このところD.A.ノーマンの「誰のためのデザイン?」の改訂版など、最近読んだ本を読み返しながらいろいろ書いているが、ノーマンにはいろいろ引っかかるところがあってつい引用してしまう。

Engineers and business people are trained to solve problem. Designers are trained to discover the real problems. A brilliant solution to the wrong problem can be worse than no solution at all: solve the correct problem.

エンジニアやビジネスパーソンは問題を解決することに長けているが、デザイナーは真の問題を発見することに長けている。どんなに素晴らしいソリューションでも、それが間違った問題を解決しようとするものだとしたらまったく価値がない。正しい問題を解決しよう。

ノーマンは全体を通して、こんな調子でエンジニアとビジネスパーソンに対するデザイナーという軸で語っている。以前にも引用したが、ハーバードビジネスレビューのWeb記事に掲載された「集合知とデザイン思考」という記事に次のような文がある。

そもそも「デザイン思考」とは何なのか?簡単に言えば、“人々の生活や価値観を深く洞察し、ユーザーが何を潜在的に求めているのかを感知しながら、プロトタイピングを通じて、新しいユーザー体験を提供するイノベーション・プロセス”である。

この意識はデザイナーだけでなく、エンジニアとビジネスパーソンも持つべきものだと思う。そして、それら三者が参加し、それぞれが自分の領域以外の2つの領域への理解を深めることによってイノベーションを起こすことが可能になる。

今回(とその後のいくつかの記事で)、これまで書いてきたことを振り返るために、CD/MDのWalkmanからiPodを発想するプロセスを考えてみたい。
そのプロセスは次の2つのステップにわける。
  1. まだだれも気付いていない「潜在的なニーズ」を見つける
  2. 新しいユーザー体験をデザインする

まず「まだだれも気付いていない『潜在的なニーズ』をどう見つける?」で書いたように、現在(その当時)は「どこででも自分の選んだ音楽を聴きたい」というニーズがWalkmanによって満たされている。そのユーザーの行動を観察してみよう。ユーザーはCDを購入し、たくさんのCDの中から自分が選んだ数枚を持って出かける。日本の場合はCDをレンタルしMDにダビングするという人も多いだろう(海外の場合はCDのレンタルというサービスが多くなかった)。その観察によって、いろいろな問題やユーザーの不満を発見することができるだろう。例えば、聴いているうちにWalkmanのバッテリーが切れてしまった、CDがかさばる、CDを壊してしまった、Walkmanを置き忘れてしまった、でかけるときにCDを選ぶ時間がなかった、気持ちが変わって持ってきたCDと違う音楽を聴きたくなった、CDをまだ購入していない音楽が聴きたくなった、CDでかばんの中がいっぱいになる、持っているCDが管理できない、CDを別のケースに入れてしまって間違えた...どんな些細なものでもくだらないと思えるものでも、解決できそうにもないものでも、なんでもかんでも列挙する。それもいろいろな人の立場や状況に立って考える。もちろん、周囲の人やフォーカスグループを集めたインタビューも参考にしたい。現在では、プロダクトについてのソーシャルネット上での人々の意見やつぶやきをあつめることも容易にできるし、もしプロダクトを提供する企業であれば、そのプロダクトにユーザーの行動や声を収集する仕組みを組み込んでおくことを考えるべきだろう。

Designers first spend time determining what basic, fundamental (root) issue needs to be addressed. They don't try to search for a solution until they have determined the real problem, and even then, instead of solving that problem, they stop to consider a wide range of potential solutions. Only then will they finally converge upon their proposal. This process is called design thinking.

まずデザイナーは、 取り組むべき基本的で本質的な問題が何であるかを特定することに時間を費やす。そのほんとうの問題を特定するまで、その解決策を探すようなことはしない。さらに問題を特定した後でも、すぐにその問題を解決しようとするのではなく、立ち止まって広い視野で可能な解決策を広い視野で考える。そしてようやく自らの提案に集中する。このプロセスを「デザイン思考」と呼ぶ。(ノーマン)

