この記事は、2014年5月4日の「リーン・イノベーション」の続きとなる。ずいぶん時間が空いてしまったが、その間に断片的に続きを書いてきた。それらの引用からはじめるが、前回同様に非常に長くなる。
  1. モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する 
 この「モノのデジタルリマスタリング」によって新しい経験価値をデザインしたら、そのゴールのためのステップを考える。
まず1st Stepとして現行の製品とアプリの組み合わせによる価値提案を行ってみる。もちろんそれだけで、いままでになかった新しい価値を実現することはできない。いわば仮説を検証するためのMVPという位置づけだ。モノのデジタルリマスタリングによって創造しようとする新しい経験価値は、「モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる新しいユーザー体験」であり、それを実現する仕組みとして「ハード」と「ソフト」と「サービス」の役割分担を決めてとりあえずのゴールを描いたものがリーン・イノベーションのプロセスの3rd Stepになる。ここではもっと明確に「新しい製品(モノ)」とWebサービスとアプリとしている。すでにアプリはモバイルファーストで考えるべき時代になっているだろう。「現行の製品とアプリの組み合わせ」は1つの実施例にすぎない。End to Endで新しい経験価値を提供するというGoalに向かって、どのようなステップを踏んでいくかという戦略立案もコンセプトデザインの一環に含めるべきだ。 
「リーン・イノベーション」ではiPodを例にとって説明したが、その場合の Webサービスは、iTunes Music Storeであり、2nd StepはiPod(新しい製品)とiTunes(アプリ)であった。iTunes Music Store(Webサービス)は3rd Stepで登場しEnd to Endのデザインが完成した。
Appleが2nd StepでiPodを発売した意味は2つあると思う。
まず、iTunesというMacのアプリケーションによって、コンピュータ上で音楽を管理するという新しい考え方を市場に提案しその理解を得て、次にそのiTunesと一体化したiPodによって携帯ミュージックプレイヤー市場に参入するというシナリオは自然だ。
そして、それまで音楽のインターネットでの販売と配信に抵抗していたコンテンツホルダーも、iPodによってユーザーを味方に付けたAppleについていくしかなくなるという流れをつくり、End to Endのもう一方にあるiTunes Music Storeの構築に成功した。
 iPodのモデルの場合、「新しい製品」よりも「Webサービス」のほうが製品化の難易度やリスクが大きかった。

では、過去の成功モデルを分析した後付けの理屈ではなく、1st Stepや2nd Stepで「仮説を検証するためのプロダクト」として何をつくり、どのように検証するかについて、次の課題を例にして具体的に考えてみる。
いま、あなたの顧客はiTunesからダウンロードした音楽をiPhoneのアプリで聴いていたり、Walkmanにストリーミングされる音楽を楽しんでいるかもしれない。あるいは、 大きな手間とお金を払ってハイレゾの音楽にアーリーアダプトしているかもしれない。
彼らが諦めていることが理解できるだろうか。 (前回記事より)
WalkmanやiPodを再発明してみようということだ。

いま、音楽を聴こうとするとき、まずWalkmanやiPodやiPhone(アプリ)などのデバイスで曲やプレイリストなどを選ぶ必要がある。そしてBluetoothという選択もあるが、多くの場合はヘッドホンやイヤホンを、そういったデバイスとケーブルで繋げなければならない。プレイリストなどを作成してカスタマイズすると、そこに新しい曲を追加したり、あとで編集し直したくなったときのメンテナンスが面倒になる。
「彼らが諦めていること」あるいは自分が諦めていることはいろいろ考えることができる。
すでに、AppleがBeats(Beats ElectronicsとBeats Music)を買収したという発表があったときに書いた「僕がTim Cookだったら...」で次のようなアイデアを提案した。残念ながらAppleやソニーから声がかかることはなかったが(笑)。
ヘッドホンやイヤホンに音楽が直接ストリーミングされたらどうだろうか。
すでに世界中の携帯キャリアに大きな影響力を持っているAppleであれば、ストリーミング受信のためにヘッドホンやイヤホンをインターネットに4Gや5Gで常時接続させる新たなビジネスモデルをつくることはさほど難しいことではない。世の中がモノのインターネット(IoT)とは何かなどと騒いでいるうちにさらっとやってしまう。もちろんAmazonのKindle Paperwhite 3Gのようにユーザーに通信料金を意識させないようにするだろう。

