デザイン思考で行こう!

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タグ:デジタルカメラ

6年ほど前に「カメラのほんとうのイノベーションはこれからだ!」という記事を書きました。当時、米国系テック系の某有名ウェブメディアでの記事連載のお話があって、この記事を持ち込んだところ、当時の編集長曰く「いまさらオワコン(これもすでに死語)の話は...」その後、音信不通になった記憶があります。

6年が経過し、その間のスマホのカメラの技術の進歩はめざましいものでしたが、カメラメーカーは、カメラのイノベーションを起こすことができませんでした。
クリステンセンのイノベーションのジレンマは、安定した強固なバリューネットワークを持つ企業に生じるものであったが、デジタル時代においては、経営者はそもそも安定した強固なバリューネットワークというものを構築すべきか否かという判断を迫られている。フィルムのエコシステムは100年以上にわたって多くの企業に利益をもたらしたが、フィルムメーカーに代わって写真産業の頂点に立ったカメラメーカーの業績は10年そこそこで陰りが見え始めている。(カメラのほんとうのイノベーションはこれからだ!)
陰りが見え始めたと書いた2013年のカメラの出荷台数は約6100万台、昨年は、その約1/3の1950万台余りにまで落ち込みました。ピーク時と比べれば1/5という数字です。今年は、さらにその20%減で推移しています。(データは、カメラ映像機器工業会の「デジタルカメラ統計」をご覧ください)

確かに、何をいまさらの「カメラのイノベーション」ですが、私は、ほぼすべての人が「ムリ」と思っていることの答えを見つけることが大好きです。いまは、(自動運転の)ロボットタクシーの立ち上げに没頭していますが、それと同じぐらい「カメラのイノベーション」への挑戦は面白いと思うのです。

私の答えは、「ママカメラ、パパカメラ、タビカメラ、サンポカメラを創る」ということです。

そんなものは、すでにいくらでもあると言われると思います。しかし、それらは、デザインや機能が、例えば「ママが子供の写真を撮る」ために「適して」いるということに過ぎません。「ママが子供の写真を撮る」ためのカメラをつくったのではなく、「適した」機能やデザインを持ったカメラを、マーケティングとして「ママカメラ」というコンセプトを後付けしたものです。

「子供の写真を撮る」ことがママの目的ではありません。何か別の目的があって「子供の写真を撮る」のです。いまの「ママカメラ」で、その目的を達成できているでしょうか?カメラメーカーの人が、その疑問からカメラを考え直すことができれば「カメラのイノベーション」は可能だと思います。

スマホで写真を撮る人たちには、様々な目的があります。スマホカメラの性能がどんなに向上しても、カメラの機能だけでは、それらの目的を達成することはできません。インスタグラムやフェースブックやスナップチャットなどは、カメラを再発明してイノベーションを起こしたのです。

世界中の人々は、写真を撮ることが大好きです。これは変わることはないでしょう。それが、誰もが「ムリ」だと思っている「カメラのイノベーション」への挑戦が面白いという理由です。人々の基本的なニーズは不変で、新しく生まれた技術によって、その手段だけが変化して行きます。技術の進化が無限であれば、人々が何かをする手段も無限に変化する可能性があります。スマホカメラとインスタグラムで終わりではないのです。

カメラメーカーの方にひとつ提案があります。

社内の、カメラの事業とはなるべく離れた部門の、就学前のお子さんを育てているママやパパで、ミクシィが運営する家族アルバムアプリ『みてね』を使っている方を20名とか30名集めてください。お昼をご用意して、例えば11時から13時ぐらいの時間で、5人ずつぐらいのグループにして、子供の写真をどんなときに、どれぐらい撮っているのか。そして『みてね』をどんな風に使っているのか。なぜ『みてね』を使っているのか。そんなことを話し合ってもらってください。

カメラ事業の方は、各グループに一人か二人同席して、その会話を観察してください。会話が停滞したり大きく脱線したときのために、あらかじめ用意した質問を投げかける以外は発言を控えます。30分ぐらいでグループをシャッフルします。観察者は動かずに、メモもとらずにひたすら観察してください。

