カメラはピーク時から80%減少しましたが、まだ落ち込むでしょう。キヤノンはカメラ業界でトップですが、トップのまま市場とともに沈み続けています。(中略)コンシューマやハイアマチュア向け市場の部分がどれほど残るかは、見えない。確実に残るプロ市場以外は、10年後などの将来には素人向けのカメラ市場は消滅し全部スマートフォンに置き換わる可能性も高いと思っています。
これは、週刊ダイヤモンド新年合併特大号に掲載されたキヤノンの御手洗会長兼CEOの言葉です。フィルム時代からカメラの盟主であったキヤノンが、プロ市場以外のカメラ市場がスマートフォンによって消滅するという見通しを示したことに驚きました。

デジタルカメラは、カシオやパナソニックの新規参入組の電機メーカーが先行しました。それまでパソコンへの画像入力デバイスとしてデジタルカメラの開発に取り組んでいたキヤノンは、フィルムカメラ事業のリソースをデジタルカメラに集中し、2000年に発売したIXYデジタルを大ヒットさせてイノベーションに成功しました。しかし、そのキヤノンはスマートフォンの時代に「革新的な技術を導入して製品を再定義する」ことを諦めてしまったのでしょうか。

デジタル時代になって、特にコンシューマエレクトロニクス産業で、ひとつの事業ドメインにおいてインクリメンタルな技術の進歩による製品開発を繰り返すだけでは、長期的な事業の成長を維持していくことが困難になりました。企業は、ヽ弯慧な技術を導入して製品を再定義するか、⊆社の保有技術を応用した新しい製品によって新しい事業ドメインに進出するか、のいずれかの事業戦略によってイノベーションへの挑戦を続けなければなりません。

イノベーションによって誕生したデジタルカメラも、インクリメンタルな技術進歩で高性能化と高機能化を続けてきました。この期間は、社員は可能な限りベストを尽くし物事を「実践」します。既に習得したことに集中し、失敗を最小限にしようとします。しかし、「実践」だけを続けていると、社員は既知の範囲から出て、リスクのある新しいことに挑戦しようとはしなくなります。これは、日本のコンシューマエレクトロニクス産業全体に言えることではないでしょうか。チコちゃんに叱られます。

もっと深刻なことは、もしイノベーションに取り組もうとする社員がいても、「実践」だけでは、イノベーションに必要な「学習」をすることができないということです。「実践」の目的は成功であり、「学習」はリスクを恐れずに「失敗から学ぶ」ことですから両立することはできません。仕事でもスポーツでも、新しい目標に挑戦するには、そのための専門的なトレーニングが必要です。イノベーションにも、そのためのスキルを磨くための「学習」が必要です。

いくつかのメーカーでは、「社員のアイデアを素早く商品化して小ロット生産で市場に出し、顧客の声を聞きながら完成度を増す」という、エリック・リースの『リーンスタートアップ』の考え方を採り入れた取り組みが行われています。しかし、リーンスタートアップの本質は、早く失敗すること、製品がダメなものであることを資金を使い果たす前に知り、その失敗から学ぶことであり、成功するための方法論ではありません。

失敗から学ぶためには、失敗することを恐れずに享受するという気持ちがなければなりません。それは成長思考(グロースマインドセット)と呼ばれます。しかし、「社員のアイデアを素早く商品化して小ロット生産で市場に出した」あと、商品が売れなければ、社員は常にストレスを感じることになります。気づかぬうちに学ぶことは、失敗できないということです。失敗を受け入れて検証せずに失敗を拒絶したり、学びのきっかけとなる探究的な思考を促さず視野の狭い答を求めたりするのであれば、到底、失敗から学ぶことはできません。

「学習」では、各自が能力を個々のスキルに分解し、特定のスキルの上達を目指す必要があります。多くの時間と努力が必要ですから、自分にとって大切な目標がなければなりません。そして、どのように上達するのか、そのために何をするのかというアイデアが必要です。「学習」でスキルの構築を行い、そのスキルを「実践」で活用します。「学習」の過程を具体化することで、「実践」の自信に繋がります。「実践」では、次の「学習」で何に焦点を当てるのかを特定するための情報を蓄積します。

「社員のアイデアを素早く商品化して小ロット生産で市場に出し、顧客の声を聞きながら完成度を増す」という取り組みが「学習」の場として社内で共有され、社員が意図的に「実践」と「学習」を行き来するようになり、それによって成長思考が醸成されて、日本のコンシューマエレクトロニクス産業から次々とイノベーションが生まれるようになることを期待したいと思います。