デザイン思考で行こう!

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モノづくりのデザイン思考 (連載 11)

一般消費者向けの製品をつくる製造業では、技術シーズから新しい製品の企画・開発がスタートすることが多いと思います。むしろ、画期的な製品は革新的な技術によって生み出されています。D.A.ノーマンは、自身のエッセー"Technology First, Needs Last"の中で次のように言っています。
まず技術が最初にあって次に製品、そして新しいアプリケーションが快適になるに連れてニーズがゆっくりと顕在化し、最後にそれが必要不可欠なものになる。
アプリケーションとは、その製品によって提供される体験と考えて良いでしょう。問題あるいはニーズは、それを解決する(満たす)製品が現れて初めて顕在化する。それまで潜在的なニーズというものは存在しない。新しい製品が現れてから、あたかも潜在していたニーズが顕在化したように見えるだけだということです。 

イノベーションはシーズ起点

デザイン思考や人間中心デザインの提唱者でもあるノーマンは、それらのアプローチ、すなわち本当の問題を特定してからその解決策を考えるというアプローチでは製品の機能や仕様の改善にしか結びつかない。ラディカル(不連続)な技術革新がなければ、イノベーションを起こすことはできないとも言っています。

近年、AIが機械学習、特にディープラーニングという技術によって飛躍的に進化し、デジタル(コンピュータ)そしてインターネットの次の、あらゆる経済活動で広く用いられる重要な汎用技術(GPT)になる可能性を帯びてきました。AIは(恐らく)次のイノベーションを可能にするラディカルな技術革新でしょう。

しかしシーズ起点で、(例えばAIなどの)革新的な技術によって実現が可能になる画期的なアイデアを考えても、それをそのまま製品化してしまうと「釘を探すハンマー」をつくってしまうことになりかねなません。打つべき釘(ニーズ)がなければハンマー(製品)に価値はありません。そのような製品はソリューションウェアと呼ばれています。技術シーズからソリューションウェアをつくってしまわないためには、その製品のアプリケーションが顕在化しようとしているニーズを明確にすることが必要です。 

デザイン思考はニーズ起点

デザイン思考とは「何らかのシーズと人々のニーズとを調和させてプロダクトをつくるための方法論」で、そのシーズは「技術的に実現可能なもの」「顧客価値と市場機会に転換できるもの」とされています(IDEO ティム・ブラウン)。前者はプロダクトのアイデア、後者は技術やデータやコンテンツなどの企業の保有資産と考えるとわかりやすいでしょう。

デザイン思考のプロセスはニーズを起点にしています。IDEOで実施されているプロセスは「観察」というステップから始まります。
  • 現実の生活における人々を「観察」し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す
そして発見した問題やニーズを解決したり満たしたりすための、技術的に実現可能な製品のアイデアを考えます。この段階でアイデアの実現に必要なシーズが選択されるので、それは自ずとニーズと調和します。

シーズ起点で顧客領域に遡上する

設計工学において用いられているプロセス論では、顧客領域で明確に定義した顧客ニーズを機能領域において要求仕様に落とし、それを実体領域で設計してプロセス領域で生産するとされています。機能領域の要求仕様は顧客領域のアウトプットの顧客ニーズの写像であるべきですが、技術シーズを起点にすると顧客領域のステップがスキップされて機能領域からプロセスが始まり、利用可能な技術の視点からエンジニアによって顧客ニーズが設定されて要求仕様が決められてしまいがちです。 
Axiomatic
出所:公理的設計 , Nam Pyo Suh
 
シーズ起点で「シーズと人々のニーズとを調和させる」には、機能領域から顧客領域に遡上して「観察」を行う必要があります。しかし、すでに機能仕様が想定されていると、答(機能仕様)のための問題(ニーズ)を無理に見つけようとしたり創り出したりしてしまう危険があります。

基本的なニーズを再定義する 

人々の基本的なニーズは不変ですが、技術によってそれを満たす手段が変化してきました。音楽を聴いたり、写真を撮ったり、ランニングをしたりする目的は人によってそれぞれ異なるでしょうが、「ひとりの人」に注目すると、新しい技術によって提供された製品やサービスによってその方法が変わっても、その基本的なニーズは変わらないということです。

まず、あなたが提供する製品を使う人々の基本的なニーズを再定義します。「いつでもどこででも好きな音楽を聴いていたい」「子供が生まれたので、その成長を記録して家族の幸せを残しておきたい」というように、あなたの顧客の「ひとりの人」になりきって(Empathize)できるだけ具体的に考えることが必要です。それは顧客も意識していないことかもしれませんし、あなた(製品の提供者)も明確に定義したことがないことかもしれません。携帯音楽プレーヤーは「音楽を聴くもの」で、カメラは「写真を撮るもの」だと、あたりまえに考えているかもしれません。

もちろん「ひとりの人」は何人もいます。カメラで子供の成長ではなく、旅行の思い出を記録しようと考える人もいます。それらは同じものではなく別々の基本的なニーズです。その別々の基本的なニーズを再定義します。基本的なニーズが不変という意味は、「ひとりの人」にずっと不変に存在するということではありません。子育てが終わった人の「子供の成長の記録」という基本的なニーズは消滅するかもしれませんが、それは別の「ひとりの人」の基本的なニーズとして新たに生まれます。

製品のコンセプトを定義する

あなたがシーズ起点で考えた「革新的な技術によって実現可能になる画期的なアイデア」は、現在の製品を使っている顧客が抱えている、どのような問題を解決しようとしているのでしょうか。再定義した「人々の基本的なニーズ」を満たす「手段」をどのように変えるものなのでしょうか。

ここでの「観察」は問題を探すことではなく、そのアイデアすなわち画期的な手段が解決しようとしている、これまでの手段の問題やニーズを明確に定義することが目的です。それが製品のコンセプトになります。その問題を解決することによって、顧客はどのような新しい体験の価値を得られるのでしょうか。その問題は、すでに存在する他の手段で解決できてしまわないでしょうか。その問題は、あなたが解決する価値があるのでしょうか。その問題は、まだ誰も気づいていないでしょうか。これらの質問にシンプルに答えておかなければなりません。

「ひとりの人」「基本的なニーズ」そして、それを満たすための新たな手段が「解決しようとする問題」の明確な定義が、顧客領域の写像として機能領域へのインプットになります。
 
ご相談やお問い合わせは、contact に @ と ibornb.red をつけたアドレスまでメールでお寄せください。 

お断り これは連載のために過去の記事を書き直したものです。

モノづくりのデザイン思考 (連載 9)

人々の基本的なニーズは不変で、新しく生まれた技術によって、その手段だけが変化して行きます。技術の進化が無限であれば、人々が何かをする手段も無限に変化する可能性があります。

イノベーションを起こすためには、製品やサービスを利用する人々の基本的なニーズを再認識して、そのために提供されている現在の製品やサービス(手段)はどれも未完成で、変えることが可能なものだと信じることが必要です。この考え方で「デザイン思考」を補完して、イノベーションの取り組みに活用することができます。

デザイン思考とその具体的なプロセスは広く学ばれ実践されていますが、IDEOで実施されているプロセスは次のようなものです。
  1. その市場、クライアント、テクノロジー、そして与えられた問題に関して認識されている制約事項を「理解」する
  2. 現実の生活における人々を「観察」し、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す
  3. それまでになかった新しいコンセプトとそれを使うであろう顧客を「視覚化」する 
  4. 「プロトタイプ」を評価し洗練することを何回も素早く繰り返す
  5.  新しいコンセプトを市場に出すために「製品化」する
「理解」は、IDEOのようなコンサルティング会社として、クライアントすなわち製品やサービスを提供する側の状況を理解するということです。コンサルタントとしてクライアントの経営課題に取り組む場合でも、自社の製品やサービスのイノベーションに取り組む場合でも、その会社(自社)の事業の市場や関連するテクノロジーを理解し、そして直面する経営課題に関して認識されている制約事項を理解することなくしては始まりません。もちろん、制約事項に捉われていたのではイノベーションのジレンマに陥ってしまいます。

デザイン思考のプロセスはニーズの発見を起点にしています。現実の生活における人々を「観察」し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す。

しかし問題あるいはニーズは、それを解決する(満たす)答えが現れて初めて顕在化することがあります。それまで潜在ニーズというものは存在しない。iPodやiPhoneのような画期的な製品の場合、答えが提供されてから新たなニーズが生まれたと考えるべきでしょう。
かつては「必要は発明の母」であり、人々が必要と求めるものが先にあり、科学者や企業はそれを察知して発明にいそしむのが常であった。生活や生産からの要求を技術者が追いかけていたのだ。ところが、今や「発明は必要の母」となった。人々は新たに発明されたものを見て、実は必要性があったのだと錯覚して生活に取り入れるようになったからだ。企業が提供する科学・技術に先導され、余分なものでも必要と感じて買いこむというふうに順序が逆転したのである。
科学と人間の不協和音(池内 了)
「人は形にして見せて貰うまで、自分は何が欲しいのかわからないものだ」と言ったスティーブ・ジョブズは、どのようにしてiPodやiPhoneのアイデアを思いついたのでしょう。

