リーン・イノベーションは、既存の企業でイノベーションを可能にする方法、さらにいえば、コンスーマーエレクトロニクス産業を念頭においた「新しい価値創造」のためのプロセスとして提案している。そして、イノベーティブな製品を創る手段として「モノのデジタル・リマスタリング」という方法を用いる。
  1. モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する  
アンゾフは、企業の成長マトリックスにおける多角化を、さらに水平型、垂直型、集中型、集成型という4つの分類をしている。このうちの水平型と集中型に注目し、製造業のイノベーション戦略を考えるために、技術とドメインという軸で表したものがイノベーションのマトリックスだ。
innovation_matrix

リーン・イノベーションは、このマトリックスに示した,凌緤新燭梁審儔修里燭瓩寮鑪で、新技術としてモノのインターネット(IoT)を用いる。

リーン・イノベーションの精神はエリック・リースの"The Lean Stratup"に学び、そのプロセスはIDEOにおいて実施されているデザイン思考のプロセスを参考にしている。
IDEOのトム・ケリーによる"The Art of Innovation: Success Through Innovation the IDEO Way"の中で、IDEOにおいて実施されているデザイン思考のプロセスの5つのステップが紹介されている(これはスタンフォード大学のデザインスクール、d.schoolで使われているテキストとはちょっと異なるようだ)。
  1. その市場、クライアント、テクノロジーを理解し、そして与えられた問題に関して認識されている制約事項を理解 する。後でそれらの制約事項に挑戦することもあるが、まずは現状の認識を理解しておくことが重要だ。

  2. 現実の生活における人々を観察し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す。

  3. それまでになかった新しいコンセプトとそれを使うであろう顧客を視覚化する。 一部の人々は、このステップを未来を予測することだと考えている。そしてこのプロセスの中で最もブレインストーミングを必要とするフェーズである。視覚化はコンピュータを使った演出やシュミレーションの形式をとることが非常に多いが、IDEOでは毎年数千もの模型やプロトタイプも作成されている。新しい製品のカテゴリーの場合は、合成したキャラクターと、ストーリーボードに図で描いたシナリオを使ってユーザー体験を視覚化したりする。場合によっては、まだ存在しない未来の製品が提供されたときの生活をビデオにしたりもする。

  4. プロトタイプを評価し洗練することを何回も素早く繰り返す。最初の頃のプロトタイプは変更することになるので、あまり執着しないようにしている。どんなアイデアでも改良しなければ大したものにはならないので一連の改良を加えることを前提としなければならない。社内のチーム、クライアントのチーム、プロジェクトに直接参加していない有識者、ターゲット市場を形成する人々などからのインプットを得るようにする。何が機能して何が機能していないのか、何が人々を戸惑わせているのか、人々はどのように感じているかなどを注意深く観察し、繰り返しの中で徐々に製品を改良してゆく。

  5. 新しいコンセプトを市場に出すために製品化する。このフェーズはしばしば長期間にわたり、開発プロセスの中でも技術的にもっともチャレンジングだ。しかし、IDEOのこれまでのすべての創造的な仕事は、IDEOが持つ製品化を成功させる力への信頼の証しだと信じている。
(筆者訳)
これまでこのブログでは、リーン・イノベーションについての説明を、この3つ目のステップに相当するところまで進めてきた。筆者が実際のプロジェクトで試行錯誤しながら考えたことを書いているので多少のブレはご容赦願いたい。ここまでがコンセプトをデザインするフェーズであり、次はいよいよ(?)開発フェーズに入る。 

この先でも、コンセプト・デザインフェーズについて書くつもりだが、ここで、その5つのステップを整理しておく。各ステップの具体的な方法は、これまでバラバラに書き下ろしてきたが、それらもいずれちゃんとまとめたいとは思っている。

1. 基本的なニーズを明確にする

ドナルド・ノーマンは「誰のためのデザイン?」の改訂版"The Design of Everyday Things: Revised and Expanded Edition"次のように言っている。
Technology changes the way we do things, but fundamental needs remain unchanged.