ママカメラとパパカメラの答えが必ずあります。ママカメラとパパカメラはまったく違うはずです。それは、いわゆるカメラというハードウェアだけではないことに気づくはずです。インスタグラムもフェースブックもスナップチャットも、イノベーション後のカメラなのです。

10人の観察者のうち、8人は気づかないかもしれません。あるいは間違った答えを見つけるかもしれません。そして1人か2人は、いままでつくってきたカメラがなぜ使われなくなってしまったかに、なんとなく気づくでしょう。あとは、その1人か2人が「カメラのイノベーション」に挑戦しようと思うかです。それは、さらに10人にひとり、あるいは100人にひとりかもしれません。

しかし、「カメラのイノベーション」はいつでも可能です。


1月7日にパナソニックが発表した「米ディーバ社とデジタルカメラの通信機能の拡充に向け提携」というプレスリリースを見たとき、「カメラを再発明しよう」で書いた潜在的なニーズを 解決するものかもしれないと少し期待をした。
人々は人生の記録のための包括的なソリューションを求めている。
前回の記事でも次のように書いた。
いま、あなたの顧客はスマートフォンのカメラで撮った写真をInstagramで共有したり、仲の良い友達とのセルフィー(自撮り写真)を楽しんでいるかもしれない。あるいは、デジタル一眼レフカメラで家族や友人の結婚式で数百枚の写真を撮っているかもしれない。
彼らが諦めていることが理解できるだろうか。
しかし残念なことに、それは「カメラの再発明」ではなかった。

プレスリリースでは、クラウドをどのように利用するかがわからなかったが、産経WESTの記事によると、ユニークな画像を発信したい投稿愛好者にとっては、スマホのカメラは機能不足で、高性能のデジカメで撮影した写真を自宅のパソコンの画像処理ソフトを使って修整・加工してから、SNSにアップするケースも多いということに着目したソリューションのようだ。パソコンの画像処理ソフトを使わなければならなかったことを、写真を撮った後にカメラでやってしまおうという発想だ。そして、カメラのパワーでは難しいのか、パナソニックに画像処理のノウハウがないのか、それをディーパ社のクラウドの力を借りてやろうということらしい。せっかくLTEをサポートし文字通り(常時)インターネットにつながったデジカメができることは、写真を撮って修正・加工してからSNSにアップするというスマートフォンと同じでしかない。少しスマートフォンを意識しすぎている。カメラの価値は他にあるはずだ。

ユニークな画像を発信したい投稿愛好者は高性能のデジカメで撮影するといっておきながら、このソリューションで提供されるDMC-CM1は、1インチセンサーとf/2.8、28mm相当の単焦点レンズというかなりユーザーが限られるスペックのいわゆる高級コンパクトというジャンルに分類されるデジカメだ。ターゲットはミラーレスを含むレンズが交換可能なデジタル一眼レフのユーザーではないのだろうか。彼らはカメラに強いこだわりをもっている。解決しようとする問題と解決策が矛盾しているように思う。スマートフォンのカメラも高性能になってきており、この程度のスペックであれば、わざわざSNS投稿のために別途購入しようとは思わないだろう。

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DMC-CM1(出展:パナソニックの発表資料)

海外で入手した友人にDMC-CM1を見せてもらったことがあるが、カメラでの画像操作はあまり快適とはいえなかった。画像をクラウドに送って修正や加工をするとなると、カメラ内のアプリかHTML5などを利用したWebアプリで操作することになると思うが、はたして新しいユーザー体験を提供できるのだろうか。