D.A.ノーマンは「誰のためのデザイン?」の改訂版で次のように述べています。
インクリメンタルなイノベーションは既存の製品をもとにそれらをよりよくするという取り組みである。それに対しラディカルなイノベーションは何もないところからスタートし、何かを可能にする新しい技術によってドライブされることが多い。HCD(人間中心設計プロセス)のデザイン手法はインクリメンタルなイノベーションに適している。ラディカルなイノベーションを導くことはできない。
ISOで規定されているHCDやデザイン思考のプロセスは、インタラクティブ・システムや、そのほかの製品やサービスのユーザビリティ改善のために考えられたものです。ノーマンはそれらの取り組みをヒル(丘)クライミングと呼び「ヒルクライミングは、登り始めた丘の頂上を発見することができるかもしれないが、最良の丘を上っているとは限らない。別の丘を登るためには、それを可能にする新しい技術が必要だ」と言っています。

イノベーションに取り組む人が「存在しない潜在ニーズ」に気づくためには、まず新しい技術を発見しなければなりません。それには利用可能な技術を見極めて応用する力が必要になります。

すでにiPodやiPhoneの前に、メモリーを内蔵した携帯型の音楽プレーヤーやスマートフォンは存在していたので、ジョブズは、それらを変えることによって、それまでにない新しい経験を提供できると考えたのだと思います。「登り始めた丘を登る」ということは経験の改善を目指す取り組みを指し、そして「別の丘を登る」とは新しい経験を創り出すことを意味しています。ジョブズは、変えるための新しい技術(シーズ)を先に発見していたはずです。

音楽や写真やコミュニケーションやゲームなどのコンテンツや関連する情報がデジタル化されることによって、それらの市場にデジタル・コンバージェンス(産業融合)が起きました。いったんデジタル・コンバージェンスが起きた市場では、さらなる変化を起こしやすくなります。 それはアナログ時代に比べて、メディアの技術革新が頻繁に起こるようになったからです。ウォークマンに取って代わったiPodも、あっというまにアプリケーションの一つとしてiPhoneに吸収されてしまい、さらにストリーミング配信がインターネットを利用した音楽配信サービスの主流になりつつあります。「外出先で音楽を楽しみたい」という人々の基本的なニーズは不変ですが、音楽を記録し保管し伝送するメディアの進化によって、音楽を楽しむための新しい手段が次々に生まれています。

いま、自社の製品やサービスのイノベーションすなわち「別の丘を登る」ために必要な新しい技術として、デジタル化された情報やコンテンツを記録し保管し伝送し表示するメディアの進歩に注目すべきです。製品やサービスに関連する情報やコンテンツの新しい流れを作ることができないか。昨日までは難しかったことが、明日には可能になるかもしれない。それによって、これまでにない新しい経験を提供できないだろうか。製品やサービスに関連するコンテンツや情報の新しい流れをデザインし、その流れに合わせて製品やサービスを再定義する。

IDEOの共同創業者のティム・ブラウンは、デザイン思考とは、何らかのシーズと人々のニーズとを調和させてプロダクトをつくるための方法論だと定義しています。「視覚化」のステップでは、ストーリーボードやビデオなどを使って、まだ存在しない未来の製品やサービスが提供されたときの人々の生活や行動を「視覚化」します。それによって未来の人々の経験を客観的に「観察」し、シーズとニーズが調和しているかを検証することができます。

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お断り これは連載のために過去の記事を書き直したものです。

モノづくりのデザイン思考 (連載 6)

顧客中心のデザインプロセスあるいはイノベーションプロセスとして「デザイン思考」というアプローチがあります。これは米国の有名なデザイン会社であるIDEOや、スタンフォード大学のデザインスクール(d.school)などにおいて提唱されたもので、その考え方や方法論が広く学ばれ実践されています。

D.A.ノーマンは、エンジニアとビジネスパーソンに対するデザイナーという軸で、デザイン思考を次のように説明しています。
まずデザイナーは、 取り組むべき基本的で本質的な問題が何であるかを特定することに時間を費やす。そのほんとうの問題を特定するまで、その解決策を探すようなことはしない。さらに問題を特定した後でも、すぐにその問題を解決しようとするのではなく、立ち止まって広い視野で可能な解決策を広い視野で考える。そしてようやく自らの提案に集中する。このプロセスをデザイン思考と呼ぶ。
例えば、ビジネスパーソンが「CDウォークマンが大きすぎるから小さくしてくれ」とか「CDがかさばるから携行しやすくしてくれ」などと言う。それを受けたデザイナーは、それにまともに対応するのではなく、顧客が「大きすぎる」とか「かさばる」といった不満を言うのはなぜだろうと、その裏にある取り組むべき基本的で本質的な問題は何かを考えることから始めるということです。

設計工学において(主に機械工学で)用いられているプロセス論に図に示すようなものがあります。
Axiomatic
出所:公理的設計 , Nam Pyo Suh

顧客領域で明確に定義した顧客ニーズを、機能領域において要求仕様に落とし、それを実体領域で設計してプロセス領域で生産する。機能領域の要求仕様は顧客領域の顧客ニーズの写像であるべきですが、エンジニアは機能領域から関わることが多く、すでに他者によって要求仕様が指定されていたり、あるいは利用可能な技術の視点からエンジニアによって、顧客領域であるはずの顧客ニーズが設定されてしまったりもします。N.P.スーの著書「公理的設計 - 複雑なシステムの単純化設計」の中でも顧客領域についてはほとんど触れられていません。

この顧客領域から顧客中心で取り組もうというのがデザイン思考です。そしてその考え方はデザイナーの世界から提案され、大学やデザイン学校の先進的なカリキュラムとなっていますが、まだ設計工学(デザイン・エンジニアリング)の世界には浸透していないようです。そのため、デザイン思考はデザイナーによって語られ用いられ、 デザイナーが顧客領域に関与できるサービス業やウェブ・サービスなどの分野で成果物を生むにとどまっています。
製品のイノベーションには2つの形がある。その1つは自然な、ゆっくりとした進化のプロセスによって起こるものであり、もう1つはラディカル(不連続)な新しい発明によって可能になるものだ。一般に、人々はイノベーションをラディカルで大きな変化と考えがちであるが、もっとも一般的でパワフルなイノベーションは実際には小さくインクリメンタルなものだ。 
 
インクリメンタルなイノベーションは既存の製品をもとにそれらをよりよくするという取り組みである。それに対しラディカルなイノベーションは何もないところからスタートし、何かを可能にする新しい技術によってドライブされることが多い。 
ノーマンはさらに「顧客中心のデザイン手法はインクリメンタルなイノベーションに適しているが、ラディカルなイノベーションを導くことはできない」と述べています。しかし、技術だけからの発想では「釘を探すハンマー」と揶揄されるようなニーズのない、あるいはニーズを顕在化することができない製品やサービスをつくってしまうことにもなりかねなません。

製品が革新的であるか否かと、それを可能にした技術がラディカルなものかインクリメンタルなものかとは関係がありません。それは、1979年に発売された初代ウォークマンを開発するきっかけになったエピソードからもわかります。
そもそもは井深(大、ソニー創業者)さんが海外出張に行く際に、飛行機の中で自由に音楽を聞きたいということで、「何かおもしろいものはないか?」と、当時テープレコーダーを作っていた私の部署に、ふらりと来たことがきっかけだったんだ。

私たちは現場で、既にソニーが発売していたモノラルタイプの小型テープレコーダーを、ステレオタイプに改造して遊んでいたんだよ。手のひらに乗るほど小さな機器だったんだけれど、ヘッドフォンにつなぐといい音が出せたんだよね。

それを井深さんに頼まれて、飛行機に持ち込めるような形にした試作品を作ったんだ。小さくしたままステレオ化するために、スピーカーと録音機能を外して、再生専用機にした。これが初代ウォークマンの試作機だよ。

井深さんから相談を受けた大曽根さんは(飛行機の中だけでなく)歩きながら音楽を聴くという、それまでになかった新しい経験を人々に提供する革新的な製品を創り出しました。

IDEOの共同創業者のティム・ブラウンは、デザイン思考を「採り得る事業戦略によって顧客価値と市場機会に転換することができ、かつ技術的に実現可能な製品やサービスを、デザイナーの感性と手法を用いて人々のニーズに調和させる専門分野である」と定義しています。すなわちデザイン思考とは、何らかのシーズと人々のニーズとを調和させてプロダクトをつくるための方法論であり、そのシーズは「技術的に実現可能なもの」「顧客価値と市場機会に転換できるもの」ということです。前者はプロダクトのアイデア、後者は技術やデータやコンテンツなどの企業の保有資産と考えるとわかりやすいと思います。この顧客中心のデザイン思考の考え方は、革新的な製品を生み出そうとするときにもきっと役に立ちます。

