デザイン思考で行こう!

Life will find a way, we'll find a way technology lives.

タグ:イノベーション

モノづくりのデザイン思考 (連載 1)

大企業(特に製造業)のイノベーションに関して、多くの人々は悲観的です。その理由については、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」をはじめとしてすでに多くの分析がなされています。例えば、成功し大きく成長した企業がさらなる成長のために最適化した組織は、病原菌が侵入したときの白血球のように、イノベーションを拒絶し死滅させてしまうといったものです。

日本の大手製造業の「イノベーション」や「新規事業」というタイトルがついた組織の人とお会いすることがあります。会社の期待を背負って創設された組織だと思うのですが、それらの方々は、既存の事業の企画や開発や販売に携わっていたという方が多いようです。経営陣は、そういった言葉のついた組織をつくるだけで変革が起きると期待しているように思えます。任されたほうも組織の名前以外に明確な方向性を示されていませんから、まずは何をしましょうかというところから始めるしかありません。コンサルティング会社と高い契約をして、現状分析やアイデア出しのブレーンストーミングなどの活動によって、提案書を作成したり、コンセプトのビデオを作ったりする取り組みを数回繰り返したところで、経営陣が飽きてしまって組織が自然に消滅していきます。あるいはフェーズ2などといった延命によって時間が浪費されてしまうこともあります。

特に自社の既存事業を破壊しようとするイノベーションの場合は、既存事業から強い拒絶反応が起こるのは当然でしょう。その拒絶反応を抑えて病原菌を育てることができるのは経営者だけです。経営者は「イノベーション」とかのタイトルがついた組織を作る前に、まず育てるべき病原菌を探す必要があります。

アップルはiPodによって、それまでソニーが独占してきた携帯型音楽プレーヤーの市場に参入しました。それはウォークマンというハードウェアだけでなく、音楽をCDという物理的なメディアで販売するというビジネスモデルをも破壊しました。音楽はインターネットで購入してパソコンやiPodにダウンロードするものになりました。

しかし、ひとつの時代を築いたiPodは「音楽」というアプリとしてその機能をiPhoneに吸収されてしまいました。売り上げが激減したiPodという製品はアップルの事業としては「その他」に分類され、単独での販売数の発表はされなくなりました。アップルはiPodという製品事業を自ら破壊し、iPhoneというさらに大きな事業を立ち上げることに成功しました。もしiPodの事業を守るために、iPhoneに「音楽」という標準アプリを入れなかったとしたらiPhoneの成功はなかったかもしれません。

イノベーションはスティーブ・ジョブズのような特別な才能を持った人間だけが操ることができる黒魔術なのでしょうか。

アイディアを次々と生み出す人々の多くは、組織をどのように動かせばアイディアをかたちにできるかを知らない。とりわけ前例のない画期的なアイディアを実行する方法を知らず、多くの場合、アイディアは放っておいてもイノベーションに繋がるという理解しがたい考え方に染まっているようだ。このような偏見では、着想とイノベーションは同義語になる。この種の考え方にとりわけ強く毒されているのが、ブレーンストーミングの信奉者で、自分たちの流儀こそが企業を救うと信じて疑わない。

セオドア・レビットの「T.レビット マーケティング論 」の「アイデアマンの大罪」という章にこう書かれています。イノベーションに挑戦する企業が、画期的なアイデアを見つけ出して、それを実現するためのプロセスや方法論はないのでしょうか。

ご相談やお問い合わせは、contact に @ と ibornb.red をつけたアドレスまでメールでお寄せください。

お断り これは連載のために過去の記事を書き直したものです。

リーン・イノベーションは、既存の企業でイノベーションを可能にする方法、さらにいえば、コンスーマーエレクトロニクス産業を念頭においた「新しい価値創造」のためのプロセスとして提案している。そして、イノベーティブな製品を創る手段として「モノのデジタル・リマスタリング」という方法を用いる。
  1. モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する  
アンゾフは、企業の成長マトリックスにおける多角化を、さらに水平型、垂直型、集中型、集成型という4つの分類をしている。このうちの水平型と集中型に注目し、製造業のイノベーション戦略を考えるために、技術とドメインという軸で表したものがイノベーションのマトリックスだ。
innovation_matrix

リーン・イノベーションは、このマトリックスに示した,凌緤新燭梁審儔修里燭瓩寮鑪で、新技術としてモノのインターネット(IoT)を用いる。

リーン・イノベーションの精神はエリック・リースの"The Lean Stratup"に学び、そのプロセスはIDEOにおいて実施されているデザイン思考のプロセスを参考にしている。
IDEOのトム・ケリーによる"The Art of Innovation: Success Through Innovation the IDEO Way"の中で、IDEOにおいて実施されているデザイン思考のプロセスの5つのステップが紹介されている(これはスタンフォード大学のデザインスクール、d.schoolで使われているテキストとはちょっと異なるようだ)。
  1. その市場、クライアント、テクノロジーを理解し、そして与えられた問題に関して認識されている制約事項を理解 する。後でそれらの制約事項に挑戦することもあるが、まずは現状の認識を理解しておくことが重要だ。

  2. 現実の生活における人々を観察し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す。

  3. それまでになかった新しいコンセプトとそれを使うであろう顧客を視覚化する。 一部の人々は、このステップを未来を予測することだと考えている。そしてこのプロセスの中で最もブレインストーミングを必要とするフェーズである。視覚化はコンピュータを使った演出やシュミレーションの形式をとることが非常に多いが、IDEOでは毎年数千もの模型やプロトタイプも作成されている。新しい製品のカテゴリーの場合は、合成したキャラクターと、ストーリーボードに図で描いたシナリオを使ってユーザー体験を視覚化したりする。場合によっては、まだ存在しない未来の製品が提供されたときの生活をビデオにしたりもする。

  4. プロトタイプを評価し洗練することを何回も素早く繰り返す。最初の頃のプロトタイプは変更することになるので、あまり執着しないようにしている。どんなアイデアでも改良しなければ大したものにはならないので一連の改良を加えることを前提としなければならない。社内のチーム、クライアントのチーム、プロジェクトに直接参加していない有識者、ターゲット市場を形成する人々などからのインプットを得るようにする。何が機能して何が機能していないのか、何が人々を戸惑わせているのか、人々はどのように感じているかなどを注意深く観察し、繰り返しの中で徐々に製品を改良してゆく。

  5. 新しいコンセプトを市場に出すために製品化する。このフェーズはしばしば長期間にわたり、開発プロセスの中でも技術的にもっともチャレンジングだ。しかし、IDEOのこれまでのすべての創造的な仕事は、IDEOが持つ製品化を成功させる力への信頼の証しだと信じている。
(筆者訳)
これまでこのブログでは、リーン・イノベーションについての説明を、この3つ目のステップに相当するところまで進めてきた。筆者が実際のプロジェクトで試行錯誤しながら考えたことを書いているので多少のブレはご容赦願いたい。ここまでがコンセプトをデザインするフェーズであり、次はいよいよ(?)開発フェーズに入る。 

この先でも、コンセプト・デザインフェーズについて書くつもりだが、ここで、その5つのステップを整理しておく。各ステップの具体的な方法は、これまでバラバラに書き下ろしてきたが、それらもいずれちゃんとまとめたいとは思っている。

1. 基本的なニーズを明確にする

ドナルド・ノーマンは「誰のためのデザイン?」の改訂版"The Design of Everyday Things: Revised and Expanded Edition"次のように言っている。
Technology changes the way we do things, but fundamental needs remain unchanged.

技術は人々が何かをする手段を変えるが、その基本的なニーズは不変だ。
人々の基本的なニーズは不変で、技術によってその手段が変化してゆく。音楽を聴いたり、ランニングをしたり、写真を撮ったりする目的は人によってそれぞれ異なるだろうが、ひとりの人に注目すると、新しい技術によって提供された製品やサービスによって その方法が変わっても、その基本的なニーズは不変だということだ。技術の進化が無限であれば、人々が何かをする手段も無限に変化する可能性がある。

ミュージックプレイヤーを例にすると「音楽を聴く、楽しむ」ということが、ノーマンの言う「不変である人々の基本的なニーズ」と考えることができる。そして技術の進化で可能になった新しい製品によって「どこでも自分の選んだ音楽を聴きたい(Walkman)」そして「どこでもその場で選んだ音楽を聴きたい(iPod)」といったニーズを顕在化させてきた。

リーン・イノベーションの最初のステップでは、あなたの製品を使う人々の基本的なニーズは何なのか(WHAT)を明確にする。あなたの製品が直接その基本的なニーズを満たしているのではないかもしれない。別の新しい製品によって顕在化したニーズを満たすための補助的な役割を負っているだけなのかもしれない。例えば、ミュージックプレイヤーのアクセサリーとしてのヘッドホンだったりする。
もし「音楽を聴く、楽しむ」という基本的なニーズが、新しい製品によって別の形(HOW)で満たされたとき、ヘッドホンという製品は不要になってしまうかもしれない。梯子が外れて慌てる前に、ヘッドホンが満たしているニーズを考えるのではなく、あなたの製品が属するドメインにおける人々の基本的なニーズをより高い視点で明確にする必要がある。

