デザイン思考で行こう!

Life will find a way, we'll find a way Technology lives.

タグ:潜在ニーズ


前回(シーズ起点のデザイン思考の始め方)、シーズ起点で考えた革新的な技術によって実現が可能になる画期的なアイデアから「釘を探すハンマー(ニーズを顕在化できない製品)」をつくってしまわないために、機能領域から顧客領域に遡上して、そのアイデアが解決しようとしている問題やニーズを明確に定義する必要があると書きました。今回はiPodを例にして、そのプロセスをたどってみます。

デジタルという技術革新があった         

アップルは2001年1月にサンフランシスコで開催されたマックワールドエキスポでiTunesを発表しました。このときジョブズは同時にデジタルハブという構想も披露し、「Macは浸透しつつあるデジタルライフスタイルにおけるデジタルハブとなって、いろいろなデジタルデバイスに素晴らしい価値を与えるだろう」と言いました。音楽に関していえば、この時点ではまだiPodは存在しておらず、CDから音楽をMacにコピーしてiTunesで管理し、曲を編集したプレイリストをCD-Rに焼き付けてCDウォークマンで楽しむという提案でした。
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その頃、人々は外で音楽を聴くためには、購入したCDの中から自分が選んだ数枚を持っていかなければなりませんでした(アメリカではMDは普及しませんでした)。音楽がデジタル化されても、そのメディアがレコードやテープからCDやMDに変わっただけで、ウォークマンがCDウォークマンやMDウォークマンになっても、その顧客の体験に大きな変化をもたらすことはありませんでした。デジタルが「イノベーションを起こすためには、ラディカル(不連続)な技術革新が必要だ」というノーマンの言葉にあるラディカルな技術革新であったにも関わらず、音楽ビジネスの分野にはまだイノベーションは起きていませんでした。

すでに1999年にはラスベガスのコンピュータ関連の展示会で、ソニーがメモリースティックウォークマンを発表しており、それ以前にもシリコンメモリーを使った携帯型音楽プレーヤーが発売されていました。しかし使用するメモリーの容量では1〜2枚のCDの音楽を格納することしかできず、CDに加えて新しいメディアの管理という余計な作業も増える結果になっていました。特にメモリースティックウォークマンで使用するMagicGateメモリースティックは価格も高く、ほんの数枚のメモリースティックを使い回さなければならないという状況でした。

技術シーズからの発想

「ポケットに1,000曲」というキャッチコピーで初代iPodが発表されるのは2001年の10月になります。もちろん、iTunesとデジタルハブ構想を発表したとき、すでにiPodという新しいデジタル機器のイメージはできていたはずです。
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Design Crazy: Good Looks, Hot Tempers, and True Genius at Apple [Kindle版]に、発売後のiPodの販売が伸び悩んでいるときに、周囲がiTunesをWindowsにも展開すべきだとジョブズに進言したときの興味深いエピソードが紹介されています。
我々は、WindowsにiTunesを提供することについてスティーブと多くの議論をしたが、最終的にフィルと私は「(あなたが反対しても)我々はやりますよ」と言った。スティーブは「くそったれ!好きなようにするがいいさ、責任はとれよ!」といって部屋から飛び出していってしまった。
iTunesは、ジョブズが2000年にCEOに復帰した直後にアップルがその権利を買収したSound Jam MPというソフトを元に、アップルに移籍したその開発者たちが開発したそうです。きっとジョブズはSound Jam MPを見たとき、「これはMacの価値を向上させるために使えそうだ」と思ったのでしょう。赤字を垂れ流していたアップルのCEOに復帰したばかりのジョブズにとって、Macの価値を最大化して販売を伸ばすことが最大の課題だったはずです。それは製造業のイノベーション戦略マトリックスに示した、,凌靴靴さ蚕僉淵妊献織襦砲砲茲辰得宿覆鬟ぅ離戞璽轡腑鵑垢襦Macを単なるコンピュータではなくデジタルライフスタイルにおけるデジタルハブにするという戦略です。
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(製造業のイノベーション戦略マトリックス)

顧客領域に遡上する

では顧客領域に遡上して「観察」を行い、「CDから音楽をMacにコピーしてiTunesで管理し、プレイリストに編集した曲をCD-Rに焼き付けてCDウォークマンで楽しむ」というシーズ(Sound Jam MP)起点のアイデアが解決しようとしている問題やニーズを考えてみましょう。実際にジョブズまたはアップルの誰かが、いつiPodという製品のアイデアを思いついたのかはわかりませんが「顧客領域への遡上」する意義を説明するために、iTunesというアイデアを発想した時点ではまだそこに至っていないと仮定します。
  • 現実の生活における人々を「観察」し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す
ウォークマンなどの携帯型音楽プレーヤーのユーザーの、変わることのない基本的なニーズは「どこででも音楽を聴きたい」というものでしょう。ウォークマンの出現の以前の「製品やサービス」は、放送される音楽を携帯ラジオで聞くというレベルのものでした。そしてウォークマンは、どこででも「自分の選んだ」音楽を聴きたいという潜在ニーズを顕在化しました。しかしその後、音楽がデジタル化されてウォークマンがCDウォークマンやMDウォークマンになり、メディアの可搬性、ダビングの速度や質が向上するなどの改善はありましたが、ユーザーの体験に大きな変化をもたらすことはありませんでした。
 
iTunesが解決しようとする、現在提供されている製品(CDウォークマン)のユーザーが抱えている問題は「たくさんあるCDを管理できない」というものでしょう。音楽をコンピュータで管理することによって、それを解決しようというアイデアです。iTunesでは曲ごとのメタデータから自動的に作成したデータベースによって、ユーザーはアーティスト名やジャンルなどから曲を探して選んだ曲でプレイリストを編集することができます。しかし、それはユーザーの体験に大きな変化をもたらすものになるのでしょうか。 

