セオドア・レビットの「マーケティング近視眼」は、2001年11号のダイアモンド社のハーバードビジネスレビューに掲載され、1960年にマッキンゼー賞を受賞した古典的な論文だ。
鉄道が衰退したのは、旅客と貨物輸送の需要が減ったためではない。それらの需要は依然として増え続けている。鉄道が危機に見舞われているのは、鉄道以外の手段(自動車、トラック、航空機、さらには電話)に顧客を奪われたからでもない。鉄道会社自体がそうした需要を満たすことを放棄したからなのだ。鉄道会社は自社の事業を、輸送事業ではなく、鉄道事業と考えたために、顧客を他へ追いやってしまったのである。事業の定義を誤った理由は輸送を目的と考えず、鉄道を目的と考えたことにある。顧客中心ではなく、製品中心に考えてしまったのだ。
『T.レビット マーケティング論(有賀裕子訳)』より
半世紀よりも古い、米国の鉄道事業の衰退の原因を指摘した言葉だが、「鉄道」と「輸送事業」という二つの言葉を言い換えるだけで、いろいろな事業の衰退を形容することができる。

鉄道に取って代わった、その自動車産業も、マーク・アンドリーセンの2011年の言葉どおり、ソフトウェアに呑み込まれようとしている。自動車は購入して所有するものではなく、シェアしたり、必要なときに好きな場所で利用したりできる、新しいモビリティ(移動手段)サービスの一部になっていく。

自動車産業以外のハードウェア・メーカーも、既存のハードウェアをどのように進化させるかではなく、まず、そのハードウェアを使ってきた人々の行動を変革するソフトウェアを考え、そのソフトウェアに必要な最小限のハードウェア(Minimum Viable Hardware)はどのようなものか、ということをゼロから考える必要がある。ハードウェア近視眼では、まもなくソフトウェアに呑み込まれる。

これまでのように「モノをつくって売るだけ」のビジネスで収益を上げることは難しくなる。海外のソフトウェアに、ハードウェアを部品として提供するだけ、というデジャブのようなことにもなりかねない。日本メーカーは、新たなビジネスモデルの開発に積極的に取り組まなければならない。

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。