T・レビットの「マーケティング近視眼」の始めに次のような記述がある。
鉄道が衰退したのは、旅客と貨物輸送の需要が減ったためではない。それらの需要は依然として増え続けている。鉄道が危機に見舞われているのは、鉄道以外の手段(自動車、トラック、航空機、さらには電話)に顧客を奪われたからでもない。鉄道会社自体がそうした需要を満たすことを放棄したからなのだ。鉄道会社は自社の事業を、輸送事業ではなく、鉄道事業と考えたために、顧客を他へ追いやってしまったのである。事業の定義を誤った理由は輸送を目的と考えず、鉄道を目的と考えたことにある。顧客中心ではなく、製品中心に考えてしまったのだ。
きっとあなたはその産業分野や市場に精通するドメイン・エキスパートだろう。しかし自分が精通する産業分野であることによって、逆にいろいろなしがらみや先入観に邪魔をされて、基本的なニーズやその価値が見えなくなっているかもしれない。
リーン・イノベーションは、そのようなしがらみや先入観を取り除くためのプロセスでもある。

2. 顧客が諦めていることを理解する

B.J.パインとJ.H.ギルモアの"The Experience Economy "(経験経済)には、"Customer Sacrifice(顧客の諦め)"という言葉がでてくる。
When we understand customer sacrifice, we discern the difference between what a customer accepts and what he really needs, even if the customer doesn't know what that is or can't articulate it.

顧客の諦めを理解すると、顧客が受け入れていることと本当に必要としていることとの違いに気づく。たとえ顧客が自分が本当に必要としていることが何であるかを知らなくても、あるいはそれをはっきり説明できないとしても。
これは次のような式で表現されている。
  • 顧客が諦めていること = 顧客が本当に必要としていること - 顧客が受け入れていること
顧客が本当に必要としていることを見つけるには、いま顧客が諦めていることを理解できればよい。では、どうしたら顧客が諦めていることに気づくことができるのだろう。

5w1h

この図のWHATがノーマンの言う基本的なニーズだ。ミュージックプレイヤーを提供する企業の顧客の基本的なニーズは音楽を聴くことであり、ランニングシューズを提供する企業の顧客のニーズはランニングをすることであり、カメラを提供する企業の顧客の基本的なニーズは写真を撮ることだ。その目的(WHY)は人(WHO)によってさまざまだ。

自分の好きな音楽を聴いて気分転換をしたいと思っている人がいた。しかし、音楽はレコードを買ってきて部屋の中で聴くか、携帯ラジオの番組から好きな音楽が流れてくるのを待つしかないと諦めていた。ソニーはその顧客の諦めに気づいて、いつでも(WHEN)どこででも(WHERE)好きな音楽を聴くことができるWalkman(HOW)を発明した。
時が流れて、アップルがiPodを発明した。それまでWalkmanの顧客は、外出先に持っていかなかったCDの音楽を聴きたいと思って持ってくればよかったと後悔することがあったが、それは自分の気分が変わったからだと諦めていた。数十枚数百枚のCDを持っている顧客は、購入したときに一度しか聴いたことがなかったり、もしかすると一度も聴いたことがないまま埋もれてしまったCDがあっても無意識のうちに諦めて放っておいた。iPodはその大量の音楽をすべてポケットに入れて持ち歩けることによって得られる価値を顧客に気づかせ感動させた。単にすべてを持ち運べるということだけではなくその価値をさらに高めるために、自分で簡単にプレイリストをつくることができる機能(HOW)、そしてシャッフルやジーニアスといった勝手に曲を選んで鳴らしてくれる機能(HOW)を提供した。

あなたの顧客が諦めていることはないだろうか。きっとあるはずだ。それを理解するために、前のステップであなたが提供する製品を利用する顧客の基本的なニーズに立ち戻った。そこから、それぞれの人(WHO)のその目的(WHY)をもういちど徹底的に分析しその人の行動を観察してみよう。その目的は達成されているだろうか。現在提供されているHOWで、顧客が無意識のうちに「しょうがない」と諦めていることはないだろうか。製品を提供するあなた自身も諦めているWHOやWHEREやWHENがあると信じて取り組んでみてほしい。

しかし残念ながら、最初の手がかりを見つけるためのこれといったお勧めの方法はない。あなたの顧客の立場にどれだけ没入(ディープダイブ)できるか、目が覚めてから寝るまでずっとそれを考え続けていられるか、そうしていると何かをきっかけにポロっと思いついたりする。 そして幸運にも、その最初の手がかりを見つけることができたら、それがほんとうにあなたの顧客が諦めていることなのか、そしてそれは解決する価値のあるものなのかを確認する必要がある。

3. 未来を描く

シリアル・イノベーターにとって未来は予想するものではない。彼らは、自分が気づいた未来を描くことにワクワクする。しかしそれは車の自動運転などという突飛なことではなく、いま人々が諦めていることが解決されて、しばらくして人々が「これが欲しかったんだ」とジワジワと気づき、それがなくてはならない(must haveな)ものになるようなことだ。
自動で走る車にしても、時計型の端末にしても、メガネ型の端末にしても、それらはデザイン思考的でない。デザイン思考的でないからダメだというのではない。人々が抱えているどんな問題を解決しようとしているのかという根本的なことが明確になっていないと思う。

IDEOのデザイン思考のプロセスの2つめのステップの文章をちょっと書き換えてみる。
未来の生活における人々を観察し、何が人々を行動させるのか、いま何が人々を混乱させているのか、人々は何を好み何を嫌っているのか、未来で提供されている製品やサービスで満たされた潜在ニーズがどこにあるかを探し出す。
問題あるいはニーズには、それを解決する(満たす)モノが現れて初めて顕在化するものがある。それまで潜在的なニーズというものは存在しない。それまでになかった新しいコンセプトの製品(モノ)が現れてから、あたかも潜在していたニーズが顕在化したように見えるだけだ。

例えば「外出先に持っていかなかったCDの音楽を聴きたいと思うことがあって、そのCDを持ってくればよかったと後悔することがあったが、それは自分の気分が変わったからだ」と諦めていることに気づいたとする。未来を描くということは、「CDが小さくなって全部持ち歩けるようになる」とか「全部の曲がハードディスクにコピーできるウォークマン」とかいう具体的なモノではなく、
その諦めが解決されたら、どのような価値が生まれるというストーリーを描く。それをLTF(  ルック・トゥ・ザ・フューチャー )呼ぶ。どんな人( WHO)が、どんなとき(WHEN)に、どんな場所(WHERE)で、なぜ(WHY)、その音楽(WHAT)を聴きたくなるか。そしてそのとき、どんなこと(HOW)ができたらどんな気持ちになるか。いろいろなコンテキストを考えてみる。

異なったコンテキストでいろいろなストーリーが書けるだろうか。そのストーリーはその人(WHO)にとって、他では得られない価値のある経験だろうか。きっと書きながらいろいろな疑問や課題が見えて、その価値を少し客観的に評価することができる。そしてそれだけでなく、新たな気づきがあるかもしれない。きっとターゲットとなるユーザー層やアーリーアダプタも見えてくるに違いない。
そして、このストーリーをいろいろな人に読んでコメントしてもらい、必要に応じてインタビューを行う(LTFアンケート)。
concept disign
人々はそのコンテキストに共感するだろうか、自分が諦めていることに気づくだろうか。その諦めていることは、解決する価値があるだろうか。

LTFアンケートとその分析からLTFを作り直す作業を何回か繰り返して、解決すべき問題(人々が諦めていること)を浮き彫りにしていく。もしかすると最初の手がかりから想定したものとは、まったく別の問題があることに気がつくかもしれない。LTFを作成すると、そのストーリーに思い入れしてしまい、別の問題に気がつかなくなってしまうことには注意が必要だ。

4. 新しい経験価値をデザインする 

新しい経験価値のデザインの成果物は、上の図の「LTF視覚化」と「戦略マップ」と「要件マップ」になる。

「LTF視覚化」は最終的に残ったLTFを動画などにしたものだ。いわゆるコンセプトビデオだが、
LTFと同様に製品やサービスの機能を訴えるものではなく、浮き彫りになった問題が解決されたときの人々の生活を描いたものだ。もちろん製品やサービスを利用しているシーンは必要になるだろうが、その問題を解決するための製品の「ハード」「ソフト」「サービス」の役割分担(再定義)はできていないので、あくまでも仮の製品やサービスのイメージであり、なるべく見る人に先入観を与えないための工夫が必要になる。
これは、コンセプトをマネージメントに説明するためや、次のデジタル・リマスタリングフェーズでのテストユーザーにコンセプトを伝えるために利用することもある。
視覚化したLTFは、コンセプトをプロジェクトチームで共有し、この先の検討や議論の拠り所としても非常に重要な意味を持っている。