パナソニックのカメラ事業は2013年から営業赤字が続いている。デジカメの生産の大半を中国に移して、国内生産を大幅に縮小するという報道もあった。デジカメの市場が急速に縮小する中で、「カメラの再発明」をしない限りは半数以上の既存のデジカメメーカーは市場からの撤退をよぎなくされるだろう。カメラの再発明といっても、まったく新しい技術が必須というわけではないだろう。パナソニックが持つ技術を応用すれば十分に可能だと思う。パナソニックが最も自信を持っているデジカメをベースにリーン・イノベーションに取り組めばいい。しかし、パナソニックだけでなく、日本のコンスーマエレクトロニクス産業は、サービスやアプリケーションの企画・推進力が致命的に弱いように思う。人材の問題ではなく、そういった企画を評価し推進するしくみがないのだろうと思う。
人々は人生の記録のための包括的なソリューションを求めている。
なんども繰り返すが、カメラメーカーにはこの潜在的なニーズに注目してもらいたい。

 川手恭輔(Internet Born & Bred)
 

いま、あなたの顧客が諦めていることは2020年には完全に解決できている。

いま、2015年に、それを完全に解決することはできないかもしれないが、2020年までに解決できたときの人々の体験を想像することができれば、あなたが今年すべきことがわかる。2020年には誰でもがスマートフォンなどのポータル(入り口になる)デバイスを持ち、モバイル通信のスピードやコストの劇的な進化によって、クラウドは手元のコンピュータやメモリーと同じように考えられるようになっている。技術の進歩はインクリメンタルであるかもしれないが、それがあるレベルを超えたとき、そのアプリケーション(応用)であるハードウェアやサービスはラディカルなものになり得る。センサー技術やインターフェース技術の進歩のスピードは非常にはやい。その進歩を見越したアプリケーションを発想して構わない。

いま、あなたの顧客はiTunesからダウンロードした音楽をiPhoneのアプリで聴いていたり、Walkmanにストリーミングされる音楽を楽しんでいるかもしれない。あるいは、 大きな手間とお金を払ってハイレゾの音楽にアーリーアダプトしているかもしれない。
彼らが諦めていることが理解できるだろうか。

いま、あなたの顧客はスマートフォンのカメラで撮った写真をInstagramで共有したり、仲の良い友達とのセルフィー(自撮り写真)を楽しんでいるかもしれない。あるいは、デジタル一眼レフカメラで家族や友人の結婚式で数百枚の写真を撮っているかもしれない。
彼らが諦めていることが理解できるだろうか。

いま、携帯ミュージックプレイヤーやカメラは、スマートフォンの機能の一部となってしまいつつある。もしあなたが彼らが諦めていることを理解したとき、それを解決するために新しい携帯ミュージックプレイヤーやカメラを再発明することが必要になるかもしれない。僕は必要になると考えている。

あなたの顧客が諦めていることは、実はあなたが見て見ぬ振りをしていることだ。携帯ミュージックプレイヤーやカメラのメーカーで企画や開発に従事しているあなたは、あなたの顧客でもあるはずだ。普段は一般の人々のように携帯ミュージックプレイヤーやカメラを使い、楽しみ、そしてちょっと不便さや面倒臭さを感じている。そして他の人々のように、それを仕方がないこととして諦めている。それどころか自分たちがつくったものであると、その不便さや面倒臭さを無意識のうちに避けた使い方をしてしまう。いまの技術やコストや、そして組織ではとうてい解決できないものとはじめから結論づけて、その問題を見て見ぬ振りをしている。次の製品で解決できないことに関わっている暇はないと。いつのまにか、あなたはあなたの顧客ではなくなってしまっているのではないだろうか。

もちろん、これは携帯ミュージックプレイヤーやカメラに限ったことではない。しかし「自分がほんとうに欲しいものを作る"Scratch your own itch!"」とすると、僕はどうしてもこの2つを論じることになってしまう。そして、この2つを再発明したときに期待できる市場の規模や、世界に与えるインパクトの大きさにも魅力がある。携帯ミュージックプレイヤーはコンテンツの消費デバイス、カメラはコンテンツを生成するデバイスという対照も、この2つを並行して考えるときの面白さでもある。

