日本からイノベーティブなプロダクトが生まれなくなってしまった原因が、シリコンバレーのスタートアップやその環境と比較して語られることがある。しかし、戦後の米国の資本主義経済の浮き沈みのなかで生まれてきた人材の流動性や多くのベンチャーキャピタルの存在を羨んでみたところで、一朝一夕にその環境を日本にコピーすることはできないだろう。そして「スタートアップ = イノベーション」ではない。既存の企業でイノベーションを起こそうとするものにとって、スクラッチから始めるスタートアップの活動はあまり参考にはならない。

リーン・イノベーションは、既存の企業でイノベーションを可能にする方法、さらにいえば、コンスーマーエレクトロニクス産業を念頭においた「新しい価値創造」のためのプロセスだ。

「既存の企業でのイノベーション」という表現は曖昧だったかもしれない。デジタル時代になって、特にコンスーマーエレクトロニクス産業の製品のライフサイクルが極端に短くなり、ひとつの事業ドメインにおいてインクリメンタルな技術の進歩による製品開発を繰り返すだけでは、長期的な事業の成長を維持していくことが困難になった。ヽ弯慧な技術を導入して製品をイノベーションするか、⊆社の保有技術を応用した新しい製品によって新しい事業ドメインに進出するか、のいずれかの事業戦略によってイノベーションに挑戦していかなければならない。
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イノベーションのマトリックス(筆者作成)

モノのインターネットは、モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことを可能にした。モノのインターネットによって、それまでになかった新しい顧客価値を提供する画期的(イノベーティブ)な製品を開発するためのひとつの提案が、モノのデジタル・リマスタリングという考え方だ。
  1. モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する 
以前の記事で、大企業におけるイノベーションの難しさについてつぎのように書いた。
既存の企業のイノベーションに関して、多くの人々は悲観的だ。その理由については「イノベーションのジレンマ」をはじめとしてすでに多くの分析がなされている。例えば、成功した企業がさらなる成長のために最適化した組織が、病原菌が侵入した時の白血球のように、イノベーションを拒絶し死滅させるといった分析だ。
既存の企業や組織のなかでイノベーションに取り組んでいる、あるいはこれから挑戦しようと考えている人にぜひとも読んで欲しい素晴らしい本がある。

この本には、どんな人が既存の企業におけるイノベーションを可能にするかが書いてある。経営者がシリアル・イノベーターを社員の中に見つけることができたら、その企業のイノベーションは約束されたようなものだ(笑)。成功した企業がさらなる成長のために最適化した組織のなかで、白血球に殺されてしまう病原菌とならずにイノベーションを繰り返し起こしてゆく人をシリアル・イノベーターと呼んでいる。その要約や引用は(きりがなくなるので)しないことにする。翻訳も良いので、集中すれば二三日で読めると思うのでぜひ読んで欲しい。読み終えたときに自分に欠けていた行動を見つけることができたら、あなたは将来のシリアル・イノベーターだ。

リーン・イノベーションという進め方は、そんな「将来のシリアル・イノベーター」にぜひ参考にして欲しい。

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リーン・イノベーションのプロセス例(筆者作成)

これはリーン・スタートアップの考え方あるいは精神を継承したもので、モノのデジタル・リマスタリングによってデザインした「新しい経験価値」を実現するためのプロセスだ。そのデザインを盲信してそのまま時間とお金をかけて作り上げてしまうと痛い目をみるとD.A.ノーマンもエリック・リースも言っているのだ(実は、僕はなんども痛い目を見ている)。しかし、自信満々の「将来のシリアル・イノベーター」は「自分は違う」と思うのではないだろうか。許されるのであれば、何度か痛い目をみたほうがいいのではないかとも思うのだが。

まず1st Stepとして現行の製品とアプリの組み合わせによる価値提案を行ってみる。もちろんそれだけで、いままでになかった新しい価値を実現することはできない。いわば仮説を検証するためのMVPという位置づけだ。モノのデジタル・リマスタリングによって創造しようとする新しい経験価値は、「モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる新しいユーザー体験」であり、それを実現する仕組みとして「ハード」と「ソフト」と「サービス」の役割分担を決めてとりあえずのゴールを描いたものがリーン・イノベーションのプロセスの3rd Stepになる。ここではもっと明確に「新しい製品(モノ)」とWebサービスとアプリとしている。「現行の製品とアプリの組み合わせ」は、1st Stepの実施例の1つにすぎない。End to Endで新しい経験価値を提供するというGoalに向かって、どのようなステップを踏んでいくかという戦略立案もコンセプトデザインの一環に含めるべきだろう。 

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