戦略マップでは、コンセプトを既存の製品やサービスとの比較で表現する。「戦略マップ」で検索してみればわかるようにいろいろな描き方がある。ここでは、ブルーオーシャン戦略で戦略キャンパスと呼ばれるものと似た方法を使う。既存の製品やサービスと比較して、どこがユニークなのか、どこが同じなのかを明確にする。そのユニークな点はユーザーに受け入れられ評価されるのか。同じ点では既存の製品やサービスに優ることができるのか。ユニークでなければ取り組む価値はない。ユニークであってもユーザーに受け入れられなければ提供する価値はない。"Think Different"だ。 LTFのアンケートや視覚化の作業を通じて、新しい経験価値を提供するためにどのような機能(HOW)が必要かが見えてくる。その機能を、その重要性と実現の難易度の2軸のマトリックスの「要件マップ」に分類する。それぞれの軸は、2〜3分割(たとえば高中低)でいいだろう。重要性の低いものは実現が易しくても初めから捨ててしまったほうがいい。

5. リーン・ステップを立案する 

新しい経験価値を実現するために必要な
「要件マップ」の機能を、「ハード」と「ソフト」と「サービス」でどのように役割分担するかを検討する。しかし、 それは仮のゴールである。その「役割分担」と、ここまでの成果物「LTF視覚化」と「戦略マップ」と「要件マップ」はいずれも仮説にすぎない。この時点ですべてを作り込んでしまわずに、下の図のような仮説検証のためのステップを策定する。
lean innovation 
この例では、まず「現行の製品とアプリの組み合わせによるプロダクト」で可能な価値提案を行ってみる。もちろんそれだけで、いままでになかった新しい経験価値を実現することはできない。エリック・リースの"The Lean Stratup"にある仮説を検証するためのMVP(Minimum Viable Product)という位置づけだ。それを人々に実際に使ってもらい、そのフィードバックを分析し、そこで気づいた問題を反映して、プロダクト(必要であればリーン・ステップ自体も)を修正する"Build-Measure-Learn"のサイクルを繰り返す。そして、その繰り返しのなかで次のステップに進む。

「現行の製品とアプリの組み合わせ」は1つの実施例にすぎない。描いた未来の実現のために、どのようなステップを踏んでいくかという戦略立案が、リーン・イノベーションのコンセプト・デザインフェーズの成果物になる。

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。
このエントリーをはてなブックマークに追加

1月28日の日経新聞電子版に次のような見出しの2つの記事が掲載された。
  • アップル純利益38%増、iPhone好調 10〜12月
  • ソニー1000人追加削減 スマホ事業、黒字化めざす
それらの記事によると、2014年の10月から12月( 3ヶ月)のiPhoneの販売台数は7446万台、ソニーの今年度(一年間)のスマートフォンの販売台数の見込みは4100万台だという。あらためてその差の大きさを実感する。2014年の世界のスマートフォンの総販売台数は13億台だったという(IDC)から、ソニーの4100万台という数字は3%程度のシェアだったということになる。これは「撤退」という選択肢が現実味を帯びてくる数字だ。

いつもソニーばかりを引き合いに出して申し訳ないが、ソニーが良くも悪くも日本のコンスーマエレクトロニクス産業を代表するブランドであるということは間違いないだろう。
情報の伝達や記録媒体(メディア)がデジタル化されたことによって、コンスーマエレクトロニクス産業の構造が大きく変化し始めた。その変化のスピードにソニーだけでなく日本のコンスーマエレクトロニクス産業全体が対応できていない。

いま起きている変化は、メディアがインターネットとクラウドに移りつつあるということだ。デジタル時代(過去)の製品は、その変化に対応できずに、インターネットにつながったスマートフォンの一機能やアプリとして呑み込まれてしまった。
iot sift

2001年1月にマックワールドエキスポで初めてiTunesを発表したとき、スチーブ・ジョブズは次のように言った。
“Mac can become the digital hub of our emerging digital lifestyle, adding tremendous value to our other digital devices.”

「Macは、浸透しつつあるデジタルライフスタイルにおけるデジタルハブとなって、いろいろなデジタルデバイスに素晴らしい価値を与えるだろう。」
デジタル時代はパソコンがハブとなり、USBによって接続されたデジタルデバイスの情報やコンテンツを別のデバイスやインターネットと交換していた。 
iot era
IoT時代はクラウドがハブになる。
Wi-Fiや4G/5Gの携帯電話網でインターネットにつながったモノが、APIによってクラウドと情報やコンテンツを交換する。そしてさらにスマートホンや他のクラウドサービス、インターネットにつながった他のモノと、それらの情報やコンテンツをやりとりするようになって「素晴らしい価値」を生み出す。

IoT時代においては、スマートフォンはクラウドの一部とも考えることができる。クラウド上のモノに関連する情報やコンテンツへアクセスするポータル(入り口)、あるいはインターネットにつながったモノに指示を与えるコントローラーがスマートフォンだ。  
ソニーにおけるスマートフォン事業は、IoT時代の携帯ミュージックプレイヤー、デジタルカメラ、テレビを含めたトータルのエレキの事業戦略を考える上で重要なものになるかもしれない。

日本のコンスーマエレクトロニクス産業が、デジタル時代からIoT時代への製品や市場の変化に対応するには、その経営戦略を大幅に見直す必要があると思う。
それらの多くの企業は、J.バーニーのRBV(リソース・ベースト・ビュー)という、技術や人材、あるいはブランドといった経営資源を強化することによって市場での競争優位を得るという考え方を基本にした経営戦略によって勝ち抜いてきた。他社が真似することが困難な差別化技術を磨き、そのための人材を育成し、高品質な製品によってブランドを構築することによって、そのドメインで長期的な繁栄を築くことができると信じてきた。

しかし、 IoT時代にはスピードを重視したダイナミックな新しい経営戦略が必要になる。
コンスーマエレクトロニクス産業の市場における技術の進歩のスピードは劇的に早くなり、競争の環境も非常に流動的になった。練り上げた中期計画に沿って、じっくり技術を育てながら新製品を開発するというスタイルでは勝つことはできない。
そして、IoT時代へ移行するということはメディアが変わるということだ。そこでは産業融合が必ず起きる。これまでの競合企業ではない新しいプレイヤーがその市場に参入し、顧客の価値観が変わってしまうこともある。そのような不確実性が非常に高くなってしまった競争環境において、既存の企業が生き残り勝ち抜いてゆくための新しい経営戦略を、自らの実践を通して確立していかなければならない。


Wedgeのこの特集記事でレポートしたように、シリコンバレーではIoTを前提にしたモノづくりのハードウェア・スタートアップが増え始めている。クラウドファンディングやベンチャーキャピタルなどの「スタートアップのエコシステム」がハードウェア・スタートアップにも対応し始め、世界中から失敗を恐れぬ起業家たちが集まっている。その盛り上がりは、スタートアップ・バブルと呼んでもいいようにも思えるが、多くの失敗の中からIoTの時代の覇者が誕生するかもしれない。

IoT時代は始まったばかりだ。いや、誰かがプロダクトによって、何が IoTなのかを示すまでは始まっていないのかもしれない。まだ誰にでもそのチャンスはある。

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。お問い合わせやご相談は、contact に @ibornb.red をつけたアドレスまでメールでお寄せください。
川手恭輔(Internet Born & Bred)
  
このエントリーをはてなブックマークに追加

日本からイノベーティブなプロダクトが生まれなくなってしまった原因が、シリコンバレーのスタートアップやその環境と比較して語られることがある。しかし、戦後の米国の資本主義経済の浮き沈みのなかで生まれてきた人材の流動性や多くのベンチャーキャピタルの存在を羨んでみたところで、一朝一夕にその環境を日本にコピーすることはできないだろう。そして「スタートアップ = イノベーション」ではない。既存の企業でイノベーションを起こそうとするものにとって、スクラッチから始めるスタートアップの活動はあまり参考にはならない。

リーン・イノベーションは、既存の企業でイノベーションを可能にする方法、さらにいえば、コンスーマーエレクトロニクス産業を念頭においた「新しい価値創造」のためのプロセスだ。

「既存の企業でのイノベーション」という表現は曖昧だったかもしれない。デジタル時代になって、特にコンスーマーエレクトロニクス産業の製品のライフサイクルが極端に短くなり、ひとつの事業ドメインにおいてインクリメンタルな技術の進歩による製品開発を繰り返すだけでは、長期的な事業の成長を維持していくことが困難になった。ヽ弯慧な技術を導入して製品をイノベーションするか、⊆社の保有技術を応用した新しい製品によって新しい事業ドメインに進出するか、のいずれかの事業戦略によってイノベーションに挑戦していかなければならない。
innovation_matrix
イノベーションのマトリックス(筆者作成)