技術は人々が何かをする手段を変えるが、その基本的なニーズは不変だ。
人々の基本的なニーズは不変で、技術によってその手段が変化してゆく。音楽を聴いたり、ランニングをしたり、写真を撮ったりする目的は人によってそれぞれ異なるだろうが、ひとりの人に注目すると、新しい技術によって提供された製品やサービスによって その方法が変わっても、その基本的なニーズは不変だということだ。技術の進化が無限であれば、人々が何かをする手段も無限に変化する可能性がある。

ミュージックプレイヤーを例にすると「音楽を聴く、楽しむ」ということが、ノーマンの言う「不変である人々の基本的なニーズ」と考えることができる。そして技術の進化で可能になった新しい製品によって「どこでも自分の選んだ音楽を聴きたい(Walkman)」そして「どこでもその場で選んだ音楽を聴きたい(iPod)」といったニーズを顕在化させてきた。

リーン・イノベーションの最初のステップでは、あなたの製品を使う人々の基本的なニーズは何なのか(WHAT)を明確にする。あなたの製品が直接その基本的なニーズを満たしているのではないかもしれない。別の新しい製品によって顕在化したニーズを満たすための補助的な役割を負っているだけなのかもしれない。例えば、ミュージックプレイヤーのアクセサリーとしてのヘッドホンだったりする。
もし「音楽を聴く、楽しむ」という基本的なニーズが、新しい製品によって別の形(HOW)で満たされたとき、ヘッドホンという製品は不要になってしまうかもしれない。梯子が外れて慌てる前に、ヘッドホンが満たしているニーズを考えるのではなく、あなたの製品が属するドメインにおける人々の基本的なニーズをより高い視点で明確にする必要がある。

T・レビットの「マーケティング近視眼」の始めに次のような記述がある。
鉄道が衰退したのは、旅客と貨物輸送の需要が減ったためではない。それらの需要は依然として増え続けている。鉄道が危機に見舞われているのは、鉄道以外の手段(自動車、トラック、航空機、さらには電話)に顧客を奪われたからでもない。鉄道会社自体がそうした需要を満たすことを放棄したからなのだ。鉄道会社は自社の事業を、輸送事業ではなく、鉄道事業と考えたために、顧客を他へ追いやってしまったのである。事業の定義を誤った理由は輸送を目的と考えず、鉄道を目的と考えたことにある。顧客中心ではなく、製品中心に考えてしまったのだ。
きっとあなたはその産業分野や市場に精通するドメイン・エキスパートだろう。しかし自分が精通する産業分野であることによって、逆にいろいろなしがらみや先入観に邪魔をされて、基本的なニーズやその価値が見えなくなっているかもしれない。
リーン・イノベーションは、そのようなしがらみや先入観を取り除くためのプロセスでもある。

2. 顧客が諦めていることを理解する

B.J.パインとJ.H.ギルモアの"The Experience Economy "(経験経済)には、"Customer Sacrifice(顧客の諦め)"という言葉がでてくる。
When we understand customer sacrifice, we discern the difference between what a customer accepts and what he really needs, even if the customer doesn't know what that is or can't articulate it.

顧客の諦めを理解すると、顧客が受け入れていることと本当に必要としていることとの違いに気づく。たとえ顧客が自分が本当に必要としていることが何であるかを知らなくても、あるいはそれをはっきり説明できないとしても。
これは次のような式で表現されている。
  • 顧客が諦めていること = 顧客が本当に必要としていること - 顧客が受け入れていること
顧客が本当に必要としていることを見つけるには、いま顧客が諦めていることを理解できればよい。では、どうしたら顧客が諦めていることに気づくことができるのだろう。

5w1h

この図のWHATがノーマンの言う基本的なニーズだ。ミュージックプレイヤーを提供する企業の顧客の基本的なニーズは音楽を聴くことであり、ランニングシューズを提供する企業の顧客のニーズはランニングをすることであり、カメラを提供する企業の顧客の基本的なニーズは写真を撮ることだ。その目的(WHY)は人(WHO)によってさまざまだ。