これは冒頭の引用にあるような、デザイナーがビジネスパーソンから問題の解決を託されたというシーンからの続きだ。例えば、ビジネスパーソンが「Walkmanが大きすぎるから小さくしてくれ」とか「CDがかさばるから携行しやすくしてくれ」などと言う。それを受けたデザイナーは、それにまともに対応するのではなく、ユーザーが「Walkmanが大きすぎる」とか「CDがかさばる」といった不満をいうのはなぜだろうと、その裏にある「ほんとうの問題」は何かを考えることから始めるということだ。

ここではちょっと違ったアプローチをとりデザイナーに頼まずに、まだ誰も気付いていない「潜在的なニーズ」を見つけてみよう。もちろん、すでにiPodという答えが見えてはいる。
まず、列挙したそれぞれの問題について片端から単純な解決策を考えてみる。バッテリーを大きくする、予備のバッテリーを携帯する、CDを小さくする、CDを丈夫にする、音楽を全部持って行けるようにする、その場で音楽を入手できるようにする等々。それはブレインストーミングでもいいし、ポストイットを使ったアイデア出しでもいい。あるいは一人で大きめのモレスキン(もちろんロディアでも折り込み広告の裏でも構わないが)に書きだす作業でもいい。そのいくつかのアイデアはプロダクトの改善として実施されるかもしれない。もちろん、列挙した問題の本質を理解することが目的で、そして多くの場合は画期的な解決策が見つかることはない。しかしそれでいいのだ。画期的なアイデアなどめったに見つかることはないのだから。
しかし、この作業が非常に重要だ。雑多な問題とその単純な解決策の組み合わせの中から「潜在的なニーズ」を見つける。「潜在的なニーズ」のポイントは次の2点だ。
  • 満たす価値がある
  • 満たすことが可能である
「満たす価値がある」とは、それによってこれまでになかったまったく新しい価値を提供できること、そして満たすためのハードルが高いことだ。誰かが思いついて解決しそうな問題は放っておく。

たとえば、自分の持っている音楽を全部持ち運ぶことができれば列挙した問題のいくつかは解決される。もちろん全部のCDを持っていくわけにはいかないから、別のメディアにコピーすることになるだろう。
すでに1999年には、ラスベガスのCOMDEXというコンピュータ関連の展示会でSonyがメモリースティックウォークマンを発表し、それ以前にもRioというシリコンメモリーを使った携帯型音楽プレイヤーが発売されていた。使用するメディアはCDに比べればはるかに小さく、いくつも持ち歩くことは可能になっていた。しかし1つのメディアの容量は1〜2枚のCDの音楽を格納することしかできず、CDに加えて新しいメディアの管理という余計な作業も増える結果になっていた。特にメモリースティックウォークマンで使用するMagicGateメモリースティックは価格も高く、持っているすべてのCDをメモリースティックにコピーするということは考えられなかったので、依然として「どこででも(事前に選んでおいた数十曲のなかから)自分の選んだ音楽を聴きたい」というニーズを満たしているに過ぎなかった。「ほんとうの問題」は「CDがかさばる」ということではない。

「音楽を全部持って行けるようにする」というフレーズに出くわしたとき、それは何回目かもしれないが「あれっ」と思う瞬間がある。単に目の前の問題の解決手段としてでなく、それによってまったく新しいユーザー体験を提供できるのではないか、と。自分が何曲持っているかを考えたことがあるだろうか。数百曲だろうか、数千曲だろうか。あるいは世の中に存在するすべての曲が手元の小さなデバイスにあったとしたら。それはそれまでの携帯型のミュージックプレイヤーとはまったく異なる次元のユーザー体験を提供できる。その実現性はともかくとして、それはどんなユーザー体験なのだろうか。きっとそれはすごいことで満たす価値がある。

「その場で音楽を入手できるようにする」というフレーズも面白そうだ。それは(2013年が終わろうとしている)いま、iPod/iPhoneでiTunes Storeから音楽をダウンロードできるという実現モデルが満たしている以上の潜在的なニーズを見つけることにつながると思う。イノベーターはそんな課題を常にいくつも抱えて考えている。

そして(ジョブズのように)Sound Jam MPを見たとき「これは使えそうだ」と思うことになる。これは決して偶然ではない。

  • 新しい技術やインフラを見たとき、それまで抱いていた「どうしたらこの潜在的なニーズを解決できるだろうか?」という課題の答えを発見する能力
ビジネスのデザイナーにはこのセレンディピティが不可欠だと思う。さらにその前に、「潜在的なニーズ」というものを常に探索し漠然としてであってもそれを自分が解決すべき課題として意識している必要がある。そうでなくては、新しい技術やインフラを見たときに「これだ!」と思いつくことなく他人事としてしかとらえることができないからだ。(過去記事から)