ユーザーの基本的なニーズが「どこででも音楽を聴きたい」というものであるならば、音楽を聴くときの体験が重要です。iTunesによって、その前に必要な作業を改善することはできるでしょうが、「持ってきたCD」で音楽を聴くという体験には大きな変化はなさそうです。依然として「持ってこなかったCD」の音楽を聴くことはできません。保有しているすべての音楽をコンピュータで管理することによって、持って出かける曲を選ぶという作業が変化します。その作業を行うユーザーになりきって「観察」すると、そこに新たな問題が見えてきます。
  • iTunesのユーザーを「観察」し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、iTunesでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す
音楽が一覧で見えるようになり、検索したり整理したりすることが容易になると、持って出かける音楽の選択肢が格段に増えることになります。そのプレイリストを作成してCD-Rに焼き付ける作業が増えるだけでなく、「持ってこなかった曲」を意識(後悔)することも多くなるでしょう。これまでは、そんな音楽を所有していることすら忘れていたのですから。iTunesで音楽の一覧を見て曲を選ぶ行為と、その曲を携帯型音楽プレーヤーで聴くという行為との時間差が問題なのです。すべての音楽を持ち歩いて「聴く曲をその場で選びたい」という潜在ニーズが見えてきます。 

機能領域で考えるべきこと

現在提供されている製品のユーザーが抱えている問題は、「たくさんあるCDを管理できない」ことだという仮説を持って顧客領域に遡上しましたが、そこで「聴く曲をその場で選びたい」という潜在ニーズを発見しました。それはiTunesという「コンピュータで音楽を管理する」というアイデアが存在したからこそ発見できました。

さらに、音楽を聴くときの体験が価値だとすれば、その前に行うことはすべて「なくてもいい作業」だと考えることができます。CDを買いに行くこと、それをMacにコピーすること、プレイリストを作成すること、CD-Rに焼き付けること、そしてCD-Rを持ち歩くことなど、それらのすべてが作業です。購入する音楽を選ぶことすら、なくてもいい作業なのかもしれません。「どこででも音楽を聴きたい」という基本的なニーズには、それらの作業をなくして欲しいという潜在ニーズが隠れているのです。もちろん、それは顕在化するまで存在しないニーズです。

それらの顧客領域からのインプットから、機能領域では「コンピュータで音楽を管理する」という最初のアイデアに次の2つを追加することになります。
  • 携帯型音楽プレーヤーにすべての曲を入れて持ち歩く
  • インターネットで音楽を販売する
ここで、持っているCDのすべての音楽を携帯型音楽プレーヤーに入れることができると、「膨大な数の曲の中から探して選ばなければならない」という新たな問題が発生することに気づくでしょう。それは次の実体領域(設計フェーズ)への要求仕様になります。実体領域では、その時点での技術やコストの制約から持ち運べる音楽は1,000曲になりましたが、スクロールホイールという技術を応用して指一本で曲を選ぶという操作を提供しました。
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"Say hello to iPod. 1,000 songs in your pocket."
 
さらに、CD数枚分とかではなく1,000曲の音楽を持ち運ぶことができるとしたら、まったく新しいユーザー体験を提供できるのではないかと考えた人がいたようです。そして「ユーザーが曲を探して選ぶ」のではなく、iPod
が選んだ曲を流せばいいという発想の転換がありました。まったくランダムなシャッフルモードから、ユーザーが気に入った一曲に関連性のある曲をiPod 選ぶジーニアスというプレイリストまで。シャッフルモードで聞いていて、普段なら選ぶことがなかったはずの曲が、その時の環境や気持ちなどで印象が全く違うものになっていたことはないでしょうか。CDを買って一度しか聞かなかったようなアルバムの記憶にない一曲がかかって、そこからそのアーティストの曲の探索を始めたことがなかったでしょうか。 これは、まさにこれまでになかった新しい体験でした。

イノベーションは黒魔術か?

最初にお断りしたように今回は、シーズ起点で考えた画期的なアイデアが解決しようとしている問題やニーズを明確に定義するプロセスをiPodを例として説明しました。それは、おそらくiPodを発想したジョブズやアップルの誰かの実際の思考プロセスとは異なるでしょう。しかし彼らは、シーズとニーズとを調和させるために多くの時間と努力を注いだはずです。
イノベーションは決して黒魔術などではありません。

インターネットでの音楽の販売は、技術的問題ではなく既存のバリューチェインにおける既得権を守ろうという抵抗勢力との戦いに時間がかかりましたが、アップルは2003年4月にiTunes Music Storeをオープンしました。そして、その10月にようやくWindowsへのiTunesの提供を開始しMacの呪縛から解放されたiPodのブレイクが始まりました。
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結果的にiPodの販売は2008年の5483万台にまで成長し、その後のiPhoneにつながるアップルの驚異的なイノベーションの先駆けになりました。アップルコンピュータだった社名からコンピュータという言葉を消した(2007年1月)ことに象徴されるように、製造業のイノベーション戦略マトリックスの△了業のイノベーションに成功しました。

ジョブズのメッセージは数多く紹介されていますが、iPodを発表したときのフレーズは特に印象的でした。
"a part of everyone's life" 
アップルがなぜiPodで音楽の市場に挑戦するのか、それは音楽が「人々の人生の一部だから」だという文脈でした。人々は(ジョブズも)皆、音楽が大好きだという言葉どおりの意味もあるでしょうが、それ以上にアップルという企業が挑戦する価値があるほど「大きな市場」だということを言ったのだと思います。


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お断り これは連載のために過去の記事を書き直したものです
図やイラストはPowerPointで作成しました 

モノづくりのデザイン思考 (連載 11)

一般消費者向けの製品をつくる製造業では、技術シーズから新しい製品の企画・開発がスタートすることが多いと思います。むしろ、画期的な製品は革新的な技術によって生み出されています。D.A.ノーマンは、自身のエッセー"Technology First, Needs Last"の中で次のように言っています。
まず技術が最初にあって次に製品、そして新しいアプリケーションが快適になるに連れてニーズがゆっくりと顕在化し、最後にそれが必要不可欠なものになる。
アプリケーションとは、その製品によって提供される体験と考えて良いでしょう。問題あるいはニーズは、それを解決する(満たす)製品が現れて初めて顕在化する。それまで潜在的なニーズというものは存在しない。新しい製品が現れてから、あたかも潜在していたニーズが顕在化したように見えるだけだということです。 

