前回、次のようなことを書いた。
エリック・リースは、その著書『リーン・スタートアップ』で、プロダクト・マーケット・フィット、つまりプロダクトを、狙う市場を満足させることができるものに育てるために、プロトタイプの段階から実際の顧客に使ってもらって、「構築 - 計測 - 学習」のサイクルを繰り返すことが重要だと説いた。しかし、それはウェブサービスやスマートフォンのアプリを想定した話であり、そのままハードウェア製品に適用することはできない。

ハードウェア製品で「構築 - 計測 - 学習」のサイクルを繰り返すために必要な時間とコストは、ウェブサービスやアプリのようなソフトウェアとは比べものにならない。その上、顧客に使ってもらうには、製品を購入してもらわなければならない。イノベーターやアーリーアダプターと呼ばれる初期ユーザーを想定したものであったとしても、要求されるプロダクトの完成度は、はるかに高いものだ。だから、ハードウェアのスタートアップはハードだと言われている。
(ジーンズをはいたパナソニックに必要な自信と野心)
しかし、ハードウェアスタートアップにリーンスタートアップは難しいかもしれないが、メーカーがリーンなイノベーションに取り組む方法はある。

イノベーションとは不確実性への挑戦だ。リーンスタートアップは、スタートアップが、その不確実な状況を克服するための方法論だが、メーカーが製品のイノベーションに取り組むときの不確実性を克服するには、製品をつくる前に顧客を獲得しておけばよい。

カシオ計算機は、2018年3月期の決算説明会の場で、デジタルカメラ市場からの撤退を表明した。カシオは、1995年に発売したQV-10で、デジタルカメラ産業の先駆けとなったメーカーだ。しかし、誰もがスマートフォンを持ち、いつでも写真を撮ることができるようになったという状況の変化のなかで、デジカメという製品をイノベーションし、新しい顧客価値を生み出すことができなかった。

今後、カシオは、完成品に集中するのではなく、カメラ性能を違うジャンルの製品に活かしたり、他社の完成品のためのモジュールとして提供したりなどの道を探って行くようだ。これは、自社の保有技術を応用した新しい製品(やモジュール)によって、新しい事業ドメインに進出するというイノベーション戦略だ(図の◆法
matrix1
しかし、すでに他のカメラメーカーも同様の取り組みを始めている。カシオの「保有技術」に競争力があるのか、あるいは、他社とは違う事業ドメインに進出するのか。その辺りは明らかにされていない。

リーンイノベーションは、新しい技術を導入して既存製品をイノベーションするための一つの方法だ(図の 法
すでに、インターネットとモバイルというグローバルなビジネスの基盤が整備されている。その上に、ソフトウェアの力によって、さまざまな「ハードウェア製品が扱うコンテンツや関連するデータの流れを変える新しいサービス」をつくることができる。
(メーカーが生き残るために必要なたった一つのこと)
新しい技術とは、インターネットとモバイルというビジネス基盤の上に、新しいサービス、すなわちアプリケーションをつくるためのソフトウェアの力だ。まず、そのアプリケーションを無償で提供し、いったん製品(ハードウェア)のことは忘れて、多くのユーザーを獲得することに注力する。

そのアプリケーションが十分なユーザー(数と質)を獲得できてから、そのアプリケーションに必要なハードウェアをつくる。それまでになかった革新的な製品が市場に提供されたとき、最初は、その価値が理解されず市場に受け入れられるまでに時間がかかる。しかし、そのアプリケーションのユーザーは、その製品の価値をすぐに理解することができるはずだ。

カナダのマーケティング・コンサルティング会社であるツィスト・イメージのミッチ・ジョエルが、その著書Ctrl Alt Deleteのなかで功利主義マーケティングという考え方を提唱している。功利主義(Utilitarianism)とは、自分の利益になることは社会全体にとっても利益になり、逆もまた然りであるというものだ。
功利主義マーケティングは、次にビジネスを大きく変えてしまうものになるだろう。功利主義マーケティングとは広告に関することではなく、メッセージングに関することでも、顧客との直接的な対話に関することでもない。それは真の価値と実利の提供に関することだ。それは消費者がいつも使いたくなるだけでなく、それを使うことによって多くの価値を得ることができる何かであり、それは彼らの生活において大きな注目の的となるだろう。我々が暮らしているこのメディアや広告が溢れた世界において、あなたのブランドはそのような興味をかきたて注目を集めることができるだろうか。(英文を翻訳)
メーカーは、その製品によって機能的価値を提供する。そして、その製品に関連する別の機能的価値をマーケティングとして提供することによって、市場の信頼と評判を獲得しようという考え方だ。

アプリケーションによって、「その製品に関連する別の機能的価値をマーケティングとして提供する」ことに、製品をつくる前に取り組む。そのアプリケーションは、「真の価値と実利」を提供するものでなければならない。それによって、製品をつくる前に顧客を獲得できるだけでなく、アプリケーションのユーザーを獲得する過程において、提供しようとする製品の顧客と顧客価値が明確になり、不確実性を排除することができる。

デジカメに関連するもので、アプリケーションで提供できる機能価値とは何か。いったんデジカメを捨てたカシオは、ゼロから考え直すことができるかもしれない。パナソニックはどうだろうか。その辺は次回に。

お問い合わせやご相談は、contact に @ibornb.red をつけたアドレスまで

川手恭輔(Internet Born & Bred)