ヘッドホンやイヤホンが別に必要になる携帯ミュージックプレイヤーではなく、ランニングやいろいろなシーンに合わせた新しい音楽視聴デバイスをいくつも考えることができる。それによって汎用のデバイスであるiPhoneでは叶わない新しいユーザー体験を描くことができる。
聴きたい音楽のジャンルの指定やプレイリスト作成のためのコンテキストの入力などを行う手段としてモバイルのアプリが必要かもしれないが、その程度であればPCやモバイルからアクセスできるWebページやWebアプリでも十分だろう。あるいは音声のインタフェースで音楽をシャッフルしたり、ロケーション情報などによって自動選曲することなども簡単なことだ。提供価値が明確なアイデアが無限に広がる。ヘッドホンやイヤホンは元々ウェアラブルだからあらためてウェアラブルナントカなどとダサいカテゴリーをつくる必要もない。Appleはクールな名前をつけ、それが新しいデバイスのカテゴリーを指すものとなるだろう。
このモデルのプロダクトは、新しいヘッドホン(ハード)とストリーミングサービスだ。
goal
ヘッドホンが赤いのは「新しいヘッドホン」を表しているだけでBeatsのヘッドホンを意識しているわけではない(笑)。ヘッドホンを着けるだけで聴きたい曲や「この曲いいな」と思う曲が流れてくる。他に余計なデバイスや面倒な作業はいらない。そんな新しい体験を提供するためにいくつかの課題を解決しなければならないが、なかでも次の2つは重要なものだろう。
  • ヘッドホンの画期的なユーザーインターフェース
  • ユーザーが聴きたいであろう曲を配信する
「iPodに1000曲が入る」ことを顧客価値にするためには、クリックホイールという画期的なユーザーインターフェースの提供が必須だった。聴いている音楽を変更するための「画期的なユーザーインターフェース」を、新しいヘッドホンに実装しなければならない。そして、そのユーザーの変更の操作や視聴の履歴などを学習し、好みの曲の傾向、そして曲を変更した時の状況を分析して、ヘッドホンに「ユーザーが聴きたいであろう曲を配信する」アルゴリズムを考える。
 
このビジネスモデルの最大の収益源はハードウェアの販売だ。そのハードウェアは最初はヘッドホンのようなものかもしれないが、「ランニングやいろいろなシーンに合わせた新しい音楽視聴デバイス」を考案して、複数のデバイスの購入(買い増し)を提案してゆく。家や車内での視聴もターゲットだ。もちろん、音楽のストリーミング配信のサブスクリプション、すなわち聴き放題の視聴料金も収益となるが、そちらのほうはあまり多くを期待できない。
 
このEnd to Endのサービスを提供できる企業として、まず考えられるのはAppleとソニーだろう。サブスクリプション型の音楽ストリーミングサービスで世界最大のSpotifyがハードウェアビジネスに参入するというシナリオも考えられる。Spotifyは2013年の売り上げが10億ドルを超えているが、まだ黒字化ができていない。有料会員への課金以外に広告収入もあるものの、その割合は非常に小さい。ヘッドホンのメーカーを買収して、ハードウェアビジネスへ転換するのも面白いのではないかと思う。すでにアクティブユーザー数が5,000万人、有料会員数が1,250万人に達しているSpotifyは、少なくとも1st Stepは有利に展開することができる。
 
ゴールに向けての1st Stepを、まず「ユーザーが聴きたいであろう曲を配信する」サービスをスマートフォンのアプリとして提供することから始めてみよう。

step1
1st Step

ユーザーは最初、好きなアーティストあるいはあらかじめ提供されているジャンルやプレイリストなどを選択して聴き始める。そして、その時の気分で曲を変更する。すでにスマートフォンの音楽アプリで提供している機能だが、このアプリケーションはそれらの操作を収集しクラウドに送って分析する。そのユーザーは何故、そのような変更と選択をしたのか。その理由を知るための、A/Bテストのような仕掛けを仕込んだ新たなプレイリストをストリーミングサービスで提案してみる。きっと曲やアーティストの好みだけでなく、ユーザーのその時の気分や、場所、季節、時間などの状況なども大きく影響するだろう。それをどのように検知し分析に役立てて学習するか。協調フィルタリングを超える「ユーザーが聴きたいであろう曲を配信する」アルゴリズムができるのではないかと思う。