技術も必ずしも自前のものである必要はないでしょう。逆に自前の技術にこだわると、それが足かせになって画期的なアイデアの実現を妨害してしまうこともあります。デジタルとインターネットの現代においては、複数の技術を組み合わせて応用することが求められます。事実、iPhoneには日本の多くの革新的な技術が使われています。

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お断り これは連載のために過去の記事を書き直したものです。

リーン・イノベーションは、既存の企業でイノベーションを可能にする方法、さらにいえば、コンスーマーエレクトロニクス産業を念頭においた「新しい価値創造」のためのプロセスとして提案している。そして、イノベーティブな製品を創る手段として「モノのデジタル・リマスタリング」という方法を用いる。
  1. モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する  
アンゾフは、企業の成長マトリックスにおける多角化を、さらに水平型、垂直型、集中型、集成型という4つの分類をしている。このうちの水平型と集中型に注目し、製造業のイノベーション戦略を考えるために、技術とドメインという軸で表したものがイノベーションのマトリックスだ。
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リーン・イノベーションは、このマトリックスに示した,凌緤新燭梁審儔修里燭瓩寮鑪で、新技術としてモノのインターネット(IoT)を用いる。

リーン・イノベーションの精神はエリック・リースの"The Lean Stratup"に学び、そのプロセスはIDEOにおいて実施されているデザイン思考のプロセスを参考にしている。
IDEOのトム・ケリーによる"The Art of Innovation: Success Through Innovation the IDEO Way"の中で、IDEOにおいて実施されているデザイン思考のプロセスの5つのステップが紹介されている(これはスタンフォード大学のデザインスクール、d.schoolで使われているテキストとはちょっと異なるようだ)。
  1. その市場、クライアント、テクノロジーを理解し、そして与えられた問題に関して認識されている制約事項を理解 する。後でそれらの制約事項に挑戦することもあるが、まずは現状の認識を理解しておくことが重要だ。

  2. 現実の生活における人々を観察し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す。

  3. それまでになかった新しいコンセプトとそれを使うであろう顧客を視覚化する。 一部の人々は、このステップを未来を予測することだと考えている。そしてこのプロセスの中で最もブレインストーミングを必要とするフェーズである。視覚化はコンピュータを使った演出やシュミレーションの形式をとることが非常に多いが、IDEOでは毎年数千もの模型やプロトタイプも作成されている。新しい製品のカテゴリーの場合は、合成したキャラクターと、ストーリーボードに図で描いたシナリオを使ってユーザー体験を視覚化したりする。場合によっては、まだ存在しない未来の製品が提供されたときの生活をビデオにしたりもする。

  4. プロトタイプを評価し洗練することを何回も素早く繰り返す。最初の頃のプロトタイプは変更することになるので、あまり執着しないようにしている。どんなアイデアでも改良しなければ大したものにはならないので一連の改良を加えることを前提としなければならない。社内のチーム、クライアントのチーム、プロジェクトに直接参加していない有識者、ターゲット市場を形成する人々などからのインプットを得るようにする。何が機能して何が機能していないのか、何が人々を戸惑わせているのか、人々はどのように感じているかなどを注意深く観察し、繰り返しの中で徐々に製品を改良してゆく。

  5. 新しいコンセプトを市場に出すために製品化する。このフェーズはしばしば長期間にわたり、開発プロセスの中でも技術的にもっともチャレンジングだ。しかし、IDEOのこれまでのすべての創造的な仕事は、IDEOが持つ製品化を成功させる力への信頼の証しだと信じている。
(筆者訳)
これまでこのブログでは、リーン・イノベーションについての説明を、この3つ目のステップに相当するところまで進めてきた。筆者が実際のプロジェクトで試行錯誤しながら考えたことを書いているので多少のブレはご容赦願いたい。ここまでがコンセプトをデザインするフェーズであり、次はいよいよ(?)開発フェーズに入る。 

この先でも、コンセプト・デザインフェーズについて書くつもりだが、ここで、その5つのステップを整理しておく。各ステップの具体的な方法は、これまでバラバラに書き下ろしてきたが、それらもいずれちゃんとまとめたいとは思っている。

1. 基本的なニーズを明確にする

ドナルド・ノーマンは「誰のためのデザイン?」の改訂版"The Design of Everyday Things: Revised and Expanded Edition"次のように言っている。
Technology changes the way we do things, but fundamental needs remain unchanged.

技術は人々が何かをする手段を変えるが、その基本的なニーズは不変だ。
人々の基本的なニーズは不変で、技術によってその手段が変化してゆく。音楽を聴いたり、ランニングをしたり、写真を撮ったりする目的は人によってそれぞれ異なるだろうが、ひとりの人に注目すると、新しい技術によって提供された製品やサービスによって その方法が変わっても、その基本的なニーズは不変だということだ。技術の進化が無限であれば、人々が何かをする手段も無限に変化する可能性がある。

ミュージックプレイヤーを例にすると「音楽を聴く、楽しむ」ということが、ノーマンの言う「不変である人々の基本的なニーズ」と考えることができる。そして技術の進化で可能になった新しい製品によって「どこでも自分の選んだ音楽を聴きたい(Walkman)」そして「どこでもその場で選んだ音楽を聴きたい(iPod)」といったニーズを顕在化させてきた。

リーン・イノベーションの最初のステップでは、あなたの製品を使う人々の基本的なニーズは何なのか(WHAT)を明確にする。あなたの製品が直接その基本的なニーズを満たしているのではないかもしれない。別の新しい製品によって顕在化したニーズを満たすための補助的な役割を負っているだけなのかもしれない。例えば、ミュージックプレイヤーのアクセサリーとしてのヘッドホンだったりする。
もし「音楽を聴く、楽しむ」という基本的なニーズが、新しい製品によって別の形(HOW)で満たされたとき、ヘッドホンという製品は不要になってしまうかもしれない。梯子が外れて慌てる前に、ヘッドホンが満たしているニーズを考えるのではなく、あなたの製品が属するドメインにおける人々の基本的なニーズをより高い視点で明確にする必要がある。

T・レビットの「マーケティング近視眼」の始めに次のような記述がある。
鉄道が衰退したのは、旅客と貨物輸送の需要が減ったためではない。それらの需要は依然として増え続けている。鉄道が危機に見舞われているのは、鉄道以外の手段(自動車、トラック、航空機、さらには電話)に顧客を奪われたからでもない。鉄道会社自体がそうした需要を満たすことを放棄したからなのだ。鉄道会社は自社の事業を、輸送事業ではなく、鉄道事業と考えたために、顧客を他へ追いやってしまったのである。事業の定義を誤った理由は輸送を目的と考えず、鉄道を目的と考えたことにある。顧客中心ではなく、製品中心に考えてしまったのだ。
きっとあなたはその産業分野や市場に精通するドメイン・エキスパートだろう。しかし自分が精通する産業分野であることによって、逆にいろいろなしがらみや先入観に邪魔をされて、基本的なニーズやその価値が見えなくなっているかもしれない。
リーン・イノベーションは、そのようなしがらみや先入観を取り除くためのプロセスでもある。

2. 顧客が諦めていることを理解する

B.J.パインとJ.H.ギルモアの"The Experience Economy "(経験経済)には、"Customer Sacrifice(顧客の諦め)"という言葉がでてくる。
When we understand customer sacrifice, we discern the difference between what a customer accepts and what he really needs, even if the customer doesn't know what that is or can't articulate it.