イノベーションはシーズ起点

デザイン思考や人間中心デザインの提唱者でもあるノーマンは、それらのアプローチ、すなわち本当の問題を特定してからその解決策を考えるというアプローチでは製品の機能や仕様の改善にしか結びつかない。ラディカル(不連続)な技術革新がなければ、イノベーションを起こすことはできないとも言っています。

近年、AIが機械学習、特にディープラーニングという技術によって飛躍的に進化し、デジタル(コンピュータ)そしてインターネットの次の、あらゆる経済活動で広く用いられる重要な汎用技術(GPT)になる可能性を帯びてきました。AIは(恐らく)次のイノベーションを可能にするラディカルな技術革新でしょう。

しかしシーズ起点で、(例えばAIなどの)革新的な技術によって実現が可能になる画期的なアイデアを考えても、それをそのまま製品化してしまうと「釘を探すハンマー」をつくってしまうことになりかねなません。打つべき釘(ニーズ)がなければハンマー(製品)に価値はありません。そのような製品はソリューションウェアと呼ばれています。技術シーズからソリューションウェアをつくってしまわないためには、その製品のアプリケーションが顕在化しようとしているニーズを明確にすることが必要です。 

デザイン思考はニーズ起点

デザイン思考とは「何らかのシーズと人々のニーズとを調和させてプロダクトをつくるための方法論」で、そのシーズは「技術的に実現可能なもの」「顧客価値と市場機会に転換できるもの」とされています(IDEO ティム・ブラウン)。前者はプロダクトのアイデア、後者は技術やデータやコンテンツなどの企業の保有資産と考えるとわかりやすいでしょう。

デザイン思考のプロセスはニーズを起点にしています。IDEOで実施されているプロセスは「観察」というステップから始まります。
  • 現実の生活における人々を「観察」し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す
そして発見した問題やニーズを解決したり満たしたりすための、技術的に実現可能な製品のアイデアを考えます。この段階でアイデアの実現に必要なシーズが選択されるので、それは自ずとニーズと調和します。

シーズ起点で顧客領域に遡上する

設計工学において用いられているプロセス論では、顧客領域で明確に定義した顧客ニーズを機能領域において要求仕様に落とし、それを実体領域で設計してプロセス領域で生産するとされています。機能領域の要求仕様は顧客領域のアウトプットの顧客ニーズの写像であるべきですが、技術シーズを起点にすると顧客領域のステップがスキップされて機能領域からプロセスが始まり、利用可能な技術の視点からエンジニアによって顧客ニーズが設定されて要求仕様が決められてしまいがちです。 
Axiomatic
出所:公理的設計 , Nam Pyo Suh
 
シーズ起点で「シーズと人々のニーズとを調和させる」には、機能領域から顧客領域に遡上して「観察」を行う必要があります。しかし、すでに機能仕様が想定されていると、答(機能仕様)のための問題(ニーズ)を無理に見つけようとしたり創り出したりしてしまう危険があります。

基本的なニーズを再定義する 

人々の基本的なニーズは不変ですが、技術によってそれを満たす手段が変化してきました。音楽を聴いたり、写真を撮ったり、ランニングをしたりする目的は人によってそれぞれ異なるでしょうが、「ひとりの人」に注目すると、新しい技術によって提供された製品やサービスによってその方法が変わっても、その基本的なニーズは変わらないということです。

まず、あなたが提供する製品を使う人々の基本的なニーズを再定義します。「いつでもどこででも好きな音楽を聴いていたい」「子供が生まれたので、その成長を記録して家族の幸せを残しておきたい」というように、あなたの顧客の「ひとりの人」になりきって(Empathize)できるだけ具体的に考えることが必要です。それは顧客も意識していないことかもしれませんし、あなた(製品の提供者)も明確に定義したことがないことかもしれません。携帯音楽プレーヤーは「音楽を聴くもの」で、カメラは「写真を撮るもの」だと、あたりまえに考えているかもしれません。

もちろん「ひとりの人」は何人もいます。カメラで子供の成長ではなく、旅行の思い出を記録しようと考える人もいます。それらは同じものではなく別々の基本的なニーズです。その別々の基本的なニーズを再定義します。基本的なニーズが不変という意味は、「ひとりの人」にずっと不変に存在するということではありません。子育てが終わった人の「子供の成長の記録」という基本的なニーズは消滅するかもしれませんが、それは別の「ひとりの人」の基本的なニーズとして新たに生まれます。

製品のコンセプトを定義する

あなたがシーズ起点で考えた「革新的な技術によって実現可能になる画期的なアイデア」は、現在の製品を使っている顧客が抱えている、どのような問題を解決しようとしているのでしょうか。再定義した「人々の基本的なニーズ」を満たす「手段」をどのように変えるものなのでしょうか。

ここでの「観察」は問題を探すことではなく、そのアイデアすなわち画期的な手段が解決しようとしている、これまでの手段の問題やニーズを明確に定義することが目的です。それが製品のコンセプトになります。その問題を解決することによって、顧客はどのような新しい体験の価値を得られるのでしょうか。その問題は、すでに存在する他の手段で解決できてしまわないでしょうか。その問題は、あなたが解決する価値があるのでしょうか。その問題は、まだ誰も気づいていないでしょうか。これらの質問にシンプルに答えておかなければなりません。

「ひとりの人」「基本的なニーズ」そして、それを満たすための新たな手段が「解決しようとする問題」の明確な定義が、顧客領域の写像として機能領域へのインプットになります。
 
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お断り これは連載のために過去の記事を書き直したものです。

