家電などの一般消費者向けの製品をつくる日本のメーカーでは、新しいものを生み出すための「アイデア出し」という取り組みが行われているはずだ。不定期に開催されるものであったり、イノベーション創出のための一時的、あるいは定常的な組織が存在したりもする。それらは、かなり以前から、名前や形態や責任者を変えながら、新しい取り組みとして、なんどもメディアに取り上げられてきた。しかし、そこから、一つの事業の柱となるような革新的な製品が生み出されたのを見た記憶がない。

ソニーの創業者の井深大さんの「海外出張に行くときに、飛行機の中で自由に音楽を聞けるもの」というアイデアから、それまでに存在しなかった「外で音楽を聴くためのハードウェア」が発明された。

WALKMANは、それまでになかった携帯音楽プレーヤーを発明し、iPodは、それを再発明した。WALKMANは、外出先で、あるいは歩きながら音楽を聴くという新しい体験を創造し、iPodはその体験を大きく改善した。しかし、最も大きな違いを乱暴に言えば、WALKMANは偶然から生まれ、iPodは意思によって生まれた。

「アイデア出し」の取り組みは無駄ではないだろうし、無意味と言うつもりもない。しかし、一つ大きな疑問がある。

産業革命以降、そして特にデジタル革命以降、多くのハードウェアの発明がなされた。もはや、WALKMANのような「まだ存在しないもの」を発明する余地は残されていないのではないか(但し、ソフトウェアには無限の可能性がある)。そのような状況では、いくら新しいものを生み出すための「アイデア出し」を行っても、バラエティ雑貨店で売られているようなアイデア商品しか思いつくことができない。

メーカーは、WALKMANではなくiPodをつくる取り組みをすべきだ。iPodはそれまで存在しなかったものではなく、WALKMANを置き代えるものだった。

WALKMANによって、携帯音楽プレーヤーという大きな市場が形成されていた。iPodはWALKMANのユーザーが潜在的に抱えている問題を発見し、それを解決するユニークな価値をデザインし、そしてプロダクトマーケットフィットに注力すればよかった。

それに対し、WALKMANをつくろうとすれば、エリック・リースの『リーン・スタートアップ』やスティーブ・ブランクの『アントレプレナーの教科書』でお馴染みの「アイデア(仮説)を検証する」という「顧客発見」のプロセスが必要になる。

例えばリーン・スタートアップは、仮説検証に必要な最小限のプロダクト(MVP)をつくり、それを実際の顧客に使ってもらい、その反応を検証しながら、構築(BUILD) −計測(MEASURE)−学習(LEARN)の学習サイクルを繰り返すことを提唱している。しかし、これは無償で提供することができ、非常に少ない期間とコストで構築が可能なソフトウェア(Webサービス)だからこそのプロセスであり、ハードウエア製品では不可能だ。

そこで、アイデアを視覚化して、クラウドファンディングや社内の人気投票などの手段で、「顧客に問う」ことを代替えしたりしている。しかし、それでは仮説検証にはならない。クラウドファンディングで初期顧客を惹きつけることはできるが、それが、実際に製品化した後で、多くの顧客を獲得することに繋がることはない。

社内での人気投票は、無責任であるだけでなく、どのような基準で投票するのかが曖昧なままではないだろうか。皆が「あったらいい」と思う程度のものであるならば、きっとそれは取るに足らないものだ。

さらに、視覚化されたアイデアは、演出されており、実際に顧客が感じる体験の価値が誇張されている。そのようなもので、「顧客が対価を払った後に感じる価値」を評価することはできない。アイデアの視覚化は、主に、確信犯が投資家や決裁者の興味を惹くためのプレゼンテーションに使われる。

「iPodをつくる」ということは、偶然のアイデアに頼るのではなく、既存事業の製品を置き代えるものをつくるということだ。家電でもカメラでも、そしてすでにスマートフォンのアプリになってしまった携帯音楽プレーヤーでも、その市場に経験と知識がある、自社の製品を置き代えるチャレンジをすれば良い。顧客を発見する必要はない。顧客はそこに居る。

メーカー企業のトップは、「既存事業の製品を置き代える」という強い意志を示すべきだ。それは、現行事業を破壊するかもしれない。その取り組みを、どのように現行事業のオペレーションに組み込むかを考えるのがトップの仕事だ。

シリコンバレーに綺麗なオフィスをつくるのもいい(羨ましい限りだ)が、そんなことでイノベーションが生まれるはずがない。アイデア出しの段階のスタートアップに、そんな恵まれた環境が提供されることはない。何も結果を出していないグループを優遇しても、彼らに今日の飯を食わしている現行事業のメンバーとの軋轢を生むだけで、それはイノベーションの大きな妨げになる。

トニー・ファデルの大量の音楽を入れられるプレーヤーをつくろうという意志と、デジタル時代のプラットフォームを構築しようというスティーブ・ジョブズの意志によってiPodが生まれた。「iPodはプロダクトマーケットフィットに注力すればよかった」と書いたが、それには三年の時間がかかっている。

「意志の上にも三年」というわけだ。

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川手恭輔(Internet Born & Bred)