顧客の諦めを理解すると、顧客が受け入れていることと本当に必要としていることとの違いに気づく。たとえ顧客が自分が本当に必要としていることが何であるかを知らなくても、あるいはそれをはっきり説明できないとしても。
これは次のような式で表現されている。
  • 顧客が諦めていること = 顧客が本当に必要としていること - 顧客が受け入れていること
顧客が本当に必要としていることを見つけるには、いま顧客が諦めていることを理解できればよい。では、どうしたら顧客が諦めていることに気づくことができるのだろう。

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この図のWHATがノーマンの言う基本的なニーズだ。ミュージックプレイヤーを提供する企業の顧客の基本的なニーズは音楽を聴くことであり、ランニングシューズを提供する企業の顧客のニーズはランニングをすることであり、カメラを提供する企業の顧客の基本的なニーズは写真を撮ることだ。その目的(WHY)は人(WHO)によってさまざまだ。

自分の好きな音楽を聴いて気分転換をしたいと思っている人がいた。しかし、音楽はレコードを買ってきて部屋の中で聴くか、携帯ラジオの番組から好きな音楽が流れてくるのを待つしかないと諦めていた。ソニーはその顧客の諦めに気づいて、いつでも(WHEN)どこででも(WHERE)好きな音楽を聴くことができるWalkman(HOW)を発明した。
時が流れて、アップルがiPodを発明した。それまでWalkmanの顧客は、外出先に持っていかなかったCDの音楽を聴きたいと思って持ってくればよかったと後悔することがあったが、それは自分の気分が変わったからだと諦めていた。数十枚数百枚のCDを持っている顧客は、購入したときに一度しか聴いたことがなかったり、もしかすると一度も聴いたことがないまま埋もれてしまったCDがあっても無意識のうちに諦めて放っておいた。iPodはその大量の音楽をすべてポケットに入れて持ち歩けることによって得られる価値を顧客に気づかせ感動させた。単にすべてを持ち運べるということだけではなくその価値をさらに高めるために、自分で簡単にプレイリストをつくることができる機能(HOW)、そしてシャッフルやジーニアスといった勝手に曲を選んで鳴らしてくれる機能(HOW)を提供した。

あなたの顧客が諦めていることはないだろうか。きっとあるはずだ。それを理解するために、前のステップであなたが提供する製品を利用する顧客の基本的なニーズに立ち戻った。そこから、それぞれの人(WHO)のその目的(WHY)をもういちど徹底的に分析しその人の行動を観察してみよう。その目的は達成されているだろうか。現在提供されているHOWで、顧客が無意識のうちに「しょうがない」と諦めていることはないだろうか。製品を提供するあなた自身も諦めているWHOやWHEREやWHENがあると信じて取り組んでみてほしい。

しかし残念ながら、最初の手がかりを見つけるためのこれといったお勧めの方法はない。あなたの顧客の立場にどれだけ没入(ディープダイブ)できるか、目が覚めてから寝るまでずっとそれを考え続けていられるか、そうしていると何かをきっかけにポロっと思いついたりする。 そして幸運にも、その最初の手がかりを見つけることができたら、それがほんとうにあなたの顧客が諦めていることなのか、そしてそれは解決する価値のあるものなのかを確認する必要がある。

3. 未来を描く

シリアル・イノベーターにとって未来は予想するものではない。彼らは、自分が気づいた未来を描くことにワクワクする。しかしそれは車の自動運転などという突飛なことではなく、いま人々が諦めていることが解決されて、しばらくして人々が「これが欲しかったんだ」とジワジワと気づき、それがなくてはならない(must haveな)ものになるようなことだ。
自動で走る車にしても、時計型の端末にしても、メガネ型の端末にしても、それらはデザイン思考的でない。デザイン思考的でないからダメだというのではない。人々が抱えているどんな問題を解決しようとしているのかという根本的なことが明確になっていないと思う。

IDEOのデザイン思考のプロセスの2つめのステップの文章をちょっと書き換えてみる。
未来の生活における人々を観察し、何が人々を行動させるのか、いま何が人々を混乱させているのか、人々は何を好み何を嫌っているのか、未来で提供されている製品やサービスで満たされた潜在ニーズがどこにあるかを探し出す。
問題あるいはニーズには、それを解決する(満たす)モノが現れて初めて顕在化するものがある。それまで潜在的なニーズというものは存在しない。それまでになかった新しいコンセプトの製品(モノ)が現れてから、あたかも潜在していたニーズが顕在化したように見えるだけだ。

例えば「外出先に持っていかなかったCDの音楽を聴きたいと思うことがあって、そのCDを持ってくればよかったと後悔することがあったが、それは自分の気分が変わったからだ」と諦めていることに気づいたとする。未来を描くということは、「CDが小さくなって全部持ち歩けるようになる」とか「全部の曲がハードディスクにコピーできるウォークマン」とかいう具体的なモノではなく、
その諦めが解決されたら、どのような価値が生まれるというストーリーを描く。それをLTF(  ルック・トゥ・ザ・フューチャー )呼ぶ。どんな人( WHO)が、どんなとき(WHEN)に、どんな場所(WHERE)で、なぜ(WHY)、その音楽(WHAT)を聴きたくなるか。そしてそのとき、どんなこと(HOW)ができたらどんな気持ちになるか。いろいろなコンテキストを考えてみる。

異なったコンテキストでいろいろなストーリーが書けるだろうか。そのストーリーはその人(WHO)にとって、他では得られない価値のある経験だろうか。きっと書きながらいろいろな疑問や課題が見えて、その価値を少し客観的に評価することができる。そしてそれだけでなく、新たな気づきがあるかもしれない。きっとターゲットとなるユーザー層やアーリーアダプタも見えてくるに違いない。
そして、このストーリーをいろいろな人に読んでコメントしてもらい、必要に応じてインタビューを行う(LTFアンケート)。
concept disign
人々はそのコンテキストに共感するだろうか、自分が諦めていることに気づくだろうか。その諦めていることは、解決する価値があるだろうか。

LTFアンケートとその分析からLTFを作り直す作業を何回か繰り返して、解決すべき問題(人々が諦めていること)を浮き彫りにしていく。もしかすると最初の手がかりから想定したものとは、まったく別の問題があることに気がつくかもしれない。LTFを作成すると、そのストーリーに思い入れしてしまい、別の問題に気がつかなくなってしまうことには注意が必要だ。

4. 新しい経験価値をデザインする 

新しい経験価値のデザインの成果物は、上の図の「LTF視覚化」と「戦略マップ」と「要件マップ」になる。

「LTF視覚化」は最終的に残ったLTFを動画などにしたものだ。いわゆるコンセプトビデオだが、
LTFと同様に製品やサービスの機能を訴えるものではなく、浮き彫りになった問題が解決されたときの人々の生活を描いたものだ。もちろん製品やサービスを利用しているシーンは必要になるだろうが、その問題を解決するための製品の「ハード」「ソフト」「サービス」の役割分担(再定義)はできていないので、あくまでも仮の製品やサービスのイメージであり、なるべく見る人に先入観を与えないための工夫が必要になる。
これは、コンセプトをマネージメントに説明するためや、次のデジタル・リマスタリングフェーズでのテストユーザーにコンセプトを伝えるために利用することもある。
視覚化したLTFは、コンセプトをプロジェクトチームで共有し、この先の検討や議論の拠り所としても非常に重要な意味を持っている。

戦略マップでは、コンセプトを既存の製品やサービスとの比較で表現する。「戦略マップ」で検索してみればわかるようにいろいろな描き方がある。ここでは、ブルーオーシャン戦略で戦略キャンパスと呼ばれるものと似た方法を使う。既存の製品やサービスと比較して、どこがユニークなのか、どこが同じなのかを明確にする。そのユニークな点はユーザーに受け入れられ評価されるのか。同じ点では既存の製品やサービスに優ることができるのか。ユニークでなければ取り組む価値はない。ユニークであってもユーザーに受け入れられなければ提供する価値はない。"Think Different"だ。 LTFのアンケートや視覚化の作業を通じて、新しい経験価値を提供するためにどのような機能(HOW)が必要かが見えてくる。その機能を、その重要性と実現の難易度の2軸のマトリックスの「要件マップ」に分類する。それぞれの軸は、2〜3分割(たとえば高中低)でいいだろう。重要性の低いものは実現が易しくても初めから捨ててしまったほうがいい。

5. リーン・ステップを立案する 

新しい経験価値を実現するために必要な
「要件マップ」の機能を、「ハード」と「ソフト」と「サービス」でどのように役割分担するかを検討する。しかし、 それは仮のゴールである。その「役割分担」と、ここまでの成果物「LTF視覚化」と「戦略マップ」と「要件マップ」はいずれも仮説にすぎない。この時点ですべてを作り込んでしまわずに、下の図のような仮説検証のためのステップを策定する。
lean innovation 
この例では、まず「現行の製品とアプリの組み合わせによるプロダクト」で可能な価値提案を行ってみる。もちろんそれだけで、いままでになかった新しい経験価値を実現することはできない。エリック・リースの"The Lean Stratup"にある仮説を検証するためのMVP(Minimum Viable Product)という位置づけだ。それを人々に実際に使ってもらい、そのフィードバックを分析し、そこで気づいた問題を反映して、プロダクト(必要であればリーン・ステップ自体も)を修正する"Build-Measure-Learn"のサイクルを繰り返す。そして、その繰り返しのなかで次のステップに進む。

「現行の製品とアプリの組み合わせ」は1つの実施例にすぎない。描いた未来の実現のために、どのようなステップを踏んでいくかという戦略立案が、リーン・イノベーションのコンセプト・デザインフェーズの成果物になる。