モノのインターネットは、モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことを可能にした。モノのインターネットによって、それまでになかった新しい顧客価値を提供する画期的(イノベーティブ)な製品を開発するためのひとつの提案が、モノのデジタル・リマスタリングという考え方だ。
  1. モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する 
以前の記事で、大企業におけるイノベーションの難しさについてつぎのように書いた。
既存の企業のイノベーションに関して、多くの人々は悲観的だ。その理由については「イノベーションのジレンマ」をはじめとしてすでに多くの分析がなされている。例えば、成功した企業がさらなる成長のために最適化した組織が、病原菌が侵入した時の白血球のように、イノベーションを拒絶し死滅させるといった分析だ。
既存の企業や組織のなかでイノベーションに取り組んでいる、あるいはこれから挑戦しようと考えている人にぜひとも読んで欲しい素晴らしい本がある。

この本には、どんな人が既存の企業におけるイノベーションを可能にするかが書いてある。経営者がシリアル・イノベーターを社員の中に見つけることができたら、その企業のイノベーションは約束されたようなものだ(笑)。成功した企業がさらなる成長のために最適化した組織のなかで、白血球に殺されてしまう病原菌とならずにイノベーションを繰り返し起こしてゆく人をシリアル・イノベーターと呼んでいる。その要約や引用は(きりがなくなるので)しないことにする。翻訳も良いので、集中すれば二三日で読めると思うのでぜひ読んで欲しい。読み終えたときに自分に欠けていた行動を見つけることができたら、あなたは将来のシリアル・イノベーターだ。

リーン・イノベーションという進め方は、そんな「将来のシリアル・イノベーター」にぜひ参考にして欲しい。

lean innovation
リーン・イノベーションのプロセス例(筆者作成)

これはリーン・スタートアップの考え方あるいは精神を継承したもので、モノのデジタル・リマスタリングによってデザインした「新しい経験価値」を実現するためのプロセスだ。そのデザインを盲信してそのまま時間とお金をかけて作り上げてしまうと痛い目をみるとD.A.ノーマンもエリック・リースも言っているのだ(実は、僕はなんども痛い目を見ている)。しかし、自信満々の「将来のシリアル・イノベーター」は「自分は違う」と思うのではないだろうか。許されるのであれば、何度か痛い目をみたほうがいいのではないかとも思うのだが。

まず1st Stepとして現行の製品とアプリの組み合わせによる価値提案を行ってみる。もちろんそれだけで、いままでになかった新しい価値を実現することはできない。いわば仮説を検証するためのMVPという位置づけだ。モノのデジタル・リマスタリングによって創造しようとする新しい経験価値は、「モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる新しいユーザー体験」であり、それを実現する仕組みとして「ハード」と「ソフト」と「サービス」の役割分担を決めてとりあえずのゴールを描いたものがリーン・イノベーションのプロセスの3rd Stepになる。ここではもっと明確に「新しい製品(モノ)」とWebサービスとアプリとしている。「現行の製品とアプリの組み合わせ」は、1st Stepの実施例の1つにすぎない。End to Endで新しい経験価値を提供するというGoalに向かって、どのようなステップを踏んでいくかという戦略立案もコンセプトデザインの一環に含めるべきだろう。 

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。
このエントリーをはてなブックマークに追加

一年ほど前に「イノベーションのマトリックス」という図を描き、今年は日本の製造業のイノベーションについて考えてきた。
このブログでは「日本の製造業」という言葉を「生産・製造」ではなく、一般消費者向けの最終製品を開発する企業を指すものとして使っている。そして「モノづくり」とは、それまでになかった新たらしい価値を提供するハードウェアを創り出すことを意味している。

まず「iPodの創り方」で、それまでになかった新しい価値を生み出すプロセスを考えてみた。

温故知新:経験経済とモノのインターネット」では、日本の製造業のイノベーションには「経験価値(Experimental Value)」を考えることが必要であり、その価値を「モノのインターネット」によって実現できるのではないかと述べた。

そして、そのための「モノのデジタルリマスタリング」という方法論を提案した。
  1. インターネットによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品とWebサービスをデザインする  
ちょうどその頃、実際のコンサル案件のプロジェクトで、「リーン・イノベーション」で説明した最初のステップ(Lean 1st Step)の取り組みを始めた。 

lean innovation

そのプロジェクトは「GoProに見る 素晴らしい製品が生まれるもう一つのプロセス」で述べたような「自分がほんとうに欲しいものを作る"Scratch your own itch!"」というもので、その取り組みの中で次のようなことを考えた。

功利主義マーケティングのすすめ
あなたの顧客が諦めていること
バリュー・ドミナント・ロジックという考え方

プロジェクトの最初のステップの成果物であるiOSのモバイルアプリのDogfooding(ドッグフィーディング;自分で試すこと)をしながら、そろそろ充電が必要だと感じて「人々は新しいハードウェアを待ち望んでいる」という記事で、シリコンバレーのハードウェア・スタートアップの取材を月刊誌Wedgeに提案した。     

そのルポルタージュはWedge 2015年1月号に、「モノづくりの新潮流 始まったハードウェア・ルネッサンス」という11ページの特集記事として掲載していただいた。
このブログでは、その記事の予告編として「IoTはすでにハイプではない」を、そして記事の補足として「ハードウェアの逆襲」を書いた。

取材と記事の執筆をとおして「日本の製造業のイノベーションには『経験価値(Experimental Value)』を考えることが必要であり、その価値を『モノのインターネット』によって実現できるのではないか」ということを再確認することができた。

Wedge 2014年8月号で「SonyはなぜGoProを作れなかったか?」という記事を掲載していただいたり、このブログでもソニーについていくつかの批判的な記事を書いたのは、日本の革新的なモノづくりの象徴であるソニーには大きな期待を抱き、その復活を信じているからだとご理解ご容赦をいただきたい。
僕がTim Cookだったら...」や「カメラを再発明しよう」で、日本の製造業に僕なりのエールを送ったつもりだ。

 来年は、現在取り組んでいるプロジェクトの次のステップ(Lean 2nd Step, Lean 3rd Step)に着手し、コネクテッド・エクスペリエンスのデザインを完成させたいと考えている。
IoTの時代においては、すべてがサービス化すると考える必要があるという。テクノロジーの会社はどうしてもテクノロジーばかり考えてしまう。ハードウェアがインターネットにつながり、クラウドやスマートフォンのアプリケーションと連携することによって、どのようなサービスを生み出すことができるかという視点で考えるべきだ。そして、個別のインタフェースデザインだけでなく、全体を通してユーザーが感じるコネクテッド・エクスペリエンスをデザインすることが重要だ。(Wedge記事より)
一年間の主な記事へのリンク集みたいになったが、次の文(引用)でこのブログの今年の更新を締めくくりたい。
いま日本の製造業に必要なことは、一丸となって取り組むことができる明確な目標を自分たちでつくることだ。それを経営陣がコミットし、全社員が共有することができれば、一気呵成に技術的な課題を解決することは日本の製造業がもっとも得意とするところだ。(Wedge記事より)
それでは皆さま、よい年をお迎えください。
川手恭輔(Internet Born & Bred)
 
記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。
お問い合わせやご相談は、contact に @ibornb.red をつけたアドレスまでメールでお寄せください。

このエントリーをはてなブックマークに追加

Wedge 1月号(12月20日発売)の特集「シリコンバレーがかえる ものづくりの常識」で、「モノづくりの新潮流 始まったハードウェア・ルネッサンス」という記事の執筆を担当させていただいた。編集者の方との一週間ほどの現地取材で、ハードウェアにチャレンジするスタートアップ(日本でいうベンチャー企業)やその周辺の環境を構成する企業の人たちに行ったインタビューに基づいて書いたものだ。
Wedge (ウェッジ) 2015年 1月号 [雑誌]
Wedge編集部
株式会社ウェッジ
2014-12-20

これまでウェブサービスが中心であったスタートアップの対象が、ハードウェアの分野にも広がり始めた。その一つの理由は、 3Dプリンターなどによる新しい試作プロセスや、中国の深センなどのグローバルな製造インフラが、起業まもないスタートアップでも利用できるようになったことだ。
そしてもう一つの理由として、通信技術やセンサー技術の進化によってモノのインターネット(IoT)が実現可能になったことがあげられるだろう。あらゆるモノ(ハードウェア)はインターネットにつながって、モノに関係する情報やコンテンツをクラウドと交換する。そして人々が常に携帯しているスクリーンを備えたスマートフォンで、モノや情報をコントロールすることができるようになる。 それによって、これまでになかった新しい価値を顧客に提供し、既存のハードウェアを置き換えることができるのではないかというチャンスが見えてきたのだ。