抱えているいくつかから「満たすことが可能である」課題が浮かぶ。これで「音楽を全部持って行けるようにする」ことができそうだ、そしてすべての音楽をPCに入れて管理し、それをミュージックプレイヤーにコピーすればいいのだと。しかし、この解は「世の中に存在するすべての曲が手元の小さなデバイスにあったとしたら」というところまでは達成していない。

Technology changes the way we do things, but fundamental needs remain unchanged.

技術は人々が何かをする手段を変えるが、その基本的なニーズは不変だ。 (ノーマン)

人々の基本的なニーズは不変で、技術によってその手段が変化してゆく。技術の進化が無限であれば、人々が何かをする手段も無限に変化する可能性がある。そのすべてが潜在的なニーズだが、その時点で利用可能な技術によって顕在化させることができる、すなわち満たすことが可能な潜在的なニーズには限界はある。しかし「それまでの携帯型のミュージックプレイヤーとはまったく異なる次元のユーザー体験を提供できる」というビジョンを妥協してはいけない。そこで自分をごまかせばユーザーは決してついてこない。
「自分が持っているCDの音楽を全部持って行くことができる」ことによって、「どこででもその場で選んだ音楽を聴きたい」という潜在ニーズを顕在化できるはずだ。さらにその潜在的ニーズの設定が正しければ、そのプロダクトなりサービスを提供しようとする側も、それをデザインする過程で最初は気付かなかった新しいユーザー体験とその価値を開発することになる。

もちろん、これはジョブズの考えたプロセスとは明らかに違う。きっとジョブズはSound Jam MPを見たとき、「これはMacの価値を向上させるのに使えそうだ」と思った。それは、Design Crazy: Good Looks, Hot Tempers, and True Genius at Apple [Kindle版]に記録されている、iPodの販売の伸び悩みに周囲がiTunesをWindowsにも展開すべきだとジョブズに進言したときのエピソードからも伺える。

JON RUBINSTEIN
We argued with Steve a bunch [about putting iTunes on Windows], and he said no. Finally, Phil Schiller and I said "We’re going to do it." And Steve said, "Fuck you guys, do whatever you want. You’re responsible." And he stormed out of the room. 
 
我々は、WindowsにiTunesを提供することについてスティーブと多くの議論をした。そしてついにフィルと私は「我々はやります。」と言った。スティーブは「くそったれ!好きなようにするがいいさ、責任はとれよ!」といって部屋から飛び出していってしまった。

AppleのCEOに復帰したばかりのジョブズにとって、当然それは最大の課題だったはずだ。ジョブズがどの時点でiPodを思いついたかは知らない。

Appleは2001年1月9日にサンフランシスコで開催されたマックワールドエキスポで初めてiTunesを発表した。iTunesは2000年にジョブズがCEOに復帰した直後にAppleがその権利を買収したSound Jam MPというソフトを元に、Appleに移籍したその開発者たちが開発したそうだ。このときジョブズは、同時にデジタルハブ構想も発表している。パソコンがさまざまなデジタル機器を相互連携させるためのハブとしての役割を担うことによって、デジタル機器が人々のライフスタイルをもっと楽しく便利にするものになるというものだ。
"Say hello to iPod. 1,000 songs in your pocket."というキャッチコピーで初代iPodが発表されるのはその年の10月23日になる。もちろん、iTunesとデジタルハブ構想を同時に発表したのだから、そのときすでにiPodという新しいデジタル機器のイメージはできていたはずだ。AppleはiTunesの発表の直後に携帯音楽プレーヤーの市場調査を始め、それからiPodの開発に着手したようだ。(過去記事から)

「すでにiPodという新しいデジタル機器のイメージはできていたはずだ」と書いたが、そのときのプレゼンのスライドを見てみるとMacにはCD Walkmanがつながっていた。(続く)
 
記事の更新はTwitter (@kyosukek)でお知らせします。お問い合わせやご相談は、contact に @ibornb.red をつけたアドレスまでメールでお寄せください。
川手恭輔(Internet Born & Bred)