なく売却しました。そしてその売却益は収益に計上するのではなく、競争力があり将来的にも成長が見込める事業の強化やM&Aに投下して事業の新陳代謝を行う。これは会社全体が落ち目になってからではできないでしょう。赤字幅を少しでも縮小するために売却益を収益に計上して、株主の批判と決算を乗り越えなければならないからです。日本の製造業による事業の縮小や売却の多くは、この残念なケースになってしまっています。
図3
(事業成長の2つのフェーズ)

新たに誕生した事業を大きく成長させるためには、オペレーショナル・エクセレンスが求められます。オペレーショナル・エクセレンスとは、研究開発、企画、生産、サプライチェーンなどの企業を構成するあらゆる業務の高度(エクセレント)な遂行能力を言います。オペレーショナル・エクセレンスは高効率、高生産性を追求し、現場においても徹底的に無駄とリスクの排除を行います。GEのM&Aによる多角化にはイノベーションのフェーズは存在しないので、オペレーショナル・エクセレンスに集中することができます。
図4
(M&Aによる事業の新陳代謝)

オペレーショナル・エクセレンスとイノベーションは共存が非常に困難です。オペレーショナル・エクセレンスは、新しい事業を創造するための試行錯誤を伴うイノベーションの取り組みを無駄とリスクとして排除しようとするからです。ひとつの事業を大きく成長させることに成功した企業が、このジレンマを克服して次の成長を目指してイノベーションに取り組むのか、GEのようなコングロマリット化戦略を採るのかは、二者択一の経営戦略のように思えます。

ジャック・ウェルチは、ニュートロン(中性子爆弾)ジャックというあまり聞こえの良くないあだ名をつけられていたと言われています。それは中性子爆弾が落ちた後は建物は残るが人は残らないという皮肉からきています。GEという企業は残るが見切りをつけられた事業とそれに携わる人は残らないからです。

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お断り これは連載のために過去の記事を書き直したものです。

日本企業のイノベーションは、企業と従業員の長期的な信頼関係の中で生まれてきた。イノベーションが「魔の川」を渡り「死の谷」を越えて「ダーウィンの海」に乗り出すには、企業にも従業員にも不確実性に挑戦しようという動機付けが欠かせない。

Wedge Infinityに寄稿しました
「魔の川」を渡り「死の谷」を越えて「ダーウィンの海」に乗り出すには?
 
「魔の川」は基礎研究・試作検討のフェーズから製品開発フェーズに進むところに横たわり「死の谷」はそれを製品化・事業化しようとするときに待ち受けている。

イノベーティブな製品を生み出すときに、もっとも辛く面白いのが「ダーウィンの海」で顧客の理解という荒波に揉まれることだ。「魔の川」も「死の谷」も「ダーウィンの海」に比べれば屁でもない。そこで荒波を乗り越えて、自分が信じて進めてきたことを証明しなければならないからだ。

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前回も紹介したが、日経ビジネスオンラインの「オレの愛したソニー」という特集の3回目に、初代ウォークマンの開発者として有名な大曽根幸三さんが登場している。
 何でも新しいものは、最初はマイノリティーの人たちが考え出すんだよ。誰もが思いつくものではないからね。

 最初は少数人にしか理解されないくらい斬新でとがっているアイデアだから、当たり前だよね。1人か2人くらいの変わり者が、新しいものを生み出すんだよ。だからこそ異才とか、変人と呼ばれる人たちが重要なんだよね。

 昔のソニーがすごかったのは、そういうごく少数派の奇人変人が、思いついたアイデアをもとに密かに試作した機器を見て、そのすごさをすぐに理解できる経営トップがいたということだ。だから仮に直属の上司が反対したとしても、話の分かる人がその上にいれば、チームでサポートしてもらえるようになって、世に製品を出すことができた。

大曽根さんは、以前紹介した「大曽根部隊開発18箇条」で「不幸にして、意気地のない上司についたときは、新しいアイデアは 上司に黙って、まず、ものをつくれ」ともおっしゃっている。

大曽根さんの最終回は「立ち上がれ!ソニーの中の“不良社員”」というタイトルだったが、そのような異才とか変人と呼ばれる人たちは「管理屋」によって導入された成果主義によって死滅しかかっているのではないだろうか。

Wedge Infinityに寄稿しました
イノベーションではなく不正を生むようになった成果主義
 
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モノづくりのデザイン思考 (連載 6)

顧客中心のデザインプロセスあるいはイノベーションプロセスとして「デザイン思考」というアプローチがあります。これは米国の有名なデザイン会社であるIDEOや、スタンフォード大学のデザインスクール(d.school)などにおいて提唱されたもので、その考え方や方法論が広く学ばれ実践されています。