取材先のベンチャーキャピタリストがハードウェア・ルネッサンスと表現した、このようなシリコンバレーの潮流に対し、記事中で次のような提言を行った。
一般消費者向けの製品をつくる日本の製造業がまず取り組むべきことは、自社の製品がインターネットにつながり、製品に関連する情報やコンテンツを、クラウドやスマーフォンのアプリケーションで扱うことができたら、顧客にどんな新しい価値を提供できるだろうかと考えることだ。
このブログの過去の記事で、アンゾフの成長マトリックにおける多角化について、製品と市場という軸を、それぞれの上位概念である技術とドメインという軸で表したイノベーションのマトリックスという考え方を紹介した。
innovation_matrix
,魯▲鵐哨佞水平型の多角化と呼んでいるものに近い。すでに獲得している経営資源やバリューネットワークの多くを活用してプロダクトのイノベーションを行う。写真というドメインにおいてカメラメーカーが新しいデジタル技術を導入し、フィルムカメラからデジタルカメラへのプロダクトイノベーションに成功した事例がある。
△麓社の既存の製品や保有技術に関連した新しい製品によって、別のドメインに参入するというアンゾフの集中型多角化だ。Appleが自社のコンピューター、OS、アプリケーションソフトウェアという製品・技術に関連したiPodという製品によって音楽という新しいドメインに参入したケースがあてはまる。(過去記事より)
Wedgeの記事中の「一般消費者向けの製品をつくる日本の製造業がまず取り組むべきこと」という提案は、このマトリックスの,冒蠹する。「カメラメーカーが新しいデジタル技術を導入し、フィルムカメラからデジタルカメラへのプロダクトイノベーションに成功した」ように、つぎは「モノのインターネットによってプロダクトのイノベーション」を行う必要がある。スマートフォンのカメラは、「モノのインターネット、すなわちカメラがインターネットにつながることによってデジタルカメラのイノベーションを起こした」と言うことができるだろう。「 カメラを再発明しよう」でも書いたように、既存のデジタルカメラはスマートフォン・カメラに置き換えられつつある。

Appleは保有技術の応用で「音楽」という新しいドメインに参入し△領磴鮗┐靴燭、すでに「音楽」というドメインにいたソニーが、コンピューターやインターネットとの連携によってウォークマンを進化させてiPod(のようなもの)を創ったとすれば,領磴箸覆辰拭

コンテンツや情報の媒体(メディア)がアナログからデジタルに変化するとき、デジタルシフトに遅れをとった企業が衰退し、新たなプレイヤーがその市場に参入してくる状況をデジタルコンバージェンス(産業融合)という。我々はカメラやiPodの例でそれを目の当たりにしてきた。そしていったんデジタルコンバージェンスの起きた市場は、さらなる変化を起こしやすくなることも見た。 フィルムカメラの時代は100年以上続いたが、デジタルカメラの成長は10年で止まった。ウォークマンを置き換えたiPodも、あっというまにiPhoneのアプリケーションに吸収されてしまった。カメラもiPodもゲームも、iPhoneのようなスマートフォンがあれば不要になってしまったように思える。それはネットに繋がらないハードウェアの運命だ。

しかし、イノベーションはそんなときに誰かが起こす。「カメラもiPodもゲームも、iPhoneのようなスマートフォンがあれば不要だ」「それはネットに繋がらないハードウェアの運命だ」と誰もが考えているとき、誰かが「あなたの顧客の諦めていること」に気づいて、それまでになかったまったく新しい価値を提供する。きっとそこにはモノのインターネットによって再定義された新しいハードウェアがある。前回も書いたようにハードウェアとは電気で動くモノに限らない。 

D.A.ノーマンは"Technology First, Needs Last "の中で次のように言っている。
The technology will come first, the products second, and then the needs will slowly appear, as new applications become luxuries, then "needs," and finally, essential.

まず技術が最初に来て、次に製品、そして新しいアプリケーションが快適になるに連れて「ニーズ」がゆっくりと顕在化し、最後にそれが必要不可欠なものになる。
一般消費者向けの画期的な製品を生み出してきた日本の製造業は、この流れを実際に体験してきたはずだ。そのワクワク感こそが、モノづくりに関わる人々のモチベーションだと思う。それは、取材でインタビューしたハードウェア・スタートアップの創業者たちが求めているものでもある。
いま日本の製造業に必要なことは、一丸となって取り組むことができる明確な目標を自分たちでつくることだ。それを経営陣がコミットし、全社員が共有することができれば、一気呵成に技術的な課題を解決することは日本の製造業がもっとも得意とするところだ。(Wedge記事より)

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。
このエントリーをはてなブックマークに追加

CIPA(カメラ映像機器工業会)が毎月発行しているデジタルカメラの生産出荷統計をみると、いまさらながらその落ち込み具合の酷さを実感する。 2010年の約1億2000万台をピークに、あっという間に今年は5000万台に届くかどうかというところまできてしまった。好調だった一眼レフカメラも2012年以降は勢いを失った。早晩、デジタルに取って代わられる前の銀塩カメラの市場規模(4000万台弱)あたりに落ち着いてしまうのかもしれない。半数以上の既存のデジカメメーカーはデジカメ市場からの撤退を検討すべきだろう。「カメラの再発明」をしない限りは。

カメラのほんとうのイノベーションはこれからだ」で書いたように、それは可能だと考えている。しかしそれを、既存のデジカメメーカーが行うか異業種の企業が行うかはわからない。すでに「カメラ」は誰にでもつくれるものになっている。

デジタル化によって写真市場には大きな変化が起きた。しかしデジタル化による同様の革命が起きた他の市場、例えば音楽や通信産業などと異なり、一般の写真市場には未開拓の領域がまだ残されている。
デジタルフォトは、マーケティングや技術のトレンドによって形成されてきた。カメラメーカーの競争は撮る技術にフォーカスされており、写真のもっとも重要な側面の一つである撮った後に写真を楽しむことについては無頓着であった。いま顧客視点から写真というものを見直して、まったく新しいコンセプトを一から創りだすことが求められている。それにはカメラとかインターネットの共有サイトとか通信手段とかの部分的なところにではなく、写真を撮る、すなわち想い出を残そうとする人々の基本的なニーズにフォーカスする必要がある。

私たちは皆、自分の人生や愛するものの写真を撮ったりビデオに収めたりすることが大好きだ。しかし、多くの人々はスマートフォンのカメラを使うようになってしまった。そこでは「画質」ではなく、「何ができるか」とか「どんな付加価値を付けられるか」ということが意味を持っている。スマートフォンのカメラが専用のカメラに完全にとって代わるかどうかということではなく、「いつも傍にあるカメラが一番いいカメラだ」というChase Jarvisの2009年の言葉が実証されたということだろう。
さらに言えば、特にソーシャルメディアでイメージを共有することがより簡単にできるなど、スマートフォンのカメラがカメラより圧倒的に優れている場合がある。

カメラは依然として本質的にダムデバイスで、その基本的な機能は変化していない。これは必ずしも悪いことではない。カメラは写真を撮るデバイスだ。しかし、変わったこともある。我々が撮る写真の量は劇的に増加し、Eメールやソーシャルネットワーク、オンラインストレージサービスなどを利用することによって、写真を即時に共有することも可能になった。厳選された写真だけがプリントされるようになり、その頻度はぜいぜい年に数回に激減した。あるいはプリントなど考えたこともない人も多いかもしれない。

フィルムが現像されプリントされた写真がまとまって戻ってくるときの感動は失われてしまった。写真は管理しなければならない単なるファイルになってしまい、それをカメラからパソコンにダウンロードしたり、それほど素晴らしくもないものも含まれる数ギガバイトの写真を整理したりという、気乗りのしない面倒な仕事をやらなければならなくなった。ほとんどの人にとって、これはじれったくてストレスが溜まるものであり、なによりも退屈で時間を浪費するものだ。

カメラのデジタル化によって、単にフィルムがセンサーに変わったということではなく、もっといろいろなことが可能になるはずだ。デジタル化は、我々が想い出を撮ったり、それを共有したり、保管したりする手段をもっと変化させる可能性を拡大する。
人々は人生の記録のための包括的なソリューションを求めている。
これが「人々が諦めていること」であり潜在的なニーズ」だ。あるソーシャルサービス開発のプロジェクトで、日米の一眼レフユーザーや日常的にスマートフォンのカメラを使う人々を集めてインタビューを行った際、次の質問をしたときにそれを実感した。
ところで、あなたの大切な人生を記録した写真はどこにありますか?
この問いかけには、実に様々な答えが返ってきた。グループインタビューの出席者が互いに質問や意見を言い合い、そして苦笑いをしながらそれぞれが「諦めていること」を告白し始めたのだ。「そうなんだよ、それが問題なんだ。」
今日の写真の問題の一つは、人々が生成した莫大なイメージを管理することだ。 
「人生の記録のための包括的なソリューション」は、スマートフォンのカメラとカメラとの機能的なギャップを埋めようとするのではなく、カメラが持つ基本的な優位点を理解しそれを生かすものでなければならない。人々は依然として旅行や幼稚園の卒業式などの大切なイベントでたくさんの写真を撮るためにカメラを持っていく。

