前回、「どこででもその場で選んだ音楽を聴きたい」という「潜在的なニーズ」を見つけた。

A brilliant solution to the wrong problem can be worse than no solution at all: solve the correct problem.

どんなに素晴らしいソリューションでも、それが間違った問題を解決しようとするものだとしたらまったく価値がない。正しい問題を解決しよう。

さて、それはノーマンのいう「正しい問題」なのだろうか。どんなにエスノグラフィ調査やフォーカスグループへのインタビューなどを行ったとしても正しいと断言することはできない。「見つけた」のは「正しい問題」ではなく、

  • 満たす価値がある
  • 満たすことが可能である

と判断した「潜在的なニーズ」であるということを意識しておかなければならない。結果的に、その「潜在的なニーズ」を顕在化できなかった場合は、

  1. 「潜在的なニーズ」であるとした判断が間違っていた
  2. それを顕在化させるためのプロダクトが間違っている

のいずれかを、その理由として考えるかもしれない。しかし、この2つにも大きな違いはない。あるいはどちらの理由なのかをはっきりさせることも難しい。そもそも「潜在的なニーズ」は存(実)在しないのだから、存在しなかったと結論づけるのもおかしい。顕在化させて初めて「潜在的なニーズ」であったことが証明できるということもできるかもしれないが、むしろ「新しいユーザー体験」を生み出したと考えたほうが自然だ。そして「潜在的なニーズ」は、「新しいユーザー体験」を生み出すための最初の取り組みの目標に過ぎない。なにやら禅問答のようだが。

2001年1月にマックワールドエキスポで初めてiTunesを発表したとき、ジョブズは次のように言った。

“Mac can become the digital hub of our emerging digital lifestyle, adding tremendous value to our other digital devices.”

「Macは、浸透しつつあるデジタルライフスタイルにおけるデジタルハブとなって、いろいろなデジタルデバイスに素晴らしい価値を与えるだろう。」

音楽に関していえば、この時点ではCDから音楽をiTunes/Macにコピーし、iTunesで音楽を管理・編集し、編集した音楽をCD-Rに焼き付けてCD Walkmanで楽しむという提案だった。

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この提案が解決しようとするユーザーの問題は、「たくさんあるCDを管理できない」というものだろう。曲ごとのメタデータから自動的に作成したデータベースによって、ユーザがアーティスト名やジャンルなどから曲を探し、選んだ曲でプレイリストを編集することができる秀逸なユーザーインタフェースを備えたiTunesというアプリケーションでそれを解決する。

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そして2001年10月にiPodが発売された。1,000曲の音楽と、iTunesのデータベースと編集したプレイリストをそのまま持ち運べるようになった。さらにスクロールホイールという画期的なユーザーインタフェースによって、「どこででも(1,000曲の中から)その場で選んだ音楽を聴くことができる」という新しいユーザー体験を生み出した。

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2003年4月にiTunes Music Storeを開始したが、その10月にようやくWindowsへのiTunesの提供を開始しMacの呪縛から解放されたiPodのブレイクが始まる。

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iTunes Music Storeを始めるにあたっては、技術的問題ではなく既存のバリューチェインにおける既得権を守ろうという抵抗勢力との戦いに時間がかかったが、その間にWindowsにiTunesを提供することもできたはずだ。「どこででもその場で選んだ音楽を聴きたい」という潜在的なニーズを満たし、新しいユーザー体験を提供するiPodという画期的なデバイスは、単なるMacの魅力を向上させるための一つの周辺機器という位置づけをはるかに超える価値を持っていた。iPodを発表したときジョブズはそれに気付いておらず、頭の中の計算は依然としてMac > iPodだったのだろうか。

では、ジョブズのようにMacというしがらみを持たない我々の場合はどう考えることができるだろう。
「どこででもその場で選んだ音楽を聴きたい」という「潜在的なニーズ」から再スタートしよう。Walkmanという実現モデルを「どこででも自分の選んだ音楽を聴きたい」という抽象モデルにし、そこから新しい技術やインフラで満たすことができる「潜在的なニーズ」を見出そうとしていた。そして、Sound Jam MPを見たときセレンディピティが発揮されて「これで音楽を全部持って行けるようにすることができそうだ」という発見をし、「新しいユーザー体験」を生み出すための最初の取り組みの目標として、「どこででもその場で選んだ音楽を聴きたい」という「潜在的なニーズ」を設定した。すべてのCDの音楽をWindows PCやMacに入れてSound Jam MPをベースにしたアプリケーションソフトで管理し、それをミュージックプレイヤーにコピーすればいいのだ。では、曲ごとのメタデータによって自動的に作成したデータベースによって、ユーザがアーティスト名やジャンルなどから曲を探し、選んだ曲でプレイリストを編集することができる秀逸なユーザーインタフェースを備えたアプリケーションを作ろう。

持ち運ぶ音楽の数がCD数枚分とか数百曲とかの段階であれば、「どこででもその場で選んだ音楽を聴くことができる」という最初に設定した「潜在的なニーズ」を満たしたということにとどまるかもしれない。しかし、持っているCDの全ての音楽をミュージックプレイヤーに入れることができたら話はちょっと違ってくる。「自分で選べる」ということが「数千曲から選ばなければならい」という新たな問題に変わる。確かにiTunesのデータベースとクリックホイールによって、いろんな条件で曲を探すことは非常に簡単だ。しかし、人の記憶や感覚で聴きたい曲を思い浮かべられる範囲には限界がある。その外側にある曲はなかなか「あの曲を聴こう」と探す対象とはならずに埋もれてしまう。「全部の音楽を持っていく必要なんかない」と誰もが考えたと思う。自分で聴きたい音楽を選ぶのであれば、事前に好きなアーティストや最近購入したCDから絞り込んでおいた方が便利だと。

「どこででもその場で選んだ音楽を聴くことができる」という最初に設定した「潜在的なニーズ」から実現モデル、すなわちユーザー体験をデザインする過程でこんな壁にぶつかったとき、CD数枚分とか数百曲ではなく数千曲や数万曲の音楽を持ち運ぶことができるとしたら、まったく新しいユーザー体験を提供できるのではないかと考えた人がいた。そして「ユーザーが音楽を選ぶ」のではなく、ミュージックプレイヤーが勝手に選んだ曲をプレイするという発想の転換をした。まったくランダムなシャッフルモードから、ユーザーが気に入った一曲に関連性のある曲を
ミュージックプレイヤーが選ぶジーニアスというプレイリストまで。シャッフルモードで聞いていて、普段なら選ぶことがなかったはずの曲が、その時の環境や気持ちなどで印象が全く違うものになっていたことはないだろうか。CDを買って一度しか聞かなかったようなアルバムの記憶にない一曲がかかって、そこからそのアーティストの曲の探索を始めたことがなかっただろうか。これは、まさにこれまでになかった新しい体験だ。

iPodの発明から12年が経過した。その間に、デバイスやクラウドが集積可能なコンテンツや情報の量とその集積コストのバランスが劇的に変化した。そしてコンテンツや情報の膨大な集積をベースにしたさまざまなアプリケーションが、それまでに想像もできなかった新しい価値を生み出した。人間のイマジネーションを超える量のコンテンツや情報を手のひらの上で管理できるようになったのだ。ブッシュネルがこう言っていた。

"I actually think iPhone was actually an exchange of iPod ecology."

そろそろ誰かが次のiPodを発明してもいい頃だ。
 
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川手恭輔(Internet Born & Bred)