自分の好きな音楽を聴いて気分転換をしたいと思っている人がいた。しかし、音楽はレコードを買ってきて部屋の中で聴くか、携帯ラジオの番組から好きな音楽が流れてくるのを待つしかないと諦めていた。ソニーはその顧客の諦めに気づいて、いつでも(WHEN)どこででも(WHERE)好きな音楽を聴くことができるWalkman(HOW)を発明した。
時が流れて、アップルがiPodを発明した。それまでWalkmanの顧客は、外出先に持っていかなかったCDの音楽を聴きたいと思って持ってくればよかったと後悔することがあったが、それは自分の気分が変わったからだと諦めていた。数十枚数百枚のCDを持っている顧客は、購入したときに一度しか聴いたことがなかったり、もしかすると一度も聴いたことがないまま埋もれてしまったCDがあっても無意識のうちに諦めて放っておいた。iPodはその大量の音楽をすべてポケットに入れて持ち歩けることによって得られる価値を顧客に気づかせ感動させた。単にすべてを持ち運べるということだけではなくその価値をさらに高めるために、自分で簡単にプレイリストをつくることができる機能(HOW)、そしてシャッフルやジーニアスといった勝手に曲を選んで鳴らしてくれる機能(HOW)を提供した。

あなたの顧客が諦めていることはないだろうか。きっとあるはずだ。それを理解するために、前のステップであなたが提供する製品を利用する顧客の基本的なニーズに立ち戻った。そこから、それぞれの人(WHO)のその目的(WHY)をもういちど徹底的に分析しその人の行動を観察してみよう。その目的は達成されているだろうか。現在提供されているHOWで、顧客が無意識のうちに「しょうがない」と諦めていることはないだろうか。製品を提供するあなた自身も諦めているWHOやWHEREやWHENがあると信じて取り組んでみてほしい。

しかし残念ながら、最初の手がかりを見つけるためのこれといったお勧めの方法はない。あなたの顧客の立場にどれだけ没入(ディープダイブ)できるか、目が覚めてから寝るまでずっとそれを考え続けていられるか、そうしていると何かをきっかけにポロっと思いついたりする。 そして幸運にも、その最初の手がかりを見つけることができたら、それがほんとうにあなたの顧客が諦めていることなのか、そしてそれは解決する価値のあるものなのかを確認する必要がある。

3. 未来を描く

シリアル・イノベーターにとって未来は予想するものではない。彼らは、自分が気づいた未来を描くことにワクワクする。しかしそれは車の自動運転などという突飛なことではなく、いま人々が諦めていることが解決されて、しばらくして人々が「これが欲しかったんだ」とジワジワと気づき、それがなくてはならない(must haveな)ものになるようなことだ。
自動で走る車にしても、時計型の端末にしても、メガネ型の端末にしても、それらはデザイン思考的でない。デザイン思考的でないからダメだというのではない。人々が抱えているどんな問題を解決しようとしているのかという根本的なことが明確になっていないと思う。

IDEOのデザイン思考のプロセスの2つめのステップの文章をちょっと書き換えてみる。
未来の生活における人々を観察し、何が人々を行動させるのか、いま何が人々を混乱させているのか、人々は何を好み何を嫌っているのか、未来で提供されている製品やサービスで満たされた潜在ニーズがどこにあるかを探し出す。
問題あるいはニーズには、それを解決する(満たす)モノが現れて初めて顕在化するものがある。それまで潜在的なニーズというものは存在しない。それまでになかった新しいコンセプトの製品(モノ)が現れてから、あたかも潜在していたニーズが顕在化したように見えるだけだ。

例えば「外出先に持っていかなかったCDの音楽を聴きたいと思うことがあって、そのCDを持ってくればよかったと後悔することがあったが、それは自分の気分が変わったからだ」と諦めていることに気づいたとする。未来を描くということは、「CDが小さくなって全部持ち歩けるようになる」とか「全部の曲がハードディスクにコピーできるウォークマン」とかいう具体的なモノではなく、
その諦めが解決されたら、どのような価値が生まれるというストーリーを描く。それをLTF(  ルック・トゥ・ザ・フューチャー )呼ぶ。どんな人( WHO)が、どんなとき(WHEN)に、どんな場所(WHERE)で、なぜ(WHY)、その音楽(WHAT)を聴きたくなるか。そしてそのとき、どんなこと(HOW)ができたらどんな気持ちになるか。いろいろなコンテキストを考えてみる。