2020年にも、あなたの顧客が諦めていることがあるはずだが、いまはそれを気にする必要はない。

2015年元旦

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。お問い合わせやご相談は、contact に @ibornb.red をつけたアドレスまでメールでお寄せください。
川手恭輔(Internet Born & Bred)
 

CIPA(カメラ映像機器工業会)が毎月発行しているデジタルカメラの生産出荷統計をみると、いまさらながらその落ち込み具合の酷さを実感する。 2010年の約1億2000万台をピークに、あっという間に今年は5000万台に届くかどうかというところまできてしまった。好調だった一眼レフカメラも2012年以降は勢いを失った。早晩、デジタルに取って代わられる前の銀塩カメラの市場規模(4000万台弱)あたりに落ち着いてしまうのかもしれない。半数以上の既存のデジカメメーカーはデジカメ市場からの撤退を検討すべきだろう。「カメラの再発明」をしない限りは。

カメラのほんとうのイノベーションはこれからだ」で書いたように、それは可能だと考えている。しかしそれを、既存のデジカメメーカーが行うか異業種の企業が行うかはわからない。すでに「カメラ」は誰にでもつくれるものになっている。

デジタル化によって写真市場には大きな変化が起きた。しかしデジタル化による同様の革命が起きた他の市場、例えば音楽や通信産業などと異なり、一般の写真市場には未開拓の領域がまだ残されている。
デジタルフォトは、マーケティングや技術のトレンドによって形成されてきた。カメラメーカーの競争は撮る技術にフォーカスされており、写真のもっとも重要な側面の一つである撮った後に写真を楽しむことについては無頓着であった。いま顧客視点から写真というものを見直して、まったく新しいコンセプトを一から創りだすことが求められている。それにはカメラとかインターネットの共有サイトとか通信手段とかの部分的なところにではなく、写真を撮る、すなわち想い出を残そうとする人々の基本的なニーズにフォーカスする必要がある。

私たちは皆、自分の人生や愛するものの写真を撮ったりビデオに収めたりすることが大好きだ。しかし、多くの人々はスマートフォンのカメラを使うようになってしまった。そこでは「画質」ではなく、「何ができるか」とか「どんな付加価値を付けられるか」ということが意味を持っている。スマートフォンのカメラが専用のカメラに完全にとって代わるかどうかということではなく、「いつも傍にあるカメラが一番いいカメラだ」というChase Jarvisの2009年の言葉が実証されたということだろう。
さらに言えば、特にソーシャルメディアでイメージを共有することがより簡単にできるなど、スマートフォンのカメラがカメラより圧倒的に優れている場合がある。

カメラは依然として本質的にダムデバイスで、その基本的な機能は変化していない。これは必ずしも悪いことではない。カメラは写真を撮るデバイスだ。しかし、変わったこともある。我々が撮る写真の量は劇的に増加し、Eメールやソーシャルネットワーク、オンラインストレージサービスなどを利用することによって、写真を即時に共有することも可能になった。厳選された写真だけがプリントされるようになり、その頻度はぜいぜい年に数回に激減した。あるいはプリントなど考えたこともない人も多いかもしれない。

フィルムが現像されプリントされた写真がまとまって戻ってくるときの感動は失われてしまった。写真は管理しなければならない単なるファイルになってしまい、それをカメラからパソコンにダウンロードしたり、それほど素晴らしくもないものも含まれる数ギガバイトの写真を整理したりという、気乗りのしない面倒な仕事をやらなければならなくなった。ほとんどの人にとって、これはじれったくてストレスが溜まるものであり、なによりも退屈で時間を浪費するものだ。