「人生の記録のための包括的なソリューション」は、カメラというモノをデジタルリマスタリングすることによって導くことができるはずだ。
  1. モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する 
インターネットにつながったカメラというアイデアは、すでに現実のものとなりつつあり、WiFi機能を備えたカメラも手に入るようになった。これをカメラの他の機能と同じようにカタログ上のスペックにしてしまうのは実に残念なことだ。それは「人生の記録のための包括的なソリューション」の第一歩である。「WiFi機能搭載」と謳うのは、iPodを単なる「MP3再生が可能なハードディスク」と呼ぶことと同じ過ちである。

「大切な人生を記録したすべての写真」がクラウドにあれば、いつでもどこからでもスマートフォンやタブレットのアプリケーションからアクセスすることができる。その前提で可能になるこれまでになかった「新しいユーザー体験」をいろいろ考えることができるだろう。まずはそのアプリケーション(ソフト、サービス)からアイデアを組み上げてゆきコンセプトをデザインする。そのコンセプトを包括的なソリューションに落とし込むために、「ハード」「ソフト」「サービス」の役割を再定義するプロセスは、過去記事「 アプリケーションの時代」を参考にしてほしい。

デジタルフォトの世界に君臨したカメラメーカーは、その市場における支配力を失いつつある。スマートフォンベンダーやソフトウェアの大企業が徐々に写真市場での影響力を強めている。AppleやFacebookなどのサービスは、すでに包括的なソリューションを提供している。それらはいずれカメラメーカーを市場から駆逐してしまうかもしれない。しかし、カメラメーカーが「MP3再生が可能なハードディスク」ではなく、「人生の記録のための包括的なソリューション」を提供するカメラを再発明することによって、もうひと花咲かせることは十分に可能なのだ。 

デジタルフォトはインターネットとの接続という方向に進むことが自然な流れであり、他のコンスーマ市場を見ても明らかなように、真のエンドツーエンドのソリューションを提供した者が常に勝利を収める。それは果たしてカメラメーカーなのかスマートフォンベンダーなのか、はたまたスタートアップなど新しいプレイヤーなのか、それはいずれ明らかになるだろう。

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。
このエントリーをはてなブックマークに追加

7/15にAppleがIBMと企業向けアプリケーションで提携するという発表があった。

AppleとIBM、企業のモバイルを一変させるグローバルなパートナーシップを締結

スティーブ・ジョブズのiPod/iPhone/iPadによるコンシューマー・エレクトロニクス市場の破壊的イノベーションの時代が終わり、アップルは「普通のすばらしい会社」へ進み始めた。
そして7/22にはアップルの第3四半期の業績が発表された。それによると前年同期に対してiPhoneの販売台数は3120万台から3520万台に増加し、iPadは1460万台から1330万台に減少したが、全体的にはまずまずの業績のように思える。
 Q3
iPadの販売数は頭打ちになったようだが、IBMとの提携によるビジネス市場への進出によって、もうひと伸びが期待できるだろう。

ティム・クックはコンシューマー・エレクトロニクス市場において「これまでになかったまったく新しい価値」を生み出すことをあきらめたようだ。そんなことは、はじめから考えていなかったのかもしれない。今秋には新しいiPhoneや腕につける健康管理の時計のようなものを発表するだろう。あるいは買収したBeats MusicをiTunes Radioと統合した新しい音楽ストリーミングサービスを始めるかもしれない。アップルなりのデザインやまとめ方で、ちょっとクールな味付けがあるかもしれないが、それらはすでに手垢のついたモノやサービスだ。それらは彼が出すと約束している世界一の製品なのだろうか。

ティム・クックは非常に有能な経営者であり、ジョナサン・アイブも稀にみる優秀なデザイナーだ。二人ともどんな企業においてもすばらしい力を発揮できるだろう。しかし、アップルに次の破壊的なイノベーションをもたらすことはできないように思う。いや、すでに攻める側から攻められる立場に立ったアップルの経営陣や投資家にとって、不確実で大きなリスクのある破壊的なイノベーションの取り組みは必要でないのかもしれない。ジョブズのまき散らした種のうち、芽を出して大きく育った木に水や肥料を与えて、毎年できるだけ多くのリンゴを収穫するほうが安全で確実だ。ジョブズもそのために最適なティム・クックを後継者に指名したのだろう。自分のようなことは自分にしかできないという自尊心がそうさせたのかもしれない。ティム・クックを指名した時点で、アップルにおいて持続的なイノベーションのための最適化が始まった。

しかしどんなに手入れをしても木には寿命がくる。無理な収穫をすれば木は弱るし、台風などで一夜にして倒れてしまうかもしれない。今日のデジタル時代では、そのスピードやリスクは以前とは比べ物にならない。ジョブズが生きている間に芽が出なかったテレビや時計に、いくら水をやっても無駄だと思うし、小さな芽が出たとしてもそれを大きな木に育てるには、経営のノウハウやデーターではなく、偏執的な執念と子供のような感性が必要になる。

ビジネス市場へ参入し、そこからこれまでのような事業成長を獲得するには、中途半端な取り組みで済ますわけにはいかない。コンシューマー市場における継続的なイノベーションのシナリオを着実に実践する一方で、まったく文化の異なるIBMとのタフな取り組みに多くのリソースを投入することになるだろう。これはジョブズには絶対できない(我慢できない)ことだったと思う。アップルがティム・クックという優秀な管理能力を持った経営者の会社になったということの表れだろう。
IBMとの提携は、アップルのファンが抱いていたもやもやとした幻想をきれいに取り払ってしまったのではないだろうか。IBMとの提携がiPhone/iPadの浸透を前提としたものであるならば、Appleは現行事業を否定する破壊的なイノベーションを起こすことは難しくなる。

iPodは音楽プレイヤーと音楽コンテンツの流通市場を破壊し、iPhoneは携帯電話メーカーとキャリアのビジネスモデルを破壊し、さらにゲームやアプリケーションソフトウェアなどのコンテンツ市場にも大きな変革をもたらした。iPadはそれらをさらに加速し、ノートパソコンの市場にも大きなダメージを与えた。ジョブズが生きていたとしたら、次に破壊するものはあったのだろうか。
アップルはすでにコンシューマ・エレクトロニクス市場のトップに立っている。市場に破壊的なイノベーションを起こそうとすれば、少なからず自らの事業を破壊することを覚悟しなければならない。iPhoneによってiPodの事業は衰退した。iPhoneはiPodを飲み込み、パソコン、カメラ、ビデオカメラ、ゲーム機、テレビ、書籍や新聞のリーダーなどありとあらゆるモノを手の中の小さなデバイスに魔法のランプのように飲み込んでしまった。もう飲み込むものは無いようにも思える。しかし、そこから破壊的なイノベーションは始まる。
人々の基本的なニーズは不変で、技術によってその手段が変化してゆく。音楽を聴いたり、ランニングをしたり、写真を撮ったりする目的は人によってそれぞれ異なるだろうが、ひとりの人に注目すると、新しい技術によって提供された製品やサービスによってその方法が変わっても、その基本的なニーズは不変だということだ。技術の進化が無限であれば、人々が何かをする手段も無限に変化する可能性がある。(以前の記事から)
iPodの基本的な部分や機能、そのコンセプトやビジネスモデルは10年以上変わっていない。 iTunesがiPhoneの中の1つのアプリケーションになっても、さらにiOSの中に「音楽」として組み込まれiTunesというアプリケーションが見えなくなっても、クラウドから音楽を購入してダウンロードしてiPhoneで選んで聴くという流れは変わっていない。上述したような音楽ストリーミングサービスを始めるかもしれないが、それもすでに手垢のついてしまったものであり、「これまでになかったまったく新しい価値」を生み出すことにはならないだろう。
音楽を購入してダウンロードして聴くという体験と、定額の料金を支払いストリーミングで自由に好きな音楽を聴くという体験には大きな違いがある。しかしiPhoneのアプリで曲を選択してヘッドホンで聴くという古いスタイルでは、その違いを「これまでになかったまったく新しい(体験)価値」に転換することはできない。

例えば、手の中の魔法のランプから新しい画期的なデバイスを取り出して「iPodを再発明する」ことだ。その価値が市場に理解されるのに2〜3年かかるかもしれない。偏執的な執念と子供のような感性で顧客の思いを積み上げてゆくそのプロセスが、アップルのコンシューマーブランドをさらに強固なものにしていくはずだ。しかし、ティム・クックはSiriやMapの最初のつまずきで少し保守的になっているかもしれない。

少し前に、読もうと思っていた本の日本語翻訳(沈みゆく帝国)が発売された。しかしKindle版の価格(2000円)が単行本の価格と変わらなかったので、結局オリジナルのKindle版を購入して読んだ。

Haunted Empire: Apple After Steve Jobs
Yukari Iwatani Kane
HarperBusiness
2014-03-18