採用の面接で僕はいつも次の質問をする「ほとんどの人が認めないけれど、あなたが重要な真実だと考えていることはありますか?」
 
ペイパル・マフィアと呼ばれる何人もの起業家を輩出したペイパルやパランティアの共同創業者で、その後フェイスブックやスペースXなど数百社のスタートアップに投資した投資家としても知られるピーター・ティールの"ZERO to ONE"は、このような書き出しで始まる。ティールは、偉大な企業は目の前にあるのに誰も気づかない重要な真実の上に築かれると言う。

シリコンバレーのベンチャーキャピタル、Yコンビネータの共同創業者のポール・グラハムも、良いアイデアは最初バカげたものに見えると言っている。新しいプロダクトを生み出した人は、他の人が気づいていない問題に気づき、自分がほんとうに欲しいと思うものを自分でつくった。ほとんどの人がそれが価値があると認識していないアイデアこそが最高だと。
 
多くのイノベーターが同じようなことを言っている。ここでも「まだ誰も気づいていない潜在ニーズ」という言葉を使い、それをどう見つけるかを考えてきた。

ティールは、誰もが信じている嘘を特定することができれば、その後ろに隠れているもの、すなわち「逆張りの真実」を発見できると言う。逆張り(
contrarian)とは株式投資の用語で、株価が急落したときに買うなど、株価の動きと逆の方向で売買することを意味する。それを行うには知見や洞察力だけでなく、強い信念と勇気が必要だろう。ティールは、逆張りを躊躇させる4つの気持ちを挙げている。
  • 期待されていることだけを他よりも少しだけうまくやれば評価される
  • ほかの誰もが認めていないことに人生を捧げるのはつらい
  • いまの出世コースを外れたくない
  • どうせひとりの力では何もできない
逆張りをするためには、これらの気持ちを克服しなければならない。それは起業する人だけでなく、大企業の中でイノベーションを起こそうとする人にも求められることだ。
それができる人はめったにいないが、4つのうちのいくつかの気持ちを初めから持たない人もいるだろう。そんな人は、2番目などは楽しみだと感じているかもしれない。4つとも思い当たる人は逆張りは考えないほうがいい。みんながみんな、イノベーションにチャレンジする必要はない。そんなことをしたら企業はすぐにつぶれてしまう。

逆張りの真実を見つけるには逆張りの視座が必要だ。いつも視座を未来に置いて、みんなが信じていることを観る。みんなが見ていない場所を見る。ほとんどの人は教えられた範囲でものごとを考えている。技術の進歩が、困難と思われていたことを可能(容易)にして、昨日までの真実を嘘にする。新しい真実が密かに生まれて、発見されるのを待っている。技術の発明者である必要はないが、技術を深く理解している必要がある。冒頭のティールの質問は、逆張りの視座を持っている人材を見つけるための質問だ。

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モノづくりのデザイン思考 (連載 9)

人々の基本的なニーズは不変で、新しく生まれた技術によって、その手段だけが変化して行きます。技術の進化が無限であれば、人々が何かをする手段も無限に変化する可能性があります。

イノベーションを起こすためには、製品やサービスを利用する人々の基本的なニーズを再認識して、そのために提供されている現在の製品やサービス(手段)はどれも未完成で、変えることが可能なものだと信じることが必要です。この考え方で「デザイン思考」を補完して、イノベーションの取り組みに活用することができます。

デザイン思考とその具体的なプロセスは広く学ばれ実践されていますが、IDEOで実施されているプロセスは次のようなものです。
  1. その市場、クライアント、テクノロジー、そして与えられた問題に関して認識されている制約事項を「理解」する
  2. 現実の生活における人々を「観察」し、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す
  3. それまでになかった新しいコンセプトとそれを使うであろう顧客を「視覚化」する 
  4. 「プロトタイプ」を評価し洗練することを何回も素早く繰り返す
  5.  新しいコンセプトを市場に出すために「製品化」する
「理解」は、IDEOのようなコンサルティング会社として、クライアントすなわち製品やサービスを提供する側の状況を理解するということです。コンサルタントとしてクライアントの経営課題に取り組む場合でも、自社の製品やサービスのイノベーションに取り組む場合でも、その会社(自社)の事業の市場や関連するテクノロジーを理解し、そして直面する経営課題に関して認識されている制約事項を理解することなくしては始まりません。もちろん、制約事項に捉われていたのではイノベーションのジレンマに陥ってしまいます。

デザイン思考のプロセスはニーズの発見を起点にしています。現実の生活における人々を「観察」し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す。

しかし問題あるいはニーズは、それを解決する(満たす)答えが現れて初めて顕在化することがあります。それまで潜在ニーズというものは存在しない。iPodやiPhoneのような画期的な製品の場合、答えが提供されてから新たなニーズが生まれたと考えるべきでしょう。
かつては「必要は発明の母」であり、人々が必要と求めるものが先にあり、科学者や企業はそれを察知して発明にいそしむのが常であった。生活や生産からの要求を技術者が追いかけていたのだ。ところが、今や「発明は必要の母」となった。人々は新たに発明されたものを見て、実は必要性があったのだと錯覚して生活に取り入れるようになったからだ。企業が提供する科学・技術に先導され、余分なものでも必要と感じて買いこむというふうに順序が逆転したのである。
科学と人間の不協和音(池内 了)
「人は形にして見せて貰うまで、自分は何が欲しいのかわからないものだ」と言ったスティーブ・ジョブズは、どのようにしてiPodやiPhoneのアイデアを思いついたのでしょう。