カメラのデジタル化によって、単にフィルムがセンサーに変わったということではなく、もっといろいろなことが可能になるはずだ。デジタル化は、我々が想い出を撮ったり、それを共有したり、保管したりする手段をもっと変化させる可能性を拡大する。
人々は人生の記録のための包括的なソリューションを求めている。
これが「人々が諦めていること」であり潜在的なニーズ」だ。あるソーシャルサービス開発のプロジェクトで、日米の一眼レフユーザーや日常的にスマートフォンのカメラを使う人々を集めてインタビューを行った際、次の質問をしたときにそれを実感した。
ところで、あなたの大切な人生を記録した写真はどこにありますか?
この問いかけには、実に様々な答えが返ってきた。グループインタビューの出席者が互いに質問や意見を言い合い、そして苦笑いをしながらそれぞれが「諦めていること」を告白し始めたのだ。「そうなんだよ、それが問題なんだ。」
今日の写真の問題の一つは、人々が生成した莫大なイメージを管理することだ。 
「人生の記録のための包括的なソリューション」は、スマートフォンのカメラとカメラとの機能的なギャップを埋めようとするのではなく、カメラが持つ基本的な優位点を理解しそれを生かすものでなければならない。人々は依然として旅行や幼稚園の卒業式などの大切なイベントでたくさんの写真を撮るためにカメラを持っていく。

「人生の記録のための包括的なソリューション」は、カメラというモノをデジタルリマスタリングすることによって導くことができるはずだ。
  1. モノに関連する情報やコンテンツをインターネットで扱うことによって可能になる「新しいユーザー体験」を描く
  2. バリュープロポジションを定義する
  3. それを実現する製品「ハード」「ソフト」「サービス」を再定義する 
インターネットにつながったカメラというアイデアは、すでに現実のものとなりつつあり、WiFi機能を備えたカメラも手に入るようになった。これをカメラの他の機能と同じようにカタログ上のスペックにしてしまうのは実に残念なことだ。それは「人生の記録のための包括的なソリューション」の第一歩である。「WiFi機能搭載」と謳うのは、iPodを単なる「MP3再生が可能なハードディスク」と呼ぶことと同じ過ちである。

「大切な人生を記録したすべての写真」がクラウドにあれば、いつでもどこからでもスマートフォンやタブレットのアプリケーションからアクセスすることができる。その前提で可能になるこれまでになかった「新しいユーザー体験」をいろいろ考えることができるだろう。まずはそのアプリケーション(ソフト、サービス)からアイデアを組み上げてゆきコンセプトをデザインする。そのコンセプトを包括的なソリューションに落とし込むために、「ハード」「ソフト」「サービス」の役割を再定義するプロセスは、過去記事「 アプリケーションの時代」を参考にしてほしい。

デジタルフォトの世界に君臨したカメラメーカーは、その市場における支配力を失いつつある。スマートフォンベンダーやソフトウェアの大企業が徐々に写真市場での影響力を強めている。AppleやFacebookなどのサービスは、すでに包括的なソリューションを提供している。それらはいずれカメラメーカーを市場から駆逐してしまうかもしれない。しかし、カメラメーカーが「MP3再生が可能なハードディスク」ではなく、「人生の記録のための包括的なソリューション」を提供するカメラを再発明することによって、もうひと花咲かせることは十分に可能なのだ。 

デジタルフォトはインターネットとの接続という方向に進むことが自然な流れであり、他のコンスーマ市場を見ても明らかなように、真のエンドツーエンドのソリューションを提供した者が常に勝利を収める。それは果たしてカメラメーカーなのかスマートフォンベンダーなのか、はたまたスタートアップなど新しいプレイヤーなのか、それはいずれ明らかになるだろう。

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クリステンセンは、イノベーションを引き起こした技術革新が連続的であるか否かによってインクリメンタルとラディカルに分類するそれまでのイノベーション分類に対し、既存の有力企業(の事業)が存続可能か否かという視点で、そのイノベーションに対応して存続可能なものを持続的イノベーション "Sustaining Innovation"、対応が困難で存続が不可能なものを破壊的イノベーション "Destructive Innovation" とする独自の分類をしている。それらは2つの技術革新とは独立して考えるべきで、次のようなマトリックスで表すことができるとしている。
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イノベーションはこの4つの象限に分類されるとし、「イノベーションのジレンマ」で次のようなことを言っている。

