デザイン思考で行こう!

Life will find a way, we'll find a way technology lives.

2019年02月

私が取り組んでいるモビリティサービスの説明をします。

「まち」はモビリティと共に成長してきました。道ができ、水路が開かれ、港がつくられると人々が集まり、「まち」が形成されました。鉄道が敷かれ、自動車道路が伸延されて、まるで血管を流れる血液のように人々の移動が活発になり、「まち」は発展してきました。

しかし、自動車交通への依存度が増した現代の日本の都市や地方地域は、交通渋滞、交通事故の増加、駐車場不足などの交通問題と、それに起因する大気汚染や温室効果ガス排出といった環境問題を抱えています。マイカー移動を前提とした「まち」が形成された地域では、公共交通が衰退し、多くの交通弱者が生まれています。東京などの大都市でもバスの運転手が不足し、赤字でない路線でもダイヤの削減を余儀なくされています。また、高齢のドライバーによる自動車事故も増加を続けています。

これらの問題を解決するために、まず行政の主導で、大量輸送が可能な公共交通の再整備に取り組むべきではないでしょうか。BRT(バス高速輸送システム)のほか、既存の鉄軌道を活用したガイドウェイシステムやLRT(次世代型路面電車システム)などの、コンピューター制御によって自動化、省力化が可能な次世代の軌道系交通システムなどが、再整備の選択肢になると思います。

そして、公共交通の利用促進には、それを補完するマイクロモビリティすなわち短距離の移動手段が必要です。マイクロモビリティは毛細血管のように、人々の移動を「まち」の隅々まで浸透させて「まち」を元気にします。

PerceptInは、Baiduの自動運転部門出身のShaoshan Liuが、2016年にシリコンバレーで創業しました。現在、独自のセンサー融合技術によって、ロボットや無人作業車などの自律走行を可能にするコンピュータビジョン製品を提供しています。これは、LiDARに比べ、非常に安価で消費電力も低いという長所と、現時点では高速走行には対応できないという短所があります。

私は、一年ほど前にPerceptInに出会いました。そして、日本各地で行われている、最高時速が20kmの低速の車両(LSV)などを使った輸送サービスの実証実験を調査し、この特徴を最大限に生かしたマイクロモビリティをデザインしました。

それは、自律走行可能な電動のLSV(LSEV)による、マイクロ・ロボットタクシーサービスです。用途は「地域住民の生活の足」「観光スポット巡り」「テーマパーク内の移動アトラクション」で、1人から8人ぐらいのグループの、2km(時速12kmで10分)程度の短距離の移動です。LSEVは環境に優しく、歩行者や自転車との共存が可能です。

現在、プロトタイプのLSEVを使って、中国の深センでレベル4の自律走行試験を続けています。
 


PerceptInの自律走行の技術については「DragonFlyによる自律走行車の構築」をご覧ください

お問い合わせは、contact に @ と ibornb.red をつけたアドレスまでメールでお寄せください。 

企業や一般の人が生み出したり消費したりするコンテンツ、文字や写真などによる情報のほとんどがデジタルになった現代、それらがプリントされた紙の必要性は失われてしまったのでしょうか。少なくとも、これまでのプリントの役割の多くは、スマートフォンの画面で代替できるようになりました。

当然のことですが、文字や写真などによる情報というコンテンツに価値がなくなった訳ではありません。それらを記録し伝達し保管するメディアが変化し、それによって、コンテンツの新しい流れが生まれ、紙というメディアの役割が激減しました。しかし、流れるコンテンツの量は桁違いに増加しています。

多くの人がプリントの役割は終わったと考えている現在は、プリントの新しい価値や、潜在する役割を発掘するチャンスでもあります。それは「やっぱり紙はいいね」ではなく、デジタルコンテンツの新しい流れをつくり、そこに必然性のあるプリントの役割、あるいは、プリントがあることによって可能になる体験を創造することだと思います。

コンテンツの新しい流れとは価値の流れであり、価値の流れをつくれば、そこにお金の流れも生み出すことができます。それはビジネスモデルです。流れの中にプリントがあることによって可能になる新しいビジネスモデル。プリントがマストハブ...必ずしもプリントそのものに課金はしない...いろいろありそうです。新しいビジネスを考えている企業の方々とお話しながら、そんなことを考えました。
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「平成の30年間、日本は敗北の時代だった」。経済同友会代表幹事の小林喜光氏が、1月30日の朝日新聞朝刊のインタビューで、アベノミクスはそれ自体が成長の戦略だったわけではなく、なにか独創的な技術や産業を生み出すための時間稼ぎに過ぎなかったと話していました。そして、皆で楽しく生きていきましょうという空気で取り巻かれた日本の国民や政治家は敗北を自覚せずに、顕著な結果を生み出すことができないまま新陳代謝を怠った時代だったと平成を総括しました。

日本の国民や政治家は敗北を自覚していなかったのでしょうか。もし自覚したとして、そこから何かが生まれたのでしょうか。

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