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一年ほど前に「イノベーションのマトリックス」という図を描き、今年は日本の製造業のイノベーションについて考えてきた。
このブログでは「日本の製造業」という言葉を「生産・製造」ではなく、一般消費者向けの最終製品を開発する企業を指すものとして使っている。そして「モノづくり」とは、それまでになかった新たらしい価値を提供するハードウェアを創り出すことを意味している。

まず「iPodの創り方」で、それまでになかった新しい価値を生み出すプロセスを考えてみた。

温故知新:経験経済とモノのインターネット」では、日本の製造業のイノベーションには「経験価値(Experimental Value)」を考えることが必要であり、その価値を「モノのインターネット」によって実現できるのではないかと述べた。

そして、そのための「モノのデジタルリマスタリング」という方法論を提案した。
  1. インターネットによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品とWebサービスをデザインする  
ちょうどその頃、実際のコンサル案件のプロジェクトで、「リーン・イノベーション」で説明した最初のステップ(Lean 1st Step)の取り組みを始めた。 

lean innovation

そのプロジェクトは「GoProに見る 素晴らしい製品が生まれるもう一つのプロセス」で述べたような「自分がほんとうに欲しいものを作る"Scratch your own itch!"」というもので、その取り組みの中で次のようなことを考えた。

功利主義マーケティングのすすめ
あなたの顧客が諦めていること
バリュー・ドミナント・ロジックという考え方

プロジェクトの最初のステップの成果物であるiOSのモバイルアプリのDogfooding(ドッグフィーディング;自分で試すこと)をしながら、そろそろ充電が必要だと感じて「人々は新しいハードウェアを待ち望んでいる」という記事で、シリコンバレーのハードウェア・スタートアップの取材を月刊誌Wedgeに提案した。     

そのルポルタージュはWedge 2015年1月号に、「モノづくりの新潮流 始まったハードウェア・ルネッサンス」という11ページの特集記事として掲載していただいた。
このブログでは、その記事の予告編として「IoTはすでにハイプではない」を、そして記事の補足として「ハードウェアの逆襲」を書いた。

取材と記事の執筆をとおして「日本の製造業のイノベーションには『経験価値(Experimental Value)』を考えることが必要であり、その価値を『モノのインターネット』によって実現できるのではないか」ということを再確認することができた。

Wedge 2014年8月号で「SonyはなぜGoProを作れなかったか?」という記事を掲載していただいたり、このブログでもソニーについていくつかの批判的な記事を書いたのは、日本の革新的なモノづくりの象徴であるソニーには大きな期待を抱き、その復活を信じているからだとご理解ご容赦をいただきたい。
僕がTim Cookだったら...」や「カメラを再発明しよう」で、日本の製造業に僕なりのエールを送ったつもりだ。

 来年は、現在取り組んでいるプロジェクトの次のステップ(Lean 2nd Step, Lean 3rd Step)に着手し、コネクテッド・エクスペリエンスのデザインを完成させたいと考えている。
IoTの時代においては、すべてがサービス化すると考える必要があるという。テクノロジーの会社はどうしてもテクノロジーばかり考えてしまう。ハードウェアがインターネットにつながり、クラウドやスマートフォンのアプリケーションと連携することによって、どのようなサービスを生み出すことができるかという視点で考えるべきだ。そして、個別のインタフェースデザインだけでなく、全体を通してユーザーが感じるコネクテッド・エクスペリエンスをデザインすることが重要だ。(Wedge記事より)
一年間の主な記事へのリンク集みたいになったが、次の文(引用)でこのブログの今年の更新を締めくくりたい。
いま日本の製造業に必要なことは、一丸となって取り組むことができる明確な目標を自分たちでつくることだ。それを経営陣がコミットし、全社員が共有することができれば、一気呵成に技術的な課題を解決することは日本の製造業がもっとも得意とするところだ。(Wedge記事より)
それでは皆さま、よい年をお迎えください。
川手恭輔(Internet Born & Bred)
 
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それはあなた自身だ。
HBR(ハーバード・ビジネス・レビュー)の記事に次のような記述があった。
"The only way out of this innovation gridlock is an expansion in founding team diversity. I believe the missing piece from the DNA in the founding teams of Transformational Companies is now the Domain Expert, who has deep insight into the industry they are trying to disrupt. Without a domain expert attempts at disruption are unimaginative and incremental at best.
There are so many industries ripe for technology startups to disrupt: Education, Health Care, Business, Art and Government just to name a few. But where are the domain experts ready to be paired with a team of rockstar engineers and superstar designers? "

イノベーションの停滞状況から抜け出す唯一の道は、創業者チームの多様性を拡大することだ。私は「変革型企業」の創業者チームのDNAに欠けているものは、彼らが変革を起こそうとしている産業分野に詳しいドメイン・エキスパートであると信じている。ドメイン・エキスパートなしでは変革の企ても想像力に乏しくなり大した成果も期待できない。
教育、ヘルスケア、ビジネス、アート、政府、その他にもテクノロジースタートアップの変革を待っている産業は数多く存在する。しかしロックスター・エンジニアやスーパースター・デザイナーとチームが組めるドメイン・エキスパートはどこにいるのだろうか?
新しい企業が既存の市場に変革を起こすためには“Founder Market Fit”(創業者と市場が適合していること)が必要であり、その創業者チームに必要な人材は時代とともに変わってきている。最初はHPやApple、Microsoftなどのように一人か二人のエンジニアと一人のセールスマンがいればよかったが、現在はデザイン思考などで語られているようにデザイナーの時代になった。しかし、それもすでに市場に適合しなくなっているという。



Tom Kelleyによるこの本の中で、IDEOにおいて実施されているデザイン思考のプロセスの5つのステップが紹介されている。
  1. その市場、クライアント、テクノロジーを理解し、そして与えられた問題に関して認識されている制約事項を理解 する。後でそれらの制約事項に挑戦することもあるが、まずは現状の認識を理解しておくことが重要だ。

  2. 現実の生活における人々を観察し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す。

  3. それまでになかった新しいコンセプトとそれを使うであろう顧客を視覚化する。 一部の人々は、このステップを未来を予測することだと考えている。そしてこのプロセスの中で最もブレインストーミングを必要とするフェーズである。視覚化はコンピュータを使った演出やシュミレーションの形式をとることが非常に多いが、IDEOでは毎年数千もの模型やプロトタイプも作成されている。新しい製品のカテゴリーの場合は、合成したキャラクターと、ストーリーボードに図で描いたシナリオを使ってユーザー体験を視覚化したりする。場合によっては、まだ存在しない未来の製品が提供されたときの生活をビデオにしたりもする。

  4. プロトタイプを評価し洗練することを何回も素早く繰り返す。最初の頃のプロトタイプは変更することになるので、あまり執着しないようにしている。どんなアイデアでも改良しなければ大したものにはならないので一連の改良を加えることを前提としなければならない。社内のチーム、クライアントのチーム、プロジェクトに直接参加していない有識者、ターゲット市場を形成する人々などからのインプットを得るようにする。何が機能して何が機能していないのか、何が人々を戸惑わせているのか、人々はどのように感じているかなどを注意深く観察し、繰り返しの中で徐々に製品を改良してゆく。

  5. 新しいコンセプトを市場に出すために製品化する。このフェーズはしばしば長期間にわたり、開発プロセスの中でも技術的にもっともチャレンジングだ。しかし、IDEOのこれまでのすべての創造的な仕事は、IDEOが持つ製品化を成功させる力への信頼の証しだと信じている。
(原書"The Art of Innovation: Success Through Innovation the IDEO Way"からの訳)
1の「理解」について「市場、クライアント、技術などに関する制約事項を理解する」との解釈が見受けられるが、認識されている制約事項は「与えられた問題に関して」であり、クライアントや技術などの制約事項とするとちょっと意味がおかしくなってしまうように思う。

注意しなければならないのは、このプロセスはあくまでも多くの優秀なエンジニアとインダスリアルデザイナーを擁したIDEOで行われているということだ。心理学、建築学、経営学、言語学、生物学といった分野のバックグランドをもつメンバーも多いそうだ。IDEOはデザイン・コンサルティングファーム(会社)で、多くのクライアントは大企業であり、その経営層からの経営戦略に関わる案件を手掛けている。プロセスの1と5のステップは、それを前提としたものであるが、しかし1から5のすべてのステップとタレントが揃ってこそ、IDEOのこれまでのすべての創造的な仕事という成果をあげることができたのだ。

2008年6月のHarvard Business ReviewでTim Brownが次のように書いている。 
Put simply, design thinking is a discipline that uses the designer's sensibility and methods to match people's needs with what is technologically feasible and what a viable business strategy can convert into customer value and market opportunity.