「持続的イノベーション」に最適化された組織では「破壊的イノベーション」を起こすことができず、やがて他者によって起こされた「破壊的イノベーション」によって事業が衰退してしまう。

CCDなどのセンサーという発明によって、カメラがデジタルになるというラディカルな技術のイノベーションが写真産業に起こった。フィルム時代の写真産業の有力なプレイヤーのうち、カメラメーカーの多くは製品のデジタル化に成功したが、フィルムの製造販売や現像とプリントサービス(DPE)を生業にするプレイヤー(フィルムメーカー)にとっては破壊的イノベーションになってしまった。

なぜフィルム時代に最適化された組織すなわちバリューネットワークを構築していたカメラメーカーが、このラディカルなイノベーションに対応し存続することができたのだろうか。カメラメーカーはクリステンセンの第2象限の実例を示したようにも見えるが、カメラメーカーとフィルムメーカーの明暗はクリステンセンの指摘する「最適化された組織の問題」を単純にあてはめただけでは説明がつかない。
 
CCDを利用したデジタルカメラは1995年ごろにカメラメーカーでないカシオから(QV10が)発売されていた(実はその前の年にAppleがQuickTakeというMac専用のデジタルカメラを発売したことを知っている人は少ないかもしれない)。最初はコンピュータへの画像入力デバイスというニッチな存在でしかなく、それがカメラとしてフィルムをベースにした写真産業のエコシステムを破壊し始めるのは2000年になってからだ。

画像の記録媒体と記憶媒体がフィルムとDPEから、センサーとシリコンメモリーに変化するという不連続(ラディカル)な技術のイノベーションが起きてから、製品やビジネスモデルのイノベーションが始まるまで5年以上かかっている。センサーなどのデバイスのコストダウンや性能の向上にそれだけの時間が必要だった。その間にカメラメーカーはラディカルな技術イノベーションに対応することができた。逆に電機メーカーなどの異業種からの新規参入組も、レンズやオートフォーカスなどのカメラに必要な技術を取り込むための時間が必要だった。そしてカメラメーカーは2000年に新規参入組と同じスタートラインに立つことができた。

カメラメーカーが自らイノベーションを起こしたのではなく、他者によって仕掛けられたイノベーションに、そのバリューネットワークを対応させることができたといえると思う。

フィルム時代の写真産業は、まさにフィルムを中心とした巨大なエコシステムを形成していた。フィルムメーカーはその中心にいて、川下のDPEサービスを含めて市場の70%以上の利益を独占していた。そのフィルムそのものがバリューを失ってしまったのだから、フィルムメーカーはフィルムメーカーとして生き残ることはできない。フィルム関連事業が破壊されても企業として存続するには、保有する技術やその他の経営資源をつかって新規事業領域に活路を見出すほかに道はなかった。

これはカメラメーカーとフィルムメーカーのバリューネットワークの違いによるものだ。バリューネットワークとは、その企業(事業)が提供するバリューと、それを可能にするために最適化されたプロセスとリソースのネットワークをいう。両者の違いはそのバリューだ。カメラメーカーが提供するバリューは「写真を撮る」すなわちレンズによって画像を結像させてフィルムに記録することであり、フィルムメーカーの提供するバリューは、そのフィルムを提供し画像が記録されたフィルムを現像しプリントして「写真」として完成させるということだ。

カメラメーカーにとっては「フィルムに記録する」を「センサーに記録しメモリーに記憶させる」に変える対応ができれば、事業が提供している「写真を撮る」という基本的なバリューを保つことができる。もちろん取り組むべき技術の壁は非常に大きかったが、上述のように5年という猶予もありバリューネットワークの一部を変更することで事業の存続が可能だった。さらにバリューネットワークを強化することによって、フィルムメーカーに代わって写真産業の中心となって事業規模を数倍に拡大することに成功した。