緻密で膨大な取材に基づいて書かれており、サムスンとの特許係争や中国での生産の問題、そしてアップルの人間関係など読み応えがあって非常に面白かった。その内容を否定する意見もあるようだが、取材元なども明確に示されていて僕はけっこう鵜呑みにしている。ティム・クックがわざわざ「ナンセンスだ」とコメントして話題になったが、逆に痛いところを突かれたという印象を与えてしまったようだ。
この本に書かれていることは、他の多くの大企業においてはさほど驚くことではないかもしれない。アップルもそれらの多くの大企業とおなじ「普通のすばらしい会社」になりつつあるのだろう。しかし、今の経営体制では「これまでになかったまったく新しい価値」を生み出すことは難しいだろう。
ジョブズとティム・クックは完璧な補完関係にあった。ティム・クックは自分がジョブズになれないことは一番よく知っているだろうし、なりたいとも思っていないかもしれない。もし万が一、ジョブズの代わりになり得る人材が居たとしても、ティム・クックがそれを認めて受け入れるとは思えない。ティム・クックはジョブズを補完できたが、ジョブズはティム・クックを補完することはできない。

この本を読んで、昨年10月にAmazon.comで195円で購入した本を思い出した。



これを途中まで読んで「Appleは未だにiPodで止まっている」を書いた。一時期Amazon.comから消えていたが、表紙が新しくなり508円になって再登場していた。きっと購入したものはβ版だったのだろう。 1980年からジョブズやアップルに関わっていた多くの人々の短いコメントが時系列に並んでいる。"Haunted Empire"を読んで、もう一度この本を(最後まで)読み返してみようと思った。

Haunted Empire(沈みゆく帝国)では、まるでシスの帝国のように語られてしまったアップルだが、帝国に破壊的なイノベーションをしかけるジェダイのスタートアップは現れるだろうか。

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。
このエントリーをはてなブックマークに追加

7/11,12に開催されたEvernote Days 2014 Tokyoでの脳科学者の茂木健一郎さんの特別講演が「イノベーションの起こし方」というタイトルでレポートされているが、そこで茂木さんはイノベーションを起こすために重要な概念が「セレンディピティ」だと言っている。
「セレンディピティとは”偶然の幸運”に出会うことです。ポストイットなどがまさにセレンディピティから生まれたもの。あれは接着剤を作っていたら、たまたま弱い接着剤ができて、ポストイットが生まれた。A を求めていたのに B に出会う。これがイノベーションです」

しかし、セレンディピティに出会うだけではダメだと茂木さんは言います。大事なのは出会ったことに気づき、それを活かすことなのです。
ちょうど一年前の最初の2つの記事で書いたように、僕もイノベーションにはセレンディピティが不可欠だと思っている。ただ、セレンディピティは、後半の「出会ったことに気づき、それを活かす」というところまでを含めた「偶然の出会いと察知力」という概念だと理解している。

このブログ「デザイン思考で行こう!」の最上位のテーマはイノベーションで、その対象は(日本の)モノづくり、そしてそれにデザイン思考という考え方で取り組もうという試みだ。

初めて「デザイン思考」という言葉の定義に出会ったのは、2008年6月のHarverd Business ReviewでTim Brownの次のような文章だった。
Put simply, design thinking is a discipline that uses the designer's sensibility and methods to match people's needs with what is technologically feasible and what a viable business strategy can convert into customer value and market opportunity.

デザイン思考とは簡単に言えば、採り得る事業戦略によって顧客価値と市場機会に転換することができ、かつ技術的に実現可能である何かを、デザイナーの感性と手法を用いて人々のニーズに調和させる専門分野である。 
2013年8月9日のHarverd Business ReviewのWeb記事に掲載された「集合知とデザイン思考」という記事には次のような説明があった。

そもそも「デザイン思考」とは何なのか?簡単に言えば、“人々の生活や価値観を深く洞察し、ユーザーが何を潜在的に求めているのかを感知しながら、プロトタイピングを通じて、新しいユーザー体験を提供するイノベーション・プロセス”である。
D.A.ノーマンの「誰のためのデザイン?」の改訂版The Design of Everyday Things: Revised and Expanded Editionで新たに追加された第6章 Design Thinkingでは次のように説明されている。
Designers first spend time determining what basic, fundamental (root) issue needs to be addressed. They don't try to search for a solution until they have determined the real problem, and even then, instead of solving that problem, they stop to consider a wide range of potential solutions. Only then will they finally converge upon their proposal. This process is called design thinking.

まずデザイナーは、 取り組むべき基本的で本質的な問題が何であるかを特定することに時間を費やす。そのほんとうの問題を特定するまで、その解決策を探すようなことはしない。さらに問題を特定した後でも、すぐにその問題を解決しようとするのではなく、立ち止まって広い視野で可能な解決策を広い視野で考える。そしてようやく自らの提案に集中する。このプロセスを「デザイン思考」と呼ぶ。
いずれも過去にこのブログで紹介したものだ。

前回の記事で書いた「あなたの顧客のあきらめていること」を見つけ出し、顧客に自分が無意識にあきめていたことを気付かせることができるモノやサービス(HOW)をデザインするプロセスもデザイン思考だ。上の二番目の説明ではHOWを「新しいユーザー体験」としている。
この「新しいユーザー体験」という表現は、D.A.ノーマンが言い始めたと言われている「ユーザー体験/ユーザーエクスペリエンス(UX)」とは少しニュアンスが異なるように思う。むしろ、B.J.パインと
J.H.ギルモアの"The Experience Economy: Work Is Theater & Every Business a Stage"にある経験価値(Experimental Value)という言葉に近い。
All prior economic offerings remain at arm's length, outside the buyer, but experiences are inherently.

これまでのすべての経済が提供するものは購入者から離れた外に存在するものであったが、経験は顧客の中に存在する。
では、この「新しいユーザー体験」をどのようにデザインすればよいのだろうか。たとえ「潜在的なニーズ」や「顧客の諦めていること」を発見したとしても、それを満たすためのモノやサービスを考えだす方法はどこにも書かれていない。残念ながら僕はブレーンストーミングという方法には懐疑的だ(
アイデアの思いつき方)。ブレーンストーミングはアイデアをブラッシュアップするには有効だが、新しいアイデアを生みだすことは難しいと思う。新しいユーザ体験をを思いつくにはセレンディピティが必要なのだ。
  • 新しい技術やインフラを見たとき、それまで抱いていた「どうしたらこの潜在的なニーズを解決できるだろうか?」という課題の意外な答えを発見する能力
このセレンディピティを発揮するためには、いつも「どうしたら...できるだろうか?」という課題をいくつも抱えている必要がある。茂木さんは次のような面白いことを言っている。
「人はもっとも高いパフォーマンスを出している状態が実は一番楽なんですよ。(中略)仕事に学びがあってパフォーマンスに結びついていると人は疲れないんです。自分のペースで仕事ができる人はフロー状態にあるんです。」
セレンディピティはこのフロー状態で発揮される。新しいモノやサービスを考えだす人達はきっといつもこのフロー状態なのだろう。

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。
このエントリーをはてなブックマークに追加

既存の企業(特に製造業)のイノベーションに関して、多くの人々は悲観的だ。その理由については「イノベーションのジレンマ」をはじめとしてすでに多くの分析がなされている。例えば、成功した企業がさらなる成長のために最適化した組織が、病原菌が侵入した時の白血球のように、イノベーションを拒絶し死滅させるといった分析だ。
iPodに携帯ミュージックプレイヤーの事業のトップの座を奪われたソニーの元社長は当時を振り返って「自分は工場を持っていたからiPodを(作りたかったけど)作れなかった」とまさにジレンマを語っていたが、はたしてiPodというイノベーションの答えを見いだすことはできていたのだろうか。iPodのほんとうの価値を思いついていたのだろうか。僕も含めて、答えを見てからならばなんとでも言える。

企業の成長戦略についてはアンゾフの成長マトリックスで俯瞰することができる。

anzof
このマトリックスではイノベーションという観点での分類はされていないように見えるが、アンゾフは多角化についてさらに水平型、垂直型、集中型、集成型という4つの分類をしている。このうちの水平型と集中型はイノベーションの戦略として、成長戦略に組み込むことができるのではないかと思う。製造業のイノベーション戦略を考えるには、製品と市場という軸を、それぞれの上位概念である技術とドメインという軸で表すとわかりやすい。すなわちイノベーションのマトリックスだ。

innovation_matrix

,魯▲鵐哨佞水平型の多角化と呼んでいるものに近い。すでに獲得している経営資源やバリューネットワークの多くを活用してプロダクトのイノベーションを行う。写真というドメインにおいてカメラメーカーが新しいデジタル技術を導入し、フィルムカメラからデジタルカメラへのプロダクトイノベーションに成功した事例がある。
△麓社の既存の製品や保有技術に関連した新しい製品によって、別のドメインに参入するというアンゾフの集中型多角化だ。Appleが自社のコンピューター、OS、アプリケーションソフトウェアという製品・技術に関連したiPodという製品によって音楽という新しいドメインに参入したケースがあてはまる。
しかし、もしソニーがiPodを創っていたとしたら,離僖拭璽鵑離ぅ離戞璽轡腑鵑棒功したことになる。そのプロセスを「iPodの創り方」という記事で考えてみた。