デザイン思考とは簡単に言えば、採り得る事業戦略によって顧客価値と市場機会に転換することができ、かつ技術的に実現可能である何かを、デザイナーの感性と手法を用いて人々のニーズに調和させる専門分野である。 
IDEOにおいては、インダスリアルデザイナーだけでなく、エンジニアあるいはそれ以外を専門とする人も含めてメンバーのすべてが、この「デザイナーの感性と手法」を備えてえいるということだろう。

IDEOのデザイン思考やそのプロセスは、 広く学ばれ実践されている。その中心にいるスタンフォード大学のデザインスクール「d.school(Institute of Design at Stanford)」 によるテキストの日本語翻訳版「デザイン思考家が知っておくべき39のメソッド -the d.school bootcamp bootleg-」が一般社団法人デザイン思考研究所から提供されている。そこではデザイン思考の5ステップが次のようになっている。
  1. Empathize:共感
  2. Define:問題定義
  3. Ideate:創造
  4. Prototype:プロトタイプ
  5. Test:テスト
このテキストでは、オリジナルのステップの1(理解)と5(製品化)が消えてしまっている。2(観察)が共感と問題提起に分割され、3(視覚化)が創造となり、4(プロトタイプ)がプロトタイプとテストに分割されている。一見するとオリジナルの1(理解)と共感が対応するように思えるが、1(理解)はコンサルタントから見てのクライアント、すなわち製品やサービスを提供する側の状況を理解するということであり、d.schoolのテキストにおける共感は製品やサービスを利用する人々の気持ちになりきって考えるためのステップである。デザインスクールのカリキュラムやワークショップのテキストとして、その2つが扱いにくいということは理解できるが、この消えてしまった2つはデザイン思考において非常に重要なステップだと思う。
コンサルティングとしてクライアントの経営課題に取り組む場合でも、自社のイノベーションに取り組む場合でも、その会社(自社)の事業の市場や関連するテクノロジーを理解し、そして直面する経営課題に関して認識されている制約事項を理解 することなくしては始まらない。

デザイン思考と人間中心のデザイン(HCD)とはどこが違うのかという質問を受けて、自分もその関係をちゃんと理解していないことに気付いた。イノベーションを起こすための3ステップ・ツールキット〜人間中心デザイン思考:Human-Centered Design Thinking〜 by IDEO.orgという資料が前出の一般社団法人デザイン思考研究所で提供されていることからも混乱してしまう。
実は人間中心のデザインプロセスはISOで規定されている(ISO 13407, JIS X 8530)。 それによると「人間中心設計プロセス」とは「製品(インタラクティブ・システム)のユーザビリティ改善について規定した プロセス規格」とかなり限定されている。そしてそのプロセスのステップ(とメソッド)は、
  1. 利用状況の理解と明示(コンテクスト調査法)
  2. 利用者と組織の要求事項の明示(ペルソナ/シナリオ法)
  3. 設計による解決策の作成(プロトタイプ作成)
  4. 要求事項に対する設計の評価(ユーザビリティ・テスト)
となっている。これはd.schoolのテキストのプロセスと同様だ。「HCDの手法はインクリメンタルなイノベーションに適している。ラディカルなイノベーションを導くことはできない。」とノーマンが言っている。ラディカルなイノベーションのためには、IDEOのオリジナルのデザイン思考のプロセスとそれに取り組むメンバーの高いスキルが必須となる。
勝手な解釈だが、デザイン思考とは考え方"Mindset"でありプロセスは規定していない。ISOで規定されているHCDやd.schoolのテキストのステップやメソッドは、デザイン思考に基づいて、インタラクティブ・システムやそのほかの製品やサービスのユーザビリティ改善のために考えられたプロセスであり、IDEOで用いられているプロセスも同様にデザイン思考に基づいて考えられたプロセスの1つだと考えるとしっくりする。

最初に戻ろう。

ドメイン・エキスパートはあなた自身だ。あなたは、あなたが変革を起こそうとしている自社の属する産業分野に詳しいはずだ。そしてさらに、その産業分野に関連する技術についてもおおよそ把握している。あなたはすでにIDEOのデザイン思考のオリジナルのステップの1(理解)はクリアしている。しかし、これまではあなたの顧客のことをあまり気にしていなかった。あなたがエンジニアであってもビジネスパーソンであっても、IDEOのスタッフのようにデザイン思考の考え方を身につけることによって、あなたはあなたの顧客になりきる(Empathize)ことができるようになる。
たったこれだけのことを言いたかっただけなのだが、例によって引用とその勝手な分析が長くなってしまった。

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前回、デジタルビジネスデザインのステップをより具体的にしてデジタルリマスタリングと呼ぶことにした。
  1. インターネットによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品とWebサービスをデザインする
基本的な考え方はデジタルビジネスデザインと同じだ。しかし、このブログのタイトルにした「デザイン思考」と何が違うのか、あるいはUXデザインと何が違うのか。さらに"Service Design Thinking"という言葉もあるようだ。
This is Service Design Thinking: Basics-Tools-Cases
Mark Stickdorn
BIS Publishers
2012-12-20




昨年、この本を購入したときはすでに翻訳版もでていたのだが、Kindle版がなかったので(半額の)こちらを購入したら、この本は「紙の本」を前提に書かれていると記されていて苦笑してしまった。
a book is still one of the most reliable forms of media; a book is portable, tangible, durable and never faces problems of low battery or bad reception.

 (紙の)本はいまでも最も信頼性があるメディアのひとつだ。 携帯性に優れ、有形物であり、耐久性があり、電池切れや受信不良などの問題が起きることもない。
サービスデザインとはなんだろう。サービスというと、製造業が提供する製品(モノ)との対比でサービス業が提供するサービスをデザインするような印象を受ける。プロダクトデザインに対するサービスデザインというように。しかし、そうでもないらしい。
The outcome of a service design process can have various forms: rather abstract organizational structures, operation processes, service experiences and even concrete physical objects.
 
サービスデザインの成果物にはいろいろな形がある。組織の構造や業務プロセス、サービスのエクスペリエンスといった無形のものだけでなく、具体的な形を持つものもある。
 
Since service design is a still young and emerging approach, service design education is even younger and just developing.

サービスデザインはまだ歴史が浅く新しい取り組み手法なので、サービスデザインの教育も未成熟で、まさにこれから開発されようとしている。
サービスデザインはデザイン思考という概念のより具体的な実践方法であるように感じた。しかし、デザイン思考やサービスデザインに関する説明や議論の中で語られている成果物のほとんど(僕の知る限りではすべて)がサービスであるのは何故だろうと考えてみた。

設計工学において(主に機械工学で)用いられているプロセス論に次のようなものがある。
Axiomatic
出所:公理的設計 , Nam Pyo Suh

顧客領域で明確に定義した顧客ニーズを機能領域において要求仕様に落とし、それを実体領域で設計してプロセス領域で生産する。機能領域の要求仕様は顧客領域の顧客ニーズの写像であるべきだが、エンジニアは機能領域から関わることが多く、すでに他者によって要求仕様が指定されていることがある。あるいは利用可能な技術の視点から、エンジニアによって顧客領域であるはずの顧客ニーズが設定されてしまったりもする。N.P.スーの著書公理的設計 - 複雑なシステムの単純化設計の中でも顧客領域についてはほとんど触れられていない。

この顧客領域から顧客中心で考えようというのがデザイン思考だ。そしてその考え方はデザイナーの世界から提案され、大学やデザイン学校の先進的なカリキュラムとなっている。しかし設計工学(デザイン・エンジニアリング)の世界にはまだ浸透していないようだ。そのため、デザイン思考はデザイナーによって語られ用いられ、 デザイナーが顧客領域に参加できるサービス業やウェブ・サービスなどでの成果物になっている。

デザイン思考によって製品(モノ)をデザインするということはどういうことだろう。それはモノの価値を再定義するということだ。そしてモノが提供する機能的な価値だけでなく、そのモノを購入したユーザーが、そのモノに関連して経験することによって得られる価値にまで視点を拡張してデザインし直す。それをあえてモノの(デジタル)リマスタリングとして、デザイン思考やサービスデザインとの関係において次のように位置づけたい。
remastering
2008年6月のHarvard Business ReviewでTim Brownが次のように書いている。 
Put simply, design thinking is a discipline that uses the designer's sensibility and methods to match people's needs with what is technologically feasible and what a viable business strategy can convert into customer value and market opportunity.