AppleがBeatsを買収したというニュースに接したとき、AppleはBeatsのDr.DreとJimmy lovineという音楽というドメインのエキスパートを獲得して、このような研究・開発しようとしているんじゃないかと考え(すぎ)た。
システムが学習を重ね、そのユーザーの状況に応じて配信される曲をユーザーが心地よく感じるようになる。その新しい体験が、そのユーザーの音楽生活になくてはならない"must haveな"ものになると、他の音楽配信サービスに乗り換えることが難しくなる、すなわちスイッチングコストが高くなる。サブスクリプション型のビジネスモデルにおいて、それは重要なポイントだ。

1st Stepでは、ユーザーはスマートフォンのアプリケーションで曲の選択や変更の操作をする。この操作は、ゴールではヘッドホンのユーザーインタフェースで行わなければならないことを前提にしてシンプルにする必要があるが、同時にこの操作の情報を分析することによって「ユーザーが聴きたいであろう曲を配信する」アルゴリズムの精度を高めていくということを考慮しなければならない。曲のスキップやアーティストやジャンルの変更、プレイリストの選択などのほかに、「これは好き」とか「また聴きたい」というようなものまで必要かもしれない。

2nd Stepでは、 1st Stepでスマートフォンのアプリケーションに実装した曲の選択や変更の操作を「ヘッドホンの画期的なユーザーインターフェース」で実現する。この段階になるとヘッドホンとスマートフォンの両方のハードウェアをもっている Appleとソニーが断然有利になってくる。
step2
2nd Step

ヘッドホンの基本的な機能については従来の製品と同じでいいだろう。例えば、ヘッドホンのハウジング部分を指でタッチしたりジェスチャーしたりするインターフェースが考えられる。せっかく頭に装着しているのであるから、脳波によって操作するということにもチャレンジしてみるべきだ。

そういった操作をスマートフォンのアプリケーションに伝達するには、BluetoothのA2DP/AVRCPプロファイルで可能なのだろうか。ケーブルで接続する場合は、ケーブルやスマートフォン本体のハードウェアを変更する必要があるかもしれない。

この例の場合、2nd Stepが非常に重要になる。基本的なユーザー体験は2nd Stepで実現できている。

  • ヘッドホンの画期的なユーザーインターフェース
  • ユーザーが聴きたいであろう曲を配信する

  • この段階でユーザーの支持を得られなければ次に進めない。リーンというアプローチは、すべてを作り込んでから製品化するというこれまでの事前設計主義的なアプローチを変革しようとするものだ。それは必ずしも開発期間の短縮を目的とするものではない。ここでプロダクト・マーケット・フィッティングに十分な時間を費やす必要がある。

    2nd Stepのプロダクトでユーザーの支持を得られたならば、いよいよ「我々は Walkmanを再発明する」というメッセージとともに新しいヘッドホンを発表する。そのデザイン(外形)もあっと驚くようなものであってほしい。意地でも「iPodを再発明」とは言わないだろうが、仇討ちのように意気込まずにクールにやってほしい(笑)。
    step3
    3rd Step

    新しいヘッドホンは、4Gあるいは5Gのモバイル通信をサポートする。通信料金は音楽のストリーミング視聴のサブスクリプションに含めなければならない。「それだったらスマートフォンで聴いた方がいい」というような価格では意味がない。最初は一社のモバイルキャリアとMVNO契約をすることになるだろうが、ユーザーの支持をレバレッジにして戦略的な価格を引き出してほしい。

    そのころには人々は皆、スマートフォンを持っているだろうが、新しいヘッドホンで音楽を聴くときにはスマートフォンは必要ない(初期設定などの補助操作に必要になるかもしれないが)。皆が持っているんならスマートフォンで聴けばいいじゃないかと考えるかもしれない。その新しい体験が提供する価値を想像できなければイノベーションは始まらない。3rd Stepはゴールではなく、イノベーションのためのスタートだ。
    一度(か二度)成功した企業のイノベーションにおいて、他者に対するアドバンテージと考えていいものは体力(お金)だけだ。保有技術や生産システムそして販売チャネルは、イノベーションにとっては焦げ付き資産になるかもしれない。しかし、市場にイノベーションを起こすようなモノが市場に受け入れられるには三年はかかる。これはスタートアップにはとても耐えられない。他者に投資を請うことなく、ふんだんにイノベーションに投資することができる。株主を説得できるか、そしてその意思の上にも三年だ。(過去記事より)
    この「新しいヘッドホン」は、リーン・イノベーションのステップを説明するためのひとつの例にすぎないということを再度お断りしておく。もちろん、僕が欲しいもの"my itch"ではあるが。

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