一方でフィルムメーカーは、そのバリューネットワークの起点となるフィルムそのものが消失するという事態に、フィルム事業のバリューネットワークが破壊されてしまった。もしフィルムメーカーがフィルム関連事業しか持たず、そのバリューネットワークに固執してしまい。別の新しいバリューネットワークを構築するという取り組みを怠っていたならば、その企業自体の存続も不可能だっただろう。
 
いったんデジタルコンバージェンスが起きると、その市場は流動的になり参入障壁も低くなるため、それ以前のように安定したバリューネットワークを構築し維持することが難しくなる。逆にバリューネットワークをフレキシブルなものにして技術やインフラの進歩・変化や顧客のニーズの変化に対応できるようにする必要がある。それはその市場において技術やインフラのイノベーションが継続的に起きるようになるからだ。

しかし、コンバージェンス後の市場における競争優位を勝ち取るためには、競合他社に先駆けて強固なバリューネットワークを構築しなければならないのも事実だ。次のイノベーションの前に目の前の競争に敗れてしまう訳にはいかない。実際に、いったんはイノベーションに成功したにもかかわらず、デジタル時代に適合したバリューネットワークを構築することができずに撤退や事業売却するカメラメーカー(や新規に参入した電機メーカー)が相次いだ。

クリステンセンのイノベーションのジレンマは、安定した強固なバリューネットワークを持つ企業に生じるものであったが、デジタル時代においては、経営者はそもそも安定した強固なバリューネットワークというものを構築すべきか否かという判断を迫られている。フィルムのエコシステムは100年以上にわたって多くの企業に利益をもたらしたが、フィルムメーカーに代わって写真産業の頂点に立ったカメラメーカーの業績は10年そこそこで陰りが見え始めている。

前述のようにカメラメーカーが提供するバリューは「写真を撮る」というものだ。その「写真を撮る」というバリューを別の形で提供しようとする者が現れた。スマートフォン(のカメラ)だ。 その原点は2000年にソフトバンクモバイル(開始当時はJ-フォン)から発売されたカメラ付携帯電話だ。 やはり10年という長い時間がかかったがカメラ付携帯がスマートフォンという形に変わり、技術のインクリメンタルなイノベーションによって画質も向上しカメラメーカーの提供する「写真を撮る」というバリューを脅かすに至った。

しかし、そのアドバンテージのひとつは、クラウドというラディカルなイノベーションとソーシャルネットワークサービスの出現によって、これまでの記録と記憶(保存)媒体に加え、新たに共有という媒体がスマートフォンのカメラのバリューネットワークに組み込まれたことだ。これが写真を撮ることから始まるまったく新しい体験として人々のコミットメントを獲得した。

さらにもうひとつのアドバンテージは、スマートフォンのカメラはいつでも傍にあるということだ。人々はカメラを意識して携帯していなくても、スマートフォンは常時携帯している。その結果、スマートフォンのカメラは写真を撮りたいと思ったときにいつでも傍にあるという価値を提供している。

フィルム時代、人々はフィルムを購入しそれをカメラに入れて撮影した後はDEPサービスを利用して「写真」を完成させていた。そしてデジタル化された写真においてもカメラメーカーは「写真を撮った後」に関与することなく「写真を撮る」というバリューの提供を独占し、そのバリューネットワークを「写真を撮る」というバリューに特化させて事業を存続し拡大してきた。

次はカメラメーカーが自らイノベーションをしなければならない。もちろん、写真産業の外に活路を求めてまったく別のバリューネットワークを構築するというのではなく、写真産業においてカメラメーカーが提供するバリュー自体を再定義し、それに基づいたバリューネットワークを再構築することを意味している。

そもそも「デザイン思考」とは何なのか?簡単に言えば、“人々の生活や価値観を深く洞察し、ユーザーが何を潜在的に求めているのかを感知しながら、プロトタイピングを通じて、新しいユーザー体験を提供するイノベーション・プロセス”である。

記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。お問い合わせやご相談は、contact に @ibornb.red をつけたアドレスまでメールでお寄せください。
川手恭輔(Internet Born & Bred)

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