デザイン思考とは簡単に言えば、採り得る事業戦略によって顧客価値と市場機会に転換することができ、かつ技術的に実現可能である何かを、デザイナーの感性と手法を用いて人々のニーズに調和させる専門分野である。 
モノのリマスタリングは、技術者が(もちろんデザイナーと共にでも)「デザイナーの感性と手法」を用いて行うアプローチになると思う。This is Service Design Thinking では、サービス思考の多くのツールとそれらを活用した事例が紹介されている。この後、それらを参考にしながらモノのリマスタリングの方法について考えてみたい。

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川手恭輔(Internet Born & Bred)

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どうやってイノベーションを起こしたかということについては数多くの本で事例や分析が紹介されている。そしてイノベーションを起こすための方法論やプロセス論の議論も活発で、数多くのコンサルティングも存在する。アイデアをプロダクトやサービスとして実現し、企業の中で事業化したり起業するためのノウハウもあふれている。
まったく新しいユーザー体験を提供し人々の生活を変えるようなラディカルなイノベーションはそう簡単にできることではない。しかし、その可能性は無限に存在すると信じている。デジタル時代においては、ひとつのイノベーションによって得たアドバンテージを維持できる時間は極端に短くなっている。そのアドバンテージを維持するためには次のイノベーションが必要であり、第三者にとってもそのドメインで次のイノベーションを起こすチャンスは残されている。

デザイン思考という考え方は好きだ。しかしそれによって可能になったイノベーションの事例を見つけることができない。ノーマンはデザイン思考ではラディカルなイノベーションを生み出すことはできないと言っているが、僕はデザイン思考による取り組みの中で生まれるアイデアが勝負だと思っている。そのアイデアが画期的な形状のドアノブなのか、ドアが一部の構成要素に過ぎない環境自体を再定義するものなのかの違いだと思う。
それはきっと寄せ集め(寄り集まり)のプロジェクトやブレインストーミングからは生まれない。偶然のような思いつきと、それを実現しようとする変質的で偏執的な情熱によってしか生まれない。

それではみなさん、よいお年をお迎えください。川手恭輔

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このところD.A.ノーマンの「誰のためのデザイン?」の改訂版など、最近読んだ本を読み返しながらいろいろ書いているが、ノーマンにはいろいろ引っかかるところがあってつい引用してしまう。

Engineers and business people are trained to solve problem. Designers are trained to discover the real problems. A brilliant solution to the wrong problem can be worse than no solution at all: solve the correct problem.

エンジニアやビジネスパーソンは問題を解決することに長けているが、デザイナーは真の問題を発見することに長けている。どんなに素晴らしいソリューションでも、それが間違った問題を解決しようとするものだとしたらまったく価値がない。正しい問題を解決しよう。

ノーマンは全体を通して、こんな調子でエンジニアとビジネスパーソンに対するデザイナーという軸で語っている。以前にも引用したが、ハーバードビジネスレビューのWeb記事に掲載された「集合知とデザイン思考」という記事に次のような文がある。

そもそも「デザイン思考」とは何なのか?簡単に言えば、“人々の生活や価値観を深く洞察し、ユーザーが何を潜在的に求めているのかを感知しながら、プロトタイピングを通じて、新しいユーザー体験を提供するイノベーション・プロセス”である。

この意識はデザイナーだけでなく、エンジニアとビジネスパーソンも持つべきものだと思う。そして、それら三者が参加し、それぞれが自分の領域以外の2つの領域への理解を深めることによってイノベーションを起こすことが可能になる。

今回(とその後のいくつかの記事で)、これまで書いてきたことを振り返るために、CD/MDのWalkmanからiPodを発想するプロセスを考えてみたい。
そのプロセスは次の2つのステップにわける。
  1. まだだれも気付いていない「潜在的なニーズ」を見つける
  2. 新しいユーザー体験をデザインする

まず「まだだれも気付いていない『潜在的なニーズ』をどう見つける?」で書いたように、現在(その当時)は「どこででも自分の選んだ音楽を聴きたい」というニーズがWalkmanによって満たされている。そのユーザーの行動を観察してみよう。ユーザーはCDを購入し、たくさんのCDの中から自分が選んだ数枚を持って出かける。日本の場合はCDをレンタルしMDにダビングするという人も多いだろう(海外の場合はCDのレンタルというサービスが多くなかった)。その観察によって、いろいろな問題やユーザーの不満を発見することができるだろう。例えば、聴いているうちにWalkmanのバッテリーが切れてしまった、CDがかさばる、CDを壊してしまった、Walkmanを置き忘れてしまった、でかけるときにCDを選ぶ時間がなかった、気持ちが変わって持ってきたCDと違う音楽を聴きたくなった、CDをまだ購入していない音楽が聴きたくなった、CDでかばんの中がいっぱいになる、持っているCDが管理できない、CDを別のケースに入れてしまって間違えた...どんな些細なものでもくだらないと思えるものでも、解決できそうにもないものでも、なんでもかんでも列挙する。それもいろいろな人の立場や状況に立って考える。もちろん、周囲の人やフォーカスグループを集めたインタビューも参考にしたい。現在では、プロダクトについてのソーシャルネット上での人々の意見やつぶやきをあつめることも容易にできるし、もしプロダクトを提供する企業であれば、そのプロダクトにユーザーの行動や声を収集する仕組みを組み込んでおくことを考えるべきだろう。

Designers first spend time determining what basic, fundamental (root) issue needs to be addressed. They don't try to search for a solution until they have determined the real problem, and even then, instead of solving that problem, they stop to consider a wide range of potential solutions. Only then will they finally converge upon their proposal. This process is called design thinking.

まずデザイナーは、 取り組むべき基本的で本質的な問題が何であるかを特定することに時間を費やす。そのほんとうの問題を特定するまで、その解決策を探すようなことはしない。さらに問題を特定した後でも、すぐにその問題を解決しようとするのではなく、立ち止まって広い視野で可能な解決策を広い視野で考える。そしてようやく自らの提案に集中する。このプロセスを「デザイン思考」と呼ぶ。(ノーマン)

これは冒頭の引用にあるような、デザイナーがビジネスパーソンから問題の解決を託されたというシーンからの続きだ。例えば、ビジネスパーソンが「Walkmanが大きすぎるから小さくしてくれ」とか「CDがかさばるから携行しやすくしてくれ」などと言う。それを受けたデザイナーは、それにまともに対応するのではなく、ユーザーが「Walkmanが大きすぎる」とか「CDがかさばる」といった不満をいうのはなぜだろうと、その裏にある「ほんとうの問題」は何かを考えることから始めるということだ。

ここではちょっと違ったアプローチをとりデザイナーに頼まずに、まだ誰も気付いていない「潜在的なニーズ」を見つけてみよう。もちろん、すでにiPodという答えが見えてはいる。
まず、列挙したそれぞれの問題について片端から単純な解決策を考えてみる。バッテリーを大きくする、予備のバッテリーを携帯する、CDを小さくする、CDを丈夫にする、音楽を全部持って行けるようにする、その場で音楽を入手できるようにする等々。それはブレインストーミングでもいいし、ポストイットを使ったアイデア出しでもいい。あるいは一人で大きめのモレスキン(もちろんロディアでも折り込み広告の裏でも構わないが)に書きだす作業でもいい。そのいくつかのアイデアはプロダクトの改善として実施されるかもしれない。もちろん、列挙した問題の本質を理解することが目的で、そして多くの場合は画期的な解決策が見つかることはない。しかしそれでいいのだ。画期的なアイデアなどめったに見つかることはないのだから。
しかし、この作業が非常に重要だ。雑多な問題とその単純な解決策の組み合わせの中から「潜在的なニーズ」を見つける。「潜在的なニーズ」のポイントは次の2点だ。
  • 満たす価値がある
  • 満たすことが可能である
「満たす価値がある」とは、それによってこれまでになかったまったく新しい価値を提供できること、そして満たすためのハードルが高いことだ。誰かが思いついて解決しそうな問題は放っておく。

たとえば、自分の持っている音楽を全部持ち運ぶことができれば列挙した問題のいくつかは解決される。もちろん全部のCDを持っていくわけにはいかないから、別のメディアにコピーすることになるだろう。
すでに1999年には、ラスベガスのCOMDEXというコンピュータ関連の展示会でSonyがメモリースティックウォークマンを発表し、それ以前にもRioというシリコンメモリーを使った携帯型音楽プレイヤーが発売されていた。使用するメディアはCDに比べればはるかに小さく、いくつも持ち歩くことは可能になっていた。しかし1つのメディアの容量は1〜2枚のCDの音楽を格納することしかできず、CDに加えて新しいメディアの管理という余計な作業も増える結果になっていた。特にメモリースティックウォークマンで使用するMagicGateメモリースティックは価格も高く、持っているすべてのCDをメモリースティックにコピーするということは考えられなかったので、依然として「どこででも(事前に選んでおいた数十曲のなかから)自分の選んだ音楽を聴きたい」というニーズを満たしているに過ぎなかった。「ほんとうの問題」は「CDがかさばる」ということではない。

「音楽を全部持って行けるようにする」というフレーズに出くわしたとき、それは何回目かもしれないが「あれっ」と思う瞬間がある。単に目の前の問題の解決手段としてでなく、それによってまったく新しいユーザー体験を提供できるのではないか、と。自分が何曲持っているかを考えたことがあるだろうか。数百曲だろうか、数千曲だろうか。あるいは世の中に存在するすべての曲が手元の小さなデバイスにあったとしたら。それはそれまでの携帯型のミュージックプレイヤーとはまったく異なる次元のユーザー体験を提供できる。その実現性はともかくとして、それはどんなユーザー体験なのだろうか。きっとそれはすごいことで満たす価値がある。