異なったコンテキストでいろいろなストーリーが書けるだろうか。そのストーリーはその人(WHO)にとって、他では得られない価値のある経験だろうか。きっと書きながらいろいろな疑問や課題が見えて、その価値を少し客観的に評価することができる。そしてそれだけでなく、新たな気づきがあるかもしれない。きっとターゲットとなるユーザー層やアーリーアダプタも見えてくるに違いない。
そして、このストーリーをいろいろな人に読んでコメントしてもらい、必要に応じてインタビューを行う(LTFアンケート)。
concept disign
人々はそのコンテキストに共感するだろうか、自分が諦めていることに気づくだろうか。その諦めていることは、解決する価値があるだろうか。

LTFアンケートとその分析からLTFを作り直す作業を何回か繰り返して、解決すべき問題(人々が諦めていること)を浮き彫りにしていく。もしかすると最初の手がかりから想定したものとは、まったく別の問題があることに気がつくかもしれない。LTFを作成すると、そのストーリーに思い入れしてしまい、別の問題に気がつかなくなってしまうことには注意が必要だ。

4. 新しい経験価値をデザインする 

新しい経験価値のデザインの成果物は、上の図の「LTF視覚化」と「戦略マップ」と「要件マップ」になる。

「LTF視覚化」は最終的に残ったLTFを動画などにしたものだ。いわゆるコンセプトビデオだが、
LTFと同様に製品やサービスの機能を訴えるものではなく、浮き彫りになった問題が解決されたときの人々の生活を描いたものだ。もちろん製品やサービスを利用しているシーンは必要になるだろうが、その問題を解決するための製品の「ハード」「ソフト」「サービス」の役割分担(再定義)はできていないので、あくまでも仮の製品やサービスのイメージであり、なるべく見る人に先入観を与えないための工夫が必要になる。
これは、コンセプトをマネージメントに説明するためや、次のデジタル・リマスタリングフェーズでのテストユーザーにコンセプトを伝えるために利用することもある。
視覚化したLTFは、コンセプトをプロジェクトチームで共有し、この先の検討や議論の拠り所としても非常に重要な意味を持っている。

戦略マップでは、コンセプトを既存の製品やサービスとの比較で表現する。「戦略マップ」で検索してみればわかるようにいろいろな描き方がある。ここでは、ブルーオーシャン戦略で戦略キャンパスと呼ばれるものと似た方法を使う。既存の製品やサービスと比較して、どこがユニークなのか、どこが同じなのかを明確にする。そのユニークな点はユーザーに受け入れられ評価されるのか。同じ点では既存の製品やサービスに優ることができるのか。ユニークでなければ取り組む価値はない。ユニークであってもユーザーに受け入れられなければ提供する価値はない。"Think Different"だ。 LTFのアンケートや視覚化の作業を通じて、新しい経験価値を提供するためにどのような機能(HOW)が必要かが見えてくる。その機能を、その重要性と実現の難易度の2軸のマトリックスの「要件マップ」に分類する。それぞれの軸は、2〜3分割(たとえば高中低)でいいだろう。重要性の低いものは実現が易しくても初めから捨ててしまったほうがいい。

5. リーン・ステップを立案する 

新しい経験価値を実現するために必要な
「要件マップ」の機能を、「ハード」と「ソフト」と「サービス」でどのように役割分担するかを検討する。しかし、 それは仮のゴールである。その「役割分担」と、ここまでの成果物「LTF視覚化」と「戦略マップ」と「要件マップ」はいずれも仮説にすぎない。この時点ですべてを作り込んでしまわずに、下の図のような仮説検証のためのステップを策定する。
lean innovation 
この例では、まず「現行の製品とアプリの組み合わせによるプロダクト」で可能な価値提案を行ってみる。もちろんそれだけで、いままでになかった新しい経験価値を実現することはできない。エリック・リースの"The Lean Stratup"にある仮説を検証するためのMVP(Minimum Viable Product)という位置づけだ。それを人々に実際に使ってもらい、そのフィードバックを分析し、そこで気づいた問題を反映して、プロダクト(必要であればリーン・ステップ自体も)を修正する"Build-Measure-Learn"のサイクルを繰り返す。そして、その繰り返しのなかで次のステップに進む。

「現行の製品とアプリの組み合わせ」は1つの実施例にすぎない。描いた未来の実現のために、どのようなステップを踏んでいくかという戦略立案が、リーン・イノベーションのコンセプト・デザインフェーズの成果物になる。

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。