新しい製品やビジネスモデルの変革によって世界を変えるのは技術者だけではない。僕もそう考えている。ノーマンのエッセイ"Technology First, Needs Last"に遭遇した時に、なんとなくひっかかったのは、"The inventors will invent, for that is what inventors do" (発明者は発明をするから発明者なのだ)というところ。確かに新しい製品を「発明する」という言い方は間違っていないと思うし、ジョブズの有名な "Apple is going to reinvent the phone"という言葉もある。ただ、技術者でなければ発明はできず画期的な新しい製品も生み出すことはできないと言っているのだ。まあ短いエッセーのなかでの彼独特の表現だとは思うが。この秋に有名な著書『誰のためのデザイン?』の全面改訂版"The Design of Everyday Things: Revised and Expanded Edition"が出版されるようなので、その中でいろいろ物議をかもした"Activity-Centered Design"などと共に詳しく解説されるかもしれない。

その「誰のためのデザイン?」の改訂版には次のような記述がある。

There are two major forms of product innovation: one follows a natural, slow evolutionary process; the other is achieved through radical new development. In general, people tend to think of innovation as being radical, major changes, whereas the most common and powerful form of it is actually small and incremental.

製品のイノベーションには2つの形がある。その1つは自然なゆっくりとした進化のプロセスによって起こるものであり、もう1つはラディカルな新しい発明によって可能になるものだ。一般に、人々はイノベーションをラディカルで大きな変化と考えがちであるが、もっとも一般的でパワフルなイノベーションは実際には小さくインクリメンタルなものだ。
Incremental innovation starts with existing products and makes them better. Radical innovation starts fresh, often driven by new technologies that make possible new capabilities. 

インクリメンタルイノベーションは既存の製品をもとにそれらをよりよくするという取り組みである。それに対しラディカルイノベーションは何もないところからスタートし、何かを可能にする新しい技術によってドライブされることが多い。
The techniques of human-centered design are appropriate to incremental innovation: they cannot lead to radical innovation.

HCDのデザイン手法はインクリメンタルなイノベーションに適している。ラディカルなイノベーションを導くことはできない。

ノーマンが使っているラジカルイノベーションとインクリメンタルイノベーションという表現は、前回の記事で紹介したクリステンセンの定義とはちょっと異なっている。ラディカルな(製品の)イノベーションは、それまでに存在しなかったものが新しい技術の発明によって生み出されるという意味で使われている。ノーマンは「技術者でなければ発明はできず画期的な新しい製品も生み出すことはできない」と言っているのではなかった。新しい発明によってそれまでなかった画期的な新しい製品を生み出すことは技術者の役割だということだった。
デザイン思考やHCDのアプローチでのインクリメンタルなイノベーションによっても、画期的な新しい製品やサービスを生み出すことは可能であり、さらにそれはパワフルすなわち世の中を変えることができるものだ。そして技術者でなくともイノベーションを起こすことができると、ノーマンは言っているのだと思う。

前回「カメラのほんとうのイノベーションはこれからだ!」で、カメラメーカーは写真産業においてカメラメーカーが提供するバリュー自体を再定義してバリューネットワークを再構築すべきだと書いた。要はカメラを再発明するということ。iPodもiPhoneもインクリメンタルなイノベーションによる再発明で世界を変えてしまった。ノーマンの次の言葉が大きなヒントになる。

Apple's success was due to its combination of two factors: brilliant design plus support for the entire activity of music enjoyment.

アップルの成功は、素晴らしいデザインと、音楽というエンターテイメントのすべてのアクティビティをサポートしたという2つの要素によるものだ。

デザイン思考もHCDのアプローチもイノベーションの手段にすぎない。ノーマンは、それに取り組む人間の意識の重要性を訴えているように思う。デザイン思考の元祖IDEOのケリー兄弟が書いた本もそういう意識を呼び起こしてくれる。技術者やビジネスマンは読んでおいて損はない。



Radical innovation is what many people seek, for it is big, spectacular form of change.

ラディカルなイノベーションは、その規模の大きさとスペクタクルな構造の変革を起こすが故に多くの人々が捜し求めているものだ。

ノーマンの言う「ラディカルなイノベーションを探し求めている人々」というのは、イノベーションを起こしたいと思っている人々を指している。"The inventors will invent, for that is what inventors do."(発明者は発明をするから発明者なのだ)という言葉にならって次のように言いたい。

イノベーターはイノベーションを起こすからイノベーターなのだ。

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