D.A.ノーマンは「誰のためのデザイン?」の改訂版で次のように述べています。
インクリメンタルなイノベーションは既存の製品をもとにそれらをよりよくするという取り組みである。それに対しラディカルなイノベーションは何もないところからスタートし、何かを可能にする新しい技術によってドライブされることが多い。HCD(人間中心設計プロセス)のデザイン手法はインクリメンタルなイノベーションに適している。ラディカルなイノベーションを導くことはできない。
ISOで規定されているHCDやデザイン思考のプロセスは、インタラクティブ・システムや、そのほかの製品やサービスのユーザビリティ改善のために考えられたものです。ノーマンはそれらの取り組みをヒル(丘)クライミングと呼び「ヒルクライミングは、登り始めた丘の頂上を発見することができるかもしれないが、最良の丘を上っているとは限らない。別の丘を登るためには、それを可能にする新しい技術が必要だ」と言っています。

イノベーションに取り組む人が「存在しない潜在ニーズ」に気づくためには、まず新しい技術を発見しなければなりません。それには利用可能な技術を見極めて応用する力が必要になります。

すでにiPodやiPhoneの前に、メモリーを内蔵した携帯型の音楽プレーヤーやスマートフォンは存在していたので、ジョブズは、それらを変えることによって、それまでにない新しい経験を提供できると考えたのだと思います。「登り始めた丘を登る」ということは経験の改善を目指す取り組みを指し、そして「別の丘を登る」とは新しい経験を創り出すことを意味しています。ジョブズは、変えるための新しい技術(シーズ)を先に発見していたはずです。

音楽や写真やコミュニケーションやゲームなどのコンテンツや関連する情報がデジタル化されることによって、それらの市場にデジタル・コンバージェンス(産業融合)が起きました。いったんデジタル・コンバージェンスが起きた市場では、さらなる変化を起こしやすくなります。 それはアナログ時代に比べて、メディアの技術革新が頻繁に起こるようになったからです。ウォークマンに取って代わったiPodも、あっというまにアプリケーションの一つとしてiPhoneに吸収されてしまい、さらにストリーミング配信がインターネットを利用した音楽配信サービスの主流になりつつあります。「外出先で音楽を楽しみたい」という人々の基本的なニーズは不変ですが、音楽を記録し保管し伝送するメディアの進化によって、音楽を楽しむための新しい手段が次々に生まれています。

いま、自社の製品やサービスのイノベーションすなわち「別の丘を登る」ために必要な新しい技術として、デジタル化された情報やコンテンツを記録し保管し伝送し表示するメディアの進歩に注目すべきです。製品やサービスに関連する情報やコンテンツの新しい流れを作ることができないか。昨日までは難しかったことが、明日には可能になるかもしれない。それによって、これまでにない新しい経験を提供できないだろうか。製品やサービスに関連するコンテンツや情報の新しい流れをデザインし、その流れに合わせて製品やサービスを再定義する。

IDEOの共同創業者のティム・ブラウンは、デザイン思考とは、何らかのシーズと人々のニーズとを調和させてプロダクトをつくるための方法論だと定義しています。「視覚化」のステップでは、ストーリーボードやビデオなどを使って、まだ存在しない未来の製品やサービスが提供されたときの人々の生活や行動を「視覚化」します。それによって未来の人々の経験を客観的に「観察」し、シーズとニーズが調和しているかを検証することができます。

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お断り これは連載のために過去の記事を書き直したものです。

私は名刺やソーシャルネットでのプロフィールの肩書きを"Concept Design Scientist"としています。さらに"Internet Born & Bred"という会社名だかなんだかわからない但し書きもあって胡散臭さがプンプンするようで、名刺をお渡しした初対面の方の多くは、それをご覧になって微妙な表情をされます。数は少ないですが、勇気ある方の「コンセプトデザインサイエンティストってどんなお仕事ですか?」というご質問に、「新しい製品やサービスを開発する過程で、その顧客価値を明確にして、それを実現していくお手伝いをしています」などとお答えすると、質問したことを後悔するように「なるほど」と呟かれます。

一般消費者向けの製品をつくる製造業では、技術シーズから新しい製品の企画・開発がスタートすることが多いと思います。特にその技術が自社で開発された革新的なものだと、その技術で実現可能なアイデアを見つけて製品を企画してしまいがちです。しかしそのまま製品化してしまうと、釘を探すハンマーをつくってしまうことになりかねなません。打つべき釘(ニーズ)がなければハンマー(プロダクト)に価値はありません。購入者が釘を見つけてくれると期待するのは楽観的に過ぎるでしょう。そのようなプロダクト(製品やサービス)はソリューションウェアと呼ばれています。

技術シーズから新しいプロダクトの企画・開発をスタートすることは決して悪いことではありません。むしろ画期的なプロダクトは革新的な技術によって生み出されることが多いと思います。そしてそのプロダクトが提供する新しい経験が快適になるに連れて「ニーズ」がゆっくりと顕在化し、最後にそれが必要不可欠なものになっていきます。
The technology will come first, the products second, and then the needs will slowly appear, as new applications become luxuries, then "needs," and finally, essential. (Donald A. Norman)
アプリケーションとはソフトウェアのことだけでなく、技術の応用を意味しますが、ここでは経験と解釈して良いでしょう。コンセプトデザインとは、ソリューションウェアをつくってしまわないために、そのプロダクトのアプリケーションが顕在化しようとしている「ニーズ」すなわち潜在ニーズを明確にすることだと考えています。

設計工学において用いられているプロセス論では、顧客領域で明確に定義した顧客ニーズを機能領域において要求仕様に落とし、それを実体領域で設計してプロセス領域で生産するとされています。機能領域の要求仕様は顧客領域のアウトプットの顧客ニーズの写像であるべきですが、シーズを起点にすると顧客領域のステップがスキップされて機能領域からプロセスが始まり、利用可能な技術の視点からエンジニアによって顧客ニーズが設定されて要求仕様が決められてしまいがちです。 
Axiomatic
出所:公理的設計 , Nam Pyo Suh

