モノづくりのデザイン思考 (連載 11)

一般消費者向けの製品をつくる製造業では、技術シーズから新しい製品の企画・開発がスタートすることが多いと思います。むしろ、画期的な製品は革新的な技術によって生み出されています。D.A.ノーマンは、自身のエッセー"Technology First, Needs Last"の中で次のように言っています。
まず技術が最初にあって次に製品、そして新しいアプリケーションが快適になるに連れてニーズがゆっくりと顕在化し、最後にそれが必要不可欠なものになる。
アプリケーションとは、その製品によって提供される体験と考えて良いでしょう。問題あるいはニーズは、それを解決する(満たす)製品が現れて初めて顕在化する。それまで潜在的なニーズというものは存在しない。新しい製品が現れてから、あたかも潜在していたニーズが顕在化したように見えるだけだということです。 

イノベーションはシーズ起点

デザイン思考や人間中心デザインの提唱者でもあるノーマンは、それらのアプローチ、すなわち本当の問題を特定してからその解決策を考えるというアプローチでは製品の機能や仕様の改善にしか結びつかない。ラディカル(不連続)な技術革新がなければ、イノベーションを起こすことはできないとも言っています。

近年、AIが機械学習、特にディープラーニングという技術によって飛躍的に進化し、デジタル(コンピュータ)そしてインターネットの次の、あらゆる経済活動で広く用いられる重要な汎用技術(GPT)になる可能性を帯びてきました。AIは(恐らく)次のイノベーションを可能にするラディカルな技術革新でしょう。

しかしシーズ起点で、(例えばAIなどの)革新的な技術によって実現が可能になる画期的なアイデアを考えても、それをそのまま製品化してしまうと「釘を探すハンマー」をつくってしまうことになりかねなません。打つべき釘(ニーズ)がなければハンマー(製品)に価値はありません。そのような製品はソリューションウェアと呼ばれています。技術シーズからソリューションウェアをつくってしまわないためには、その製品のアプリケーションが顕在化しようとしているニーズを明確にすることが必要です。 

デザイン思考はニーズ起点

デザイン思考とは「何らかのシーズと人々のニーズとを調和させてプロダクトをつくるための方法論」で、そのシーズは「技術的に実現可能なもの」「顧客価値と市場機会に転換できるもの」とされています(IDEO ティム・ブラウン)。前者はプロダクトのアイデア、後者は技術やデータやコンテンツなどの企業の保有資産と考えるとわかりやすいでしょう。

デザイン思考のプロセスはニーズを起点にしています。IDEOで実施されているプロセスは「観察」というステップから始まります。
  • 現実の生活における人々を「観察」し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す
そして発見した問題やニーズを解決したり満たしたりすための、技術的に実現可能な製品のアイデアを考えます。この段階でアイデアの実現に必要なシーズが選択されるので、それは自ずとニーズと調和します。

シーズ起点で顧客領域に遡上する

設計工学において用いられているプロセス論では、顧客領域で明確に定義した顧客ニーズを機能領域において要求仕様に落とし、それを実体領域で設計してプロセス領域で生産するとされています。機能領域の要求仕様は顧客領域のアウトプットの顧客ニーズの写像であるべきですが、技術シーズを起点にすると顧客領域のステップがスキップされて機能領域からプロセスが始まり、利用可能な技術の視点からエンジニアによって顧客ニーズが設定されて要求仕様が決められてしまいがちです。 
Axiomatic
出所:公理的設計 , Nam Pyo Suh
 
シーズ起点で「シーズと人々のニーズとを調和させる」には、機能領域から顧客領域に遡上して「観察」を行う必要があります。しかし、すでに機能仕様が想定されていると、答(機能仕様)のための問題(ニーズ)を無理に見つけようとしたり創り出したりしてしまう危険があります。

基本的なニーズを再定義する 

人々の基本的なニーズは不変ですが、技術によってそれを満たす手段が変化してきました。音楽を聴いたり、写真を撮ったり、ランニングをしたりする目的は人によってそれぞれ異なるでしょうが、「ひとりの人」に注目すると、新しい技術によって提供された製品やサービスによってその方法が変わっても、その基本的なニーズは変わらないということです。

まず、あなたが提供する製品を使う人々の基本的なニーズを再定義します。「いつでもどこででも好きな音楽を聴いていたい」「子供が生まれたので、その成長を記録して家族の幸せを残しておきたい」というように、あなたの顧客の「ひとりの人」になりきって(Empathize)できるだけ具体的に考えることが必要です。それは顧客も意識していないことかもしれませんし、あなた(製品の提供者)も明確に定義したことがないことかもしれません。携帯音楽プレーヤーは「音楽を聴くもの」で、カメラは「写真を撮るもの」だと、あたりまえに考えているかもしれません。

もちろん「ひとりの人」は何人もいます。カメラで子供の成長ではなく、旅行の思い出を記録しようと考える人もいます。それらは同じものではなく別々の基本的なニーズです。その別々の基本的なニーズを再定義します。基本的なニーズが不変という意味は、「ひとりの人」にずっと不変に存在するということではありません。子育てが終わった人の「子供の成長の記録」という基本的なニーズは消滅するかもしれませんが、それは別の「ひとりの人」の基本的なニーズとして新たに生まれます。

製品のコンセプトを定義する

あなたがシーズ起点で考えた「革新的な技術によって実現可能になる画期的なアイデア」は、現在の製品を使っている顧客が抱えている、どのような問題を解決しようとしているのでしょうか。再定義した「人々の基本的なニーズ」を満たす「手段」をどのように変えるものなのでしょうか。

ここでの「観察」は問題を探すことではなく、そのアイデアすなわち画期的な手段が解決しようとしている、これまでの手段の問題やニーズを明確に定義することが目的です。それが製品のコンセプトになります。その問題を解決することによって、顧客はどのような新しい体験の価値を得られるのでしょうか。その問題は、すでに存在する他の手段で解決できてしまわないでしょうか。その問題は、あなたが解決する価値があるのでしょうか。その問題は、まだ誰も気づいていないでしょうか。これらの質問にシンプルに答えておかなければなりません。

「ひとりの人」「基本的なニーズ」そして、それを満たすための新たな手段が「解決しようとする問題」の明確な定義が、顧客領域の写像として機能領域へのインプットになります。
 
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お断り これは連載のために過去の記事を書き直したものです。