D.A.ノーマンは、エンジニアとビジネスパーソンに対するデザイナーという軸で、デザイン思考を次のように説明しています。
まずデザイナーは、 取り組むべき基本的で本質的な問題が何であるかを特定することに時間を費やす。そのほんとうの問題を特定するまで、その解決策を探すようなことはしない。さらに問題を特定した後でも、すぐにその問題を解決しようとするのではなく、立ち止まって広い視野で可能な解決策を広い視野で考える。そしてようやく自らの提案に集中する。このプロセスをデザイン思考と呼ぶ。
例えば、ビジネスパーソンが「CDウォークマンが大きすぎるから小さくしてくれ」とか「CDがかさばるから携行しやすくしてくれ」などと言う。それを受けたデザイナーは、それにまともに対応するのではなく、顧客が「大きすぎる」とか「かさばる」といった不満を言うのはなぜだろうと、その裏にある取り組むべき基本的で本質的な問題は何かを考えることから始めるということです。

設計工学において(主に機械工学で)用いられているプロセス論に図に示すようなものがあります。
Axiomatic
出所:公理的設計 , Nam Pyo Suh

顧客領域で明確に定義した顧客ニーズを、機能領域において要求仕様に落とし、それを実体領域で設計してプロセス領域で生産する。機能領域の要求仕様は顧客領域の顧客ニーズの写像であるべきですが、エンジニアは機能領域から関わることが多く、すでに他者によって要求仕様が指定されていたり、あるいは利用可能な技術の視点からエンジニアによって、顧客領域であるはずの顧客ニーズが設定されてしまったりもします。N.P.スーの著書「公理的設計 - 複雑なシステムの単純化設計」の中でも顧客領域についてはほとんど触れられていません。

この顧客領域から顧客中心で取り組もうというのがデザイン思考です。そしてその考え方はデザイナーの世界から提案され、大学やデザイン学校の先進的なカリキュラムとなっていますが、まだ設計工学(デザイン・エンジニアリング)の世界には浸透していないようです。そのため、デザイン思考はデザイナーによって語られ用いられ、 デザイナーが顧客領域に関与できるサービス業やウェブ・サービスなどの分野で成果物を生むにとどまっています。
製品のイノベーションには2つの形がある。その1つは自然な、ゆっくりとした進化のプロセスによって起こるものであり、もう1つはラディカル(不連続)な新しい発明によって可能になるものだ。一般に、人々はイノベーションをラディカルで大きな変化と考えがちであるが、もっとも一般的でパワフルなイノベーションは実際には小さくインクリメンタルなものだ。 
 
インクリメンタルなイノベーションは既存の製品をもとにそれらをよりよくするという取り組みである。それに対しラディカルなイノベーションは何もないところからスタートし、何かを可能にする新しい技術によってドライブされることが多い。 
ノーマンはさらに「顧客中心のデザイン手法はインクリメンタルなイノベーションに適しているが、ラディカルなイノベーションを導くことはできない」と述べています。しかし、技術だけからの発想では「釘を探すハンマー」と揶揄されるようなニーズのない、あるいはニーズを顕在化することができない製品やサービスをつくってしまうことにもなりかねなません。

製品が革新的であるか否かと、それを可能にした技術がラディカルなものかインクリメンタルなものかとは関係がありません。それは、1979年に発売された初代ウォークマンを開発するきっかけになったエピソードからもわかります。
そもそもは井深(大、ソニー創業者)さんが海外出張に行く際に、飛行機の中で自由に音楽を聞きたいということで、「何かおもしろいものはないか?」と、当時テープレコーダーを作っていた私の部署に、ふらりと来たことがきっかけだったんだ。

私たちは現場で、既にソニーが発売していたモノラルタイプの小型テープレコーダーを、ステレオタイプに改造して遊んでいたんだよ。手のひらに乗るほど小さな機器だったんだけれど、ヘッドフォンにつなぐといい音が出せたんだよね。

それを井深さんに頼まれて、飛行機に持ち込めるような形にした試作品を作ったんだ。小さくしたままステレオ化するために、スピーカーと録音機能を外して、再生専用機にした。これが初代ウォークマンの試作機だよ。

井深さんから相談を受けた大曽根さんは(飛行機の中だけでなく)歩きながら音楽を聴くという、それまでになかった新しい経験を人々に提供する革新的な製品を創り出しました。

IDEOの共同創業者のティム・ブラウンは、デザイン思考を「採り得る事業戦略によって顧客価値と市場機会に転換することができ、かつ技術的に実現可能な製品やサービスを、デザイナーの感性と手法を用いて人々のニーズに調和させる専門分野である」と定義しています。すなわちデザイン思考とは、何らかのシーズと人々のニーズとを調和させてプロダクトをつくるための方法論であり、そのシーズは「技術的に実現可能なもの」「顧客価値と市場機会に転換できるもの」ということです。前者はプロダクトのアイデア、後者は技術やデータやコンテンツなどの企業の保有資産と考えるとわかりやすいと思います。この顧客中心のデザイン思考の考え方は、革新的な製品を生み出そうとするときにもきっと役に立ちます。

技術も必ずしも自前のものである必要はないでしょう。逆に自前の技術にこだわると、それが足かせになって画期的なアイデアの実現を妨害してしまうこともあります。デジタルとインターネットの現代においては、複数の技術を組み合わせて応用することが求められます。事実、iPhoneには日本の多くの革新的な技術が使われています。

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お断り これは連載のために過去の記事を書き直したものです。

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