コンセプトデザインについての私の考えは、IDEO社で用いられているデザイン思考をベースにしています。デザイン思考は、何らかのシーズと人々のニーズとを調和させてプロダクトをつくるための方法論で、そのシーズは「技術的に実現可能なもの」「顧客価値と市場機会に転換できるもの」とされています。前者はプロダクトのアイデア、後者は技術やデータやコンテンツなどの企業の保有資産と考えるとわかりやすいでしょう。 
Put simply, design thinking is a discipline that uses the designer's sensibility and methods to match people's needs with what is technologically feasible and what a viable business strategy can convert into customer value and market opportunity. (Tim Brown)
デザイン思考のプロセスはニーズを起点にしています。
  • 現実の生活における人々を「観察」し、何が人々を行動させるのか、さらに何が人々を混乱させるのか、人々は何を好み何を嫌うのか、現在提供されている製品やサービスでは満たされていない潜在ニーズがどこにあるかを探し出す
そして発見した問題や潜在ニーズを解決したり満たしたりすための、技術的に実現可能なプロダクトのアイデアを考えます。この段階でアイデアの実現に必要なシーズが選択されるので、それは自ずとニーズと調和します。

シーズ起点で「シーズと人々のニーズとを調和させる」には、機能領域から顧客領域に遡上して「観察」を行う必要があります。しかし、すでにアプリケーションが想定されていると、答(アプリケーション)のための問題(潜在ニーズ)を無理に見つけようとしたり創り出したりしてしまう危険があります。そのために、まずアプリケーションのメタ言語化を行います。

技術シーズから考えられたアプリケーションには、その技術で可能になること(機能)が満載されていたり、逆に技術の制約事項や実装などの都合からターゲットやユースケースが設定されてしまっていたりします。それらの機能を包含し、より広範囲のターゲットやユースケースに適用できる、より抽象度の高い言葉(メタ言語)を設定します。

このメタ言語が示すアプリケーションの領域について「観察」を行うことによって、エンジニアの先入観を排除して、その技術シーズのアプリケーションが顕在化できる潜在ニーズを探索することが可能になります。潜在ニーズは存在するでしょうか、それは想定したアプリケーションによって顕在化できるでしょうか。それには別のアプリケーションが必要かもしれません。あるいは、そのアプリケーションによって顕在化できる、より重要な潜在ニーズに気づくこともあるでしょう。

「観察」によって導かれた潜在ニーズと、それを顕在化するアプリケーションは仮説のコンセプトです。機能領域に進む(戻る)前に、デザイン思考のプロセスには経るべきステップがもう1つあります。
  • それまでになかった新しいコンセプトとそれを使うであろう顧客を「視覚化」する
この続きは「モノづくりのデザイン思考」という連載で書いていきますが、あるテレビ番組で大江健三郎さんが話された言葉が「視覚化」と、それに続く「プロトタイプ」の意義を巧く表していたのでご紹介しておきます。
最初は偶然のように始ったものが1/3ぐらい出来上がると、自分の中に批評性というものが生まれる。書いているものが良いか悪いか、この点は良い、この後半戦はすっかり捨ててやり直さなければいけない、というような態度決定を自分に呼び起す力が、偶然からのように始まった小説の草稿にはある。それが僕にとっては一番面白い、小説家であることの驚き悦びに関係しています。  

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川手恭輔
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ハードウェアのスタートアップを支援する中国・深センのベンチャーキャピタル(アクセラレーター)の HAXLR8R(ハクセラレーター)が公開したハードウェアスタートアップのトレンドという資料のなかに、Beware of those 12 "wares"(これら12の「ウェア」には用心しろ)というリストがのっている。その説明や例を見て、ハードウェアではないが自分にもいくつか心当たりがあって思わず苦笑いしてしまった。スタートアップだけでなく、大企業のプロダクトも例としてあげられている。

シリコンバレーでは、ソフトウェアだけでなくハードウェアのスタートアップも増えてきた。その理由として、3Dプリンターなどによる新しい試作プロセスや、中国の深センなどのグローバルな製造インフラが、起業まもないスタートアップでも利用できるようになったことがあげられる。 そして、通信技術やセンサー技術の進化によってモノのインターネット(IoT)が現実的になり、それがスタートアップのブームを加速している。

しかし、ソフトウェア(やサービス)のスタートアップ比べて、ハードウェアのスタートアップの成功事例は数が少ない。昨年、Googleに買収されたIoTのサーモスタットを作っていたNestや、IPO(新規株式公開)を果たしたGoProなど数えるほどしかない。ハードウェアのスタートアップがベンチャーキャピタルやクラウドファンディングから多額の資金調達をしたという報道も多いが、それはまだスタートアップの成功とは言えないだろう。

ハードウェアにはソフトウェアにない難しさがあり、HAXLR8Rは、多くのスタートアップが12の残念な「ウェア」に挑戦していると指摘する。そのひとつのSOLUTIONware(ソリューションウェア)は、
  • 問題を探しているソリューション(釘を探しているハンマー)
というもので、学術研究(技術シーズ)から生まれたものに多いとされている。

GoProに続いて今年の6月にIPOに成功したフィットネス・ヘルスケア機器のFitbitについてのWedge Infinityの記事(IPOを果たしたFitbit「ウェアラブル」からの発想では新しいことは生まれない )で、Apple Watchもソリューションウェアではないかと書いた。
Apple Watchは、ソリューションをつくってから問題を探しているような印象を受ける。Appleは、iPhone有りきウェアラブル有りきで、素晴らしいデザインの時計をつくった。購入者もApple Watchで解決できる問題を、無理やり見つけようとしているように見えてしまう。例えばこんなことを言っている。

「Apple Watchのおかげて、頻繁に通知が届くたびにポケットからiPhoneを取り出さなくて済む」

Apple Watchが解決しようとする問題は、いったい何なのだろうか。
ソリューションウェアと呼ばれないソリューション・ハードウェアを作るには、作り始める前にニーズとシーズそしてチャンスの3つを明確に定義する必要がある。
needs
例えば、Fitbitは次のようなものだろう。
  • ニーズ:健康(肥満)
  • シーズ:センサー技術の発達
  • チャンス:スマートフォンの普及と健康ブーム
GoProはこうだったと思う。
  • ニーズ:サーフィン中のすごい映像を撮りたい
  • シーズ:デジタルカメラの技術を利用できる
  • チャンス:中国のEMSやサプライチェーンが利用できる
    SNSやYouTubeが普及しマーケティングに活用できる
これら3つを考える、あるいは思いつく順序はまちまちだろう。そして、その3つがそろう前、もしかすると一番初めにソリューションのアイデアを思いつくことも多いだろう。逆にソリューションのイメージがまったくなければ、3つを考えることはできないかもしれない。