自社にない新しい技術を獲得して新しいドメインへ参入する、いわゆるコングロマリット化戦略は経営のより上位レベルでM&Aなどのオプションを含めて検討されるものであり、上記の2つのイノベーション戦略と同じ次元で考えられるものではない。

T.レビット マーケティング論(有賀裕子訳)
の「マーケティング近視眼」の先頭に次のような記述がある。「マーケティング近視眼」は2001年11号のダイアモンド社のハーバードビジネスレビューに掲載されたが、1960年にマッキンゼー賞を受賞しているという古い論文だ。人々はずいぶん長い間、イノベーションというテーマと格闘している。
鉄道が衰退したのは、旅客と貨物輸送の需要が減ったためではない。それらの需要は依然として増え続けている。鉄道が危機に見舞われているのは、鉄道以外の手段(自動車、トラック、航空機、さらには電話)に顧客を奪われたからでもない。鉄道会社自体がそうした需要を満たすことを放棄したからなのだ。鉄道会社は自社の事業を、輸送事業ではなく、鉄道事業と考えたために、顧客を他へ追いやってしまったのである。事業の定義を誤った理由は輸送を目的と考えず、鉄道を目的と考えたことにある。顧客中心ではなく、製品中心に考えてしまったのだ。
いったん鉄道事業のためのバリューネットワークを忘れて、「輸送」という顧客の基本ニーズに立ち戻り、そこからその時点で利用可能な技術やインフラを前提に、その「輸送」というドメインにおける新たなバリューを定義する。そしてそのためのバリューネットワークを再構築する。これはイノベーションのマトリックスの,鮃圓Δ燭瓩旅佑方であり、「iPodの創り方」で紹介した「モノのデジタルリマスタリング」という方法論の元にもなっている。
「鉄道」と「輸送事業」という二つの言葉を言い換えるだけで、いろいろな事業の衰退を形容することができる。「鉄道」を「携帯ミュージックプレイヤー」や「デジタルカメラ」や「ビデオカメラ」などに置き換えた場合、それぞれの「輸送事業」に対応する言葉は何だろう。
なぜイノベーションは稀にしか実現しないのだろうか。最もよく耳にする応え、そして私の見たところ最も罪深い答えは、人々が組織に隷属させられ、創造性を身につけられずにいるというものだ。その主張によれば、産業界が創造性をみなぎらせ、進取の精神に満ちた人材を多数採用してアイディアを披露するチャンスを与えれば、アメリカ企業の問題は全て解決するという。
・・・(中略)・・・
アイディアを次々と生み出す人々は、たいてい組織をどのように動かせばアイディアをかたちにできるかを知らない。とりわけ前例のない画期的なアイディアを実行する方法を知らず、多くの場合、「アイディアは放っておいてもイノベーションに繋がる」とう理解しがたい考え方に染まっているようだ。このような偏見では、着想とイノベーションは同義語になる。この種の考え方にとりわけ強く毒されているのが、ブレーンストーミングの信奉者で、自分たちの流儀こそが企業を救うと信じて疑わない。
これもマーケティング論の中の「アイデアマンの大罪」という章に書かれている文章だが、日本の企業(製造業)の場合はさらに深刻だ。多くの場合、そういった「アイデアを次々と生み出す人」は、組織から浮いた存在になっていて事業の中心から外れている。もちろん、そのアイデア自体が採るに足らないものであることが多い(ほとんどである)のかもしれないが、どちらにしても「画期的なアイデア」は周囲には理解できず、協調性や和を重んじる日本企業の中では相手にしたくない危険な匂いがする。画期的なアイデアとは、それが現実のものとなり人々にその価値が理解できてから画期的であったことが判明するのだから厄介だ。

日本の大企業(製造業)の「イノベーション」や「新規事業」という言葉のついた組織の人とお会いすることがときどきある。企業の期待を背負って創設された組織だと思うのだが、それらの方々の前職をお聞きすると、既存の事業の企画や販売や開発に携わっていたという方が多い。そして経営陣はそういった言葉のついた組織をつくるだけで変革が起きると期待しているように見える。任されたほうも組織の名前以外に明確な方向性を伝えられていないので、まずは何をしましょうかというところから始めるしかない。コンサルタントと高い契約をして、現状分析やアイデア出しのブレーンストーミングによって提案書を作成したりコンセプトのビデオを作ったりする取り組みを2〜3回繰り返したところで、経営陣が飽きてしまって組織が消滅する。

2012/7にHBR(ハーバード・ビジネス・レビュー)に掲載された"Reversing the Decline in Big Ideas"(ビッグアイデアの減少に歯止めをかける)に次のような記述があった。
 
"The only way out of this innovation gridlock is an expansion in founding team diversity. I believe the missing piece from the DNA in the founding teams of Transformational Companies is now the Domain Expert, who has deep insight into the industry they are trying to disrupt. Without a domain expert attempts at disruption are unimaginative and incremental at best.
There are so many industries ripe for technology startups to disrupt: Education, Health Care, Business, Art and Government just to name a few. But where are the domain experts ready to be paired with a team of rockstar engineers and superstar designers? "

イノベーションの停滞状況から抜け出す唯一の道は、創業者チームの多様性を拡大することだ。私は「変革型企業」の創業者チームのDNAに欠けているものは、彼らが変革を起こそうとしている産業分野に詳しいドメイン・エキスパートであると信じている。ドメイン・エキスパートなしでは変革の企ても想像力に乏しくなり大した成果も期待できない。
教育、ヘルスケア、ビジネス、アート、政府、その他にもテクノロジースタートアップの変革を待っている産業は数多く存在する。しかしロックスター・エンジニアやスーパースター・デザイナーとチームが組めるドメイン・エキスパートはどこにいるのだろうか?

全体の論旨は、新しい企業が既存の市場に変革を起こすためには“Founder Market Fit”(創業者と市場が適合していること)が必要であり、その創業者チームに必要な人材は時代とともに変わってきている。最初はHPやApple、Microsoftなどのように一人か二人のエンジニアと一人のセールスマンがいればよかったが、現在はデザイン思考などで語られているようにデザイナーの時代になった。しかし、それもすでに市場に適合しなくなっているということだ。これは起業して間もない「新しい企業」について書かれているのだが、既存の企業におけるイノベーションの取り組みにおいてもあてはまる。変革を起こそうとしている産業分野に詳しいドメインエキスパートとはどのような人のことをいうのだろうか。

GoProを創ったニック・ウッドマンはデジタルカメラやデジタルビデオカメラの産業におけるエキスパートではない。彼はサーフィンが大好きな起業家だった。GoProの前身となった会社を起こす前に、400万ドルの資金を得てオンラインゲームの会社を起業して失敗している。その後、レンズ付き(使い捨て)カメラを防水ケースに入れて腕に固定しサーフィン中に写真を撮影できるようにするためのバンドを作って売り始め、次に専用のフィルムカメラを作り、それからサーフィンのためのデジタルカメラを創った。バンドからデジタルカメラまでに5年かかっている。彼はサーフィンを撮影するということに、異常なまでの熱意と執念をもっていた。変革を起こそうとしているドメインのユーザー側のエキスパートだった。
もしサーフィン好きで起業家精神に溢れたニック・ウッドマンがソニーにいたらGoProを創れただろうか。

coverジョブズを発掘したAtariの共同ファウンダーであるノーラン・ブッシュネルが書いた"Finding the Next Steve Jobs"(次のスティーブジョブズを探せ)には、企業がそういった人物を探すための心構えが書いてある。変革のためのアイデアと熱意を持った人物を招き入れて力を発揮させるには経営者の考え方や企業側の体質を変える必要があると。(注:この本の邦訳が2014年5月に出版されたが邦題は「ぼくがジョブズに教えたこと」となっている)

冒頭に書いたように大企業(特に製造業)においてイノベーションを起こすのは非常に難しい。環境を整えてニック・ウッドマンを招き入れたとしても、周囲が彼についていけるとは限らない。しかし大企業が保有する経営資源を選択し活用することができる自由が与えられればいろいろなことにチャレンジできる。その多くは失敗に終わるだろう。ジョブズもウッドマンも失敗を経験している。それが浪費なのかイノベーションへの糧になっているのかを見極めるのは経営者の眼力だ。
イノベーションのマトリックスの始点に飽和・限界と書いたが、それが起こってから茹でガエルのようにイノベーションに取り組んだのでは遅い。アンゾフのマトリックスの市場浸透、製品開発、市場開拓の3つの成長戦略には必ず飽和・限界があることを認識する必要がある。

ノーラン・ブッシュネルはTechCrunchの記事のインタビューの中で次のように言っている。
"I actually think iPhone was actually an exchange of iPod ecology."
Appleは未だにiPodで止まっていると。
Appleでさえイノベーションへの挑戦を続けないと茹でガエルになってしまう。

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。
このエントリーをはてなブックマークに追加

このページのトップヘ