「その場で音楽を入手できるようにする」というフレーズも面白そうだ。それは(2013年が終わろうとしている)いま、iPod/iPhoneでiTunes Storeから音楽をダウンロードできるという実現モデルが満たしている以上の潜在的なニーズを見つけることにつながると思う。イノベーターはそんな課題を常にいくつも抱えて考えている。

そして(ジョブズのように)Sound Jam MPを見たとき「これは使えそうだ」と思うことになる。これは決して偶然ではない。

  • 新しい技術やインフラを見たとき、それまで抱いていた「どうしたらこの潜在的なニーズを解決できるだろうか?」という課題の答えを発見する能力
ビジネスのデザイナーにはこのセレンディピティが不可欠だと思う。さらにその前に、「潜在的なニーズ」というものを常に探索し漠然としてであってもそれを自分が解決すべき課題として意識している必要がある。そうでなくては、新しい技術やインフラを見たときに「これだ!」と思いつくことなく他人事としてしかとらえることができないからだ。(過去記事から)

抱えているいくつかから「満たすことが可能である」課題が浮かぶ。これで「音楽を全部持って行けるようにする」ことができそうだ、そしてすべての音楽をPCに入れて管理し、それをミュージックプレイヤーにコピーすればいいのだと。しかし、この解は「世の中に存在するすべての曲が手元の小さなデバイスにあったとしたら」というところまでは達成していない。

Technology changes the way we do things, but fundamental needs remain unchanged.

技術は人々が何かをする手段を変えるが、その基本的なニーズは不変だ。 (ノーマン)

人々の基本的なニーズは不変で、技術によってその手段が変化してゆく。技術の進化が無限であれば、人々が何かをする手段も無限に変化する可能性がある。そのすべてが潜在的なニーズだが、その時点で利用可能な技術によって顕在化させることができる、すなわち満たすことが可能な潜在的なニーズには限界はある。しかし「それまでの携帯型のミュージックプレイヤーとはまったく異なる次元のユーザー体験を提供できる」というビジョンを妥協してはいけない。そこで自分をごまかせばユーザーは決してついてこない。
「自分が持っているCDの音楽を全部持って行くことができる」ことによって、「どこででもその場で選んだ音楽を聴きたい」という潜在ニーズを顕在化できるはずだ。さらにその潜在的ニーズの設定が正しければ、そのプロダクトなりサービスを提供しようとする側も、それをデザインする過程で最初は気付かなかった新しいユーザー体験とその価値を開発することになる。

もちろん、これはジョブズの考えたプロセスとは明らかに違う。きっとジョブズはSound Jam MPを見たとき、「これはMacの価値を向上させるのに使えそうだ」と思った。それは、Design Crazy: Good Looks, Hot Tempers, and True Genius at Apple [Kindle版]に記録されている、iPodの販売の伸び悩みに周囲がiTunesをWindowsにも展開すべきだとジョブズに進言したときのエピソードからも伺える。

JON RUBINSTEIN
We argued with Steve a bunch [about putting iTunes on Windows], and he said no. Finally, Phil Schiller and I said "We’re going to do it." And Steve said, "Fuck you guys, do whatever you want. You’re responsible." And he stormed out of the room. 
 
我々は、WindowsにiTunesを提供することについてスティーブと多くの議論をした。そしてついにフィルと私は「我々はやります。」と言った。スティーブは「くそったれ!好きなようにするがいいさ、責任はとれよ!」といって部屋から飛び出していってしまった。

AppleのCEOに復帰したばかりのジョブズにとって、当然それは最大の課題だったはずだ。ジョブズがどの時点でiPodを思いついたかは知らない。

Appleは2001年1月9日にサンフランシスコで開催されたマックワールドエキスポで初めてiTunesを発表した。iTunesは2000年にジョブズがCEOに復帰した直後にAppleがその権利を買収したSound Jam MPというソフトを元に、Appleに移籍したその開発者たちが開発したそうだ。このときジョブズは、同時にデジタルハブ構想も発表している。パソコンがさまざまなデジタル機器を相互連携させるためのハブとしての役割を担うことによって、デジタル機器が人々のライフスタイルをもっと楽しく便利にするものになるというものだ。
"Say hello to iPod. 1,000 songs in your pocket."というキャッチコピーで初代iPodが発表されるのはその年の10月23日になる。もちろん、iTunesとデジタルハブ構想を同時に発表したのだから、そのときすでにiPodという新しいデジタル機器のイメージはできていたはずだ。AppleはiTunesの発表の直後に携帯音楽プレーヤーの市場調査を始め、それからiPodの開発に着手したようだ。(過去記事から)

「すでにiPodという新しいデジタル機器のイメージはできていたはずだ」と書いたが、そのときのプレゼンのスライドを見てみるとMacにはCD Walkmanがつながっていた。(続く)
 
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川手恭輔(Internet Born & Bred)
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大企業(特に製造業)のイノベーションについて、多くの人々は悲観的だ。その理由については、「イノベーションのジレンマ」をはじめとしてすでに多くの分析がなされている。例えば、成功した企業がさらなる成長のために最適化した組織が、病原菌が侵入した時の白血球のようにイノベーションを拒絶し死滅させるという分析だ。
企業の成長戦略についてはアンゾフの成長マトリックで俯瞰することができる。

anzof
このマトリックスではイノベーションという観点での分類はされていないように見えるが、アンゾフは多角化についてさらに水平型、垂直型、集中型、集成型という4つの分類をしている。このうちの水平型と集中型はイノベーションの戦略として、成長戦略に組み込むことができるのではないかと思う。製造業のイノベーション戦略を考えるには、製品と市場という軸を、それぞれの上位概念である技術とドメインという軸で表すとわかりやすい。すなわちイノベーションのマトリックスだ。

innovation_matrix

,魯▲鵐哨佞水平型の多角化と呼んでいるものに近い。すでに獲得している経営資源やバリューネットワークの多くを活用してプロダクトのイノベーションを行う。写真というドメインにおいてカメラメーカーが新しいデジタル技術を導入し、フィルムカメラからデジタルカメラへのプロダクトイノベーションに成功した事例がある。
△麓社の既存の製品や保有技術に関連した新しい製品によって、別のドメインに参入するというアンゾフの集中型多角化だ。Appleが自社のコンピューター、OS、アプリケーションソフトウェアという製品・技術に関連したiPodという製品によって音楽という新しいドメインに参入したケースがあてはまる。
自社にない新しい技術を獲得して新しいドメインへ参入する、いわゆるコングロマリット戦略は経営のより上位レベルでM&Aなどのオプションを含めて検討されるものであり、上記の2つのイノベーション戦略と同じ次元で考えられるものではない。

いったん鉄道事業のためのバリューネットワークを忘れて、「輸送」という顧客の基本ニーズに立ち戻り、そこからその時点で利用可能な技術やインフラを前提に、その「輸送」というドメインにおける新たなバリューを定義する。そしてそのためのバリューネットワークを再構築する。

前回の記事からの引用だが、これは,鮃圓Δ燭瓩旅佑方だ。そしてデザイン思考のアプローチが得意とするところでもある。再三の登場になるが「デジタルビジネスデザインの進め方」も、デザイン思考のアプローチの過程に組み込むべきステップだ。
  1. デジタルコンバージェンスを可能にする技術やインフラを定義する
  2. それによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  3. バリュープロポジションを定義する
  4. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する 
製造業といえども、デジタル化の流れの中でソフトウェアやWebサービスをプロダクトに組み込むことなくして、新しい価値を創出することは困難だ。

では△呂匹Δ世蹐Αその答えを導くための手法といったものがあるのだろうか。
その方法ついては別の記事でまとめてみようと思うが、どこかに答えやヒントが紹介されているのだろうか。あるいは,亮茲蠢箸澆鮃圓辰討い訝罎猫△療えを見出すことがあるやもしれない。

イノベーションには自社の事業をイノベーションするという意味と、市場にイノベーションを起こすという意味の2つがある。もちろん、企業(事業)にとってのイノベーションの狙いは前者だ。それによって企業が生き残り、その事業が拡大し成長することが目的だ。そのイノベーションが結果的に市場にイノベーションを起こし、それが他社にとって破壊的なものになったとしても、それは結果であり目的ではない。
イノベーションのマトリックスの始点に飽和・限界と書いたが、それが起こってからイノベーションに取り組んだのでは遅い。アンゾフのマトリックスの市場浸透、製品開発、市場開拓の3つの成長戦略には必ず飽和・限界があることを認識する必要がある。

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