しかし、シーズやチャンスだけからソリューションをつくってはいけない。ソリューションウェアの場合は次の図のようになる。
solution
ニーズは「問題」あるいは、このブログでたびたび取り上げてきた「潜在ニーズ」と同義だ。FitbitやGoProが解決しようとする問題は明快で理解しやすい。しかし、その問題(ニーズ)が顕在化していない、人々がその問題に気づいていないこともある。
  • ニーズ:すべての音楽を持っていきたい
  • シーズ:クリックホイールとiTunes(PC/Macソフトウェア)
  • チャンス:インターネットからの音楽ダウンロード販売が現実的になった
iPodが発売されるまでは、人々は音楽CDを持ち歩いていた(日本の場合はCDからダビングしたMDだった)。iPodが発売された後も、このニーズが顕在化するまでに3年かかった。しかし、スティーブ・ジョブズは、はじめからiPodが解決しようとする問題を明確に伝えていた。

 Apple Watchが解決しようとする問題は、いったい何なのだろうか。
  • ニーズ:
  • シーズ:各種センサー技術と拡張性のある通信技術BLE
  • チャンス:市場のウェアラブルへの興味と期待
すでにiOSというプラットホームには、アプリケーションを提供しようとするベンダーが数多く存在するということをチャンスとして追加すべきだろう。彼らが、Apple Watchが探している問題(ニーズ)を見つけてくれるかもしれない。しかし、それはAppleだから期待できることだ。

12の残念な「ウェア」は、ハードウェアスタートアップのトレンドという資料の127ページ(全192ページ)からリストされている。あなたのプロダクトが、残念な「ウェア」になっていないか、もういちど客観的に見直してみてはどうだろうか。

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まだだれも気付いていない「潜在的なニーズ」を見つけるといっても、ただ闇雲に探してみたところで簡単に見つかるはずはない。2012/7にHBR(ハーバード・ビジネス・レビュー)に掲載された"Reversing the Decline in Big Ideas"(ビッグアイデアの減少に歯止めをかける)に次のような記述があった。
 
"The only way out of this innovation gridlock is an expansion in founding team diversity. I believe the missing piece from the DNA in the founding teams of Transformational Companies is now the Domain Expert, who has deep insight into the industry they are trying to disrupt. Without a domain expert attempts at disruption are unimaginative and incremental at best.
There are so many industries ripe for technology startups to disrupt: Education, Health Care, Business, Art and Government just to name a few. But where are the domain experts ready to be paired with a team of rockstar engineers and superstar designers? "

イノベーションの停滞状況から抜け出す唯一の道は、創業者チームの多様性を拡大することだ。私は「変革型企業」の創業者チームのDNAに欠けているものは、彼らが変革を起こそうとしている産業分野に詳しいドメイン・エキスパートであると信じている。ドメイン・エキスパートなしでは変革の企ても想像力に乏しくなり大した成果も期待できない。
教育、ヘルスケア、ビジネス、アート、政府、その他にもテクノロジースタートアップの変革を待っている産業は数多く存在する。しかしロックスター・エンジニアやスーパースター・デザイナーとチームが組めるドメイン・エキスパートはどこにいるのだろうか?

全体の論旨は、新しい企業が既存の市場に変革を起こすためには“Founder Market Fit”(創業者と市場が適合していること)が必要であり、その創業者チームに必要な人材は時代とともに変わってきている。最初はHPやApple、Microsoftなどのように一人か二人のエンジニアと一人のセールスマンがいればよかったが、現在はデザイン思考などで語られているようにデザイナーの時代になった。しかし、それもすでに市場に適合しなくなっているということだ。

まだだれも気付いていない「潜在的なニーズ」を見つけるために、ドメイン・エキスパートとして自分が精通する産業分野があれば、まずはそれに狙いをつけることが最初にやってみる価値のあることだろう。しかし自分が精通する産業分野であることによって、逆にいろいろな先入観に邪魔をされて「潜在的なニーズ」に気付かないという懸念もある。そもそもがドメイン・エキスパートが気付かない「潜在的なニーズ」を探そうというのだから。

自己流だが僕は「実現モデルから抽象モデルを抽出して次の実現モデルを再定義する」という作業を脳内と「ひとりブレスト」で行っている。抽象モデルとは僕の勝手な造語で、ユーザビリティやHCDの分野で使われているメンタルモデル(概念モデル)に似ているようにも思うのだが、どうもこのメンタルモデルというのはいろんな解釈や使われ方があるようでいまいちピンとこない。この自己流の作業は、簡単に言えば「ほんとうにやりたいことは何か?」ということ(抽象モデル)を、実際に今やっている方法(実現モデル)を忘れて考え直してみるというものだ。

人々はニーズを満たすために道具や仕組みを利用して行動をする。しかし、そのニーズはその入手可能な道具や仕組みによって達成できるものに無意識のうちに狭められる形で適合させられている。道具や仕組みの大きなイノベーションがあると、その達成度合が急激に向上するためしばらくの間はニーズが追いつかない。あるいは、その範囲内でいろいろな工夫をしてしまうので、イノベーションにつながるような「潜在的なニーズ」が次の道具や仕組みのイノベーションの前には顕在化しない。

たとえば「どこででも音楽を聴きたい」というニーズに対して、ある時代の実現モデルはソニーのウォークマンだった。それ以前の実現モデルは「携帯ラジオで(放送される)音楽を聞く」というレベルのものしかなかった。「どこででも自分の選んだ音楽を聴きたい」という、より要求レベルの高いニーズはウォークマンが出てから顕在化したように思う。最初は好奇の目で見られたウォークマンのスタイルが一般化すると、それがあたりまえのニーズとなった。新しい実現モデルが誕生してからニーズが顕在化する、まさに"Technology First, Needs Last"だ。そういう意味では、「潜在的なニーズ」は見つけるものではなく、実現モデルによって生み出されるものなのかもしれない。

この「携帯ラジオで(放送される)音楽を聴く」という実現モデルから「どこででも自分の選んだ音楽を聴きたい」という「潜在的なニーズ」を導き出すために、まず「ほんとにやりたいことは何か?」という抽象モデルを抽出する。1つの実現モデルからは複数の抽象モデルが抽出される場合もあると思うが、この場合は「音楽をどこででも聴く」というものになるだろう。この抽象モデルは「音楽」というオブジェクトと「どこででも聴く」というアクションの2つにわけることができる。もちろん「音楽を聴く」という、より上位の抽象モデルが考えられるが、「携帯ラジオで(放送される)音楽を聴く」という実現モデルにおいて、すでに「聴く」というアクションに対して「どこででも」という価値が付加されているので、新しい実現モデルを考えるための抽象モデルとしては「音楽をどこででも聴く」のほうが適切だろう。

脳内で抽象モデルが抽出できたら、その「音楽」というオブジェクトと「どこででも聴く」というアクションのそれぞれについて、現時点で実現されていないことは何かをできるだけ多く(ひとりブレストでプレーンのモレスキンに書きなぐって)考えてみる。もちろんその時点で実現が難しいもので構わない、逆に難しいものでなければ意味がない。「音楽をどこででも聞く」という抽象モデルの、「音楽」というオブジェクトに「自分の選んだ」という新しい価値を付け加えたものが、新しい実現モデルとなるウォークマンが生み出すべき「潜在的なニーズ」だと考えることができると思う。他にも「もっといい音質で(聴く)」とか「ひとりで(聴く)」とか、別の価値もあるかもしれない。

読み返してみると、何をいまさらあたりまえのことをと自分でも思う。これを下のように図示してみると「携帯ラジオで(放送される)音楽を聴く」という実現モデルから抽出する抽象モデルは、実は「携帯ラジオで(放送される)音楽を聴く」という実現モデルが顕在化させた「潜在的なニーズ」そのものだ。しかし「携帯ラジオは、どこででも音楽を聴きたいという潜在的なニーズを顕在化させた」というようなことをいつも意識しているわけではない。実現モデルを「すでに存在するあたりまえのもの」としてではなく見直すという作業が必要だ。

「(自宅で)自分の選んだレコードで音楽を聴く」という実現モデルからも「自分の選んだ音楽を聴く」という別の抽象モデルを抽出して、そのアクションに「どこででも」という価値を付加することによって同じ「潜在的なニーズ」をつくりだすこともできる。そんなふうに面倒くさく考えなくとも「潜在的なニーズ」を考えることはできるだろう。もちろんパッと思いつくならこんな考え方をする必要がない。しかし、いわゆる「アイデアマン」は無意識のうちに脳内でパルスの速度でこんな感じで考えてるんじゃないかと思う。さらにこのように明確な答えを出しておかなくても、もやもやとしたいくつかの「潜在的なニーズ」を抱えていると、前回に書いたビジネスのデザイナーが備えるべきセレンディピティ;
  • 新しい技術やインフラを見たとき、それまで抱いていた「どうしたらこの潜在的なニーズを解決できるだろうか?」という課題の意外な答えを発見する能力
を発揮することができるのだと僕は信じている。

ウォークマンが顕在化させた「どこででも自分の選んだ音楽を聴きたい」というニーズはウォークマンとその周辺のエコシステムによって十分に満たされ、メディアのデジタル化という大きな変化においても「レコードをテープにダビングする」ことが「CDをMDにダビングする」に変化しただけで、デジタルコンバージェンス(産業融合)は起きなかった。磁気テープを生産していた会社がCDやMDを生産し、アナログプレーヤーを作っていた会社がデジタルプレイヤーを作るようになり、音楽をレコードに載せて売っていた会社がCDに載せるようになっただけだった。

人々は相変わらずお店で音楽を購入しMDにダビングして、聴きたい音楽の入ったMDを選んでから出かけた。CDをリビングにディスプレイする家具やMDのキャリングケースなどの周辺ビジネスや、またメディアの容量が少しずつ増加するなどの改善によってCDやMDが増えることによる煩わしさの問題意識が軽減され、「1,000曲をポケットに入れて持ち歩きたい」という「潜在的なニーズ」は顕在化しなかった。

ウォークマンという実現モデルから抽出できる抽象モデルは、ウォークマンが顕在化させた「どこででも自分の選んだ音楽を聴きたい」というニーズそのものだ。あるいは一つ手前の「どこででも音楽を聴きたい」に戻って考えてもよいかもしれない。そこから「どこででもその場で選んで音楽を聴きたい」という「潜在的なニーズ」を導くことができる。ジョブズがウォークマンに衝撃を受けて、必死になってソニーのものづくりを研究をしたというエピソードが何か所かで紹介されているが、iPodというイノベーションによってほんとうのデジタルコンバージェンスを起こした。ジョブズは大相撲などでよくいわれる恩返しをしたことになる。

model

まだだれも気付いていない「潜在的なニーズ」を見つけることができても、実現モデルをつくって世に問うまでその存在を証明できない。あるいは「潜在的なニーズ」は存在しているとしても、自分のつくる実現モデルでは顕在化させられないかもしれない。そこから先はやってみるしかないが、やり方の指南書はLean Startupをはじめとしてたくさんある。まずは安上がりに、休日の昼間に落ち着けるカフェで冷たいヨーロッパのビールでも飲みながら脳内作業とひとりブレストをやってみてはどうだろうか?

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川手恭輔(Internet Born & Bred)
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